一般通過自己犠牲全体回復魔法持ち魔法少女   作:Mckee ItoIto

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お望み通りの救いを。それがあなたの本当の願い。



鏡への誘惑 上

 人の身に余る、奇跡の切れ端。

 『創造』『進化』『増殖』。『啓示』『剥奪』『統合』。それを『支配』する、神たる我。

 歩みは異なる。思惑は渦巻く。しかして辿り着くは同じ終末。

 

 我らは新たな七の星。獣を従え人を統べる、六の使徒と一の神。

 大いなる十の角が世界を砕き、選ばれし魔女が掻き混ぜる。混沌に満ちる、絶望も悲劇もない、創世の楽園のため。

 

 ……果たして、本当に、出来るのだろうか。既に三本が折れている。何の成果もなく。

 これは予言の範疇なのか。正せる異常か。戻せる逸脱か。補える不足か。わからない。でも、やらねばならない。もはや世界は救い難い。如何様にも成り得ない。

 世界に神がいないのならば、誰かが神となって作り直さなければ。そう決定付けたのだから。

 崇高な使命。普遍の運命。真実の革命。罪も過ちも覆る。魂の再分配によって何もかも。

 迷うな。立ち止まるな。やらねばならない。他の誰にもできない、本当の救済を。

 

・・・

 

 

 

 魔獣が恐ろしい。そんなの、誰だって同じだろう。

 災害みたいなものだから、地震や雷が怖いっていうのと同じようなものだよ。

 それらと違うのは、明確な敵意を持って、こちらに襲いかかってくるということだけ。

 

 ……例えがあまり正確じゃなかったかも。いわば、熊とか虎が怖いっていうのと同じ感じかな。

 それの、もっともっと規模が大きい版。近代兵器をも凌駕する、対処の仕様がない厄災。

 

 一般人では、第一等級の魔獣であっても危険だ。

 例えるなら凶暴な大型犬。武器があっても、それを無事に倒せる人は案外少ないんじゃないかな。

 

 第二等級の時点で一般人が対応できる範囲を逸脱し、専門家の領域になる。

 対応できるのは最低でも軍人、もしくは魔法少女。戦う資格も無しに対峙しようとすれば、きっと命を失う。

 

 第三等級を超えたらもう、軍人でも対処は困難だ。

 このレベルになると魔力装甲も分厚く、生半可な銃器では傷一つ付けることはできないのだから。

 魔力無しでは、恐ろしいほどの大火力兵器でなければ、戦力になり得ない。

 

 そして、第四等級以上ともなれば……近代兵器はほとんど役目を果たせない。

 それこそ、核兵器くらいしかないんじゃないか。使えば世界を壊してしまうけど。

 

 でも、だけれど。

 魔法少女なら対処できる。

 魔力を以って、生身で化け物と戦える。

 それが人類にとってどれほどの希望になったのか。

 安全で、クリーンな、少女の形をした兵器。

 

 あらゆる否定の声を捩じ伏せて、この国は真っ先に魔法少女を戦力化した。

 そして、魔獣によって荒れ果てかけた状況を、たった数年で安定させた。

 

 その英断が、成果が、世界的に今の私たちの立場を決定づけている。

 

 

 ……ところでだけど。

 

 一般の人にとって、魔法少女ってどのように見えるのかな。

 メディアの評価は概ね好意的。これはプロバガンダも含まれるだろうけど。

 大半の人たちも、()()()()()()()()()()大体好意的なんじゃないか。

 前線部隊にいると、ファンレターなんかを貰えることも珍しくないし。

 

 小さい子から魔法少女になりたい! っていう言葉が届いたりすると、やめといた方がいいよと思いつつもやっぱり少し嬉しくなってしまう。

 まぁ、夢見ても……なろうと思ってなれるものじゃ無いけどね。

 幸か不幸か素質が無ければ、入口に立つこともない。

 

 助けてくれてありがとうって言葉もある。

 魔法少女やってて良かったなって思うことってそんなに無いんだけど、なんか良かったなって、助けられて良かったなって思わなくもない。

 

 

 でも……それは助けることができたから。運良く取り零さずに済んだ人の話。

 何かを失ってなお、私たちを応援してくれる人は……良くて半々くらいかな。

 

