片翼の天使
私は、皆に笑っていて欲しかった。
ただ、それだけだったのに。
………………
…………
……
学園都市、キヴォトス。
数千もの学園がそれぞれに運営する自治区が地平線の彼方まで広がり、神秘なる謎のパワーが普遍的に存在する摩訶不思議な世界……私が生きているこの世界の事を一言で表現するのは、とても難しい。
それは例えば、青い空に白い雲と共に浮かぶ巨大な光輪のせいであり。あるいは、乱立するビル群、その根本を闊歩する知性を持つロボットと二足歩行かつ人間サイズの犬猫達のせいでもある。
だがそれ以上に、もしくは根本的に問題なのは、神秘なる謎のエネルギーだろう。位相が異なるとしか思えない超越的な力を持つあれがあるお陰なのか何なのか、街には悪魔の角を生やした子も居れば、天使の羽を持っている子も居いて……かと思えば普通の子も居るし、ケモミミが生えてる子も居たりと……まぁ、ともかく、住民の素性や見た目からして普通ではないのだ。ここは。それを一言で説明しようとするのは、無謀も良いところ。不可能と言ってもいい。
斯くいう私も前世持ちの転生者──といっても記憶は殆んど取りこぼしたが──という奇怪な経歴の持ち主であると同時に、その背中には片翼だけとはいえ巨大な天使の翼が、そして頭の上には一部が欠けて黒く淀んだ天輪が浮かんでいるのだから……キヴォトスという場所、そしてそこに住む者達がいかに不可解かつ理解困難な存在か? 嫌でもよく分かるというものだろう。
──これで死後の世界でないと言う辺り、実にどうしようもない……
コツン、と。道端に転がっていた小石程のコンクリートの破片を蹴飛ばしつつ、私はビルのガラスに反射した自分の姿を何の気なしに……あるいは、郷愁に背を押されて見てしまい、思わず、そっと息を吐いてしまう。
やはり前世の自分とは何もかもが違い過ぎる、と。
何が違うのか? と聞かれれば、まぁ、全部としか言いようがない。何せ髪色だの背丈だの以前に、性別からして違うのだ。つまりは男から女に、どこにでも居る一般日本人男性から、どこにでも居る一般キヴォトス美少女に。我が身は斯くも変わり果て、もう戻らないのだから……
「…………慣れないな。どうにも」
腰元までストレートに伸びた艷やかな白髪を片手で弄りながら、私は思わずそう呟いてしまう。雪の様に真っ白で大きな天使の羽もそうだが、幽鬼の様な白い肌と赤月にも似た赤い瞳は妖しげながらも神秘的で……その顔立ちが──少し幼気ではあるが──整っている事もあり、何度見てもそれが自分だとは、イマイチ思い難いのだ。
まして、着ている服が女子用の学生服。身長も中学生程しかない低身長となれば、今の私は誰がどう見てもアルビノ系美少女という奴にしか見えず……例え目の下に深いくまがあったとしても、最早それだけでは欠点らしい欠点になるはずもなく。結果、今の、今の私は……
──可愛らしい女の子、か。
男としては何とも屈辱的な、しかし顔面バケモノ見たらSANチェック生きる価値無しよりは遥かにマシであろうその言葉が、現状を客観的に見た現実的な評価というものだった。
たとえそれが十年以上経ってなおイマイチ受け入れ難い事実だったとしても。現実というのはいつだって残酷で、頑固で、個人ではどうしようもないものなのだから……あぁ、私はこの現実にいい加減膝を屈して、ブンブン頷きながら納得するしかないのだろう。そういう事もあるさ、と。
だが、いや、だとしても。
「男か女か、そんな表か裏かの丁半博打に負けただけ……そう納得出来るのは理性ばかり。感情は追い付かず、周回遅れを繰り返し、ただ腐り落ちていくのみ……」
うんざりだ。そう再び息を吐きながら、同時に、だが畜生道よりはマシだろう? と、私は自分自身に極論を突き付け、ガタガタと煩い感情を一息で殺しに掛かる。虫だの獣だのに比べれば遥かにマシなのだから、いい加減その煩い口を閉じて仕事に集中しろと。
実際、整った顔立ちを見るに遺伝的上澄みである事はほぼ間違いなく、虫とか獣とかと比べるまでもない話なのは……いやまぁ、天使の羽が生えてる時点で今更だろうと言われればそこまでだし、これがキヴォトスなのだと言われればそこまでなのだが。そこまでなのだが! だとしても! ……いやでも、天使の翼って何なんだ? 神秘って何だ? キヴォトスとは、ヘイローとは、私が前世の記憶を覚えている意味とは……
