艦隊これくしょん サヨナラの海に   作:Xn-i

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7:捻じ曲げる事のできない怒り

 久しぶりの戦闘から、五日の時が過ぎていた。

 あれ以来、敵の襲撃もなく、海は静かなままだ。だがしかし、決して事態は好転しなかった。

 

 五日前の戦闘の後、早急に陸軍基地と連絡を取り、他の基地と連携を取るべしという意思決定がなされ、阿賀野と早霜の二人が徒歩で出発した。

 それから五日目になるが二人はまだ戻ってくる気配は無い。

 そして何より、残された艦娘の間も微妙な空気が流れていた。

 

 それは吹雪の喪失から始まったもの。

 

 睦月、そして雪風はすっかり塞ぎこんでしまっており、大淀は口数がめっきり減って、翔鶴を避けている。

 磯風は榛名への不信を拭わず、それを清霜が見咎めては対立に発展しかけ雲龍に制止されの繰り返し。

 榛名は榛名でそんな磯風を刺激しないことにしたようで気にせず、日向もそんな榛名に何も言わずに作業に没頭し、それが大井には不満なのか苛立ちを隠さず。

 更には龍田は何をやっても身に入らない状態になってしまっていた。

 

「ご飯の時間なのに…」

 六日目の朝、龍鳳がとうとうそう零した。

 今朝のメニューは煮込みうどんのようで、お椀にそれぞれよそっているが、そもそも席にやってくる艦娘も少なかった。

 榛名や清霜に顔を合わせたくないのか、食事の時間をずらす磯風に、部屋に籠もりがちな睦月と雪風、龍田と大淀も顔を出すのが遅れがちになり、大井と清霜は不機嫌を隠さない。

「元気が出ないのは解るけど…でも…」

 春雨も気落ちしそうな声で、でも少しでも奮い立とうとしている。

「このままではバラバラですよ」

 龍鳳がもう一度呟くと、席にやってきた鳥海が口を挟んだ。

「最上さんが日向さんにその事で話しても、日向さんは何も言わないみたいです」

 榛名が姉達を待って海を見続けていた間、艦隊をまとめようとしていたのは日向だった。戦艦娘というだけではない、まとめようとする意思がしっかりとあった。

 だが、偵察の後、彼女は初めて榛名に意見を求めた。海を見続けていた榛名に決定した事を伝えたり指示をしていたとは反対に。

 そして大淀が塞ぎこんだ以上、榛名が艦隊をまとめているようにも見える。だが、それには不満がある者がいる。

 

 鳥海の言うとおり、バラバラになる。

 榛名や日向のように、刺激しないように気にしないでいる事が、余計に不満を持つ者達の不満を募らせている。ただでさえ叩かれた艦隊を、一つの意志にまとめなければならない。

 阿賀野と早霜が戻るのを待ってから再度話し合いをするか、或いは――――。

 

 翔鶴は、赤城と鳳翔から加賀が瑞鶴にきつく当たる理由を聞いた事があった。

 

『加賀さんは誇り高くて、自他共に厳しいです。そう、昔から、ね。だけど、誇り高さ故に、慢心してしまうことが昔からありました。瑞鶴さんも同様に、誇り高い』

『そして、慢心した失敗をしてしまう?』

 翔鶴の返事に、赤城が無言で首肯。すると、鳳翔が言葉を続けた。

『だからある意味、加賀さんから見て瑞鶴さんはかつての自分や今の自分がしてしまいそうな失敗を、時々目の前でやってしまう。でも、目の前でそれをするから自身の治すところも見えるし、何よりその治すべきところを瑞鶴さんも治せば完全に近い自分が二人になる』

『私達空母は、一人では戦えませんからね』

 赤城がそう締めくくる。

 加賀にとって瑞鶴は昔の自分、そして今の自分を映す鏡でもある。だからこそ、目の前である自身の過ちも見えてくる。そして、それは瑞鶴さんの過ちである。

 だから治して欲しい。そうすれば、欠けの無い二つの空母が出来上がる。

『でもお互いに誇り高くては、今日のように言い争いとかもしてしまうのでは?』

『そうですね。でも、だからこそああやってぶつかり合うことは大事だと思いますよ?』

『?』

『ぶつかり合うからこそ、解るものも出てきます』

『だけど誇り高い二人は本当は認めるなんていわないんじゃ…』

 翔鶴がもう一度疑問をぶつけると、赤城はタメ息をついた。

『確かに。まあ、あの二人は本当は認め合ってるから、できる芸当。でも、そうじゃない場合は本音をぶつけ合う事が大事でしょう』

 

