艦隊これくしょん サヨナラの海に   作:Xn-i

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3:幻

 あれも。

 これも。

 どれも。

 

 見覚えのある、艤装ばかり。破壊された、艤装。

 その主の運命は、問わなくても答えは出ている。それでも一抹の希望を求めて、中を探す。

「長門さんッ! 霧島ッ! 赤城さん!」

 返事は何も返ってこない。

 

 そして、見えるのは破壊の傷跡。

 

「嘘……嘘だ…」

 信じたくない、見たくない、信じられない、見せたくない。

 だがそこにあるのは、現実。

「どうすれば…ッ…!」

 提督を失い、そして仲間達を失ったという現実。

「榛名は…どうすれば…いいの…? 姉様…」

 呆然と立ち尽くす榛名。海面を見下ろしても、あるのは破壊された艤装と、やつれきった自身の姿。

 

 ああ、私はこんな姿をしていたんだと榛名は思った。

 

 その顔の奥に見えるのは、何だろう。海面に写る榛名の他に、失われた姉や仲間達がいるのだろうか。

 この深海のどこかに沈んでしまったの?

 それなら、どうして私も連れていってくれなかったの?

 

 どうして私だけ、置いていったの?

 

 手を伸ばしても、届くはずなどないのに。

 

「榛名さん! 榛名さん!」

 たとえすぐ近くで吹雪が何度も叫んでも、その呼びかけに答えない。

 

 手を伸ばして。手を伸ばして。

 手を伸ばしたって、届かない。

 

「榛名さん!」

 目の前に現れたのは、吹雪の顔。

「ね、姉さ」

「たぶん、これじゃ……」

 何を言わんとしたか理解したのか、吹雪は視線を一瞬だけ伏せた。

 

 強烈な平手。

 普段の彼女ならまずしないような行為、そして、戦艦の平手は吹雪の小さい体を吹っ飛ばすのに充分だった。

 盛大に水しぶきが上がる中、榛名は歩を進める。

 

 姉さまはどこ?

 

「金剛姉様…比叡姉様…霧島…」

 

 そうだ、どこにいる。認めない。認めるものか。認めてなるものか。

 その名前を呼ぶ。返事はどこにある。

 

 どれが現実?

 本当は待っているの? それとも…。

 

「榛名さん!!!」

 

 平手のお返しだった。

「………落ち着いて聞いてください」

 榛名の両肩を掴んだ、吹雪の真っ直ぐな瞳。

「榛名さん。こうやってただ、いつまでも幻を待ち続けるつもりですか」

「でも」

「どれだけ認めたくなくたって! 現実なんです! 今、ここにあるのが!」

 今、ここにあるのが現実。幻じゃない。

 嘘じゃない。これが本当。

「私だって信じたくないんです。皆、皆沈んで…それで、あの時見送った皆も帰ってこないなんて! だけど!」

 悲痛な叫びが、届く。溢れる涙の雫が、届く。

「もう…私たちしかいないんです…!」

 震える手が、榛名を掴んだまま。

 

「榛名さんは戦艦です…私よりも、ずっと…強い…だから、生きなきゃいけないんです…戦わなきゃ、皆を守らなきゃ…」

 

「だって! あなたは、皆の! 希望の火なんですから!」

 

 必死に叫ぶ吹雪の姿。

 榛名の頭の中で、血の気が引いて行く音がした。

 

 希望の火。

 暖かなその言葉が、今の榛名には似合わないように思えた。だけど。

 

 だけど、今、彼女達しかいないならば。

 戦艦と名のつくものは榛名と日向だけ。榛名がいなければ、日向しかいない。

 希望の火。

 なんと重い、言葉だろうか。だけど。

 

 目の前にいる小さな少女は、吹雪は、榛名よりも火力も装甲も劣る、駆逐艦。

 

 それなのに、その心の強さは彼女を遥かに上回る。

 

 それは導のような言葉。

 

「なんで……わたしには…」

 重すぎるその言葉を、拒否しようとしても―――――その重みが、彼女がそれを手放すことを許さない。

 必死な吹雪の思いが。今、目の前にある現実が、それを拒否させない。

「榛名さん!」

 もう一度、吹雪が叫んだ。

「辛いのは……失った事が辛いのは…みんな同じです…」

 

「皆と同じように! 司令官も! もう、いないんです!」

 

 ハンマーで殴られるよりも重たいその言葉がのしかかる。

 しかし、それでもそれは認めなければならない。そう、皆同じその重みが、抜けてしまっているのを。

「……ごめんなさい、私……」

 頭の中が、少しずつ冷静になっていく。そうだ、考え直せ。自分の役割を思い出せ。

 榛名が搾り出したその言葉に、吹雪は無言で微笑み、その手を取った。

「戻りましょう。皆が心配してます」

「ええ」

 先ほどよりもしっかりとした歩みで、二人は仲間達の下へ戻っていった。

 

「遅いぞー」

 隼鷹はさも何事もなかったかのように、明るい声を出した。

「ごめんなさい」

「…大丈夫です」

 大井がそれに答え、榛名は「ありがとう」と返答。

「吹雪、どうしたんだ?」

「なんでもないよ」

 磯風がしっかりと痣のついた吹雪を指差すが、吹雪は笑って首を左右に振った。

 大井と隼鷹はそれが解っていたが、何も言わずに、それぞれ視線を戻した。

「どうする? このあたりには……」

「敵の姿は無さそうですし」

「ええ……」

 引き返そう、と榛名は言葉を続けようとした、その時だった。

 

