冒険記録~ギルド『疾風の狼』~   作:弧埜新月

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オープニングフェイズ・依頼受注

「──お待たせしてしまいましたか?」

 

 ライトメイスを携えたキャサリンは神殿前で待つ二人の仲間を認め、小走りに近づいてきた。

 

「いいえ、私もノーラも今来たところよ。おはようキャサリン」

「おはようございます。いいお天気ですね?」

「おはようございます。お二人は昨晩神殿でしたよね。よく眠れましたか?」

 

「そうね。ちょっとベッドは固いけど」

「ふふ。屋根があるだけマシというものですよね?」

 

 野宿経験の多い二人の答えに、そうですかあ、とキャサリンは眉根を下げる。

 

「貴女は自分の家で寝たんでしょうに。固いベッドとは無縁でしょう?」

「この街だけで活動するならそうでしょうけど、依頼によっては王都を出ることもある訳じゃないですか」

 

 私、枕が変わると眠れないんですよー、と嘆くキャサリン。領地を持たぬ下級騎士の娘である彼女は、住いのある王都から離れた経験が余りない。精々が養父等に供として付いていった騎士団の演習位で、その際は枕持参の上、設営された天幕などの中で寝ていた。自分の枕無しでは一般的な宿のベッドですら眠れないのに、伝え聞く固い神殿のベッド、ましてや野宿などもはや想像の埒外である。

 

「こらこら、私達はまだ最初の依頼すら受けてないのよ? 街を出るかも決まってないのにそんな先の話は一旦置いときなさい」

「うう、私にとっては結構死活問題なんですが……でもそうですね、今は依頼に集中しないと!」

 

 むん、と気合を入れ直すキャサリンに、わざとらしく顎に指を当てたノーラが、悪戯っぽく片目を瞑って見せる。

 

「最初の依頼は何でしょうね? ルネスへ向かう商隊の護衛? それともフローレン山地で高地にある薬草の採取とかでしょうか?」

「……それ絶対泊りがけの依頼ですよね!?」

 

 枕を取りに行ってきます! と実家へ走ろうとするキャサリンを、駆け出しの冒険者がそんな遠くに出るような依頼受けさせてもらえる訳ないでしょ、とアルミナが宥め、その後ろをノーラがくすくすと笑いながらついていく。

 

 賑やかに冒険者通りを歩く彼女達は、やがて一件の酒場の前で止まった。歴史を感じさせる黒樫の重厚な風合いの柱と、黒い焼き煉瓦の壁が渋い風合いを出している。店先に掛かる鉄の鎧を着た犬の絵を見上げてアルミナが一つ頷いた。

 

「『鋼の猟犬亭』……ここにしましょうか」

「いいと思いますよ?」

「私も構わないです」

 

 二人の応えを聞きながら、アルミナは黒樫の扉を押した。同時に香ばしいハーブと肉料理の匂いが漂い、楽しげな笑い声と乾杯の音が耳に入る。

 ここは数多の冒険者達が集う、所謂『冒険者の酒場』と呼ばれる場所だ。ここでは主に冒険者へ向けて酒類や食事、所によっては宿の提供をする他に、依頼人からの依頼を取りまとめて適切な冒険者へと仲介を行っている。仲介料が抜かれるため冒険者の懐に入る収入は目減りすることになるが、酒場の店主には引退したベテラン冒険者がなることが多く、違法な依頼の排除や冒険者の力量に応じた依頼の斡旋をしてくれる他、質の良い装備を扱う店の紹介やクエストへのアドバイスなども行ってくれることもあるため、まともな冒険者であればまずこういった店を頼ることが常であった。

 まだ昼にもならない時間ではあるが、客の入りは盛況である。どうやら、多くの冒険者たちが依頼達成の打ち上げを行っているようだ。

 

「ここが、『冒険者の酒場』なのね……」

 

 アルミナが楽しそうな彼らを羨ましそうに見て――テーブルに置いてある魚料理に一瞬零れかけた涎を慌ててすすり上げつつ――何でもないようなすまし顔を取り繕って呟いた。

 

「……なんだか、むさいわ」

「お酒を飲んでいる男たちが沢山……ふふ、気を付けなければいけませんね?」

 

 ノーラが揶揄うようにアルミナの顔を覗き込む。が、アルミナは表情を動かすことなくそうね、と返すに留めた。そのやり取りを気に留めることなく、キャサリンは感慨深げに酒場を眺めている。

 

「活気があるんですね……」

 

「ワ―――ッハッハツハッハ!!!! 麦茶だこれ!!」

「オヤジィ、これビールじゃなくて麦茶だぜぇ?」

 

 その視線の先で、カウンターに座る冒険者が手に持つ木のコップを陽気に振り上げる。

 

「いや、麦茶頼んだのおめえらだろ」

 店主と思しき中年の男性が呆れたように肩を竦めた。

 

「……。……愉快なところみたいね」

 ややげんなりとした顔でアルミナが呟くと、その声を拾ったのか店主が振り返った。

 

「いらっしゃい。嬢ちゃんら、見ない顔だな。新米冒険者か?」

「ええ、そうよ。依頼を探しに来たの」

「そうか、依頼掲示板ならあっちだ」

 

 店主が慣れた手付きで店の奥を指差す。奥の壁には掲示板が設置してあり、店主が簡潔に依頼内容を纏めたらしき紙が何枚も貼ってあった。

 

「良さそうな依頼が見つかったら、その手配書を俺の前に持ってきてくれれば受注完了、ってわけだ」

 

「そういうシステムなのね、分かったわ。ありがとう」

「ふふ、ありがとうございますね?」

「ありがとうございます!」

 

 三人がそれぞれ礼を言って踵を返すと、店主が言葉を付け足す。

「初めてならE~Dランクの依頼がお勧めだ。間違えてもいきなりAランクの依頼とか受けるなよ?」

 

 その言葉に、アルミナは腰に手を当ててキメ顔で振り返った。

 

「流石にそこまで馬鹿じゃないわ。私は知力4よ?」

「はっはっは、知力4か」

 堪えきれないように店主は噴き出した。

「俺の2倍賢いじゃねえか!!!」

 

(知力4はそんなに自慢できる値じゃないことは黙っておきましょうかね?)

