言葉の花束をあなたに   作:蒼月柊

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 改まって文を書こうとすると、手が止まる。
 熱量はあるはずなのに言葉を堰き止めているのか、そもそも語彙がないのか。想いを伝えるための言葉は一字だって出てきてくれない。
 今すぐ書き出さないと感情が消えてしまう予感が適当な単語を思い浮かばせて、理性が止めることを何度も繰りかえした。
 ボールペンから手を離して、よそ見をする。今日もらった封筒が目に入った。
 あの子は一体どんなことを書いたのだろう。
 きっとお礼の手紙だってわかっているのに、自分が知りたいだけで受け取るには不純だってわかっているのに封筒を開けた。
 どういうわけか果物の甘い香りが広がり、数枚のピンク色の便箋が収まっていた。
 すでに不純だとか余計な考えは消えていて、僕はゆっくり便箋を取り出して読み始める。


先生へ

先生へ

 改まってお手紙をお渡ししようとすると、何も言葉が出てこないものだと痛感いたしました。

 同じように声にしようとすると、思ったことのほとんどを伝えられないような気がしますので、やはりこのまま書き進めようと思います。

 

 先生は私の夢を少しだって笑いませんでした。

 誰にも言えないでいた地学の研究者になるという夢を認めて、夢を叶えるためにはどうすればよいのかを一緒に考えてくれました。

 

 学校では教えてくれない地学を先生は教えてくれましたし、学校の授業に身が入らないでいた私に他の科目の楽しさを教えてくれたのも先生です。

 国語なんて地学の研究に役に立つのかと言った私に、先生は確かこう言ったはずです。

 

「数学と国語は学問の基本だよ。数学がわからないと、例えば統計が理解できない。統計が理解できないということは、地学の研究で数字を扱うことができないということだ。国語がわからないと文献を理解することができないから、やっぱり地学の研究で参考書に触れることができない。だから、まずは数学と国語を頑張ろう」

 

 先生の仰る通りに私は数学と国語を勉強しました。そうしたら、化学や生物、英語の成績も上がりました。

 それぞれの科目の単語さえ理解できれば、数学と国語で積み重ねてきた理解力や推論の力が勝手に押し上げてくれたのです。

 

 たった四つ程度しか歳が変わらないのに、本当にすごいなって思ったのです。

 私も先生のようになりたいって思ったのです。

 先生は私の憧れの人です。

 

 だからこそもっと多くのことを教わりたかったと思います。どうしてこんなに時が過ぎるのは早いのだろうと本当に思います。

 もう少し、もう少しと、時を過ごせば、ついに最後を迎えてしまいました。

 私は先生に何も返すことができていません。どうすれば恩をお返しできるのか、ついぞ答えが出ることはありませんでした。

 

 そして、きっと二度とお会いできることはないのでしょう。

 悲しいような寂しいような、でもどこか違うような。やっぱり言葉にすることは難しいです。

 唯一正しい表現があるのならば、この感情は苦しい、と表すのだと思います。

 想いを伝えきれない苦しみを先生ならばどう表現するのでしょうか。

 やっぱりまだまだ私は先生にもっと教えて貰わないといけないことがたくさんあるようです。

 

 もう叶わないお願いですが、ついこぼしてしまいました。伝えてしまえば先生は囚われてしまうとわかっていたのですが……

 これ以上は余計になってしまうと思いますので、そろそろ筆を置こうと思います。

 

 最後になりますが、私は先生に救ってもらいました。

 ひとりぼっちだった私が夢の第一歩を歩むことができるのは、先生のおかげです。

 言葉にできないほどの「ありがとうございます」をあなたに。

 どうか先生のこれからにたくさんの幸せがありますように。




 読み終えた手紙を置き、空を見上げる。
 無機質な天井があるだけ、だけれども僕は深く息を吐いた。
 そして、もう一度ペンを取る。
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