心臓が跳ねて、すぐに体が熱くなってくる。
ひとまず家に入り、丁寧に封を開けた。
拝啓 桜の散り頃というのに寒風吹きすさぶこの頃、君はお元気でしょうか。
まさかすでに体調を崩している、ということはないでしょうが、どうかご自愛ください。
さて、お手紙を拝読しました。この歳になると涙脆くなるもので、実は一度泣いてしまいました。
八年前のあの日、私は何もやることがなく徘徊している最中でした。今では定年退職後の雇用が当たり前ですが、当時は悠々自適の定年退職生活がほとんどだったのです。
これまで常に忙しくしていた私は何もやることがない現実に、私の浅さを知らしめられました。
仕事の関係でそれなりに本を買っていたものの、読めていなかった本を手に取ってみては字が流れてしまうばかりで、悲しく思ったこともあります。
テレビもニュース番組しか見ていなかった私は、バラエティ番組を楽しむこともできませんでした。
ニュースだって、後先短いジジイに何ができるのだと、憤ることもなく流れていくだけです。
何もかもが楽しめず、ただ病気にはなりたくないものですから、楽しめるものを探しながら徘徊をしていたのです。
そんな時に君を見つけました。
確か少しゴミが散らばった細道に君が座りこんでいたのだったと思います。
あからさまに不機嫌そうな君でしたが、髪を染めているわけでもなく目つきが悪いわけでもなく、ただ精一杯に当たり散らかしたそうにしている様子が印象的でした。
正直に言えば、私は君を興味の対象として声をかけました。
張り詰めた袋に針を刺したらどうなるかと、わかっていても興味を抱いてしまうような感情に近しいどころか、同じ感情です。
決して私にとって褒められるようなことではなく、君の尊厳なんてものを無視した行動だったのです。
だから、君から先生と言われ、挙句に恩師だとまで言われることをすんなりと受け入れることができなかった。
思わず頬を掻いていたのは、自尊心が満たされるが故の羞恥心と、同時に罪の意識が入り混じったが故のどうしようもなくなった気持ちのためです。
本当であればこの思いを伝えずにこれからも付き合うのが、君にとって幸せだろうと思っていたのですが、手紙を受け取って伝えたいと思いました。
伝えた上で、対等に、これからもお話がしたいと思ったのです。
結局私のためでしかなく本当にずるい人間ですから、どちらにせよ一発くらいは殴ってもらえると幸いです。
最後になりますが、どうか幸福でありますように。願わくば、これからもよろしくお願いいたします。
読み終えて家を飛び出す。真っ暗な道を駆ける。
身だしなみも知ったことではなかった。
ただ罪を感じている先生にちゃんと声で伝えなければいけないと思った。
塾へ辿り着き、チャイムを鳴らす。
戸が開く音がすると同時に、僕は出てきてくれた先生にしがみつく。
「先生のおかげで、僕は僕を生きることができるんです。たとえ興味が向いたからの行いだったとしても、僕にとって人生が始まったきっかけなんです。だから、ありがとうございます」
温かい先生のしわくちゃな手は僕の頭を撫でることはなく、代わりに両手を握られる。
「ありがとうございます」
先生の声が僕の心に触れた。