時が過ぎ、ある程度日常を過ごしてきたヴェルナー達にとって、軽視できない日が迫っていた。
────
ポーランドに展開し、数を増やしているBETA群を掃討し、欧州を奪還するという一大反抗作戦。これにはドイツだけではなく、国連軍や米軍、欧州連合軍が一致団結するというのだ。当然ながら、東ドイツでも選りすぐりの第666中隊も戦力として数えられている。
西ドイツが急ピッチで作り上げた前線基地にて、来たる海王星作戦に身構える一同。ヴェルナーはテオドール、カティアにリィズ、アネット共に談笑していた────所で、唐突に絡まれた。
「同志、同志────同志諸君………ちょっと聞こえないの?そこの同志!」
「…………何か?」
振り返ると、そこには一人の───少女衛士がいた。明らかに此方を見下すようなその視線に、ヴェルナーは無表情のまま問う。ようやく相手が答えたことに呆れながら、少女は溜息を漏らした。
「やっと通じた。ソ連の手下だし、ロシア語じゃないと駄目かと思ったけど、やっぱり分かるんじゃない。
「……共産主義と社会主義の違いも分からないのか?」
苛立ち混じりに聞き返すテオドール。そんなテオドールの言葉を受け、少女は鼻で笑って小馬鹿にした。
「あれ、違うの?貴方たちは民主主義を否定して共産党の独裁を喜んで受け入れているんでしょう?共産党の党首が演説すると、皆が総出で拍手しないと殺されるって聞いたけど?」
「あんたねぇ………!」
「止せ、ホーゼンフェルト少尉…………随分と露骨な嫌味だな。ドイツ連邦軍第51戦術機甲大隊『フッケバイン』第2中隊、キルケ·シュタインホフ少尉殿」
此方に向けられる悪意に、怒りを覚えるアネットを冷静に止めるヴェルナー。彼の顔は既に、将校としての顔に変わり、無機質なまでの冷たさを醸し出しながら、目の前の少女────西ドイツの衛士であるキルケと言葉を交わす。
「あら、知ってるの?東ドイツの
「此方を助けて貰った立場だからな、相手の事は知っておくのも当然の礼儀だ。…………我々の事は、説明しなくても構わないな?」
「知ってるわよ、東ドイツ最強の部隊でしょ?まぁ、プロパガンダでしょうけど、有名だからね」
「そのプロパガンダ程度も耳に通すとは、少尉殿もさぞ物好きなようで」
「………バカにしてるのかしら?」
「その言葉、鏡に向けての発言でしょうか?」
不機嫌そうに睨み返すキルケに、ヴェルナーは冷たく返す。仲間に敵意を向け、悪意を以て対応する相手にヴェルナーは一切の容赦はしない。仲間達より前に歩み出たヴェルナーの冷徹な反応に、テオドール達は息を呑んで見守っていた。
「冗談はその辺にして…………本題に入っていただきたい。我々は次の作戦の為に休息を取っている。貴方のように、嫌味を言うほど暇ではない」
「ふん、なら言わせてもらうわ。今すぐ私達に謝罪しなさい!
『無能な自分たちのせいで、貴方たちにご迷惑をおかけしてしまい本当にすみませんでした。救助して戴き感謝します』ってね」
「────」
「貴方たちを救い出すために私の中隊が必要のない損害を被ったのよ。元凶となった貴方達が私達に謝罪をするのは当然でしょ」
少し前、此方に来る前に一悶着あった。第666中隊は西ドイツの軍に救われたのだが、彼女はその際に出た損害のこともあって、気に入らないらしい。上司に言うわけにもいかず、こうして謝罪を要求してきたらしい。
「………成程、つまり我々に頭を下げて謝って欲しい、と」
「そうよ、それが当然でしょ?早くやりなさいよ、クソ共産主義者さんたち」
此方を煽るキルケに、ついに我慢の限界に達したと言わんばかりに、アネットが怒りのまま怒鳴る。
「どうして私達が謝らないといけないのよ!?こっちはあんた達の砲撃で殺されかけたのよ!?それをわかっているの!?」
「それは貴方達が勝手に西側の戦区に突っ込んだのが悪い。あのBETA群は私たちだけで殲滅できたわ。それを貴方達は、無駄に動いて損害を拡大させただけでしょう?多少近接戦闘の腕があるからってBETAに突っ込むしか能がない貴方達とは違うの。わかる?」
「あんたねぇ!東ドイツはあんたたちの盾になって戦ってる!BETAが攻め寄せるたびに何人も死んで!それを!」
「感謝しているわよ。東に産まれなくて良かったって神様にね」
「────あんた!!」
「アネット!」
直後、ヴェルナーは低い声でアネットを制した。聞いたこともない強い声にアネットは勢いを失くし、戸惑ったようにヴェルナーを見る。「………すまない」と彼女の頭を撫でたヴェルナーは、そのまま前に出て─────頭を下げた。
「な………」