 磯風が、ふと雪風に「双眼鏡を」と双眼鏡を借りた。

「どうしたんですか?」

 雪風が不思議そうに聞くが、磯風は答えずにただ双眼鏡で南の海を見ている。

「隼鷹さん、偵察機で見たのは……」

「周辺だけだぜ。南の方は…」

 ふと、その意味に気付いた榛名がそう問いかけると、隼鷹もようやく気付き、慌てて偵察機を飛ばした。

 

 そしてその偵察機は、二分もしないうちに炎に包まれるのが彼女達からでも見えた。

 

「敵艦隊、発見!」

 

 周辺しか見ていなかったがゆえに、南から少しずつ近寄るそれを見過ごしていた。

「おまけに、数も多い! 来るぞ!」

「何がいますか?」

「空母と戦艦、ついでに軽母もいるし、水雷戦隊もいる!」

 六隻編成の艦隊が、何個もある。とてもじゃないが、七隻では間に合わない。

「全艦、とにかく後退! 後退です!」

 大井の叫びに、七人は慌てて鎮守府への道へと引き返そうとする、が。

 

「クソ、艦載機だ! 攻撃隊!」

 向こうには空母に軽母が数隻。こっちは軽空母が一人だ。制空権が取られるのは解っている。

「ボーキサイトを無駄遣いする訳には行きません、隼鷹さん止めて!」

 それでも艦載機を飛ばそうとした隼鷹を遮ったのは、吹雪だった。

「けど、どうする! やられちまう!」

「時間さえ稼げれば、なんとかなります」

 吹雪が淡々と告げる。その言葉の意味を―――理解したのは睦月だった。

「ダメだよ吹雪ちゃん! それならわた――――」

 そんな睦月の腹に、吹雪の鉄拳が刺さった。

 

 装甲や性能に劣る睦月型の睦月にとっては、その鉄拳で充分だった。

 

 崩れ落ちかける睦月を榛名に渡す。

「…ごめんね、睦月ちゃん。幻を追いかけてるのは、私もなんだよ」

 後半を榛名に言い聞かせるように、吹雪は呟く。

「撤退を。殿は引き受けます」

「吹雪さん!? 一人じゃ無理―――」

「雪風と磯風は隼鷹さんを守って」

「吹雪さん!」

 雪風の言葉に背を向け、迫る敵目掛けて吹雪は向かう。

 

 艦載機に機銃を放ち、徐々に敵の方へ。

 

 幻を追いかけている榛名を、現実へと解き放った吹雪は。自身はまだ、幻に囚われていたまま。

 

「……撤退です!」

「しかし!」

「クソ! 行くぞ!」

 隼鷹が真っ先に叫び、動き出す。気を失った睦月を抱えたままの榛名もまた続く。

「吹雪を見殺しに…」

「このまま残って犬死したいんなら残りなさいな! そうなれば吹雪も犬死よ!」

 磯風に大井はそう怒号を飛ばし、雪風も含めて三人が動き出す。

 大井の目に光る涙は、彼女もまたこの展開が許せなかったのだろう。

 

 

 幻を追いかけている。

 何度の夜を過ぎても、何度雪風の冗談に付き合い、何度も時雨とお互いをからかいあい。

 そして唯一生き残った親友の睦月の顔を見ても、それでもその幻は消えない。

 

 どこかで生きている筈だ、と叫んで願い続ける。

 叢雲。同じ吹雪型の、一人だけどこか違う雰囲気を纏った少女を。

 誇り高くて、何度も訓練を共にした戦友。肩を

 

 あの日、鎮守府が壊滅したあの日に、その血塗れの背中を見送ったのが最後の記憶。

 

 だけどきっと彼女はいる。どこかで生きている。生き延びている。

 そう信じて、彷徨っていた。

 

 きっとこの先で――待っている。

 

「うおおおおおおっ!!!!」

 連装砲が火を噴いた。戦艦の装甲は貫けなくても、注意を引き、目くらましには充分だった。

「当たれ!」

 一撃必殺の魚雷を放ち、少しでも敵の侵攻を食い止める。

 十数隻もの敵を一人で相手にするには困難だ。機銃で撃つより多い艦載機が次々と爆弾を落とし、それは吹雪の身体に大きなダメージを与える。

 火傷が身体を焼き、飛び散った艤装が突き刺さって血が溢れた。

「まだまだぁ!」

 それでも連装砲と機銃の手を止めない。譲れない。

 

 戦艦の主砲が直撃した。

 強烈な一撃だった。内臓が幾つか潰れたような音、骨の砕ける音。

「があああああっ!!!」

 連装砲ごと、腕が焼き付いた。使い物にならなくなった連装砲を捨て、生き残った機銃で反撃するが敵の足は止められない。

「はぁっ…はぁっ……」

 艤装ももう殆ど動いてないだろう。だが。

 

 唯一残された武器の魚雷を手に取る。

 

「深海棲艦達へ」

 

「この怒りは、深いよ」

 

 魚雷を抱えた吹雪は前へと進む。

 砲撃や機銃が飛んでくる中、全身の力を込めて、最後の一発を放り投げた。

 

 そしてその一発が海に沈む前に、艤装が炎上し――――彼女は、火柱に変わった。

 

 

 沈む、沈む、沈む。

 冷たい海に抱かれた彼女の視界に映るもの。

 

「……叢雲?」

 

 海の中で手を振る彼女は、導かれるように深海へ沈む。

 身体を壊し、その血肉を海の中に溶け合いながら、仲間へ手を伸ばす。

 

 再会した戦友は、共に行く。

 

 長い長い、旅路へ。

 永遠に終わらぬ航海へ、抜錨する。

 

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