シュタージの介入から日が過ぎた頃。
とある掃討作戦を終えたヴェルナー達に、アイリスディーナからある事実が通達された。それは、第666中隊に新たな人員が補充されるという話だ。
その事実に、素直に喜ぶものはいない。腕が立たなければ、すぐにでも死ぬ。それがこの戦場なのだから。少しずつ付き合ってきたことで、態度も軟化してきたテオドールも同じことを考えていたのか、不服そうであった。
────補充されてきた衛士を見るまでは。
「リィズ・ホーエンシュタイン少尉です。本日只今をもって第666戦術機中隊に着任いたします。よろしくお願いします!」
「────!」
可憐な程に小さな少女に、テオドールは呼吸が止まったかのように停止していた。その後の話、いや彼女やテオドールの会話から二人が兄弟────義理ではあるが────家族であったことを知る。
素直に再会を喜ぶ二人………だったが。全員が全員、そういう考えではなかった。
「────来たな。アハトゴッド中尉」
「要件は何でしょうか、ベルンハルト大尉」
呼び出されたのは、あの個室である。ヴェルナーもここに入ったことはあるが、呼び出されたことはなかった。だが、自分に非はないことは理解している。今回呼び出されたのは、他のことだろう。
「貴様はホーエンシュタイン少尉を、どう思う?」
「…………シュタージのスパイか、という事でしようか」
「そうだ。遜色ない貴様の意見を聞きたい────イェッケルン中尉も認める、貴様の考えを教しえてくれ」
配属されてから数ヶ月。
ヴェルナーの判断力、予想や考えは第666中隊でも確かなものとして評価されていた。それ故に、今回の件に関する意見をアイリスディーナから求められる。当のヴェルナーは考え込むと、一瞬で答えを出した。
「黒ですね。疑う余地もなく」
「………そうか。貴様から見ても、間違いないのだな」
リィズ・ホーエンシュタイン。彼女が配属されたのは、ヴェルナーの時とは違い、明らかに唐突である。何より、彼女とテオドールの経歴を探れば、スパイでないと言い切ることすら難しい。
────シュタージに拷問された後、テオドールは妹と引き離されていた。その妹がテオドールのいる第666中隊に配属された、というのは偶然と思えないのは当然だろう。
「ですが、ただのスパイと決めるのは早計かと」
「……………ほう?」
「そもそも、可笑しいでしょう。テオドールを狙ったスパイだとしても、あからさま過ぎます。あれでは、疑って欲しいと言ってるようなもの。シュタージの考えや行動は極端ですが、スパイなどの使い方は上手い。………彼女を使うのであれば、もっと前から配属させるはずです」
そう、あまりにも怪しすぎるのだ。
露骨なまでに疑って欲しい要素の多いリィズは、まるで誘い込んでいるかのような感じが誤魔化しきれない。ヴェルナーはシュタージが考えているであろうことを、大型推測し切っていた。
「ふむ、なら彼女はどういう存在だと思う?」
「────囮のスパイかと。内に潜ませた本命を隠すためのスケープゴートには充分過ぎます」
───恐らく、シュタージのスパイはホーエンシュタインだけではない。前々から、スパイらしき存在がいることは把握している。数ヶ月前に、シュタージが襲来した時にカティアのことを密告した誰かがこの基地に潜んでいる。
「…………貴様のことだ。疑わしいものに検討はついているのだろう」
「長期間諜報させる………あくまでも戦死の可能性の有り得る戦場から離れた立場の人間。それでいて、もっと疑いから外れる古参の人間。この二つの特徴が合う、古参の整備兵の内にスパイがいる、と推測しています」
「分かった。そちらの方はヴァルターに探らせる。最終的に絞る時は、同志中尉に頼むが…………構わないか?」
「はっ、了解です」
軽く受け答えして、その場から立ち去るヴェルナー。時間にも余裕があるため少し歩いていること十分、フラフラと元気がなさそうに歩いているテオドールを見かけた。
「元気がないな、どうした? エーベルバッハ少尉」
「…………いえ、何もありません」
「───ホーエンシュタイン少尉のことで、何か言われたか?」