「ははっ、どうかしてるな……私も、この世界も」
本当にどうかしてる。そう背中の──右の翼がちょっとした事故でもげてしまって以来、片翼になっているとはいえ──馬鹿みたいに大きな天使の羽をバサリと動かしながら、私は自身と世界の正気に疑問符を浮かべざるを得なかった。
だって、そうだろう? 一度くたばった男が美少女になった挙げ句、花の女子高生をやっているのもそうだが……よりによって天使の翼、天使の翼だぞ!? これが他の子に生えてるならまだ良かった。それなら私の頭がおかしくなったか、さもなくば死後の世界だと簡単に納得して熟睡を決め込めただろうからな。だがどういう訳かこの私に生えてる辺り……あぁ、この手の話がいかに普遍的かつ珍しくない話か、そしてこの世界を、キヴォトスを論理的に理解する努力がいかに不毛か、よく分かる一例だろう。観光客──そんな大馬鹿野郎が居ればだが! ──への説明は口であれこれ言うより、直に見せつけて殴った方が実際早いのだ。実にどうしようもない。
まぁ? こんな150センチもない貧相な身体に不釣り合いな大きな羽が生えていると色々と苦労するから、観光客相手の時間稼ぎの小話には困らないし、片翼でも盾にしたりは出来るから役立たずと言う訳でもないが……いや、というかそもそもなんで天使の羽が生えてるのかとか、なんなら頭にある光輪も観光客からすればツッコミどころだろうがと思わないでもないが、しかし。だからこそ言わせて貰おう。キヴォトスを論理的に理解するのは、諦めろと。少なくとも私は諦めた。たった今何度目かの敗北を噛み締めているところだ。何なら正直女子高生である事実に屈しつつあるまである。あぁ、考えたら負けなのだ。たぶん。恐らく、きっと、メイビー。
──まぁ、観光客なんてこっちで目覚めて以来、見た事すらないが。
たまたまなのか、それともキヴォトスがそういう場所なのかは……残念ながら、世間知らずの野生児である私には判別がつかない。
何せ私のこちらでの生まれは辺境の紛争地帯。育ちも同じく紛争地帯で、そこから縁あって外に出る事になったものの、その派遣先であるアビドスは……まぁ、控え目に言って秘境の限界集落だ。私が常識知らずの野生児と化してしまっているのも、さもありなんといったところだろう。何せ常識を仕入れようがないのだから。
──砂しかないからな。アビドス……
いや、実際にはバカでかい砂丘の山々とか、一面の砂漠とか、それら莫大な砂に埋もれた廃ビル郡とか、稼働停止した工場とか、採掘施設とか、テロリストのたまり場とか、色々あるにはあるのだ。
生徒だって真面目な良い子ちゃんが何人かは居るし、ショッピングセンターもあれば美味しいラーメン屋だってある。あるのだが、まぁ、その、うん。はい。
「どうかしてるな……本当に」
どうかしてる。全くもってどうかしてる。砂だらけはアビドスだけの話だが、それ以外はアビドス以外でも普通にある話なのだ。角も、羽も、ケモミミも、キヴォトスでは当たり前の個性でしかない。廃墟もテロリストもよくある話だ。
斯く言う私も片翼とはいえバカでかい天使の羽が生えているし、昔はテロリスト予備候補生としてアグレッサー役を務めたりもしていた。当然、人には言えない秘密の十や二十はある。もし誰かに知られてしまえば……その相手を、あるいは私自身を殺すしかなくなる程の、とても大きな秘密だって。あぁ、だが……
──それさえも、このキヴォトスでは珍しくない……か。
恐らく、いや、間違いなく、このキヴォトスという不可思議な世界は、そんな個人的な秘密すら飲み込んで覆い隠してしまうのだろう。
青く透き通った空の果て。大気汚染の影響がまるで見られない……一口で説明する事も、論理的に理解するのも不可能なこの世界は──僅か二つの大要素を持って、全てを許容してしまうのだから。
──それはまるでテクスチャを書き換え、あるいは貼り付ける様に……か。
具体的な理論や創世神話なんて、私には分からない。だが、少なくとも、キヴォトスはその二つの大要素を巧みに変動させ、薄氷の上とはいえ確かに世界線を安定させているのだ。
そう、たったの二つ……その一つ目は、青春だ。
うん、うん? 別に間違いではないぞ? 私がおかしくなった訳でもない。他ならぬこの私がキヴォトスで目を覚ましてからというもの、毎日ヒシヒシと感じていたどうしようもない現実だからな。