 魔法少女じゃない人にとって、魔法少女ってどのように見えるのだろうね。

 特に、魔獣によって大事なものを失った人にとって。もしくは、失いかけた人にとって。

 

 ……それはきっと、魔獣を思い起こさせる、恐怖の象徴なんだろう。

 

 正式なものじゃないけど、魔獣等級はそのまま、魔法少女にも当てはまる。

 適合したての第一等級相当の魔法少女であっても、大人の男の人にだって負けない。

 そして上位の魔法少女であれば、一人で軍隊と渡り合える。

 第七等級ともなれば……想像もつかない怪物だ。

 

 

 私は不幸にも、その最上位に辿り着いてしまった望まれぬ怪物。

 

 第六部隊隊長、『反射』の魔法少女。死を映す鏡であり、触れられざる楔。

 

 人を虫けらのように殺す存在を、虫けらのように殺す存在。

 

 

 そんな存在が、欲望のままに力を振るわないという保証がどこにある。

 魔獣のように人に牙を剥かないという保証が、どこにあるというのだろう。

 あるのは、国の法律と、対魔獣組織、この二つの枠組みだけ。

 

 今の平和は、私たちの理性と分別によって保たれている……薄氷の均衡なんだと。

 そんな事実を理解してしまった大人が、果たして正気を保って私たちを直視できるだろうか。

 

 きっと私たちは、分別ある存在とは見られない。

 平均年齢は14歳。絶対的に、大人では無い。

 

 ああ、わかるよ。わかってしまう。私だって怖いもの。だって、どう言い繕っても危険な存在には変わりないのだから。

 魔法少女も魔獣も、普通の人にとっては一緒だ。どっちも生きた災害で、私たちはたまたま味方側にいるだけの化け物。

 殺傷能力を持った子供ほど恐ろしい存在はないだろう。私だって……仲間たちのことがたまに怖いんだから。

 

 実際、増長する魔法少女もいないわけではないんだよ。

 平和が私たちの理性と分別によって担保されているのだから、それを守らせたい国や組織の大人たちは私たちに対してかなり手厚い。厳しい義務と同じくらい甘い権利を与えてくれる。

 そして、その権利は傍からみたら過剰なまでに多くて、それはその家族にも与えられている。

 

 優遇、補助金、その他諸々……まぁ当然、調子に乗ってしまう子もいるんだよ。

 だって大人ぶってみせたって、子供なんだから。仕方ないよ。

 

 だから組織は最初、とにかく新人に厳しくする。

 そうした教育を経て、無邪気でバカな子供は現実を知り、立派な魔法少女に矯正される。

 

 いや、うん……たまーに、本当に教練受けたのか疑問な人もいるけど……北の人とか南の人とか。

 でもそういう人たちだって魔法少女としての立場をちゃんと弁えている。と思う。

 

 だから大丈夫なんだ。安全なんだ。

 ってそう言われて、みんな納得するしかない。

 

 でも心の底では納得できてない人たちもやっぱりいて……。

 

 

 

 

 

 

 

<対魔獣組織の天下り? 外部機関と癒着疑惑>

 

<独占取材! 魔力量……等級……元関係者が語る魔法少女の組織内格差>

 

<魔獣、その特性と危険性を専門家が徹底解説 「魔法以外による対処はやはり困難」>

 

<魔獣被害が減った今こそ議論すべき、魔法による国際紛争の可能性>

 

<今や広報にしか出ない『執行』は引退か、それとも……>

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には、センセーショナルな見出しを踊らせる雑誌がある。

 たびたび魔法関係の特集を取り上げてる、大衆雑誌だ。

 

 この国は法治国家で表現の自由やら報道の自由やらが保障されてるので、こんな結構ギリギリな感じの取材は意外と少なくない。

 そして一部のメディアはこうしてイキイキと私たちを娯楽のように弄んだりする。……まぁ認識阻害があるのでプライバシーを取り上げられることはないんだけど。

 一線を超えたら政治的な介入があるとは思うものの、これくらいなら全然放置されてる。というかいちいち関わってられないというか。

 

 魔法少女がアイドル化されるようなことも、あったりなかったり。そこら辺は実際みんな可愛いし仕方ないのかな。ネットなんかではその傾向が顕著だ。

 行き過ぎて性的に見られることもあるので、その辺こっち側的には賛否両論。承認欲求を満たされて元気な子もいれば、メンタルを病んでしまう子もいる。

 ちなみに私も意外と、評価的には美人らしい。でもまぁ色々無頓着なので頭に残念な、が付いてしまうけど。だって化粧とか服選びとか、面倒くさいじゃない……。

 

 というか少し前までここの雑誌もそんな感じの、割とカジュアルな持ち上げ側だったんだけど、編集方針が変わったのかなぁ。

 お堅くなったというか、中立か、もしくはやや否定寄りに変わっちゃった気がする。うーん、というか左寄りっていうやつ?

