今後もなるべく週一話ペースで更新していくように頑張りますのでよろしくお願いします。
ではどうぞ。
「う…」
意識が覚醒する。どうやら気を失っていたようだ。
「ッ!!」
気を失う直前までのことを思いだし、サキは即座に臨戦態勢を取ろうとしたが、
「痛っ…」
体を起こしたところで激痛を感じ、思わず顔を歪める。見てみると腹部に何重にも包帯が巻かれていた。包帯には既に赤い血が滲んでいる。
(噛みつかれたのか…?)
気を失う直前の記憶は無いが、自分の身に起きたことをある程度推測する。それなりに頑丈な筈の体がこれ程の痛みを感じるところからして決して軽傷ではないだろう。
(これは…)
起き上がったまま、周りを見てみれば自分と同じように応急措置の施された者たちが一列に並んで横になっていた。皆重症のようだが意識がある者がいたり、全員が普通に呼吸をしている様子から命に別状はないようである。
痛む体に鞭を打ち、立ち上がって歩き出す。状況を確認しなければ。
意識がよりはっきりしてくると、周囲の様子も確認できるようになった。
倒壊した建物。火災の跡。そして話し声が聞こえることにも気づいた。
「おーいこっちに1人いたぞー!手を貸してくれー!」
「おーう!」
声のする方へ行ってみると比較的軽症と思われる人たちが救助活動をしているのが見えた。
「あっ!サキちゃん!」
声を掛けられる。新吉だった。
「ちょっと大丈夫かい歩いたりして!」
「ああ、確かに痛いけどもこれくらいなら大丈夫。耐えれるよ。」
「耐えれるからいいってもんじゃないんだけどな…。」
ここまで心配されるあたり、自分は相当重症らしい。だがこのまま休んでいる気にはならなかった。
「あれからどうなったんだ?あの怪物は?」
「どうやら海に戻ったみたいだ。俺達もついさっき目が覚めたばっかりでアイツを最後まで直接見た者は一人もいなくってな。」
「そうか…」
「幸い船の残骸から通信設備が回収できたから海警への通報も済んでる。直に救助がくるよ。」
そう言われて張り詰めていた緊張が解ける。そして冷静さを取り戻したサキの頭に浮かんできたのはあの人のことだった。
「先生…先生はどうなったか知らないか!?あの時尻尾で潰されるのを見たんだ!でも先生は最初に噛みつかれた後も大丈夫だったからきっと…」
サキがそこまで言ったところで、新吉が先生の名を聞いた途端に顔を青ざめさせていたことに気がついた。
「…サキちゃん、先生ならこっちにいるよ…。合いに行くかい?」
「あ、ああ。」
「その…行くなら覚悟してもらわいといけないが、本当にいいかい?」
「え…?」
この言葉でサキの思考は再び混乱状態に陥っていた。そして浮かんでくるのは思い付く限りで最悪の事態。
心臓の鼓動が速くなる。呼吸が乱れて空気が吸えなくなる。
(大丈夫、大丈夫だ。だって先生はアイツに噛みつかれても平気だったんだ。だから…だから…。)
混乱状態でありながらもサキは自分をどうにか落ち着かせると、改めて先生に合わせて欲しいと頼んだ。今抱えている不安を、恐怖を払拭できる事を願いながら。
案内されたのは廃材でできた急拵えの小屋だった。入り口にはボロボロになったカーテンが掛けられており外から中の様子を伺うことができない。
「ここだよ。」
そう言われるとサキは一目散に小屋の中へ飛び込んでいった。
その先にあったのは自分が最も恐れていた絶望的な光景だった。
「先…生…?」
中にあったのは毛布で全体を包まれた人間程度の大きさの物体。
頭ではそれが何を意味するのかわかってしまっていたが、感情がそれを必死で否定している。
(違う!違う!絶対に!)
考えも感情も全部ぐちゃぐちゃになったまま、ゆっくり毛布を捲った。
「あぁ…うああぁ…!」
そこにいたのは間違いなく先生その人の筈だった。
だがその体は全身が原型を留めない程に変形してしまっていた。間違いなく昨晩尻尾に潰されたことによるものだ。
一瞬人違いではないかと疑うが、遺体が着ている服の装飾等からしてその可能性は限りなくゼロだった。
恐る恐る触れてみると信じられない程に冷たい。まるで冷やしたゴムボールのような感触だ。
「先生…!先生っ…!うあああああっっ!!」
立っていることができず、先生の隣で膝をつき、塞ぎ混んでしまう。
どうして、なんで、何故、なにがこんな結果をもたらしたのか。何を間違えてしまったのか。
そうしてサキは、思考の末に最悪の結論に辿り着いてしまった。
『”このまま隠れてやり過ごしましょう。あれが伝承の呉爾羅なら、なにもしなければそのまま海に帰ると思われます。”』
『先生、私はその意見には反対だな。』
『私があそこへ行って20mmを撃ち込む。』
『“待ってサキ、あれを撃ち込むって勝算はあるの?”』
『20mm弾ならあの生き物を確実に射殺できる筈だ。』
(私が…呉爾羅を撃ったから?)
