「よく、眠れましたか?」
「ええ……」
榛名が目を覚ましたのは、太陽が顔を出した直後だった。
かつては霧島と共同で使っていた部屋だったが、今は一人で使っている、が昨夜は翔鶴が一緒にいたようだった。
のろのろ、とベッドから身体を起こし、まずは着替え、そして部屋の隅に置かれた艤装をつける。
翔鶴も着替えと艤装を置いていたのか、同じように身に付けた。
上ったばかりの朝陽が眩しい、と考えながら外に出ると、龍鳳と春雨が朝食の準備を始めており、近くで吹雪と清霜が焚き火の番をしていた。焚き火にかけられているのは、昨日の残りのシチューのようだ。
「あ、おはようございます!」
「榛名さん、翔鶴さんおはようございます!」
「おはようございます、吹雪さん、清霜さん」
翔鶴がそう挨拶をした後で、一度周囲を見渡した。
「吹雪さん、他の人たちは?」
「日向さんと最上さんはもう起きてましたよ? 阿賀野さんと阿武隈さんはまだ警戒してます。他の人はまだ…」
「あ、磯風がさっき日向さんと話してるのを見ましたよ?」
どうやら日向はもう起きているようだ。榛名は曖昧に頷くと、近くを見回して日向の姿を探した。
日向はすぐに見つかった。
倉庫の近くで最上と時雨、磯風を指揮して資材を数えていた。
「ああ、君が寝起きの顔をするのは、何日ぶりだろうな」
「資材の様子はどのぐらいですか?」
「まあ、このペースならば、よほどの大損害を負わない限りは2ヶ月といったところか。遠征をしないなら、の計算だが」
艦載機持ちがあまりいない為にボーキサイトの減りが少ないからな、と日向は続ける。
悪気は無いのだろうが、翔鶴が少し顔を曇らせた。
「遠征をするにしても、遠征隊を編成しても安全かどうかも解らないですし」
「まあ、そうなるな。大淀が言うには、最悪の想定として全てのシーレーンが絶たれている可能性が否定できない、だそうだ」
「それを確かめるためにも、偵察が必要でしょう?」
榛名の言葉に日向が「ああ」と頷く。
「敵の攻撃を受けたとはいえ、倉庫があまり被害を受けなかったのは幸いかな。おっと」
最上がそう応えながら木箱に当たり、そしてそのままバランスを崩す。
「うへぇ!」
誰かの悲鳴。
「磯風が埋まったよ!?」
「! 手を貸せ、早く!」
数個の木箱をどかし、慌てて磯風を救助する。幸いにして怪我は無さそうだ。
「…っ。この箱はなんだ?」
幾つもの箱をどかしながら救助された磯風が撫でた箱には何もかかれていない。資材ではないようだ。
「最上。この箱は調べたか?」
「ううん、まだだよ」
「あけてみましょう」
翔鶴が力を込めて開く。確かにそれは資材ではなかった。
「…これは…三式弾に、徹甲弾じゃないか。底にも何かあるぞ?」
「ひっくり返そう」
時雨が箱を手に取り、傾けると、さらに底からは爆雷投射機と四連装酸素魚雷が転がり出てきた。
「まあ、悪くは無いな」
なかなかの成果はあったようだ。
朝食の後、偵察隊の編成が改めて発表された。
阿賀野・阿武隈の二人と駆逐艦たちは聞いていなかった話なので、それぞれ驚きはあったが反対意見は特になく、大井・吹雪・雪風の先発隊と、それに続く隼鷹・榛名の二人の護衛として磯風と睦月が行く事が決まった。
何故この二人かというと、睦月は「吹雪ちゃんが行くから」という理由で、磯風は「ここで燻るより動いた方がいい」という理由だった。
「じゃあ、行くわよ」
大井に吹雪、雪風が続く先発隊が抜錨し、それから1時間後に後発隊が続く事になった。
『大井より連絡。航路は順調。鎮守府周辺に敵影ナシ』
三十分後に最初の連絡が入った。
どうやら深海棲艦は鎮守府近海にはいないらしい。意外なものだ。てっきり、敵艦隊がたくさんいると思っていたが。
榛名が拍子抜けしていると、日向が口を挟んだ。
「大井。潜水艦はどうだ?」
『敵の潜水艦も特に見つけてはいないわ。水中探知を持っている訳じゃないから、確実じゃあないけれど』
「そうか。吹雪、雪風にはそれぞれ左右の警戒を厳にするように頼む。それと、少し早いが後発隊を出そう」
『もう?』
「近隣に敵がいないからな。とにかく、鎮守府海域から南まで足を伸ばしてくれ」
『…南方海域はわからないわ。後発隊と合流していこうと思う。しばらく待機するわ』
「だ、そうだ」
日向がこちらを振り向き、隼鷹が「おう」と頷いた。
「よし、行くぜ」
隼鷹を旗艦にし、榛名が正面、睦月と磯風が左右に分かれた。
高速戦艦の榛名だが、隼鷹にあわせて速度はさほど出さない。最も、大井たちもまだそう遠くに行ってはいないだろう。
四隻が、抜錨する。
「どうか無事で」
「翔鶴さん」
翔鶴の祈りのような言葉に口を挟んだのは阿武隈だった。
「大丈夫です、きっと、大丈夫」
そうであってほしい、というただの願望でしかない。
行き先はわからないのだ―――あの日と同じように。
航路はぞっとするほど、静かだった。
晴れた青空。海鳥が時折空を駆け、深海棲艦の黒い姿は何処にも見えない。
「静かですねー」
睦月がそう呟く。恐ろしい程静か。
そんな事を考えながら視線を上に向けると、遠くの方に黒い点。そしてそれは、小さな飛行機の姿へと変わった。
