もしかしたらあと1話投稿できるかもと思っていましたがなんとかできました!
ただ所々日本語がおかしい部分があるかもしれないです。
それではどうぞ。
-4日目-
まだ夜が明けきらないような時間。電気の消えたシャーレの執務室に白いコートを羽織った人影がいた。
「…これが、現実か。」
声の主は錠前サオリ。かつて先生に牙を剥き、その後先生に救われた少女。
彼女は先生の死亡が発表された時、その話を信じなかった。先生がそんなことで命を落とす筈がない、と。故に彼女は真っ先にシャーレへと向かった。先生が再び帰ってくると信じて。
無人のシャーレに辿り着いた彼女は、帰ってくることのない部屋の主を何日も待ち続けた。
その間、他にも訪ねてくる生徒がいたが、ある者とは先生の生死を巡って口論になり、またある者とは先生の生存を信じ合って心を通じ会わせた。
だが現実は何も覆らず、シャーレの執務室は無人のまま。薄暗い部屋は彼女の今の心境を表しているかのようだった。
「結局、アリウスの教えは何も間違っていなかったんだ…。」
一向に変わらない状況に、彼女の心は次第に荒み始める。
それは彼女がまだアリウスにいた頃の、
「すまない、先生…。私は結局、あなたに何も返すことが出来なかった…。」
今の彼女にのし掛かっていたのは途方もない程の後悔だった。
辿り着く先が死しかなかったアリウスではなく、未だ見ぬ未来に期待と不安を膨らませる新たな人生。そして新たな世界で見つけた新しい自分を先生に見せてあげたいと、そう思っていた矢先に起きた出来事がこれである。
サオリは最後まで先生から様々なことを貰うばかりで何もお返しをすることができなかった。先生が期待していた、サオリだけの新しい人生を見つけたと報告することさえも。
(教えてくれ先生…。私は、この先何を目指せばいいんだ?私にもできることが、まだあるのか?)
先生という大きな支えを失った彼女は路頭に迷っていた。今自分が何をするべきなのか、何をしたいのか。まったく考えが浮かばない。今の彼女は空っぽだった。
そんな時、静寂の中で一際目立つグルルルという音が鳴った。当然、鳴らした犯人は一人しかいない。
(こんな時でも、腹は減るんだな…。)
シャーレに籠って3日。気付けばその間ずっと何も食べていない。
食欲の湧かない本人の意思に反して、体は栄養を欲している。空腹に強い耐性を持つサオリでさえも、流石に心身に大きな負担を抱えたまま3日間絶食は堪えたようだった。
「何か食べないとな…。」
サオリはついに執務室から退出し、シャーレの建物下層部にある
到着した後、とりあえず適当な食料を購入しようと店内を見渡したが…。
「…店員はいないのか?」
店内には人っ子一人いなかった。それは店員も含めて、である。
普通に略奪が多発しているこのご時世になんとも無用心なものだ。むしろこの店の防犯体制が心配になってくる。
「バックヤードにも人の気配は無いか。」
サオリは感覚を研ぎ澄まして人の気配を探る。どうもこの店内には本当に人間がいないようだ。となると…。
「裏口か?」
人によっては盗みを働くに絶好のタイミングであっただろうが、そういった心無い行為に散々苦しめられたサオリにはそのような犯罪行為を犯すという選択肢は初めから無かった。故になんとか店員を探しだそうと躍起になる。
そして人を探して店の裏口まで来てみると、何やら小柄な少女が弁当類のパックをせっせと袋に詰めているところに出くわした。
「すまない、ここの店員であっているか?」
「へ?あれ、お客さんですか!?すみませんでしたお待たせしてしまって!」
「いや、たった今来たところだ。それよりもちゃんと店員がいて良かった。」
どうにか店員を発見できたことに安堵する。だがそれと同時に彼女がしていた作業が気になった。
「ところで、お前は今何をしていたんだ?何か邪魔をしただろうか?」
「え?いえいえいいんですよ!只の廃棄食品の纏め作業ですから!」
廃棄食品という言葉がサオリの耳につく。つまりここにある大量の弁当は全てゴミということか?昔の私達は日々満足いくだけの食べ物を得ることすらままならなかったというのに。世界は広いものだ。
そんなことを考えていると…。
「ソラちゃ~ん!おまたせ~!」
「あっ、モエさん!サキさん!ちょっと待ってください、今詰め終わるところですので。」
わざわざこんな裏口にやってくる者がいる。それもどうやらだいぶ親しい間柄らしい。
サオリが声のした方向を振り向くと、青と白を基調とした制服を着た二人組が歩いてくるのが見えた。
それを確認したサオリは思わず目を見張る。
(SRT特殊学園…!)