(あの時、呉爾羅は私達を発見していなかった。それなら、先生が言った通り隠れてやり過ごせばこんなことにはならなかったんじゃないか?)
(そうすれば…先生が…死ぬこともなかったんじゃないか…。)
「…ごめん、先生…。ごめん…ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
物言わぬ屍となった先生の前で、サキは嗚咽混じりの謝罪をし続けることしかできなかった。
大戸島の上空にけたたましい羽音を轟かせながら巨大なヘリコプターが接近する。
『こちらはヴァルキューレ警察学校海洋警備局です。これより救助活動を開始します。』
機体の拡声器からそのような声が発せられ、島にいた漁師たちはヘリコプターに向かって広い場所を指し示す。
機体は示された場所へ即座に降下を開始し、着陸と同時に海警の生徒たちが続々と展開を始め、負傷者の収容作業から優先的に行っていった。
漁師のリーダーが海警の隊長に状況の説明を行う。謎の怪物に襲われ負傷者と死傷者が出たこと。その後怪物が消息不明になっていること。
そして海警らとは別に、普段彼らにあまり馴染のみない人物も来ていた。
「ヴァルキューレ警察学校、公安局局長、尾刃カンナです。死傷者が発生したとの通報を受け参りました。今後は我々公安局が捜査の指揮を執ります。」
公安局。ヴァルキューレ警察学校の中でも特に危険性の高い事件への対応を行う部署。
キヴォトスにおいては殺人事件の発生件数は限りなくゼロである。故に死傷者が発生した今回の件はヴァルキューレ内においても特級の重大事件として既に扱われていたのだった。
「御足労いただき、ありがとうございます。」
「いえ。それで亡くなられた方というのは?」
「その…」
「シャーレの、先生です。」
「…は?」
カンナは普段の彼女からは想像もできないような気の抜けた声を溢してしまった。
遺体のところへ案内されたカンナはその人物を見て言葉を失った。
なにしろあのシャーレの先生である。
カンナも以前連邦生徒会内で発生した汚職事件での対峙、その後のクーデターの際に起きた先生誘拐事件での共闘、他個人的な関わりもあり、彼女も少なからず先生へ好感を持っていた人物の一人だった。
それ故に目の前の光景が信じられなかった。
確認した先生の身体は思わず目を逸らしたくなるような酷い有り様で、同行していた公安局の生徒たちは吐き気を催したのか青ざめた顔をして外へ出ていってしまった。
少しばかり立ち尽くしていると、カンナは小屋の中に自分以外の人間がいたことに気付いた。
隅で蹲っていた人物は、カンナにとってどこか見覚えのある背格好、髪型、髪色で、記憶の中から該当する相手を探しだす。
「空井、サキか?」
「…公安、局長?」
声を掛けられた少女はゆっくり顔を上げながら呟く。泣いていたのか彼女の両目は赤く腫れていた。
「っ!おい怪我してるじゃないか!大丈夫か!?」
腹部に血の滲んだ包帯を巻いたまま泣き顔を見せる彼女の姿は放心状態だったカンナを『公安局長』という立場へと一気に引き戻した。
蹲っている彼女に近づき、屈んで肩に手を掛けて声を掛ける。
「空井、今外で負傷者の収容を行っている、お前も病院へ搬送してもらって」
「局長…」
怪我の心配をするカンナの言葉を遮りサキは言葉を絞り出す。
「先生を…」
「…先生のことは、私も残念だ。一体何が…」
「…私が、私が先生を…」
「…何?」
サキの返答はまるで自分が先生を殺したとでも言っているかのようだった。しかし、カンナはそれを否定する。
「空井、詳しい事情が分からないが、この状況はお前が起こしたものではないだろう?」
外の夥しい破壊の爪痕はとても人間一人が引き起こしたものとは思えなかった。
先程の聞き取りでは怪物に襲われたと言っていた。恐らく巨大なロボット兵器のようなものによるものだろう。
しかしサキはそれを否定する。
「違う!!私のせいで先生は死んだんだ!私が…あんなことをしなければ…」
そう言うと再び蹲って泣き始めてしまう。
(あんなこと…?)
一体何があったのか、まるで情報が足りない。サキにどんな言葉を掛ければいいのかとカンナが思案していると、外から入ってきた救助隊員に声を掛けられる。
「公安局長、負傷者全員の収容が完了しました。御遺体も収容作業に入りますがよろしいですか?」
「あ、あぁ頼む。負傷者はここにもう一名いる。意識はしっかりしているが重症だ。担架を持ってきてくれ。」
「了解しました。」
救助隊員たちは先生の収容を始めた。カンナはサキに改めて呼び掛ける。
「空井、ここからは私達公安局が捜査を行う。先生を殺害した犯人は必ず見つけ出して、絶対に報いを受けさせる。約束する。だからお前は自分の治療に専念してくれ。いいな?」
その呼び掛けにサキは反応しない。
その後、サキも担架に乗せられ他の負傷者と、先生と共に搬送されていった。
搬送される間、サキはひたすらに先生への謝罪の言葉を繰り返し続けていた。