「…偵察機が帰ってきたぜ」
隼鷹が顔を上げ、偵察機を迎える。
「大井達が近くにいる。敵影もナシ、だと」
「じゃあ、大井さん達と合流しましょう」
「合流した後、どうする? 他まで進出するか? それとも鎮守府周辺を長く捜索するか?」
「…それは大井たちと相談するべきだろう」
隼鷹の問に、磯風がそう口を挟む。確かにそうか、と隼鷹が呟いた時、遠くの方に影が見えた。
大井達だ。
「榛名さーん! 隼鷹さーん!」
両手を振って雪風がこちらへ向かい、その後ろから吹雪と大井が続く。
「鎮守府周辺海域に敵影はナシ。どうします?」
「周辺をどの当たりまで調べた?」
大井に対して磯風がそう声をかけると、大井は淡々と続ける。
「一通りは。まあ、すぐ見渡せる範囲は全部って所かしら」
「ふむ」
ならばほぼ全域、というところか。
「……足を伸ばそう」
「でも、どこまで?」
「南方だ」
磯風はかなり饒舌だった。
「吹雪が前に言っていた。鎮守府壊滅時に南方から敵が来た、と。ならば、そちらを見るのが賢明だ」
確かにそうだろう。だが、南方は危険だ。あの二正面作戦の前から南方海域は敵の戦力が整った海域である。
少数で進むにはあまり賢いとはいえない、が。
「……大井、どうする?」
隼鷹の問に、大井は無言で頷く。吹雪、睦月、雪風は何も言わないが、反対は無いようだ。
「榛名は?」
「……進路を、南に」
進まなければ、わからないものもある。それぐらい、榛名もわかっている。
そうだ、進まなければならないのだ。そう、この先に。
南方海域は島が多い。遠征や戦いの途中で上陸して休む事が出来るぐらいの島はある。
足が速くなる。
そうだ、皆たぶんそこにいるのだ。
燃料が尽きて動けないで待っている、姉や仲間達がいるに違いないのだ。
だから帰りを待ち続けても帰って来れなかった。ここまで静かなのは敵を見事に殲滅した。だけど燃料を使いすぎた。
だから帰れない、帰って来れない。
きっと皆驚くだろう。迎えが来た、と喜んで、長門や武蔵あたりが戦果を笑いながら喋って、赤城あたりが「お腹が空きましたね」といつものように笑っているに違いない。
そうだ、きっとそうだ。
「榛名? おーい、速度早いぞ。幾ら高速戦艦だからって…」
「もうちょっと速度落としましょうよ」
ふと気が付くと、背後から隼鷹の声と、吹雪からの窘める声。
「ああ、ごめんなさい」
「警戒を厳にしないとマズイですよ」
「でも、敵はいないじゃないですか」
榛名の言葉に、磯風が首を左右に振る。
「わからないだろう。どこに潜んでいるのかも…」
「いないでしょう。きっと倒されたんですよ」
「倒されたって…」
「決まってるじゃないですか。長門さん達や赤城さん達が倒したに決まってます」
何をおかしな事を言うのだ、と榛名はそう言葉を続ける。
皆は怪訝そうな顔をしていた。なんでそんな顔をするのかわからなかった。まったく、せいぜい一月連絡が無かったぐらいでどうというのだ。
潜水艦の皆はドイツまで行ったのだし、ビスマルクたちははるばるドイツから来たのだ。
そうだとも、今まで何の連絡もないからって、別に心配するようなことではなかった。
初めから皆、何らかの事情で帰って来れなくなっただけで――――。
「急ぎましょう、南方海域へ!」
「………」
だから誰もが、奇妙な顔をするのが、逆に奇妙に感じた。感じていた。
その瞬間まで。
「……何か浮いてる?」
最初に気付いたのは睦月だった。
「どうした?」
「黒いものが浮いてます…でも、深海棲艦にしちゃ小さくて…」
睦月が立ち止まり、指差す先に何か黒々としたものが、たくさん浮いている。小さい黒いもの。
「海草じゃないかな?」
「ゴミか何かだろう」
吹雪と磯風はそれぞれ口を開くが、雪風が進み出た。
「確かめてきます!」
「雪風、注意するのよ」
大井の言葉に頷き、雪風は黒い浮いたものに近づいた。
「…隼鷹さん! 隼鷹!」
一つを掴むと、それを振りながら隼鷹を呼んだ。
「どうしたー?」
「これ……飛行機です……」
「なに!?」
全員がそちらへ向かい、雪風が拾い上げたそれを見た。
「…烈風じゃないか…」
隼鷹の呟きの後、大井が「まさか!」と呟いた。
「これ…全部…?」
艦載機?
そんなバカな、と榛名は見下ろした。だけどそれは確かに、折れた翼に描かれたマークも、千切れたプロペラも、間違いなく。
空母達が積む艦載機だった。
「天山…流星もある…」
「嘘…じゃあ…」
吹雪が青い顔で後退した時、軽い金属の音が鳴った。
「!?」
吹雪の足元に、破壊された艤装が転がっていた。
焦げ付き、大破しながらも、そのあまりにも特徴的な―――41センチ砲は、長門型のもの。
がらがら、と足元が崩れ落ちると思った。
どこにいる、どこにいるのだ。姉や仲間達はどこにいる?
それとも、この海底に沈んでいる―――?
榛名は周囲の海域に目を凝らす。
だけど、散らばる艦載機、破壊された艤装はそこにもあった。あそこにもあった。
そこら中にあった。
見たくなかった。
それ以上何も見たくなかった――――喉から迸るその絶叫を止めたくても止められないように、見たくなくても―――見える。
「――――――――ッ!!!!」