サオリはその制服が表す彼女らの正体を知っていた。
キヴォトスでもトップクラスの戦闘能力を備えた法執行機関の一つ、SRT特殊学園。同じ警察組織でもヴァルキューレ警察学校とは比較にならない。
だが同時に何故SRTの生徒がこんなところに訪ねてきたのかという疑問が湧いた。そもそもSRTは廃校となった筈だ。しかも今ほどソラと呼ばれた店員の口ぶりからはこの廃棄弁当目当てのように見受けられる。彼女らはこんなものが必要なのか?
「あれ?私達以外にも廃棄弁当の引き取り?」
「いや、私は…」
サオリの存在に気付いたのか、メガネを掛けた少女が声を掛けてくる。
しかしその声色はあまり嬉しそうなものではなかった。どうやらあちら側にとってもあまり他人に入り込んでもらいたくない部分らしい。もしくは自分達の取り分が減ることを嫌がったか。
SRTの生徒は皆エリート揃いで誠実だと聞いていたが、目の前の人物は随分俗っぽい。いやむしろ普通の学生とはこんなものなのだろうか。
すると、隣にいたショートヘアの少女が訝しげに話しかけてきた。
「お前、錠前サオリか?」
「!!」
サオリを含むアリウススクワッドのメンバーは現在指名手配中の身である。こちらの正体を知らない相手やブラックマーケット関係者等であれば見逃されたが、SRTはそうではないだろう。
サオリは思わず応戦しようと身構える。だが…。
「ああ待った待った。悪い、別に今捕まえようとか考えてる訳じゃない。只見覚えがあったからつい…。」
「私にとってはそれが死活問題なんだがな。」
サオリに対して敵対するつもりはないと伝えるショートヘアの少女。しかしサオリからすればSRTの生徒に自分の存在が勘づかれたというだけで致命的である。
だが、警戒心全開のサオリとは対照的にSRTの生徒は回収した廃棄弁当の一つをサオリに差し出す。
「はい。今はこんなのしか渡せないけれど。」
「…いいのか?」
「お前に敵対しないという意思表示だ。いらないなら受け取らなくていい。私達は期限切れでも構わないからいいけど嫌だったら…。」
「いや、頂こう。」
差し出された弁当を受け取る。思わぬ所で食料が手に入ってしまった。
「お前もシャーレの生徒だろう?なら悪い奴じゃない筈だ。先生が認めた相手なんだからな。」
サオリに向けてそう語りかける少女。彼女の悪い奴じゃないという発言にむず痒いものを感じたサオリは思わず視線を反らしてしまう。
「そうさ…私みたいな救いようのない悪人と違って、みんな良い人達だよ…。」
「何?」
少女がボソッと独り言のように呟く。その自分を卑下する発言は、サオリにとっては強く印象に残るものだった。
「あっ、いや何でもない。それより、弁当は一つで大丈夫か?他にも要るようならやるぞ。」
独り言に反応されるとは思わなかったのか、少女が急に話題を変える。次々と切り変わる話題にサオリもたじたじになってしまう。
「サキ、あんまり押し付けがましいとかえって迷惑になるよ。ほら。」
「え?ああそうだよな。ごめん、気に触ったなら謝る。モエもありがとうな。」
二人がギクシャクした会話をしている所にモエと呼ばれた少女が助け船を出した。
「いや、気にするな。その…。」
モエの割り込みでサオリも落ち着きを取り戻した。そして今の彼女は昔とは違い他者から施しを受けることも礼儀の一つだと理解していたので…。
「弁当をもう3つ、貰えないか?」
しっかりとお願いをした。
その後、暫しの間おしゃべりや自己紹介をした後サオリは二人と別れ、再びシャーレに向かって歩き出していた。
だが今の彼女の頭は、今朝まであった後悔の念ではなく、先ほど出会った空井サキという人物のことで一杯だった。
「救いようのない悪人、か。」
彼女が言っていた言葉を思わず反復する。