あぁ、青春とは嘘であり悪であると断じ、青春粉砕を叫んだ捻くれ少年には気の毒だが……ここ学園都市キヴォトスでは、青春というのは極めて重大な要素なのだ。青春の二文字の前ではどんな社会通念すら捻じ曲げられるとか、そんなレベルではない。このキヴォトスでは生徒が青春を謳歌する為なら、ある程度の犯罪行為すら──例えそれが略奪や銀行強盗でも──許容されるといえば、その異常さが分かるだろうか? いや、分かれ。どうか分かって欲しい。ここの連中は酒に酔っている訳でもないのに、平然と犯罪行為に走るんだ。遵法精神? そんな物はキヴォトスには存在すらしない。治安維持組織? 第三世界の警察とどっこいどっこいだ。神? 奴さんならブッダと仲良く休暇取ってベガスに行ったよ。お陰で街の比較対象は某タイの港町かヨハネスブルグしか残ってない。何せここは治安が悪過ぎるからな! HAHAHA……
──はぁ。全く、生徒が賞金首なんてどうかしてる……
嘘も秘密も罪科も失敗さえも青春のスパイスとしてしまった夢の果て。踏み付けられた治安は当然の如く瓦解し、今や成人すらしてない生徒ですら賞金首になり得、その身柄を狙われるこのキヴォトスに……あぁ、治安も常識もありはしないのだろう。
何がうんざりするかって、斯く言う私もその一人だという事だ。
現に、賞金首となった子供を狩る為に、私はカスタムされたバレットM82を担いでいるのだから……ホント、どうかしている。そう内心で嘆息しながら、私はたどり着いたビルの屋上からそっと真下を見下ろす。風になびく白髪を抑えつつ、コンビニで買った12.7x99mmNATO弾をポケットの中でイジりながら、ターゲットはまだだろうかと。何とも呑気に、物騒に。
「……思えば、慣れてしまったな。この銃も」
以前はもう少し小さい銃を使っていたのだが……案外、身体というのは多少の無茶には慣れてくれるらしい。そうバレットの黒い銃身をボンヤリと眺めて……思うのは、やはり、キヴォトスの異常性だ。
そう、キヴォトスを二つに分ける一つ。片方が青春なら、もう片方は──銃だ。
つまりハンドガン、アサルトライフル、ショットガン、スナイパーライフル、グレネードランチャー……言い換えれば、拳銃、突撃銃、散弾銃、狙撃銃、擲弾投射機。それら多種多様な重火器が、このキヴォトスには溢れているのだ。ん? 間違いじゃないぞ。実際、酒カス共のモンキーモデルや正義中毒のおもらしが紛争地帯にバラ撒かれている地球よりも、遥かにヤバいレベルで普及しているからな。その証拠にその辺のコンビニですらNATO規格の弾が──可愛らしいパッケージに入れられて──平然と売られているし、どう少なく見積もっても外には銃を持った不良が900万人はうろついているのだから……全くもって手に負えない。
斯く言う私も日本に居た頃はニューナンブすら触った事が無かったのに、こちらで目覚めてからはテロリスト予備候補生としてM1911、ベレッタM92、M4A1、M16、M202、バレットM82に各種手榴弾と……ハワ親キッズなんぞ目じゃないレベルで銃火器を触って来ているのだから、もう、ハッキリ言ってどうかしている。どうかしているが……
「だが、これが現実。これがキヴォトス……はぁ。ヴァニタス、ヴァニタートゥム」
マジ虚無。そう渋い顔で真昼の生温いビル風に当たる事、数秒。幸か不幸か、眼下の道路に変化があった。
事前情報からヤマを張って見張っていた場所の端っこ。裏路地の入り口付近に人影がチラホラと集まり初めて居たのだ。遠目からでは細かい人相までは確認出来ないものの、持っている武器や拾える特徴からして……まぁ、恐らくターゲットの不良少女だろう。学校にも行かずに仲間とつるんで悪さをして、そこらで銃をぶっ放してる困ったちゃん。賞金首としては最少額なれど、賞金首には変わりない……手頃な獲物。
──あぁ、どうかしてるな。何もかも。……だが。
まだ成人しても居ない少女が賞金首なのも、その少女がアサルトライフルを担いでいるのも、そんな少女を対物狙撃銃で狙う私も、全部がどうかしている。それは確かだろう。
だが、そう、だがこれがキヴォトスなのだ。銃を持った少女達が青春しているのが、キヴォトスの常識。キヴォトスの全て。キヴォトスのあるがままの姿!
