一般通過自己犠牲全体回復魔法持ち魔法少女   作:Mckee ItoIto

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 前編の前日談的な番外編。
 夢見たっていいじゃない。人間だもの。


[ You Can’t Unring a Bell ] _ (1/2)

・・・

 

 

 

 

 対魔獣組織の第十二支援部隊。

 それは文字通り、最前線で戦う部隊の後方支援をする部隊。

 

 だから直接的に戦闘の矢面に立つことは滅多に無く、命の危険はほぼ無い。

 かといって決して楽な仕事ではない。

 

 連絡とか、救援とか、補給とか、折衝とか、ほかにももろもろ。

 やることがあまりにも多く、暇な時間なんかほとんどない。

 

 支援部隊は前線部隊よりも魔法少女の数が多い。しかしそれで人手不足を解消されることはない。

 数が多いだけで、大半が社会経験も実戦経験も無いただのド素人。ほとんどがモノの数にも入らない。

 

 だから、そいつらを鍛え上げて一刻も早く前線へと送り込める戦力にする。支援部隊はそういった役割も担っている。

 

 教練を担当するのは、運よく無事に引退できた元前線魔法少女か、前線で使い物にならなくて出戻った役立たずの魔法少女か。

 だいたいそのどちらか。

 

 

 

 私は後者の役立たず。

 

 

 

 事実として私は、初めての実戦で何もできなかった。

 

 教練で飛び抜けた成績を残し、もう一人の同期と、共に固有魔法の覚醒を待たずして前線へと送られた。

 固有魔法なんかなくても戦力になれる。そんな非覚醒者の希望の星として。周囲と、大人たちの期待を背負って。

 

 でも結局、私は駄目だった。

 初めて見るリアルな魔獣相手に何もできず、部隊の足を引っ張っただけだった。

 

 大した等級でもない魔獣に隙を突かれて、ぶん殴られた。

 たったそれだけで、何もできなくなった。

 

 

 舌なめずりするケダモノにのしかかられ、死が頭をよぎった。

 あまりにも致命的な、被捕食者としての怯えが、私を支配した。

 

 

 ……前線では、そんなことは別に珍しくもないらしい。

 新人がその恐怖に囚われてしまうことも、不思議なことではないと。

 大半が最初に濃厚な恐怖を味わい、生き延び続けて、次第に恐怖に慣れていく。

 

 それでも、私はその後もその恐怖から、ずっとずっと抜け出せなかった。

 

 震えるだけの無力なデクの坊。涙を流すだけの置物でしかなかった。

 いつまでも部隊の足を引っ張る、新人以下の足手まとい。

 

 そんなのが前線に居られるわけがない。そんな邪魔なやつは戦場に必要ない。

 結局私は支援部隊に戻ることになる。

 

 

 前線では役立たずであっても、実戦経験のある魔法少女は後方じゃ貴重な存在だ。仕事はいくらでもある。

 私は教練担当の魔法少女となり、大人たちと共に、少し前まで一般人だったはずの可哀そうな子供たちを、徹底的に苛め抜くことになった。

 

 覚悟をしてもらうために。

 いつかこいつらが前線に行った時、恐怖に囚われ命を落とさないようにするために。

 

 私は運が良かっただけだ。たまたま仲間に助けてもらえただけ。

 そうでなければ、私の初めての実戦は、たったの8分間で人生もろとも幕を閉じていた。

 

 相手は野生動物じゃない。

 例えば普通の動物なら。クマの様な猛獣だったとしても、遭遇していきなり命のやり取りになることはまずないだろう。

 でも魔獣は違う。明確な人類の敵。即座に戦闘が始まり、必ずどちらかの命が消える。それが前線の日常。

 

 呆けてしまえばそれだけで死にかねない。一瞬でも油断すれば危険にさらされる。

 訓練が何の役にも立たなかったとは言わない。だが私には覚悟が足りていなかった。

 

 今でも、体力面や魔力射撃の精度などでは前線の人たちに負けていると思わない。

 基礎技能だけなら、隊長クラスとだって渡り合える自信がある。

 

 それでも、魔獣と戦うなんて、私には到底無理だ。

 

 あの、生臭い獣臭を遠くから感じるだけで、身体の震えが止まらなくなる。

 頭が真っ白になり、涙が勝手にあふれ出してしまう。

 