 あんまり変に持ち上げられ過ぎてもそれはそれでちょっとなんだけど、こうした変化が一体どういう事情を秘めているのか、気にならなくもない。

 隅から隅まで、目を通してみる。書いてあることは他の雑誌と大して変わらないけど……どちらかというと魔獣より魔法少女に関しての記事が多い気がする。

 そして自分のことが書かれてないことに、何となくほっとしてしまう。もちろん、自分の部隊のことも確認してるけど……って誰への言い訳なんだろうこれ。

 いやはや、我ながら趣味が悪いというかなんというか、うーん、そもそもこれは趣味というべきなのか……。

 

 

 

 

 

 ……あ、そんなことはともかく。

 

 そろそろ今日の配信が始まるなぁ……待機しなきゃ。

 

 興味の消え失せた雑誌を放り捨て、つけっぱなしのパソコンの接続をプライベートに切り替える。

 一応これも、仕事といえば仕事と言い張れなくもないのだけど、やっぱりちょっぴり後ろめたいので……。

 

 配信とはつまり、広報専門の部隊による配信動画なのだけど、『計算』ちゃんと『識別』ちゃんが担当になってからこう、だいぶ見やすくなった。

 オタクに媚びてるとか言われてるけど、一般人の興味を引くという意味では大成功してるといえるんじゃないか。私も珍しくまだ飽きてないし。

 

 さてさて、ブックマークから配信窓を、

 

 

 

 

「──何してんのアンタ」

 

 

 

 身体が硬直する。いま一番聞きたくない声が聞こえた。

 ここは……部隊の隊長室。許可なく入れない私の城のはずなのに、籠城は叶わないみたい。

 

 彼女は副隊長の『誘惑』さん。

 その魔法名の割に、地味な見た目をした編み髪でメガネの少女。でも怖い。

 まるでザ・委員長ってな感じの装いなのに、吊り目で言葉がキツくて、とても怖い。

 そして何故か私に対して非常に当たりがキツイのでなおさら怖い。なんでなの……。

 

「またサボってるの」

「あ、いや……えっと……サボっては、ないかなーと……?」

「書類の決裁、溜めてるでしょ。事務員が待ってるから早くして」

「え、はい……すみません……」

 

 有無を言わさない叱責。何故か部下に怒られてる上司の図。

 おかしい……おかしくない……?

 別にこの辺の書類、まだ期限には少し余裕があるのに。

 もうちょい後でもいいかなーって思ってたんだけど……ダメ?

 

「はぁ……優先度の低いやつ、代理決裁でやるから頂戴」

「ごめんなさい……えぇと、あっちの営繕関係とか?」

「それは予算規模的に優先度……ああいや、私がやるわ。貰ってく」

 

 

 あの、いや、この部隊で一番偉いのって私のはずでは……?

 なんかやだなぁ……他の部隊もこんなにギスギスしてんのかなぁ……。

 

 でも言い訳するとまたボロクソに言われるので素直に受け入れる。

 とりあえず謝っておけば嵐は過ぎ去るのだ。冷たい目をされるのと引き換えに。

 

 

「アンタってホント……とにかく、キャパ超える前には言いなさい」

「……はい」

「いい返事ばかりね。わかってるの?」

「ぅ、はい……」

 

 怖い……前にうっかり期限をすっとばしてしまってからやたらと絡まれるようになってしまったんだよなぁ……。

 

 過去の私のバカ……忘れずちゃんとやっとけよバカ……今の私はちゃんとやってるぞ……!

 

 ……たぶん!

 

 

「……」

「……」

 

 えっと……あの……まだ何か……?

