着古されたスーツのしわを精一杯に伸ばして、カバンには一通の手紙を忍ばせる。
どうにか綴った手紙はどう伝わるのだろうか。
不安だけれど、覚悟を決めた。
恩師へ
あの子に触発されて私も手紙を書くことにしました。
私はきっとこれからも何度も先生を訪ねることでしょう。それでも、これまでよりも多くはない。だからこそ、改めてご挨拶申し上げます。
八年前に先生が私を拾ってくださったからこそ、人並みどころか過分な幸福の機会に恵まれました。
中学校ではつまらない顔をし、定期テストの結果で一喜一憂する母親からの言葉で余計に冷めていく心を抱きしめてくれた先生の温かさが、私を留めてくれたのです。
あの日、先生は私に言われた言葉を記します。
「自由に生きられないことは不幸せだ。その不幸せのまま生きているのはお前さんの自業自得だが」
すぐに頭に血が上がって、粗雑に言い返してしまいました。
今ならどうしてあのような言い方をしたのかわかります。先生は私が言い返すと理解していたのだと。
きっと私でなければ別の言い方をしたのでしょう。事実、あの日以外に先生が神経を逆撫でするような言い方はしませんでした。
先生は人の心をよく見ています。その上で大切なことは何も変わらない。ただ、言葉を変えているだけでした。
あの子にもらった手紙には私が言葉にできない感情をどのような言葉で表すのだろうというような文がありました。
それは、先生の言動を見ていたからこそ、そのように思われたのだと思います。粗雑だった頃の私では何も言葉にすることはできなかった。
言葉の本質を知らないで、触れたことのある言葉の数だけが増えていっただけの私では、誰かを支えるなんてことはできなかった。
だから、先生のおかげであの子も自分の夢に向き合うことができたのだと思います。
改めて本当にありがとうございます。
先生のおかげで、この世界にはたくさんのものがあることを知ることができました。
人の感情、あらゆる存在、それらにつけられた言葉があることを。
言葉をつなげて、人は知覚することができない、いわゆる形而上学を打ち立てたことを。
決して知覚できないことを考えないでよいわけがないことを。
多くのことを考えることができるようになったのは、すべて先生のおかげです。
先生がきっかけなのです。
だから、先生は私の恩師です。
どうかこれからも永くお元気でいてください。これからも私の人生を見ていてください。
そして、最後には笑っていてください。私もきっと最後は笑っています。
最後になりますが、八年間、ありがとうございました。
これからも何卒よろしくお願いいたします。
先生とアルバイトとして最後の会話を済ませ、外に赴いた。戸は閉められ、満天の星が見下ろしている。
これ以上ないほどに透明な世界だった。
きっとあらゆる感情が空気に溶けてしまったのだろう。
最後にもう一度、暗くなった塾を見つめて、ポストに手紙を押しこんだ。
途端に透明感なんてものは消えて、羞恥心に駆け出す。
触れる風がひんやりと優しかった。