 

 鼻高々と胸を張るアルミナの背中に肩を竦めると、ノーラはキャサリンの服の裾を引っ張って掲示板の前に立った。そのまま掲示板の依頼の中から新米でもできそうな仕事を探していると、その中の一つが二人の目に留まる。

 

 

『共同墓地の調査依頼(ランク:E)

 場所:ログレス郊外の共同墓地

 内容:共同墓地に、アンデッドが現れて困っている。過去に、冒険者を雇って追い払わせたが、何度追い払っても翌日には再び現れるので、その原因を突き止めてほしい。

 報酬:原因が判明すれば200G。さらに解決すれば800Gを追加。』

 

 

「これは……中々良さそうですね?」

「そうですね……むしろ、他に選択肢はないというか」

 

 他の依頼書にも素早く目を通したキャサリンが細い指を顎に当てて小さく唸る。残りはドラゴン退治であるとか、徒党を組んだ強い妖魔のお尋ね者退治といったAランクに相当する依頼しかない。

 

「ふぅん。アンデッドねぇ」

 追いついてきたアルミナが依頼書を剥ぎ取り、しげしげと眺める。

 

「ドルイドとしては、妖魔退治をするべきなんでしょうけど……」

 

 アルミナは先程キャサリンが見ていた妖魔のお尋ね者退治に視線を飛ばす。その反対側で、ノーラが僅かに肩を跳ねさせたのには気付かずに。

 

「……流石に返り討ちになる気しかしないわね」

 

 アルミナは肩を竦めて視線を手元に戻した。すかさず二人に気付かれないよう内心を取り繕ったノーラが追従する。

 

「……我々の実力からすれば、このくらいが妥当でしょうね?」

 

 アルミナは特に疑問を持たずに頷きを返して反対側を見る。

 

「キャサリン、これを受けるでいいかしら?」

「大丈夫ですよ」

「じゃあそうしましょう」

 

 頷いて、依頼書を手に顎鬚をいじりながらニヤニヤと三人を待つ店主のいるカウンターへ踵を返す。店主は依頼書を受け取ると、見ずとも内容が分かるのだろう、鷹揚に頷いて手元に置いた。

 

「おう、その依頼だな? 雑魚アンデッド退治なら、新米のお前らでも充分こなせると思うぜ」

 

 だが、と店主はカウンターに肘を付く。

 

「あんたら共同墓地の場所は知ってるか?」

 

「共同墓地?」

 アルミナは首を傾げ、

 

「……ってなに?」

「え、そこからですか!?」

 

 驚愕したキャサリンが仰け反るように一歩下がる。

 

「共同墓地と言うのはですね? 血族関係なく色んな人が埋葬されるところを言うんですよ?」

「ああ……街だとそう言うのね」

 

 ――街以外でも普通そう言うだろ。

 

 その場にいた全員が思ったが、大真面目にそう言い切ってる風な澄まし顔で言うアルミナの姿にスルーすることにした。気を取り直してノーラが店主に向かって首を傾げる。

 

「ログレスの共同墓地というと、たしか、東の端の方にあるという?」

 

 店主はニヤニヤしたまま、残るキャサリンに目線を移す。キャサリンは困ったように腰に手を当てて二人を見た。

 

「違いますよ? ログレスの共同墓地は西です」

「……違うじゃないの」

「そういうこともありますね?」

 

 横目で睨むアルミナを笑顔で躱すノーラ。この街に流れて来たばかりなのだからむしろ知らなくて当然ではあるのだが。

 

「そっちの嬢ちゃんはちゃんと場所が分かってるみたいだな」

「はい、私はこの街に住んでますので」

 

 頷くキャサリンに店主は首を傾げる。

 

「あれ、そうなのか? それにしちゃこの辺りじゃ見ないが……」

「余り家から出たことがなかったもので……家も騎兵通りにありますし」

「おっと、お嬢ちゃんじゃなくてお嬢様だったか。こりゃ失礼」

「や、やめてくださいよう! うちは士爵*1で、そんなお嬢様なんて呼ばれる身分じゃないんですから!」

 

 真っ赤になって顔の前で両手を振るキャサリンに、悪い悪いと店主は大笑する。騎兵通りはログレス第三区を北東に伸びる通りで、騎士の邸宅が多い。だが平民区画である第三区に住んでいる時点で、貴族とは名ばかりの、実情は良くて一般市民に毛が生えた程度の準貴族であることは街の住民なら常識であり、店主が分かっていて揶揄ったのは明白だった。

 

「まぁ、騎士様がいるなら道案内はいらないな。頑張んなよ」

「だから、揶揄わないでください……!」

「どうどう。落ち着きなさい。ああいう手合は貴女のそういう反応が面白いんだから。気にしたら負けよ」

 

 手早くキャサリンを宥めると、アルミナは軽く店主に頭を下げて謝意を示す。店主は口の片側を僅かに上げて苦笑すると、ひらひらと手を振りながら彼女達に背を向けたのだった。

*1
騎士爵ともいう。男爵の二つ下の階級で、世襲権のない準貴族。




今回アルミナが残念なのは全部ファンブルって奴の所為なんだ……
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