『相手を知るには、その生の声を聞くのが一番ですから』

 

 名前の声を聞く。本音を知る。本音を引き出す。その為に、ぶつけるもの。

「衝突は必至ですね…」

 翔鶴は呟く。だが、今しかない。時間が経てば経つほど危険になる。

 何より、不満を持つ者たちを爆発させてはならない。そのためには……失敗すれば自身がバラバラにしてしまう事になる。だが、やるしかない。

「春雨ちゃん、全員そろうように伝えてください。えーと…うどんが伸びるとでも理由をつけて…」

「それで、出てきてくれるでしょうか?」

 春雨の不安げな問に、やってみるべきだとばかりに翔鶴は無言で促した。

「………はい。呼んで来ます」

 彼女の珍しく強い言葉に春雨は戸惑った顔ながらも、部屋の方へと向かっていく。

 

 

 阿賀野と早霜以外の全員が久しぶりに揃って着席する朝食も、箸が進まないものが目立った。

 でも、食事を終えたなら、繰り出そう。翔鶴はそう思って、箸を動かす。日向と榛名は資源の残りと阿賀野たちがどんなルートを使って行ったのだろうか?という話題に夢中。

 隼鷹が時々それに加わる。やがて、ようやく器が空になるものが出て来る。

 そろそろだ。

「榛名さん。一つ、言わねばならない事があります」

「…なんですか」

「あなたは謝るべきでは? 吹雪さんの事で」

 色んな意味で、温度が下がった。だが、構わなかった。

「それは」

「非常時だからそれを話すべきではない、と雲龍さんは言いました。でも、はっきりしなければ、納得できない子だっています」

「翔鶴さん」

 雲龍の言葉に、何も言わずに翔鶴は榛名だけを見る。榛名は。

「そう、ですね」

 箸を置いた。

「吹雪ちゃんは皆を支えようとしていた。そう、鼓舞して、元気付けて」

「ずっと明るくて、雪風たちの背中を押してくれて…」

 雪風が続けた。榛名は頷く。

「ええ。吹雪ちゃんのお陰で、保ってた子もいます。でも……本当は、吹雪ちゃんの中は、辛かった。私と同じように。私みたいに、表に出していなかった。出せなかった。他に守るべき子達がいたから」

「……」

「吹雪ちゃんも傷ついていた。そしてそれが、徐々に削れてった。でも、変わる人がいない。吹雪ちゃんの後に、引っ張る人がいる? でも、あの日……」

「待って下さい」

 翔鶴は思わず口を挟む。

 引っ張る人がいない?

 この中に?

「そんな、まるで皆が吹雪さんに頼り切っていたような……」

 

 だが、もう一度、今を振り返った。

 

 引っ張る人がいない?

 いいや、もう一度思い返せ。

 大淀はめっきり口数が減った。仲間達の喪失をつきつけられた現実で卒倒し、その前に提督の執務室で泣いていた彼女に翔鶴が八つ当たりをしてしまい。

 そう、翔鶴自身も大淀に八つ当たりをするようなことをしてしまっていた。

 龍田も無理をしている様子で、もとより失言が多く。

 それまで必死に明るく振舞おうとしていた雪風も、吹雪の死の後からふさぎ込んでしまった。睦月に至っては吹雪に頼りきりだ。

 新参の磯風ですら吹雪の死に怒りを隠せず、大井もそれに不満を持ったままで。

 日向はそれまで皆をまとめていたようだが、まとめていたというより積極的に意見を求めていただけのようだった。

 

 現にあの日の出撃までの間、私達は鎮守府に残っているだけだった。

 

 じゃあ、私達は。

 

「頼り切ってました。でも、いずれ限界を迎えてしまう。吹雪ちゃんもまた、私と同じように、皆が生きてる事を信じたくて信じたくて、でもそれが現実じゃないって解ってしまった……」