 

「ジャージで仕事すんの、やめなさいよ」

「……え、あ、楽だし?」

 

「……」

「……」

 

「……」

「すみません……」

 

「もういいわ。また来るから」

「なんかすみません……」

 

 

 服装に関しては誰にも迷惑かけてないし昔の広報動画にもこれで出てたんだから、別にいいじゃん……!

 

 と開き直りたかったけどそんな度胸なかったです。はい。

 

 あとまた来るんですね。できればしばらく放置して欲しいです。ダメですか。ダメなんですね。

 仕方ないので書類を片付け始める。内容に目を通して、問題なさそうなので決裁印を押していく。

 大体は他の人の目を通ってるのでほとんど問題ないものしかない。これをるーちん的に繰り返す。

 

 ポン、ぱらっ、ポン、ぱらっ、と。

 

 いつも思うけどこれ、ほんとに私がやらなきゃいけない仕事なのかなぁ……。

 でも……魔獣と戦うのよりはマシなのかなぁ……魔獣怖いし……。

 

 私の『反射』を貫けるような存在には会ったことないけど、怖いものは怖いんだ。

 だからこうして、平和に書類仕事ができることに、感謝しないと。

 

 そうそう、感謝感謝だよ。

 

 

 ……。

 

 

 気のせい……、かな。何となく、彼女の様子がおかしい気がした。

 いつもはすぐどうでも良くなることだけど……今回はなんか気になったまま。

 

 ……別にいいか。別にいつも通り、別に、いい……の、かなぁ……。

 

 

 

 ぅあー、なんか気持ち悪いっ……!

 

 

 これ片付けたら後で覗きに行こうかな。たまには隊長っぽいこともしないと。

 まぁ結局なんでもなくて冷たい目でうざがられるんだろうけど……いや怖いな……想像だけで震えそ……。

 

 それに終わったら配信見るつもりだったのに……あ、いや、別に配信見ながらでもこの作業はできるのでは?

 

 ……。

 

 

 流石にダメか。ちゃんと仕事片付けよ。面倒くさ……。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 私は、あの女が嫌いだ。

 

 だけどきっと、あちらも同じ。いや……違うか。

 

 あの女、私たちの隊長は、恐らく、この世界の誰のことも好きじゃない。

 

 

 関心の反対は無関心。好意と嫌悪はどちらも関心。

 興味のない存在に感情なんか湧くことなど、ない。

 

 あらゆるものから、術者を守る『反射』の魔法。

 どんな干渉も、そのまま相手に返す最強の防壁。

 

 それは……あまりにも残酷な拒絶。

 好意も届かない。悪意も届かない。

 

 その心と体には、無意識に受け入れていいと思っているものだけしか届かない。

 何を受け入れて何を拒んでいるのか、それはきっと本人にもよくわかってない。

 

 趣味を持ってないあの女の趣味は、趣味探しだ。

 節操無しに手を出して、すぐに冷めて放り出す。

 

 興味を持つことが目的だから、結局、その興味は定着しない。

 そして馬鹿だから、そのうち忘れてまた同じことを繰り返す。

 

 なんで、あんな女が私たちの隊長なのだろうか。

 

 特別仕事ができるというわけもない。強さだけ。

 いや……その強さでさえ……相手に依存してる。

 

 依存。拒絶。矛盾しているようで矛盾してない。

 何かを望んでいるのに、何もかもを拒んでいる。

 

 いつも人の顔色を伺っているというのに、相手が一線を超えた途端に突き放す。

 話しかけるとへらへら笑って干渉を拒みながら、こちらをずっと観察している。

 

 

 ……ああ、気持ち悪い。

 

 でもそれは、私も同じ。

 

 

 相手の興味を操る、『誘惑』の魔法。

 

 そんな魔法を使う私は、あの女のことを言えるのか。

 相手の気持ちなんて、そんなもの、わからないから。

 わかるように誘って導く。迷いを惑わし捻じ曲げる。

 

 本当の考えを捻じ曲げる。

 本当の動きを捻じ曲げる。

 本当の気持ちを無視して、捻じ曲げる。

 

 ああ、ひどい、ほんと。あの女よりもよっぽど、気持ち悪い。

 こんなのまるで、人を破滅させる……悪魔みたいじゃないか。

 

 

「あ、ふくたいちょーだ。お仕事? なにか、お手伝いする?」

「……『誘惑(temptation)』」

 

「??」

 

「大丈夫だから。あっち行ってなさい」

「わかった、またねー」

 