だから、これから起きるちょっとした銃撃戦すら、キヴォトスではよくある日常でしかなく……きっと、いつもの事でしかなかった。
「ターゲット確認……」
いつも通りの立射体勢を取りつつ、大きな左羽で日光を遮りながら。私はスコープ越しに目標を確認し……そっと、引き金を引く。
瞬間、凄まじい反動が身体を揺らし、重苦しい銃声が空気を切り裂いて──ヒット。弾丸はターゲットの側頭部に命中し、件の少女をアスファルトの上へと叩き付ける。ここが地球ならザクロどころかトマトジュース確定の一撃は、しかし。あぁ、ここは、キヴォトスなのだ。
「初弾命中。効力射開始」
バレットM82の良いところはセミオートなところだ。おかけで引き金を引くだけで連射出来る、なんて。そんな事を内心呟きながら、私は倒れ伏す不良少女の脳天に更にもう一発12.7x99mmNATO弾をブチ込みに掛かる。
理由? ターゲットが無力化されてないからだ。目標の不良少女は対物狙撃銃の一撃を食らってなお死んでないどころか、気絶すらしていない。
現に……ほら、少女のお仲間が撃ち返して来た。動揺すらせず、倒れる少女に駆け寄って助ける事もせずに。
「ッ……」
現代日本人ならまず味わわないだろう5.56x45mmNATO弾のシャワー。不幸中の幸いはあちらはこちらの正確な位置を把握し損ねたらしく、私の居るビルの上半分目掛けて乱射しているだけという事だが……まぁ、時間の問題だろう。コンクリの耐久性なんてたかが知れるし、何より。
──私の耐久、翼以外は紙だからな……
翼ガードが出来ているうちは良いのだが、それが破られればあっと言う間に蜂の巣になるのは確定事項。少し良くない状況……ん? キヴォトス人は頑丈だから大丈夫だろうって? ははっ、実戦慣れした不良と一緒にして貰っては困るな。私は撃たれたら普通に気絶するタイプなんだぞ? ……いや、普通に気絶ってなんなんだろうね。ホント。
「頭キヴォトス*1め……」
どうかしてる。どうかしてるぞ! これが日常ってどういう事だ!? 平穏はいったいどこにある!?
そう内心で叫びながら、それでも私は心を落ち着かせながらひたすらに引き金を引き続ける。目標は不良少女達、四名。一人頭三発も打ち込めばなんとか気絶はしてくれるものの……生憎、バレットM82の装弾数は10+1しかなく。途中で二発程外した事もあり、一人、余ってしまう。
「頭キヴォトスめ……!」
あぁ、全く。キヴォトス人はどうかしてるな?
もう笑うしかない。今撃ち込んだのは対物狙撃銃だぞ? アンチマテリアルライフルなんだぞ? 装甲車ですら一撃でダウンするトンデモクソバカ銃なんだぞ!? それを食らって痛いで済む? 怪獣か何かか! 貴様らは!
