冒険記録~ギルド『疾風の狼』~   作:弧埜新月

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エンディングフェイズ・初めての凱旋

「何とか戻ってこれたわね」

 

 ログレス、暮れなずむ冒険者通りを前に、アルミナが感慨深げにそう漏らした。思い返せば一日にも満たない冒険だったが、そうとは思えない程に濃密な、そして掛け替えのない時間だったように思う。

 

「思っていたより、大変な冒険になりましたね?」

「そうですね……ノーラさん、無理はしてませんか? かなり重症でしたけど」

「はい、問題なく。これも、キャサリンさんの治療のお陰ですね?」

 

 行きに比べると大分ボロボロになった二人は、互いに苦笑を交わした。怪我だけはキャサリンの魔法で癒したが、防具は傷付きあちこちに焦げが付いている。そんな彼女達を、行き交う街の人々は誰も目に留めない。住民たちにとってはありふれた日常であるのだろう。ふと見渡せば肩を落とした若い冒険者が、頭に落ち葉を付けたままゾンビのようにふらふらと歩いていくのが見える。依頼を失敗でもしたのだろうか。

 

「さて、打ち上げでもしたいところだけど、完了報告するまでが任務よ。急ぎましょう」

「そうですね……やっぱり、あの悪魔が今回の黒幕だったんでしょうか?」

「そうじゃない? アイツが死んだ途端、スケルトン達が崩れ落ちたし」

 

 折角ドルイド流拳闘術をお見舞いしようと思ったのに、と軽くシャドーの真似をするアルミナ。ノーラが小悪魔を斃すまでの間、スケルトンを引き受けた彼女はスケルトン達の攻撃を機敏に避けまくり、1人だけ無傷でこの冒険を終えていた。やっぱりメイジよりもシーフの方が合っているのではないか、とキャサリンは内心苦笑いを浮かべる。

 

「しかし、あの悪魔はあそこで何をしようとしていたんでしょうかね?」

「さあ? アイツは最後に何か言ってなかったの?」

「いえ? みっともなく命乞いをしてただけですよ?」

「そ。まぁ、過ぎたことを考えても仕方ないわね。考えるのは上に任せましょ」

 

 そう言ってアルミナは興味なさそうに肩を竦め、辿り着いた『鋼の猟犬亭』の黒樫の扉を押した。同時にハーブと肉料理の匂いと賑やかな笑い声が三人を出迎える。アルミナはさっと店内に視線を走らせると、開いているテーブルを指差した。

 

「二人は席でも取ってて。報告は私一人でいいわ」

「え、そんな。いいんですか?」

「ええ。これ位はギルドマスターの私に任せなさい。私は知力4の女よ?」

 

 自信満々な笑みを残し、アルミナは颯爽とカウンターへ歩いていく。残された二人は顔を見合わせると、同時に破顔した。

 

「本当に、頼りになるギルドマスターですね?」

「そうですね。あの自信はどこから湧いてくるんでしょう……ちょっと羨ましいです」

「知力4からじゃないですか?」

「私は沸きませんよぉ……」

 

 アルミナが示したテーブルの椅子を引いて座ると、今まで忘れていた疲労感が一気に襲い掛かってきたようで、二人して思い思いに脱力した。テーブルに覆い被さる様に懐いたノーラが、少し頭を上げてキャサリンを見やる。

 

「……何も、言わないんですね?」

「……何がですか?」

「これのことですよ?」

「ひゃっ……」

 

 キャサリンは突然捲られそうになったスカートを慌てて抑える。ノーラの両手はテーブルの上。見えざる手の仕業だった。

 

「……アルミナさんに言いつけます」

「いえ、謝るのでそれはやめてもらっていいですか?」

 

 赤い顔で睨みつけられたノーラが両手を上げて降参の意を示す。キャサリンはわざとらしく息を吐きだした。

 

「……アルミナさんも、気にしないと思いますよ」

「そうですね……そう、思います」

 

 苦笑いを浮かべて、ノーラはカウンターへ目を向ける。そこでは、彼女達のギルドマスターが堂々とした姿で持ち帰った魔族の討伐証明部位を手に店主と話をしている。

 

「アルミナさんは、優しくて、仲間想いの人です。自身の中で、確固とした正義を持っていて、それを貫き通す強さもある」

「そうですね。そして、頭のいい人だとも思いますよ。目の前の物事を自分で判断して、柔軟に考えを変えることのできる人だと思います」

「はい……この手を知っても、アルミナさんは変わらず仲間として接してくれるって。わたしも信じています」

 

 ノーラは視線を虚空へ投げながら、柔らかく微笑んだ。そこには見えざる手があるのだろう。そんなノーラの様子をキャサリンも穏やかな表情で見守る。騒がしい酒場の中で、そこだけ切り取った様に静かな時間が流れていた。

 

「──お待たせ! 報酬を貰って来たわ! ……どうしたの、二人とも。ぼーっとして。やっぱり疲れたかしら?」

 

 少しテンションの上がったアルミナが、二人の様子を見て首を傾げながら彼女達の前に木のコップを置く。

 

「まぁ、そんなところですね? ところで、これは?」

「リンゴジュース。マスターの奢りだそうよ」

 

 あんな顔してるクセに中々気が利くわよね、と鼻を鳴らすアルミナの言葉に、ノーラが顔を輝かせてコップを手に取った。

 

「そういう割には不満そうな顔ですね、アルミナさん」

「……どうせならシードルとかでもいいじゃない、とか思っちゃっただけよ。酒場なんだし」

 

 嫌な女よね、と肩を竦め、報酬が入っているのだろう革袋を置く。

 

「幾つか摘まめるものも頼んできたわ。消耗した装備とか、ポーションとか色々あるけど、そういうの考えるのは明日にして、今は楽しみましょ」

「あれ、どこに行くんですか?」

 

 そう言いながらも席には着かず踵を返すアルミナに、キャサリンが首を傾げる。

 

「別に。ちょっと報酬を払いに行くだけよ」

 

 アルミナは親指で肩越しに後方を指差す。そこには、クレイモアを傍らに立てかけた冒険者が、今朝と同じ席で呑んでいた。

 

「いい? ちゃんと私の分を残しておくのよ? 振りじゃないからね?」

 

 そう念押ししながら器用に席の合間を抜けてアルミナは冒険者の元へ歩いていく。その背を見送ってから、ノーラはくすりと笑ってキャサリンを振り返った。

 

「では、アルミナさんのために一口分だけ残して、残りは二人で分けましょうか?」

「それ、絶対アルミナさん怒りますよ」

「冗談ですよ? でも、あんな風に振られたら、応えてあげたくなるじゃないですか?」

 

 くすくすと笑いながら、ノーラは手にしたリンゴジュースを一口含む。やれやれと首を振り、キャサリンも自分のコップに手を伸ばした。

 

「……先ほどの件ですけど。やっぱり、アルミナさんには黙っていてもらえませんか?」

「どうしてですか?」

「だって、彼女はいじると面白い人じゃないですか? 悪戯する手札は、多い方がいいでしょう?」

「……どうなっても知りませんよ」

 

 呆れた苦笑が酒場の喧騒の中に溶けていく。こうして、彼女達『疾風の狼』の初冒険は成功裏の内に幕を閉じたのであった。

 

 




これにてセッション『骸骨踊る墓地』は終了です。
次のセッションを書き上げるまでは一旦完結にしておきたいと思います。
次の冒険か、また別の何かでお会いしましょう。
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