死を告げるらしい鳥がいる 作:エリュシオン
そう、すべての始まりはカップ麺だった──
何気なく見かけたカップ麺を食べる人。その匂いは食欲をそそるものではなかったけど、何かが引っかかった。普段だったら絶対にしないのに。できないのに。なんでこういうときに限って止めてくれる人はいないんだろう。珍しく勇気が出てしまい、夕食はめでたくカップ麺になった。
発泡スチロールの容器にお湯を注いで3分待つ。たったこれだけだ。
少しの間なのに妙に長く感じるのは、これがいけないことなのだと自覚しているからでしょうね。
あまり嗅げないラーメンの香りが漂う。懐かしい、いい香りだけど……後で消臭しておかないと。ちゃんと匂わなくなるかしら。
日本のカップ麺は海外でも人気だ。色々と種類はあったのに父の会社を選んだのは、安心だからと言うよりも見つかった時の言い訳になるからだったのかもしれない。
砂時計が止まった。
ぺりりと蓋をはがす。匂いと一緒に麺を吸い込めば確信ができた。一口目は意外と美味しいと思えたけれど、二口目、三口目となってくるともういいと思ってしまう味。やはり今世では舌が肥えている。前世ではあんなにカップ麺が好きだったのに。
…………そう、どうやら私、
『春を告げない鳥がいる』
そんな、かっこいいタイトルの少女漫画の世界。恋愛がメインのごく一般的な話だった。歌と勉強が得意なヒロインが、一般家庭だけれど奨学生としてお金持ちのお坊ちゃんお嬢様が通う
そんな世界での私の役割はヒロインの恋敵。
要するに引き立て役だ。ヒロインをいじめて、戦って、負けて、逃げる。少年漫画のライバルとかと違って少女漫画だとこういうのはわりと陰湿なことが多い。ご多分にもれず、お金持ちである小夜啼織姫のいじめはえげつない。漫画だからいいけれど現実だったらばっきばきに心が折れそうだ。きっと漫画の彼女にはサドっ気がある。
結局いじめは暴かれ、織姫は学校を辞めて海外に逃げる。そしてまたヒロイン達の前に現れてヒロインを殺そうとまでするらしいけれど、どれだけヒーローのことが好きなのかしら。ものすごく執念深い。
でも羨ましいところもある。「私」は心から愛する人なんて家族以外はいなかったのだから。
今の私も同じ。やらされることをこなしているだけの毎日だった。でも──────こんなあるかもしれない未来を見せられたのだから、もっと抗っていい。いえ、抗うべきなのでしょう。
さしあたっては健全な精神と肉体を育んで、未来に備えるといったことからか。そう思いながらもカップ麺を頑張って食べているわけだけど。食べ物、捨てる、ダメ。
「お、お嬢様っ!」
「ふぇふぃっ」
ちょっと具が喉につまった。
「お嬢様……何を、お食べになっているのですか!?」
カップ麺を食べていますと正直に言ったらダメだということはさすがに予想がつく。お父様の会社の商品を食べてみたかったの、と言ってもこんな物じゃなくてもっと高級な物を食べろよと言われては反論のしようがない。
まさか
「体調を崩され食欲がないとのことでしたから使用人一同ご心配いたしましたよ。ひとまず、その不健康な食品を召し上がるのはおよしください」
「お父様に、報告するの?」
「はい。あくまでもわたくしめの雇い主は、お嬢様のお父上である
終わった……お父様からお叱りを受け、さらに監視が厳しくなるに違いない。まだまだジャンクフードを食べて前世の味を思い出したかったのに。
口封じを考えても黙らせられる方法が思い浮かばない。うちのメイドは、特に五十鈴は優秀だ。買収なんて絶対ムリ。同情を誘うくらいしか術はない。よし、泣くか。
「お嬢様、意地悪をしたくて注意させていただいてるわけではないのです。カップラーメンは化学調味料がたくさん入っているのでお嬢様の味覚を壊してしまうかもしれませんし、カロリーがたくさんでも栄養価が少ないのです」
「でもうちで売っているものなのよ、これは」
「それはお嬢様が召し上がっていい理由にはなりません」
ピシャリと私の反論は跳ね除けられた。くそう、厳しい。
おそらく彼女の態度には今までの私の行動が影響してる。今までの私は、将来有望なワガママお嬢様だったから。
「あのね、五十鈴。今まで我儘ばかり言って困らせてごめんなさい」
唐突に謝る私に五十鈴は驚いた表情を見せた。
「織姫お嬢様……?」
「私、思ったの。自分が恵まれているからって、それを振りかざして他の人を貶めてはいけないって」
お嬢様、と茫然とつぶやく五十鈴は混乱すると同時に感動しているようだった。無理もない。私は今まではほんっとうに人を人と思わないワガママっぷりだったからね。
「だから、その、みんなを理解するために、カップラーメンをまず食べてみようと思って……」
「お嬢様……」
これはいけそう。自分の取り繕いの上手さに自画自賛していると、五十鈴はそっと涙を拭ってハンカチを握りしめていた。
「五十鈴はたいへん嬉しゅうございます。お嬢様が一つ大人の階段を上られたことが伝わってまいりました」
よしよし。ニマリと上がりそうになった口の端を抑えて神妙な面持ちをキープする。このまま説教回避といきたい。
うちの両親は子どもにゲロ甘い完全なる親ばかで、今までの「私」は正直なところ怒られてもまったく怖くなかったし反省していなかった。でもこれからは違う。私は(精神年齢的に)この歳になって親に怒られたくはないし、怒らせると申し訳なさと罪悪感が半端ないのだ。そういうわけでお父上に怒られたくはないのでござる。
「しかし、こんな言葉もあります」
ん? 雲行きが──
「それはそれ。これはこれ」
お父様は私のいつものわがままとは違ったおいたに戸惑いながらも、いつも通りかる~く娘を叱った。くすん、胸にぐっと来た。