「だから…でも、そんな……」

「わかってます、わかってます。でもだったらもう、誰かが引っ張るしかない。まとめるしかない。本当に希望の灯になるしかない!」

 榛名の言葉に、黙り込む。

 そうだ、誰かが、誰かが引っ張って、誰かがまとめて。

 

 そんな希望に、誰がなるというのだ。

 

「榛名さんは」

 清霜が口を開いた。

「吹雪さんから、そう言われたの?」

「そうであれ、と」

 清霜の問に、榛名は頷いた。

「みんなの希望の灯だ、と。それを聞いた時から、引っ張っていくしかない、戦うしかないと」

 

「今を見て、それでもこれから戦わなきゃいけないと、私は決めました!」

 

 榛名の言葉に、もう誰も何も言わなかった。

「いつまでも、落ち込んでばかりもいられない。吹雪ちゃんはそれを教えてくれた」

 だから立つしかない、とばかりに榛名は立ち上がる。

 それで話は終わったうようだった。

 全員が全員、納得したかどうかは翔鶴には解らない。でも。翔鶴にとっては。

「解りました、榛名さん」

 

「なんでも相談して下さい。できることなら」

「ええ、翔鶴さん」

 

 そんな会話を交わした時だった。

 遠くの方から、走ってくるような足音。

「!」

「阿賀野さんと早霜さんでしょうか?」

 翔鶴がそう思いつつ、崩れかけた食堂から外へと出る。

「おーい! おーい!」

 片手を振りながら走ってくる阿賀野と、その後ろに早霜。そしてもう一人。

「あきつ丸だ」

 日向の言葉通り、陸軍の黒い制服を来た陸軍艦娘のあきつ丸が続いていた。

 懐かしい顔の再会だった。

 

 

 兎に角とばかりに、あきつ丸も食堂に招かれ、阿賀野と早霜の報告が始まった。

「残念な事に、海軍の殆どと連絡は途絶しております。そして湾内部から沿岸に上陸した敵部隊の攻撃で陸軍もかなり……沿岸防衛も行ってはいたのですが、やはり艦娘の力も無く、航空機の攻撃もあり、とても」

 あきつ丸はそう口を開いた。

「故に、私も提督殿の言葉通り、当初は陸軍の本営まで逃げたのですが、陸軍の方も状況不利と見て、市民の避難をさせつつ、本営より撤退。しかし、他の隊とも連絡を兼ねて私は残っておりましたところ、阿賀野殿と早霜殿がやって参りました」

「あきつ丸さんからも聞いたけど、鎮守府への連絡網も寸断されてるみたいで、返事もなくて」

「ここ同様に無線機が壊れている可能性もありますが…実は北方の鎮守府や基地からは交信途絶までの連絡が残っておりました」

 あきつ丸は淡々と告げる。

「それは、つまり…」

「北方はほぼ確実に壊滅。南はわかりませんし、舞鶴とも連絡は掴めておりません」

「………」

 皆は続々と黙り込む。やがて、鳥海が口を開いた。

「北方が壊滅しているという事は……津軽海峡や日本海側にも敵がいるのでしょうか?」

「佐世保とも連絡が無い以上、なんともいえませんがそう考えても不自然ではありません」

 あきつ丸の返答。

 すると、この国は完全に孤立していることになる。

 全ての補給路が寸断されているのだ。

「………ここと同じように、艦娘が残っている基地もあるかも知れません。探しましょう」

 榛名は、そう口を開いた。

「手分けして、北と南で回ってみるか?」

 日向がそう提案する。

「それがいいですね。ただ、ここの防衛も必要です」

 それは最もな事だ。

「それなら、考えがあるんだけど」

 最上が手を揚げる。

「先に北側。次いで南側。それでどうだろう? 戦力的に大きく減らさないで済むよ」

 同時に出撃するより、あえて片側同士で進ませる、か。

 榛名と翔鶴はそれぞれ考え込み、やがて同時に顔を見合わせた。

「私はそれでいきたいと思います」

「私もそう思います」

「よし、それでいこう。うまく班を分けよう」

 日向が手を叩き、それで決まった。

 

 少なくとも一人でも仲間が欲しいのだ。

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