そう吠え立てるのは、内心だけにして。私は屋上の柵を乗り換え、その勢いのまま装備していたフックロープを使って一気に地上へと降下する。何をしに? 決まっている。
「頭キヴォトスゥゥゥアアァァァ!」
「テメェ……!? 片翼かよッ!?」
悪かったな! 片翼でッ! そう叫びながらも一息で距離を詰めた私は、バレットを片手に持ったまま不良少女に体当たりを食らわせる。
全ては任務達成と、弾薬費を少しでもケチる為。……とはいえ、私の貧相な身体ではタックルのダメージなんて期待出来るはずもなく。バレットの銃床で追撃の打撲を加えてなお、不良少女の手持ち武器すら叩き落とせなかった。故に、案の定、反撃の銃撃が来る。
「ハハッ! 噂の片翼がこんなガキとはな! しかも狙撃以外は雑魚! 賞金は戴きだァ!」
「ぐぅ……! 賞金首に、言われたくないな。それは!」
5.56x45mmNATO弾の雨あられを左翼で受け流しながら、私はバレットをそっと地面に置き、迷いなくサイドアームを抜きに掛かる。
狙うのは弾切れ。相手の弾倉、すなわちマガジンが空になり、やむなくリロードに入ったその瞬間を……
「うるせぇ! 恨むんならギャングに喧嘩売ったテメェを恨みなッ!」
…………ふむ。ふむ? ふむ。
今、アイツなんて言った? 私が、ギャングに、喧嘩を売った? 苦し紛れの……冗談、では、なさそうだな。あぁなんて事だ。どうやら私はいつの間にかギャングに目をつけられていたらしい。笑える。全く以て笑える冗談だ、と、言いたいのだが。
困った事に心当たりが二、三ある。
恐らくは前回受けた怪しい依頼が原因だろう……いや、それともその前の胡散臭い依頼を断ったせいだろうか? あるいは三日前の依頼で依頼主を裏切って反対側についたのが良くなかったのかも知れない。
──クソッ、これだからキヴォトスは……えぇい、やはり先輩の言う事は聞いておくべきだったか……?
派遣先の先輩がお金に困っていると聞いたから、治安の悪さを利用して手っ取り早く傭兵稼業で稼ごうとしたのだが……この分だと先輩の言う事をよく聞いて、コンビニでのアルバイトとかにしておいた方が無難だったかも知れない。私の平穏という意味でも、先輩や同級生達の好感度という意味でも。
そう過去の決断を後悔したのが、良くなかったのか。私は狙っていたチャンスに出遅れてしまう。相手のリロードという、千載一遇の好機に。
「チッ、弾切れ……っとぉ! おらマガジン食らえ!」
「っ!? マガジンを投げる奴があるか! もったいない!」
「空だから良いだろうが! それより……おらァッ! タップリ食らえェ!」
そんでもっていい加減くたばれェェェ! と、そう叫びながら再びアサルトライフルを乱射し、同時にジリジリと距離を開けて間合いを整える不良少女に……私は翼を盾にして耐えるしかなかった。
軽くやわらかいはずの羽が硬質な音を立てて鉛玉を弾き返す音を聞きながら、断固として、歯を食いしばってでも、耐えるしか……ないはずなのだが。
──待つのは、性に合わん。
私は待つか待たないかで言えば遅れた相手を殴りに行くタイプであり、必然、私の足は思考よりも早く前へと踏み出していた。
一歩、二歩。最初は緩やかに、けれど直ぐに駆け足へと変化したそれは……見る見る間に不良少女との距離を詰めてみせ、しかし、それ以上出来る事なんてタックル以外に無く。私はやむなく翼を盾代わりにしての体当たり、シールドチャージを敢行する。効かないと分かっているそれを、もう一度。
「チッ、効かねぇのが分かんねぇのか! 鳥頭ァ! 鬱陶しいんだよ! 羽が付いたらどうすんだよ、ベンショーすんのかベンショー!」
「羽程度で煩いな……」
まぁ、動物の毛って気になるよね。アレルギー源だし、などど。内心では同意を返しつつ、けれど、私の手は同意とは全く逆の、略奪の為に動いていた。
体当たりは効かない。バレットはお高いからこれ以上使うと赤字。サイドアームも同じ理由であまり使いたくない。となると、この状況でやれる事なんて、一つだけで。
「ッ!? テメェ……ッ!?」
「CQCの基本を思い出すと良い」
思い出す余地があるなら、だが。なんて、そんな事を嘯きながら、私の手は不良少女の手持ち武器、彼女のアサルトライフルをがっしりと掴んでいた。
そう、手元にないなら、奪えば良いのだ。有史以来、人間がそうして来た様に。
「人のモンに手を出すとか、ジョーシキねぇのかァ!!?」
「? 町中でアサルトライフルやらミニガンやらを乱射するキミらに言われたくないが……?」