暗い顔のテオドールが思わず此方を見た。やはり図星らしい、相変わらず分かりやすい。近くの小屋に背中を預け、人の気配がないことを理解した上で、語り掛ける。
「今は二人だ。敬語は構わない、思うことがあれば話せばいい」
そう言われて、沈黙したテオドールは迷う。心の底から迷いながら、答えを求めた。
「中尉も、リィズが黒だと思うのか?」
「────エーベルバッハ少尉は、どう答えて欲しい」
だが、ヴェルナーは冷たく切り捨てる。その目はいつものようなものとは違い、明確な冷たさを伴っていた。BETAとの戦いで向けるような、冷酷さを通り越した無機質さがそこに浮かんでいた。
「あの子は黒じゃない、そう信じたいだけなら都合のいい言葉はいくらでも言える。それでいいのなら、別に構わない。だが、少尉は迷っている────それは、思うところがあるからだろう?」
「……………」
「選択は自分でするべきだ。妹だけを無心に信じたいのなら、この話は無かったことにするべきだ」
暗に、覚悟を決めろとでも言いたいのか。リィズ・ホーエンシュタインがシュタージのスパイだったとして、何の為に戦うのか、と。
………正直、答えを出すにはもっと時間が欲しかった。だが、迷っているばかりではいられない。
「────アンタの考えを、教えてくれ」
だからこそ、理由の説明を求めた。ヴェルナーの説明を聞き、少しでも自分を納得させようと。彼がそこまで疑う理由を受け入れられるかどうか、確かめようとしたのだ。
テオドールの覚悟を、理解したのであろうヴェルナーは目を細め、淡々と語り出した。
「ほぼ間違いなく、クロだ。そう思う要素は、二つある」
「………それは」
「一つは、このタイミング。オレ達は今現在、隊員の損耗もない。にも関わらず、唐突に補充された。ベルンハルト隊長やヴァルトハイム少尉を探りに来た、と思うのが普通だ」
実際、最近の戦いを経て第666中隊の誰も欠員が出ていない。唯一有り得た戦いでは、カティアやファムがヴェルナー共々行方不明になったが、その後ヴェルナーが二人を無事に連れ戻した。
それ故に、今の第666中隊には人員補充の必要はないのだ。それを上層部が無理矢理押し通してきた────そう聞くだけでも、リィズ・ホーエンシュタインの配属が疑えてしまう。
「そした、2つ目。君の存在だ、エーベルバッハ少尉」
「………俺が?」
「────話を聞きたい。お前はかつて、シュタージに捕まったことがあるな?妹、リィズ・ホーエンシュタインと共に」
その話を掘り返され、テオドールの表情が凍りつく。脳裏に過ぎるのは、忘れることのできない最悪な記憶。蒼白に変わるテオドールの顔は、あの日々のトラウマを再起したのだと確信させる。
「………すまない、オレの落ち度だ。お前のトラウマを理解していたはずだが、配慮が足らなかった」
「別に………いいさ。それより、さっきの質問、どういう意味だ?」
「─────何故お前は生きている?」
唐突の問いに、テオドールは困惑を隠せなかった。言っている意味が分からない、そんな表情の彼にヴェルナーは自身の考えを的確に明かす。
「シュタージの苛烈さは知っているはずだ。一度疑われれば、無実の相手でも捕らえ、死ぬまで尋問する容赦の無さすらある。奴等に反逆者の身内と疑われたら、それこそ一巻の終わりだ」
「それを分かってるなら────」
「────なのに、おまえは解放された。生きて、シュタージに見逃された。それは何故だ?」
言われてようやく、テオドールはハッと顔を上げた。思えば可笑しい話だ、自分達家族が捕らえられたのは養子としてくれた家族に容疑が掛けられ、西側へと亡命しようとしたからだ。前者の件なら兎も角、後者の件はテオドール自身もその罪を問われ、尋問されていた。
にも関わらず、彼だけが解放されたのは普通に考えて有り得ない。────知らぬ間に、事情が変わっていなければ。
「可能性としては、リィズ・ホーエンシュタインはその時にシュタージに与したのかもな。兄を見逃す代わりに、シュタージに忠誠を尽くすという取引によって」
「っ!そんなこと………!」
「無いと言えるのか? もしお前に取引が持ち掛けられていたら、乗るんじゃないのか?────家族を助ける為なら、きっとそうするだろ」