 前線から元の支援部隊に戻る前に、一時期だけ四国にある精神衛生の保養部隊へと回された。

 フラッシュバックが起こる度に落ち着かせてくれた少女がいて、おかげである程度はマシになった。

 それでも、脳裏に張り付いたケダモノの姿を完全に拭い去ることはできなかった。

 

 その後、大人が告げてきたのは戦力外通告。つまり元の支援部隊への異動。

 世話になった人たちが送り出してくれたが、その目は同情と共に、どことなく軽蔑を帯びていたように思えた。

 

 

 私は魔獣が憎い。だけどそれ以上に魔獣が怖い。

 

 

 結局のところ、どう取り繕っても私は出戻りの負け犬だ。

 力がありながら、役目を果たせなかった。固有魔法も未だに覚醒しない。

 

 私と同時期に前線に移った同期は、激戦区の九州でどんどん実績をあげている。固有魔法も無いままに。

 だから、非覚醒だったから、というのは言い訳にもならない。

 

 方や優秀な『尖兵』で、方や落ちこぼれの出来損ない。

 とんだ笑い話だ。

 

 それでも、私は私にできることをやるしかない。それしかできないのだから。

 できると思ってたことが、できなかったのだから。

 やれといわれてやれたことを、やるしかない。

 

 そうして、新人をしごき倒す日々が数年続いた。

 当然ながら、部隊のみんなからは嫌われている。当然と言えば当然だが。

 

 格下と新人相手にイキってるだけの無能なクソババア。

 尻にタマゴのカラが付いたヒヨっ子どもに、そんな風に陰口をたたかれることも多い。

 

 まぁ、こいつらがヒヨコなら、私はチキンか。

 何も間違ってはいない。笑えてくる。

 

 それでも、今のところピーチク騒ぐことしか能の無いヒナ鳥どもを調子づかせたままにするわけにもいかない。

 だからもちろん教練では容赦なくボッコボコにする。これでも非覚醒者の中ではあの同期と並んで歴代トップクラスだったのだ。

 ド素人相手なんざ百万回やったって不覚を取るわけがないんだ。戦場の厳しさを、これでもかってくらい教え込んでやる。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「なんか先輩のそれってぇ……八つ当たり入ってませんかぁ……ゥっぐ……」

 

 

 天気模様は晴れのち曇り。気温もちょうど良く教練日和だ。

 

 目の前でぐったりして吐きそうになってるのが、最近来たばかりの新人。

 もう一人いるが、そっちは少し離れた地面でバタンキューしている。

 

 たった4時間の戦闘教練だってのにもう音を上げるなんて、だらしないな。

 実戦だと数時間ぶっ続けで戦うことなんかザラにあるというのに。

 

 

 ……まぁ私は10分も持たずに使い物にならなくなったんだがな。はは。

 

 

 とにかく本当はもっと詰め込みたいんだが、支援部隊にはとにかく人手が足りない。

 本来であれば魔法少女にしかやれないこと……つまり魔獣との戦闘の練度をあげることが最優先になるはずなのだが。

 対魔獣組織は活動範囲が広いので、大人たちだけではなかなか手が回らない。なので私たちも事務方の仕事もしなければならないのだ。

 私も教練担当ではあるが、当然それ以外の仕事も色々山ほどあったりする。

 特に私たちは支援部隊、最優先は前線の支援なのだから。前線の手を煩わせてはならない。

 

 ……まぁ前線も前線で結局人手が足りずに事務処理とかのもろもろに追われてるって噂ではあるけど。

 

 

 それでも、だ。

 後方支援といわれる以上、前線部隊以上にそこらへんの雑事はしっかりとやっていかなければならない。

 

 

「1時間休憩だ。その後は寄付物資の確認振分処理を予定してる。先に行ってるから後でちゃんと来いよ」

「うっへぇマジですかぁ……あれめんどいからやだなぁ……」

 

 クッソ生意気な態度で文句たれるクソガキ。

 新人の自覚足りないだろコイツ……。

 

「オイコラ、上役への返事はキチンとしろ。規律違反で懲罰会議あげるぞ」

「はいはぁい……すみませんでしたぁ……承知いたしましたでありますぅ……」

「そこで寝てるやつもちゃんと連れてこいよ。ブッチしたらコロすからな」

「ちゃんと行くでありますよぉ……」

 

「あとその口調はマジで腹立つからヤメろ。ブッコロすぞ」

 

 

 一瞬、脳裏にムカつく顔がチラついたが、脳内でぶん殴って消したので問題ない。

 あの無駄に有能だったミリオタ同期のことなんかどうでもいいのだ。クソが。

 