「感謝と、そして謝罪を。先程の救援を感謝する。………迷惑を掛けた。我々の至らなさでお前達に不備を被らせた、その事をこの場で謝罪する」
「わ、分かればいいのよ………ほら、そこの貴方達も────」
「だが、我々だけでは足りないだろう。この件はワルシャワ条約機構軍司令部に持ち込み、正式な謝礼の為取り次いでもらう」
「………な、なんですって!?」
明らかに動揺するキルケ。無理もない、彼女がこのような行動に出たのは、そういう事態を起こさない為である。だからこそ、ヴェルナーは彼女が最も望まない方に持ち込むことにした。
この作戦は西ドイツと東ドイツの融和の為に必要なものだとアイリスディーナから聞いていた。故に温和に事を収めようとしたが、仲間を侮辱されたからには容赦はしない。大事になり、西ドイツと険悪になろうとも関係ないと、ヴェルナーは認識していた。
それほどまでに、彼は仲間を大切に思っているのだ。
「それは………その」
「必要ない、とは言えないだろう。仮にも上の階級の人間に謝罪を要求するくらいだ。そちらとしても、正式な謝罪がなければ納得がいかないと思うが?」
「は………?上の階級?」
「名乗りが遅れた────ヴェルナー・アハトゴッド中尉だ。挨拶が遅れたのは謝罪するが、名乗る暇がなかったのでな」
今度こそ、キルケの表情に焦りが宿る。相手が自分の組織の人間ではなくても、上の階級の人間に謝罪させたと知られればどうなることか。それでも、何とか反論しようと言葉を探すキルケだったが────、
「────その辺にしといてもらえるか?アハトゴッド中尉」
突如、彼女の後ろから一人の男が現れた。その男を知っているヴェルナーは驚くキルケを他所に、敬礼を示す。目の前の男が、自分より上の階級の人間であるからだ。
「失礼、バルク少佐。オレとしては、そちらの少尉の言葉が事実と認識したまででしたので………」
「いや、すまんな。うちの若いのが迷惑かけた…………申し訳ない」
「それこそ、謝罪は不要です。我々も、貴方達への感謝を怠っていた身ですので」
ヨアヒム・バルク。彼は第51戦術機甲大隊の指揮官、つまるところキルケの上司という立場にある。そんな彼の謝罪を、ヴェルナーは制止した。今回の騒動には明らかに無関係であり、頭を下げる相手が違うという理由もあるが。
「少佐!少佐が謝罪する必要なんて────」
「キルケ、お前は俺の顔に泥を塗るつもりか?」
「そ、そんなことは………」
咄嗟に止めようとしたキルケはバルクの言葉を受け、縮こまるしかなかった。それもそうだ、上司が謝罪する原因が自分である以上、今の彼女の肩身は狭いのだろう────心底、どうでもいいが。
「後輩を迎えたからってあんまり鯱張るなよ。戦術機も女も乗りこなすには最初が肝要だぜ」
「わ、私は女です………」
「はっ!そういえばそうだったな、忘れてた!すまんすまん!ワハハハ!!」
大声で笑うバルクのお陰もあり、ひりついた空気は既に軟化していた。この短時間でいがみ合いになりかけた状況を変えたのは、彼という人間の人柄か、或いは上に立つ者として優秀さの証明だろう。
「ヴェルナー・アハトゴッド中尉です。今後ともよろしくお願いします、少佐殿」
「……………」
「失礼、何か?」
「いや、すまんな。これも何かの縁だ。今後も仲良くしてやってくれ」
「────そちらが望むのであれば、いくらでも」
一瞬だけキルケを見たヴェルナーは冷たく告げ、そして立ち去る。バルクは「嫌われたもんだなぁ」と呟き、キルケは顔を真っ赤にして怒りながら、その背中を見つめることしかできなかった。
◇◆◇
「────不味いな」
その後、基地の中を散策していたヴェルナーはある事実を察知し、眉をひそめていた。何の変哲もない壁を触りながら、ヴェルナーはそこにある違和感に気付いていた。
(………やはり、急ピッチで開発したからか何処か綻びがあるな。倒壊、とまではいかないが、部品や残骸の落下は有り得る)
BETAとの戦闘を経て、急いで建てさせたこの基地にある綻び。部品や鉄骨の落下の可能性に気付いたヴェルナーは一人で不備のある場所を確認して回っていた。────因みに、どうやって気付いたかは秘匿事項だ。
早めに対策しようと捜索して回っていたヴェルナーだったが、倉庫に入った所で、見覚えのある相手と対面する。
「あ、あんた………」
「──────」
キルケ・シュタインホフ。言葉を詰まらせたように戸惑う少女を見たヴェルナーは、一瞬だけ顔をしかめる。だが、やはり一瞬。何事もなかったように背を向け、そのまま倉庫の中へと無言で入っていく。
「って!ちょっと、待ちなさいよ!」
(周りには何も不調はない………だが、軋みは感じられる。何処だ?何処に不備がある?)