無い、と言い切れなかった。
だが、それを受け入れるということは、妹が自分を助けるためにシュタージの一員になったことを意味する。自分のために、想像する以上の地獄の目の当たりにして来たのかもしれない。
「その上で、お前はどうしたい?」
「………オレが」
「妹を助けたいのか、仲間を優先するのか。決めるのはお前自身だ。オレの言葉や仲間の言葉に揺らされるな、お前自身が選択しろ」
投げやりだが、それでも確かな意志は感じられた。ヴェルナーは本気で彼自身に答えを決めさせようとしている。状況に流され、手遅れになるよりも先に。自分が何をするべきかを、本人の手で選ばせようとしていた。
そして、ようやく。テオドールの口から、本心の言葉が漏れる。
「オレは────リィズを、守りたい」
今度こそ、そんな風に絞り出された言葉には、一握りの決意があった。その言葉を聞き取ったヴェルナーの表情は変わらない。しかし、その無表情が柔らかくなったように感じた。
「分かった。それがお前の意思なら、それを尊重しよう」
「………え?」
「多少の無茶にはなるが、オレもお前の味方をしよう。あくまで出来る範囲で、だが」
「どうして………そんな話を」
「────家族を守りたい。それは誰しも同じ気持ちだ。人間ならば、尚の事」
そう言ってのけるヴェルナーに、テオドールは言葉が出なかった。その場から離れようと歩いていくヴェルナーを呼び止め、テオドールは言葉を掛けた。
「待ってくれ」
「………どうした?」
「アンタのこと、少し誤解してた。今まで………悪かった」
「────オレもだ。これでお互い様だな」
頭を下げるテオドールに気にするな、と笑ったヴェルナーが手を差し出す。最初は戸惑ったテオドールだが、ヴェルナーの目を見据え、その手を握り返した。
────歩み寄れたかもしれない。ヴェルナーは少しだけ見違えたテオドールと笑い合い、その手を握り合うのだった。確かにそこにある、絆を感じ取るように。
◇◆◇
テオドールと別れて数分後。近くの倉庫を通り過ぎようとした所で、背後から声をかけられた。
「────あ!ヴェルナーさん!」
「………ホーエンシュタイン少尉」
当初の疑念の対象であるリィズ・ホーエンシュタインを前にしても、ヴェルナーの表情は揺れない。無機質な顔を浮かべたまま、リィズの対応をする。
内に警戒を潜めていたヴェルナーであったリィズの自然な動きに目を引かれた。彼女は会話をしながら、近くの倉庫の壁を軽く指で叩いたのだ。それも何度も。
「さっき、お兄ちゃんと別れてましたよね?何か話してたんですか?」
「………まぁ、軽く相談しただけだ。奴自身も、人生についての悩みがあるらしい」
「へぇ〜、お兄ちゃんが悩みかぁ………でもそれ以上に、ヴェルナーさんに相談するなんて、お兄ちゃんも仲良くやれてるみたいで安心です!」
「さて、アイツはオレと仲良くしたいと思ってるかは不確かだが」
同じように、ヴェルナーも指で倉庫の壁を叩いた。一定のリズムで、それは特殊な暗号だと軍部に携わる人間ならば気付けただろう。ヴェルナーはその事実に表情を変えることなく、微笑みを崩さないリィズと共に世間話を交わす────フリをする。
そうして、絶対に人が来ないであろう基地の片隅に辿り着いた二人。互いの顔を見合う二人は、ようやく本心で口を開いた。
「────あんたが、『博士』の言ってた『息子』ってヤツ?」
「…………ああ、オレがその『息子』で間違いはない。そう言うお前は、『博士』と取引した『協力者』か」
先の暗号から、ヴェルナーはリィズ・ホーエンシュタインが此方側であることを理解した。アイリスディーナや他の誰にも明かしていない、自分の立場。それを理解している────第三勢力側。
ヴェルナーの父親でもある『博士』と結託した『協力者』の存在は、前々から知らされていた。それが彼女であることは、情報漏洩の為にも明かされなかった。驚くこともなく、ヴェルナーは淡々と二重スパイでもあるリィズに追及する。
「早速で悪いが、情報を頼む」
「はいはい………シュタージは今、内ゲバ中。私の飼い主のアクスマンは第666中隊────アイリスディーナを私兵に欲しがってるって感じね。敵対派閥のシュミット長官やベアトリクスとやり合う為にも」