 

「てゆーかぁ……それって今日は他の先輩方の仕事じゃないんですかぁ……」

「数が多くて終わらなかったらしい。ちゃんと中身を調べないわけにもいかないし仕方ないだろう。あいつらは朝勤だからあがらせて交代だ」

 

 実際問題、民間支援を受けたからこうも人手が取られてるってのは本末転倒な気もするんだが。

 とはいえ拒否もできないわけないし、現実として物資は足りてないんだから助かってる面もちゃんとあるって話で。

 

 あとアレだ。

 ぶっちゃけた話、魔法少女は少女というだけあってどいつもこいつも子供なのだ。私も含め。

 

 特に支援部隊は経験の浅い新人魔法少女ばかりだから、そんなガキに複雑で高度な事務仕事なんか任せられたものじゃないってのが大人たちの基本的な考えであって。

 決められたものを確かめて決められた場所に持っていくだけの振分作業なんかは、ちょうどいい作業として私たちに振られることが多いのだ。

 

「てゆーかぁ……あの人らぶっちゃけサボってるんじゃないですか?」

「サボってて遅れたんならちゃんと私がシメといてやるから安心しろ」

 

 

 

──?

 

 

 

 ふと気づいたら、気絶して床を舐めてた方の新人が顔だけ起こしてこっちを見ていた。

 

 白い肌に痩せた身体。なんていうかこいつは、スーパー貧弱なモヤシって感じの陰キャだ。

 私と軽口を叩いている目の前のクソガキと比べて、正直なところ全体的な能力に難ありの問題児。

 無駄にやる気だけはあるのだが、とにかく無駄が多いので空回りばかりしてるやつ。

 何をやらせても上手くいかないから割と上も扱いに困ってるって噂なんだが……。

 

 今もなんか必死こいて立ち上がろうとしてるものの、なかなか立てずバイブレーション中。

 

 あ、ペシャった。いま顔面からイッたな…。

 

 

「あーもぅ生まれたての小鹿みたいじゃん。あの子だけでも今日は休ませたげよーよぅ」

「ダメだな。時間になったらちゃんと来いよ。もう私は行く」

 

 

「……」

「……」

 

 

 視界の端でプルプル震えてる変なモヤシがどうなろうと、私には知ったこっちゃないのだ。

 

 

「……」

「……」

 

 

 別に私にとっちゃどうでも……。

 

 

「……」

「……あぁ、そういえば作業室に仮眠用の簡易ベッドがあったっけか。関係ないけどな。……独り言だ」

 

「……あっは。てゆーかぁ、やっぱ先輩ってば、ツンデレ?」

「うるせぇ」

 

 

 休ませたり早退させたりすると事後報告の事務処理がめちゃくちゃめんどいんだ。外野からつつかれる材料にもなるらしいし。

 だからまぁ、長時間作業中の小休止として仮眠をとるのは許されてるので、どうせ休ませるならそっちにした方が良い。それなら日報にも書く必要ない。

 作業の進捗報告自体は全体としてまとめて出すので、その分を他がフォローすればいいだけの話だ。

 はっきり言って大人たちにとって魔法少女の個人成績なんざ、対魔獣における魔法の練度以外どうでもいいのだから。

 その辺は適当でも何ら問題ない。ないったらないのだ。

 

 だから別に私が優しいわけではない。そんなもん一ミリも存在してない合理的な判断ってやつ。

 

 

 おいやめろなんだその生暖かい目は。コロすぞ。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 曇り、ところにより雨。そんなスッキリしない空模様。

 

 今日は教練も全休なので、つまり私の休みってわけなんだが。

 

 いや、本当は休むべきじゃないんだろうな。魔獣はいつ現れるかわからないのだから。

 私たちは直接魔獣と戦うわけじゃないけど、前線部隊が動けば私たちの仕事も増える。

 なんだかんだ溜まってる書類仕事やその他の雑事だって腐るほどあるのだ。やることは山積みってわけで。

 

 あとアレだ。休んでるとこ見られると外野から、何でサボってるんだ!って文句言われるし。

 私たちが子供だからか、魔法少女に認識阻害がかかってるからか、直接言われることは滅多に無いけど。

 

 まぁでも、だ。部隊への苦情は大体私たち魔法少女に対する苦情なのだ。

 苦情の窓口に立ってる大人たちから恨みがましい目に見られることもちょくちょくあるのだし。

 

 そんなわけでなんかあんまり休む気にもならず、街に出るような気分でもないので隊舎の敷地内をブラブラしてるわけだが。

 

 

 

 

「あれれぇ、先輩休みじゃなかったんですかぁ?」

 

 

 

 

 なんかクソガキに捕まってしまった。めんどくせぇな……。

 

 えーと、書類の入ったダンボールを持ってるこいつの、今日の仕事って何だったか……。

 備品管理の大人たちの助っ人だったっけか……?

