この放送があなたの元に届いていると信じて、今日も世界の中心から放送しています。   作:パンダ2世

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受信なし

 ──2030年8月7日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月8日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月9日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月10日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月11日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月12日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月13日12時05分

 

「ここか……こりゃ酷いな」

 

 高く積み上げられたバリケードを前に、男は1人で呟いた。

 上背はそれほど高くはなく、日本人男性の平均身長よりやや低い。

 処理されていない髭のせいで老けて見えるが、歳は20歳前後だろう。

 右手に鉄パイプを握り、小さいリュックを背負っている。

 

 バリケードの下には、大量の感染者の亡骸が落ちていた。

 数えるのも馬鹿らしい。

 地面のコンクリートには、暗い緑色の跡が散見された。

 感染者から飛び出た腐った汁が乾燥した結果だ。

 

 緑色の跡を辿っていくと、一箇所だけ水溜まりがあったかのようにドス黒い円形の跡があった。

 視線を上げると、先端の尖った物干し竿がバリケードの間に突き刺さっている。

 以前ここに住んでいた人の武器なのだろうか。

 物干し竿の先端から感染者の汁が垂れていたのは容易に察しがついた。

 

 鼻をつんざくような異臭に片眉を下げ、男は感染者の死体の山を足で払い除けた。

 バリケードからある程度離れたところまで死体を蹴飛ばし、男は満足したように頷くと、そのままバリケードをよじ登る。

 難なく上まで登り切ると、近くにあった机に飛び降り、そのままバリケードの向こう側へと足を進めた。

 

 バリケードを越えると、それまでとは打って変わって、綺麗に整理された空間が続いていた。

 この場所だけ感染拡大前であるかのように、現代世界の悲惨さを忘却している。

 男は何か使えそうな物がないか、物色を始めた。

 

「世界の中心か」

 

 物色しながらも、警戒を怠らない。

『彼女』の言う通りなら、この場所には感染者が確実に一体はいるのだ。

 物音をなるべく立てないように注意を払う。

 物陰に注意しつつ、男は物珍しそうにキョロキョロと見回した。

 未開封のポテトチップスの袋が2つ、鯖の缶詰が3つ机の上に置いてある。

 自堕落な生活を送っていると言っていた割には、片付けがちゃんとしてあった。男は感心した。

 

 暫く物色をした後、最後まで手をつけていなかった部屋の前に立つ。

 扉には『放送室!』と書かれた何かの裏紙がテープで貼られていた。

 これを貼った人はおそらくテキトーな性格をしているのだろう。

 普通だったら直したくなるくらい、斜めに雑に貼られていた。

 

 耳を澄ましてみると、小さく呻き声が聞こえた。間違いなく感染者だ。

 男は深呼吸をして、鉄パイプを強く握りしめる。

 その表情は少しだけ悲しみの色を帯びていた。

 

 男はゆっくりとドアノブを回した。

 いつでも迎撃できるように鉄パイプを構える。

 ノブを引き、静かに扉が開かれる。

 

「…………」

『あ"ー……あ"ー……』

 

 はたして、感染者はそこにいた。

 どうやら男には気づいていない様子で、呻くように掠れた声を出し続けていた。

 側には椅子が倒れており、部屋の奥で背を向けてゆらゆら揺れている。

 

『あ"ー……あ"ー……』

 

 男は揺れる背の向こう側に、マイクが設置されているのを見た。

 

「………………」

『あ"ー……あ"ー……』

 

 感染者はマイクを前に声を発し続けている。

 鉄パイプを握る男の手が震えた。

 震えているのは恐怖によってではない。それは悲しみによるものだ。

 この暗い世界を覆い隠すカーテンを、『彼女』はわずかでも開いてくれた。

 だから男は『彼女』に大きな感謝を抱いていたのだ。

 

「あなたがAちゃんなんですね……約束を果たしにきましたよ」

『あ"……あ"ー!』

 

 男は感染者に声をかけた。

 不意をついて頭を殴れば解決だったのに、そうしなかった。

 感染者は声に反応して、くるりと振り向く。

 生存者を見つけて、本能が身体を動かした。

 

『あ"ー! あ"ー』

 

 目の前に現れた生存者に噛みつこうと手を伸ばして、そして──

 

「ありがとうございました」

 

 振り下ろされた鉄パイプに、『彼女』の頭は砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月13日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──以下、『放送室!』の机上にあった遺書より

 

『あなたが、これを読んでいるということは私はもうこの世にはいないだろう。

 

 って感じで始まる遺書を書くの、地味に昔からの夢だったのでできて嬉しい。

 悔いなし。

 以上 天才美少女Aちゃんより。

 

 

 

 という冗談はさておき、ここからはちゃんと遺書なので安心してほしい。

 たぶんすぐそこに私が倒れているだろう。

 もしそうなら、あなたは私のお願いを聞いてくれたわけだ。

 ありがとう。私を救ってくれて。

 私の放送はちゃんと誰かに届いていたってことだ。

 1人にしないでくれてありがとう。

 

 あーあ、それならさっさと住所を言えばよかったな。

 でもビビリで小心者のAちゃんには無理な話でしたとさ。

 

 さて、では本題に入りますか。

 私のお願いを聞いてくれた優しいあなたに追加で頼みがあります。

 図々しいのはわかってます。無理なら無理で大丈夫です。

 嘘、やっぱりお願い。

 

 もしよければ『終末ラジオ』をあなたが引き継いでくれませんか。

 結構愛着沸いちゃったんですよね。終わりっていうのは寂しいじゃないですか。

 先代パーソナリティの私が偉大すぎて腰が引けるのはわかりますが、どうかお願いします。

 毎日じゃなくていいです。たまにでも放送してくれたら満足です。

 

 あ、でも100回までは続けてほしいなって。

 だって100ってなんかすごいじゃないですか。なんか、こう、わかるでしょ。

 次からは第94回放送ですからね! 頼みましたよ!

 

 はい終わり! 

 Aちゃんでした! 

 

 ps. 死体そのままは嫌なので、できれば埋めるか燃やしてください。お願い多くてすみません。

 

 psのps. お墓は可愛く作ってね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月14日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月15日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月16日 受信なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──2030年8月17日17時02分

 

『…………あーあー、これであってる? わからん……ま、いいか。これで出来てることにしよう。……えーとたしか……どうもみなさんこんにちは。『終末ラジオ』の時間です。この放送があなたの元に届いていると信じて、今日も世界の中心から放送しています』

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