「────この情勢で、勢力争いか。人間というものは飽きないものだな」
「そんなもんでしょ………私は興味ないけど」
ソ連の傘下にあることを良しとする『モスクワ派』と欧州各国との協調を望む『ベルリン派』。今、シュタージは二つの勢力に分かれているようだが、ヴェルナー個人として気にする理由はない。
結局のところ、どちらも敵でしかなく、最終的には二つとも排除するのには変わりないのだから。
「そうそう、アンタのアレ………『博士』の造ったって言う新世代戦術機だけど」
「『グリムグランデ』か。何があった?」
「シュタージが血眼で探し回ってるわよ。世界にもひた隠しにしてるから、独占する気で間違いないわね」
露骨に顔をしかめるヴェルナー。どうやら彼等は、『博士』の開発した新世代戦術機一号機────『グリムグランデ』を手に入れようと必死らしい。無理もない、彼等からすれば『グリムグランデ』は正に福音そのもの。アレ一つを手に入れるだけで、人類は数百年分の技術発展がもたらされることだろう。
だからこそ、ヴェルナーはそれを隠した。いずれ、使うときの為に。
「それで?これからどうする気?この国をどうするかは、あんたに一任するって、『博士』から聞いてたけど」
「────さぁな」
怪訝そうなリィズの疑問に、ヴェルナーは平然と返した。光すら見えない暗い雲に覆われた空を見上げ、青年は感情の欠落した声音で呟く。
「オレには分からない。理解しているのは、未来のオレ自身だ」
◇◆◇
時は、数ヶ月前に遡る────。
「…………中佐、目標の排除を完了しました」
政府高官であった男を暗殺したリィズは、ナイフに塗れた血を拭き取る。光の消えた目で、彼女は服を身体に通す。
先程まで、産まれたままの姿であった彼女は、シュタージに不都合な政府高官の相手をするフリをした上で、暗殺したのだ。こういうことは初めてではない。シュタージに忠誠を尽くした時から、何度もやってきたことだ。
────拷問と輪姦、洗脳教育の末に彼女はシュタージに忠を誓わされた。忌まわしき情報と兄の安全を引き換えに、やりたくないことを何度も強要され、実行してきた。
既に心は壊れている。だがそれでも、ここまで来れたのは兄の為だった。兄を守るため、兄を幸せにするため、リィズ・ホーエンシュタインはどんなことだって出来る。
────そんな彼女にとって、今日は運命の転換期ともなる日だとは、思いもしなかった。
『────、──────』
「……………中佐? アクスマン中佐?」
事後報告の為に繋げた無線機が、いつものように繋がらない。顔をしかめたリィズが、シュタージの本部へと無線を切り替える。だが、無線機の向こう側から返答が来ることはなかった。
電波障害は、珍しい話ではない。だが、シュタージ全員に連絡ができないことはなかった。何かが可笑しい、そう思った彼女が部屋から出ようとしたその時、
『────やぁ、初めましてだね。お嬢さん』
「っ!誰!?」
もの優しい声に、リィズは咄嗟に拳銃を引き抜き、身構えた。声の主は部屋にはいない。だが、声の発生源だけは分かる。豪華な机の上に置かれた、ラジオであった。
本来は放送しか発することのないラジオは、何者かにより操作を受けたのか、男の声を発することしかなかった。
『無線は繋がらないよ、全て掌握させて貰ったからね。5分ほど、通信障害が起きた────という事実で済まされる話さ。今回の話も、君以外に誰も知る由はない』
「何を、言って────」
『君には、私達と協力して欲しい。簡潔な話、二重スパイになれ、という話さ』
直後、リィズは一切の躊躇なく、ラジオを破壊した。撃ち込んだ一発の銃弾が、小さなラジオをぶち抜き、部品を撒き散らしたのだ。拳銃から手を離すことなく、光のない目で虚空を睨むリィズ。だが、しかし────
『────乱暴だね。あまり物を壊してはならないよ、クセが付いてしまう』
背後から聞こえた声に、リィズは振り返り様に撃とうとして────止められる。背後に居た謎の機械が、此方に銃口を向けていたのだ。声は、その機械から発せられていたが、その動きは機械の意思によるものらしい。リィズを狙う武装からは、彼女への敵意と殺意が感じ取れたからだ────相手が、機械であるにも関わらず。