「無視しないでってば! 聞いてるの!?」
「………………何の用だ?」
そのまま周りを見渡し、不備のある箇所を探していたヴェルナーは、自分に声を掛けるキルケに今度こそ鬱陶しそうに答える。その声には冷徹さしかなく、馴れ合いの拒絶を示す空気が感じられた。
「た、隊長から………言われたから、挨拶しようと思った、だけよ」
「そうか────悪いがオレは馴れ合う気はない。そのまま帰って貰おうか」
「なっ………!そういうわけにはいかないわよ!私だって!」
見向きもせずに告げるヴェルナーに、それでもと食い下がるキルケ。そんな彼女の言葉を受け、ヴェルナーは深い溜め息を吐き捨て、彼女に目を向けた。
─────あまりにも冷たく鋭い、感情の欠片も感じない無慈悲な眼差しを。
「ハッキリ言おう。オレはお前が嫌いだ」
「…………っ」
「シュタージの連中と一括りにして、東ドイツという国を忌避したことはいい。オレを侮ったことも、気にしてはいない。だが、お前はオレの仲間を────彼等を侮辱した。自分の正しさを証明するためだけに、オレの戦友たちをコケにして嘲笑った。
そんな奴を許す気もなければ、馴れ合う気もない。お前が上司からどう言われようが、知ったことではない。オレが嫌いな相手に配慮する理由など、何一つ無い」
感情の起伏の薄いヴェルナーだが、だからこそ彼は親しい存在を大切に思っている。彼にとって、第666中隊は日常の、居場所の一つであり、中隊の皆は大切な仲間────という枠組みを超えている。
少なくとも、家族のような思いがあるのは事実だ。ヴェルナー・アハトゴッド中尉という人間にとって、大切なもののひとつなのだ。それ故に、仲間を害する者への敵意は途絶えない。相手がシュタージであろうと、西ドイツの人間だろうと関係ない。
「────言いたいことは伝えた。大人しく帰るんだな、オレはこれ以上お前と話し合う気などない」
「…………ハイそうですかって、言うわけないでしょ」
「………………」
引き下がろうとしないキルケに、ヴェルナーは本当に面倒そうに顔を歪める。もういっそのこと、このまま無視しようかと思ったところで──────彼の耳が、僅かに金属音を聞き取った。それと同時に、ヴェルナーが探りかねていた不備のある場所を気付く。
「ッ!上か!」
声を上げたその時、天井を固定していた鉄骨が幾つか外れた。そして、連鎖する形で此方へと降り注ぐ。天井から落下してきた鉄骨の数々、生身で受ければ即死を免れない。
「シュタインホフ少尉!早く逃げろ!」
「………っ」
「ッ!クソ!」
何が起こったのか理解できても、体が動かないのか硬直しているキルケ。端正な顔を歪め、ヴェルナーは即座に動く。
────そして、複数の鉄骨が二人に降り注いだ。轟音を響かせ、地面を跳ねる鉄骨。思わず恐怖で目を瞑っていたキルケはいつまで経っても来ない痛みに戸惑いながら目を開くと、驚愕を隠せなかった。
「あ、あんた…………」
「…………怪我はないようだな」
キルケを抱き込むように庇ったヴェルナーは、彼女に怪我がないことを確認し、即座に離れる。触れられたにも関わらず、何一つ反応されないのは思うところがあるのだが、キルケはそんな事を言おうとして、更に言葉を詰まらせた。
「ちょっと!あんた、血が────!」
「…………やはり、直撃だと無事で済まないな。後で補強しておくか」
頭から一筋の血を流すヴェルナーは、大したことないと言わんばかりに傷口に触れる。頭を鉄骨で打った、とは思えない程の余裕っぷりだ。混乱していたキルケは、その事実に気付くことなく、ヴェルナーの身を案じていた。
そのまま頭の血を拭い、立ち去ろうとするヴェルナーをキルケは何とか呼び止める。
「待って!ちょっと待って!────お願いだから!」
「…………いい加減、しつこいぞ」