「うっせぇ! うっせぇ! テメェよりマシ……クソッ! いい加減離れ、この、クソッ!」
ドロボーだぞ! ドロボー! などと心外な事を言われつつ、それでも私は掴んだ手を離したりはしなかった。例え力負けしていたとしても、このままでは組み伏せられると分かっていても、それでも、勝負は一瞬で決まると知っているから。
現に、罵声を吐き疲れたのだろう不良少女の力が一瞬弱まり……今度は、見逃さなかった。
「シッ──」
「グゥッ!?」
繰り出したのは刈り取る様な下段蹴り。向こう脛……弁慶の泣き所に直撃したそれは、意外にもというべきか? あるいは不意を付いたというべきなのか? 瞬間的とはいえ不良少女の体勢を崩し、意識をそらす事に成功してみせる。
訪れる好機。これ以外のチャンス等あり得ない状況で、しかし、私の左手は未だに相手の銃を奪えずにいて……故に、あるいは、自然と、右手が別の場所へと動く。相手の胸元、不用心にもぶら下げられた──手榴弾へと。
「クソッ、舐めた真似しやが……ッ!?」
安全レバーごと手榴弾を掴み、その安全ピンを引き抜くのに掛かった時間はホンの一秒か二秒。正しく瞬きの間の出来事でしかなく、けれど、勝負の女神が裁定を下すには充分過ぎたのだろう。
慌ててレバーを掴み直そうとする不良少女の手を翼で押し退けて妨害し、飛び退く様に後ろへと下がって翼を構え直した……その瞬間。ドンッ! と凄まじい音が鼓膜を貫き、破片と熱が翼を叩く。庇いきれなかった左足に走る鋭く熱い痛みを噛み殺しながら、しかし、同時に私は勝利を確信していた。何せ狙い通りに手榴弾が爆発、それも持ち主の直ぐ近くで爆発したのだ! 幾ら実戦慣れした不良といえど、これならば……!
──まぁ、私が耐えれてるから……いや、あちらは至近距離。いけるはずだ。
私の神秘の結晶たる天使の翼は手榴弾程度ではビクともしないし、ズタズタになった左足も……見た目ほど深刻ではない。
だがそういった飛び抜けた特徴を持たないごく普通のキヴォトス人には……やはり、至近距離での爆発というのはダメージを受けるに充分だったようで。ゆるりと翼を背中の方へと戻した私が見たのは、壁に叩きつけられて呻いている、ちょっと煤けた様子の不良少女の姿だった。
「うぐぉ……全身痛ぇ……つか、ゆ、揺れ、うぷっ……」
「……全身打撲と、軽い脳震盪だろう。あまり動くな、悪化するぞ」
ザッケンナコラー……などと、動けないなりにも啖呵を切ってみせるのは、流石は不良という事なのだろうか? 無駄に頑丈で、底知れない意地すら感じる力強さには感嘆する。
あぁ、感嘆はするが……しかし、仕事は仕事。賞金首を含めた不良達は、一名ばかり気絶してないとはいえ動けない事に変わりはなく……私はこれ幸いと言わんばかりに、不良達をその辺に転がっていたトラロープでちょいキツのグルグル巻きにしていく。これで後は連絡を入れて回収して貰えれば、依頼は完了だと。
「任務、完了……」
風に流れる白髪を抑えつつ、いそいそと不良達をロープでグルグルにしていく私に……感慨はない。
だって、これが私の……そして、キヴォトスの日常だから。青春というにはあまりに物騒な、けれど空だけはどこまでも透き通っているこの日々が、私達の──当たり前なのだ。
キヴォトス人とヘイロー。
キヴォトス人は極めて頑丈だ。大口径弾の掃射を受けても死亡する事はまずなく、ダイナマイトの爆発に巻き込まれたとしても基本的には骨折以下の怪我しか負わない。知れば誰もが望むだろう超人的身体能力……あるいは神秘。それを誰もが持つのがキヴォトスという場所であり、キヴォトス人という存在である。
ただ、そのせいなのか? 彼らの治安維持意識は極めて低く、遵法精神もまた高いとは言えない。その為、キヴォトスは根本的に治安が悪い地域でもある。何せあの圧倒的カリスマ性と超人的事務能力を合わせ持った連邦生徒会長ですら、キヴォトスの犯罪を根絶出来なかったのだから……この問題の根は根深い、というより解決不可能と表現されるべきだろう。
なお、キヴォトスで最も注意しなければならないのはそこに住まう生徒達……ヘイローと呼ばれる光輪を持つ少女達である。中でも特徴的なヘイローを持つ者は往々にして圧倒的神秘を保有しており、歩兵大隊を真正面から粉砕する事すら可能な点は留意しておくに越したことはないだろう。
……とはいえ、特徴的なヘイローを持つ者が幸運なのかと聞かれれば、それに関しては否とハッキリ答えられるのが現実だ。何せヘイローとは自認や責任、何より運命の現れでもあるのだから。