『止しなさい。私は話し合いをしに来たんだ』
『…………』
声に注意された無人機は、静かに銃口を下ろす。しかし敵意が途絶えることはない、勝手な真似をすれば即座にこの無人機はリィズを鎮圧することだろう。
そんな張り詰めた状況の中、声はリィズに語り掛ける。
『すまないね、ウチの子が。………それよりも、さっきの話の続きだ。君には私達に協力して欲しいんだが、如何かな?』
「っ!私は祖国を、シュタージを裏切らない!あんたなんかに従うわけない!」
『裏切らない、か────君が忠誠を尽くすシュタージは、君を利用して切り捨てるつもりのようだが?』
激昂するリィズに対し、声は余裕を崩さない。大人として、当たり前と言わんばかりの対応であった。
『近い内、君はスパイとして動かされる────第666中隊に所属する君の兄への対抗策として、使われるだろうね』
「………っ!?」
『連中が素直に約束を守ると思うかい?君は人質でもあるのさ。その内、君は兄と殺し合いになる────悪い大人が考えそうな、胸糞悪い話だとは思わないかい?』
純粋な苛立ちと侮蔑を滲ませ、声はそう吐き捨てる。素直に話を聞くしかなかったリィズに、声はふとある事実を突き付けた。
『それに、君はシュタージに忠誠を尽くしているようには見えないね』
「何を、言って……」
『君のその忠誠心は、兄への想いを隠す虚像だろう?ならばこそ、君はそちらにいてはいけない。シュタージは、君の兄から全てを奪った────家族や、君自身を。彼からすれば、シュタージが敵なのさ』
存外に、自分の立場を客観的に理解させられ、思考が揺れるリィズ。あれほどまでに確かであった、シュタージへの忠誠が揺らぐ。洗脳で忘れさせられていたはずの、彼等の行いの数々が脳裏を過ぎる。
何より、兄の敵という事実が、リィズの考えを大きく変化させていたのだ。壊れかけていた彼女の拠り所は、好意を持つ兄だけであり、兄が全てなのだ。
声────『博士』はある時は教師をしていた。問題児でもある教え子たちを優しくも的確に指導していた『博士』にとって、他人の心に優しく歩み寄ることは苦手ではない。
『無論、ただでとは言わない。君が望むものは、何でも叶えよう─────最も、他者を蘇生させるなど、馬鹿げた願いは不可能だが、それ以外の良識に沿った願いなら可能さ』
「本当に………なんでも?」
『そうさ。望むなら────無くなった手足すら生やすこと出来る。それくらいなら、簡単さ』
『博士』の穏やかさな言葉を聞いた、リィズはふとあることを思い出した。それは、自分にとってのコンプレックス。兄に知られたくない秘密の一つ。それが変えられるのではないか、という希望のまま、問いかけた。
「なら、私の身体を綺麗に戻せるの?」
『ッ、────ああ、可能だ。当然、君の望むように治すことが出来る』
一瞬だけ、心の底から歯を噛み締めた『博士』は悔いるような声で断言した。そこでリィズは、この声の主を信用することにした。他人である自分のことに、ここまで感情をむき出しに出来るこの声の主が底抜けの善人であると、確信したからだ。
そして、リィズにとっての躊躇は消えた。汚れた自分の身体が治せるのであれば、乗らない手はない。
「分かった。協力する────私は何をすればいいの?」
『時が来れば、私の「息子」が動く。あの子に力を貸して欲しい。あの子ならば、きっとこの国をより良い形へと変えることだろう。────誰もが幸せになれる筈さ。君も、君の大切なお兄さんもね』
そして、リィズ・ホーエンシュタインは八神博士の勢力へと与した。その心に迷いはなく、この場にはいない兄────テオドールへの積年の想いだけが在った。
本作ではリィズが既にシュタージから心離れしてるパターンです。まぁ、博士から『身体を治してもらえる』って約束があるから、乗るしか無いよね(シュタージに居ても身体が治ることはないし)
博士はヴェルナーを息子と呼んでるけど、血縁関係はありません。どういう存在なのかは、後々に明かされるでしょう。楽しみにしてくださいませ。それでは、また次回!