「そこだっ————!」
レイナが黒騎士を左目で睨む。
血に飢えた左目が何かに呼応しやがて共鳴となる。
黒騎士と配下の眷属の動きが一瞬止まった。
同時に魔力の糸のような軌跡を左目でたどる。
「マーカス、北東の方角にありったけの魔法を撃て!」
レイナがマーカスに北東の砦の区画を指し示す。
「ええい、ままよ」
マーカスは躊躇いなく残りの全魔力を出し尽くす。
砦の脆くなった区画が紅蓮の爆炎に染まり吹き飛び、
黒く輝くレンズを持った小柄なアンデッドが炙り出される。
「遂に姿を現したな、宿敵よ」
レイナの獰猛な笑みを前に、
漆黒のレンズが怪しく煌く。
それを手に抱えているアンデッドは隠れ場所を失い、
脱兎のごとく逃げ出そうと背を向ける。
「逃がすか!」
レイナがシュヴァルツヴァッフェを一閃に薙ぐ。
アンデッドは哀れっぽく呻き、
元凶のレンズごと両断され、
その半身は宙を回転して舞い地面に叩きつけられた。
直後黒騎士や他の眷属も皆全て、
糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ち地に伏せる。
「よく分かりませんが……紙一重でしたね」
魔力切れ寸前になりつつも、
ギリギリ耐え凌いだギランが、
節約のルーンを握りしめながら胸をなで下ろす。
「ふ~ん、そう言うカラクリだったわけね」
ミランが不敵に笑って見せる。
「どういうことだ。貴様説明せい!」
マーカスが忌々しく吐き捨てる。
アンデッドの王を名乗るリッチであっても、
分からないものは分からない。
そしてレンズ開発の技術進歩は目覚ましい。
とどのつまり自分が置いてきぼりを食らい悔しいらしい。
「こいつの、いやこいつらの真の本体は……これさ」
レイナが黒騎士と眷属達の亡き骸を見渡し、
おもむろに真っ二つになった漆黒のレンズを拾ってみせる。
「私が暗黒騎士となった理由でもある……」
切なげな横顔でレイナは己が過去を話し始める。
レイナが暗黒騎士に目覚めたのは、
とある遺跡で特別なルーンに接触したためであった。
そのルーンは極秘裏に回収され、
軍事目的で騎士団により研究されていた。
しかしそのレンズには人が扱うには大きな副作用があった。
「何度もレンズを使用している内に、
やがてレンズ自身に使用者が自我を乗っ取られ、
後はひたすらレンズのために魔力を集める操り人形になっちまう。
適性があるなら多少は耐えられるだろうが、
最期はみんなこうなっちまったよ……」
レンズに操られ自我を失った騎士が、
錯乱し周囲の村を襲い人死にまで出る惨劇が起き、
本来民を守るべき騎士団の、
非道な実験が白日に晒されることとなった。
「ふうん。さっきレンズの位置が見えたのも、
あなたがレンズに接触した被験者だったから?」
ミランが神妙そうにレイナを見つめる。
「望むと望まざるとに関わらず、
このレンズに接触した以上は暗黒騎士として共鳴し、
その存在を強く感じるのさ」
その後アンデッド化した騎士たちは速やかに騎士団によって討伐され、
レンズの力は手に余ると悟った騎士団長は、
レンズ研究を断念し研究所は封鎖された。
「それが、この砦だったいう訳ですか?」
「あまり口外してくれるなよ……」
ギランの問いかけにレイナが曖昧に頷く。
今まさに連合軍が討たんとしているオルドリック公爵と、
かつての西方騎士団もまた同じ過ちを犯していたのだ。
そして、一連の禁忌の研究が断念され、
研究所が封鎖されて終わりという訳ではなかった。
騎士団の討伐部隊から逃れ、
元凶であるレンズを持ち去り、
今日まで逃げ延びた者がいたのだ。
しばらく行方をくらませていたようだが、
何の因果かかつて実験がされていたこの場所に引き寄せられ、
かつてのように人を襲い始めてしまった。
「まぁ、もう終わった事さ……」
そして一行の眼下には、
本当の意味で骸と化した騎士が地面に横たわっている。
地に臥せったその横顔はまだ若く凛々しかった。
時が経てばその肉体は地に帰ることだろう。
「この男は私が騎士団にいた頃の同志だった。
騎士団に入りたての見習いの頃は、
剣術を教えてくれた気の良い尊敬する先輩だったんだけどな……」
ようやく自由になれたかつての同志を見て、
レイナは哀しく微笑んでみせる。
両断されたレンズが残り火のように未練がましく煌いている。
それはこれを創り出した太古の、
そしてそれを発見した人々の妄執の輝きだった。
「まったく、今まで長かった因縁だがこれでお終いだ」
レイナは漆黒のレンズの残骸を石畳の上に放り投げ、
シュヴァルツヴァッフェで叩き粉砕する。
「良かったのか?
そのレンズがあれば、
貴様は暗黒騎士として更に高みに立ち不死すらも……」
不死の体を得たマーカスとしては、
少しもの哀しい表情でレイナに問う。
「いいんだ。
今のレイナさんにとっては、
人間を辞めてまで求めるもんじゃない」
レンズは跡形もなく破壊した。
これで暗黒騎士のルーンの犠牲者が増えることはない。
それでもレイナの左の緋色の瞳は戻らずそのままだった。
「貴様のその左目、まだ疼きよるのか?」
マーカスが珍しく心配した様子でレイナの双眸を覗く。
レイナの左目は微かに余韻のように痛んだ。
「なにもかも戻らずじまいでも、
今のレイナさんは良かったと思えてる。
さぁ、皆帰ろう」
レイナはあの時の夢の続きを心の内で見るのであった。
騎士団長の主導で行われたこの実験は、
レンズの研究者だったレイナの幼馴染に覆いかぶせることで、
責任を擦り付けようと騎士団は目論んでいた。
レイナが乱心したフリをして騎士団長に剣を向けた理由は、
無実の幼馴染を守り騎士団の罪を自分が暗黒騎士として背負うためであった。
無論レンズの行方を捜し破壊する目的もあった。
その自らの行動にレイナは後悔していない。
砦の亡き骸は今や晴天の陽光を浴びて輝いてさえいる。
「あいつ、元気にしてるかな?」
遠く快晴の青空を見上げ、
鳥の群れが西へ飛び立つ姿が見える。
因縁を清算した今なら騎士団に帰ることも叶う気もする。
あの義理堅い幼馴染に借りを返させないままにしておくのも、
レイナは心苦しくはあった。
しかし、それでもレイナの心は晴れやかだった。
一度は一人で果てるつもりでいたが、
今は新たな仲間達がいるから————