 

 作業のため自室へ向かう途中だったので、邪魔されないように興味を遠くへ飛ばす。

 

 声をかけてきたのは幼い子供の新人。そういえば今は11歳、だっただろうか……。

 8歳で適合して10歳で覚醒。本当だったら小学校に通っているような少女だった。

 

 適合も覚醒も早熟すぎて、でも、こんなに幼くても問答無用で戦力化されてしまう。

 

 魔法を使えて戦えるのであれば、すぐにでも前線に来てしまう。

 丈の余った隊服に着せられて、無邪気に魔獣と殺し合いをする。

 

 良くも、悪くも、純粋に。

 

 世界はいつだって不穏で、人手不足は深刻で、敵の数は多すぎる。

 被害が少なく見えるのは、私たちの犠牲によってのもの、なのに。

 

 疑問を抱くべきじゃない。

 

 私たちの善悪は、それを判断できない年齢のうちに与えられたもの。

 それが半ば洗脳じみていると思っても、思いを深めるべきじゃない。

 

 ああ、矛盾してる。私はわかってしまっている。

 本当はこんなことしたくないって思ってるのに。

 

 そんなの考えるべきじゃ、ないのに。

 私はもう、無邪気には考えられない。

 

 まだ何もわからない子供たちを、騙して操っている。

 思い通りに、私にとって、世界にとって、都合良く。

 

 それはハーメルンの笛かレミングスの先導者か。

 いずれにせよ、私はいつだって地獄への導き手。

 

 私が操れなかったのは『執行』の化け物を除けば、あの女だけだった。だから。

 

 あの女に会う度に、自分の醜さを突き付けられる。

 それはまるで鏡のように。私の悪意が映って返る。

 

 そう、鏡。鏡よ、この世で一番醜い存在は、誰。

 映し出されるのはいつだって、認め難い私の姿。

 

 

 ああ、本当に醜くて……気持ち悪い……嫌い……嫌いだ……。

 

 

 あの女も……こんな私も……世界の何もかもが醜く汚い……。

 

 

 

 

 

 

 

 内心を一切表に出すことなく、何人ともすれ違う。

 

 適当な挨拶。適当な社交辞令。最適な、思い通り。

 

 望まぬ話は魔法で遮る。望み通りに動いてもらう。

 

 そして、自室の扉を開ける。隔離された私の空間。

 

 持っていた書類を机に置こうとして……気づいた。

 

 

 

(手紙……?)

 

 

 

 そこには今どき珍しい、可愛らしい手紙の封筒があった。

 バツ印のシールで封をされ、宛名も差出人も無い、私信。

 

 この部屋は私の城だから、許可なく入れるのは、一応の上司である、隊長ぐらいしか。

 でも、ズボラで臆病なあの女が、わざわざこんな形で私に言葉を伝えるとは思えない。

 

 そして外部の人間が隊長の頭越しに勝手なことをするとも考えにくい。

 いや、あの阿呆のことだから伝えてくるのを忘れてる可能性もあるが。

 

 ()()()だ。考える余地もない。屑入れに放り捨てて仕事の準備を始める。

 書類を順番に処理していき、時折手を止め、内容を考えながら決裁する。

 

 最近は比較的平和だ。警報の頻度も少ないのでこうした事務仕事が多い。

 その平和も誰にとっての平和なのか。私たちは平和なのか。平穏なのか。

 

 平和をもたらす勝利の女神。誰にとっての勝利なのか。犠牲は。代償は。

 例え嘆いても何も変わらない。私たちの役割と立場は固定化されている。

 

 なぜ。どうして。なんのために。考える意味は無い。変わることも無い。

 私たちは、変わらない。途方も無い切欠が、事件が、爆弾が、無い限り。

 

 

 そう、爆発的な、切っ掛け。

 そんなものあるわけがない。

 

 

 あるわけがない。望むべきじゃない。考えるべきじゃない。

 

 

 なのに、視線が吸い寄せられる。あの手紙は何だったのか。

 

 

 気になって、仕方がない。まるで、()()()()()()()()()()()()()()

 考えるべきじゃない。冷静に考えるべきだ。冷静、冷静、私は冷静。

 