手を引っ張られたことで、ヴェルナーは無機質かつ冷酷な眼差しでキルケを睨む。思わず萎縮したキルケだが、それでも退くことはなく、口を開いた。
「さっきのこと、ごめんなさい。謝らせて欲しいの」
「……………」
深く頭を下げるキルケに、一瞬動きを止めるヴェルナー。だが、その表情は冷たく無機質な、感情の見えないものへと変わる。
「………詭弁だな」
「何ですって!?」
「どうせ言われたままに謝るつもりだろう?さっきお前自身が言っていただろ、隊長から言われたから、と」
「アレは……………嘘なの」
「………………は?」
「だって、その………そうしないと、話を聞いてくれないじゃない」
「………まさか、自分から謝りに来たのか?」
「そう、悪い!?私だって、勝手に決めつけて色々言ったのは悪いと思ってるから、でもあんた私の話を無視してたし………そういう風に、言わないと…………聞いてくれないから」
呆気に取られ、言葉が出ないヴェルナー。僅かでありながらも長考の思考を経て、彼はキルケと同じように頭を下げた。
「────オレの方こそ、すまなかった。我ながら冷静ではなく、身勝手な対応を繰り返していたと自覚する………重ねて、謝罪する」
「べ、別にいいわよ………最初に嫌なこと言ったのは、私の方だから」
「…………オレはこの崩落の件を報告しに行く。だが、一つだけ頼みがある」
「………何よ」
「オレに感じた不都合は、黙っていてくれ。話すにしても、信用できる相手以外に明かさないで欲しい」
沈黙し、口の中で吟味したであろうキルケ。彼女は深く考えた結果、その答えを口にした。
「分かったわ。聞きたいことはあるけど、助けられた立場だし、黙っててあげる。けど、いつか教えて貰うわよ」
「構わない、そのつもりだ。お前と二人で話せる時はキチンと用意しておく。その時まで、待っていてくれ」
「…………あんた、そのつもり?」
「?なんの事だ?」
困惑して問うと、キルケは顔を真っ赤にして「別に!!」と叫んで走り去っていった。声音に乗っていたのは、明らかな怒りの感情。何か怒らせる真似をしたかと首を傾けたヴェルナーは報告のために歩き出した所で─────突如、通信を受け取った。
『ヴェルナー!聞こえてる!?』
『………リィズか。あまり声を出すと、周りに悟られるぞ』
『そんなことより!一大事なの!』
協力者として、対等に語り合うことになったヴェルナーとリィズ。あまり慣れない軽口、というより忠言を口にするが、リィズはそれを一蹴する。そんなもの関係ないという、彼女の焦りを伺い、ヴェルナーもその話に耳を傾けた。
『────海王星作戦、人類は負けるわ』
『………そう断定する理由があるのか?』
『アクスマン中佐がそう言ってたのよ。人類は確実に負けるから、その隙に色々と動くって』
その言葉に、ヴェルナーは露骨に顔をしかめる。明らかに、可笑しいと思う話だ。
『ハインツ・アクスマン、奴はよく動くが、戦況を読めるような人間だとは思えない。況しては敗北を前提に動くなど、きな臭いにも程がある』
『だから調べてみたの。そしたら、ある事が分かったのよ』
意を決したように、口を開くリィズ。彼女から語られた言葉は、ヴェルナーの思考に困惑と警戒を募らせるには充分だった。
『────「人類救済機関」、執行官エルデ。アクスマン中佐と協力してるソイツが断言したのよ、海王星作戦の失敗を』
人類救済機関。まるで人類を守る為の組織、と思わせるその名前は聞いたこともないものだが、ヴェルナーは心の中で確信を深めた。
────その存在こそが、自分達の────『博士』の敵となる存在であるのだと。
ここらへんからオリジナル要素が出てきます。まぁ、原作のままだとワンサイドゲームで終わってしまいますから…………仕方ないね。