初対面なうえに警戒心剥き出しの相手にも自分の食料を分け与えたり、他人に対しすぐに謝罪ができ、更にフォローをくれた仲間への感謝も忘れない。そこまで人格が成熟しているサキが自分を悪人と呼ぶ理由がわからなかった。
というより、サキはサオリの正体を知っていたにも関わらず自身を悪人と呼び、
(…何だ?この感情は。)
サオリはサキの態度にずっと引っ掛かるものを感じていた。
彼女の弱々しい態度はまるで自分を取り囲む世界全てに絶望しているかのようだった。
サオリは、その様子が何故か他人事のように思えなかったのである。
(分からない…。アイツの身に何があったのかも、何もかも。)
しかし、サキとサオリはついさっき知り合ったばかりであり、そもそも彼女がどこに住んでいるかも、彼女の身に何があったのかも分からない。
故に、何故今自分がこんな感覚に陥っているのか理由がわからなかった。
(先生であれば、この気持ちの正体がわかったんだろうか。)
悲しみと不安と、こんな時にどうすればいいかわからない不甲斐ない自分への怒りがない交ぜになったまま、サオリはシャーレへの道を進む。すると、視線の先に見覚えのある人影が見えた。
「サッちゃん!」
「アツコ…?」
サオリにとって大切な家族の一人、秤アツコが駆け寄って来る。
「どうしてここに?」
「よかった。サッちゃんを探してたんだよ。もしかしたらシャーレにいるかもしれないと思って来たんだ。」
「私を?」
「うん。サッちゃん、みんなでいっしょに先生に会いに行こう。」
「え…。」
アツコの口から発せられた思いがけない言葉に面食らう。
「アツコ、すまないが指名手配中の私達が人の集まるような目立つ場所に行くのは危険だ。だから…。」
「そこは大丈夫。今の私には心強い『友達』がいるからね。」
「友達?」
サオリの心配を他所に、アツコは優しげな微笑みを浮かべながらそう言うのだった。
シャーレを離れてミサキとヒヨリと合流するべく二人並んで歩く。
その道中で、サオリは皆の分の弁当を貰っていたことを思い出した。
「そうだ、さっき知り合いから弁当を貰ったんだ。後でみんなで食べよう。」
「わっ、コンビニのお弁当?それも一人一つずつなんて、今日は豪華な朝ご飯になりそう。」
「…お前達、普段ちゃんと食べれてるか?」
アツコがなんとも心配になることを言い出した。今度収入が入ったら多めの仕送りを送ろうとサオリは心に決める。
「ところで貰ったって、一体誰から?お仕事の仲間?」
「いや、さっきシャーレの下にあるコンビニに寄った時に知り合った相手だ。空井サキという名前の、私達と同じシャーレに所属する生徒だ。」
「…え?」
空井サキの名前を聞いた瞬間、アツコの足が止まる。
「アツコ?どうした?」
「…サッちゃん、その子、先生が亡くなった時に一緒にいた子だよ。」
それを聞いた瞬間、サオリは自分の周りの時間が止まったような感覚に陥った。
そして、これまで感じていた違和感の理由、バラバラに散らばっていたそれら一点一点が全て一本の線で繋がる。
【大戸島に未知の巨大生物が出現し、島を訪れていた一団が襲撃を受け漁業組合所属の船員数十名と同行していた生徒一名が負傷。シャーレの先生が死亡した。】
これが連邦生徒会が発表した今回の事件の概要だった筈だ。そして、その同行していた生徒こそが彼女、空井サキ。
『私みたいな救いようのない悪人と違って、みんな良い人達だよ…。』
彼女の言っていた言葉。自分自身を卑下するあの態度。
そうだ、あれはまるで…。
(あれは、あの時の私と同じだ…。)
自分が行ってきたことは全てが間違いで、それが原因で無差別に他人へ不幸をばら蒔いていたことを見せ付けられた、自分が疫病神だとしか思えなかった、あの時。
ミカと先生に赦しを貰う前の、全てを諦めようとしていた頃の自分と同じではないか。
サオリは、今のサキがあの時の、罪悪感に潰されそうになっていた自分の状態に非常に似ていることに気付いたのだった。