 手を伸ばす。シュレッダーにかけて完全に見なかったことにすべき。

 さっき触った時、紙の感触しかしなかったから危険物は入ってない。

 冷静に、粉々にして、何もかもなかったことにすべきだろう。早く。

 

 震えそうになる手を精神力で捩じ伏せて、捻じ曲げて、手紙を……。

 

 

 

 

 

──持ち上げた瞬間、封が剥がれて、中身が零れた。

 

 

 

 

 

 バツの封印が解かれ、一枚の手紙が、目に飛び込む。文字が、脳を叩く。

 

 

 "()()()()()()()()()()()()()()。その叶え方も"

 

 

 動けない。なのに眼球だけが、勝手に文字を追う。私の意思に関係なく。

 ああいや、違う、これは……私の意思だ。無意識に望んでしまっている。

 

 

 

 

 "貴女の思いは叶えられる。貴女の力で、世界を美しくできる"

 

 "それは世界のためではない。貴女のためでもない。未来の少女たちのため"

 

 "貴女は善き導き手となる。未来なき少女たちを、地獄から楽園へといざなう"

 

 "貴女は一緒に救われる。世界も同時に救われる。でもそれは、救う過程の副産物"

 

 "歩むのは正義の道。正道の行い。救うべきは何か。悪とは何か。平和とは何か"

 

 "決断は簡単。この紙が証となる。持ち続けるだけで良い"

 

 "拒むのも簡単。破り捨てれば良い。それで終わる。永久に"

 

 "貴女の選択は自由。今までの行い、新たな行い、貴女の望みのままの希望を尊重する"

 

 "願わくば貴女の力を望み、願わくば貴女の力になるよう。()()()()をここに"

 

 "貴女へ。貴女だけの 『啓示(Revelation)』 "

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 いまのは……いったい……?

 

 さっきまでの、あの、()()()()()()()()()

 

 

 拾い上げ、眺める。何の変哲もない、ただの白紙。

 便箋とも呼べない、コピー用紙のように真っ白な紙。

 

 強く刻み込むように脳内に飛び込んできた言葉は、インクが溶けるように意味を失くして薄れていく。

 

 何だったのだろうか。白昼夢……いや、単なる疲れか何かかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「えっと……?」

「っ!?」

 

 

 思わず肩が跳ね上がり、咄嗟にその紙を懐にしまう。

 

 振り向くとそこには少し前に見た、私が一番嫌いな鏡の女。

 

 私たちの隊長が、間の抜けた表情で扉の前に立っていた。

 

 

「……なに」

「あ、いや、こっちは片付いたから、そっちの様子はどうかなって……」

「……アンタにしては、珍しい」

 

 

 勤勉という言葉から程遠い存在なのに、仕事を終わらせた?

 天変地異の前触れか何かにしか思えない。そんなことあり得るのか。

 

 後でちゃんと確認した方がいいのかもしれない。

 

 

「あれ、そっちはもしかして全然まだ終わってない?」

 

「……文句ある?」

 

「え……あ、ない……です。はい……えへへ」

 

 

 人の気持ちを逆撫でするような、意味のない笑い。

 ヘラヘラとした、締まりのない顔。

 

 結局、単なる気まぐれなんだろう。

 仕事をしたっていうのも、私の様子を、見にきたのも。

 

 きっと大した興味でもないし、恐らくその興味も、もう残ってない。

 

 

 ……でも不思議と、いつものようにイライラしなかった。なぜだろうか。

 

 さっきの謎の紙について、情報を共有すべきだと小さな声をあげている私がいる。

 

 

 私はそれを無視して握り潰す。気のせいだ。大したことではない。取り上げるまでもない。

 

 ただの無意味な白紙だったのだから。あれは気の迷いが見せた幻に過ぎない。

 

 

 

 

 だけど、なんとなく、心に余裕が。この白紙が熱を持たせた。そんな気が……。

 

 

 

 

・・・




誘惑は罪であると同時に、大罪の門でもある。って誰か偉い人が言ってた気が。




ちなみにこの物語には割とわかりやすく隠し文字が含まれているのですが、その辺りが物語の折り返しに入って色々関わり始めてきます。(関係ないおまけ的な隠し文字もあります)
もし読んでなくても大して影響はないと思いますが、よければ探してもらえると少しだけ楽しめるかもしれません。

前章の、最後の後半へと、続きます。
(一週間以内に更新)
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