 

「それ、帳簿か?」

「んーなんか期限切れとかで破棄するらしいですねぇ。ちょっと数多いんで、魔力のおかげでその辺の男より力ある私たちが力仕事してるってわけでぇ」

 

 なるほど、保管期間の過ぎたやつか。3年だか5年だか、取っとかないといけないやつな。

 つーかなんでイマドキ紙ベースなんだ……? 何台もパソコンあるよな……?

 

 

「手伝ってやろうか?」

「いらないでぇ、ありますぅ」

「その口調やめろっつってんだろコロすぞ」

 

「やだなぁ先輩ったら怖い怖い。大丈夫ですよぉ別に私一人でやれるんで」

 

 心底ムカつくガキだ。こいつたしか13歳くらいだったか。

 私がこいつくらいの時はもうちょい規律というか礼節を弁えていたぞ。たぶん。

 

 

「……つーか、あいつはどうした?」

 

 

「?」

「あのモヤシだよ」

 

「モヤシ……? モヤ、うーん? ん? あぁー、あの子のことですかぁ?」

 

 

 そう、あのモヤシとコイツはたしか途中からルームメイトになってたはずだ。

 だから大体シフトもおんなじ感じで割り振られてるはずだが?

 

 

「あの子には作業室で次の作業のマニュアルを読んでもらってますねぇ」

「うん? だったらお前もそのマニュアル読まなきゃいけないんじゃないか?」

 

「まぁ別に初めての作業じゃないですしぃ」

 

「うん……?」

 

 

 ……あ、なるほどな。

 なんか妙に納得してしまったが、要するにあのモヤシは未だに仕事を覚えてないわけだ。

 

 こないだみたいに一緒に作業する機会もたまにあるが、アレはとにかく覚えも要領も悪い。

 例えば両手に物を持っているときに他の物を取ろうとして十秒くらい右往左往するタイプ。

 

 ぶっちゃけアホだ。

 なのに無駄にやる気があるぶんタチが悪い。

 

 あと戦闘面でも、良いところが全くない。

 魔力の使い方もヘッタクソで身体強化は特にイマイチ。

 身体の動かし方も未だにド素人と変わらない。戦闘教練ではいつも地面とお友達だ。

 

 魔法少女は魔力に適合して、大体2~3割くらいが3年ほどで固有魔法に覚醒し、前線に行く。

 でもあのモヤシは一生無理なんだろうな。奇跡的に行けたとしても無駄死にが関の山だ。

 

 

 ……まぁ私もイキってて無駄死にし掛けてたクソ雑魚なんだがな。はは。

 

 

 自分ならやれるって思って、根拠の無い自信だけで、戦場に行って。

 

 何の役にも立たないどころか、周りの足まで引っ張って。

 

 本当に、何のために努力してきたのか。

 

 なんで……。

 

 

 

「……なんで魔力に目覚めちゃったんだろうなぁ」

 

 

 

 あのモヤシも、私も。

 

 

 

「魔力さえ無ければ、ただの役立たずなだけの一般人でいれたのにさ」

 

 

 魔力に目覚めてしまったからには、魔法少女としての役割が求められる。

 役立たずでは、存在している価値がないのだ。

 

 無能でいることが、赦されない存在になってしまったのだから。

 

 

 

 

「……あの子にもいいところあるんですよ。あんまり悪く言わないでもらえますかぁ」

 

「おん?」

 

 

 ?

 

 ……ああ、あのモヤシの悪口でも言われたと思ったってことか。

 

 

「つーか、なんでお前が怒ってるんだよ。意外とお前ら仲いいのか?」

 

「……」

「……?」

 

「……んーまぁそれなりにぃ? ルームメイトなので?」

 

「ふーん……まぁ悪かったな」

 

 

 照れてるのかよくわからんが。まぁ私にはどうでもいいことか。

 

 だけどきっと、こいつらもいつか離れることになるんだろう。

 

 新人同士がずっと同じ部隊でつるめることなんか、まずない。

 私とあいつも全く違う部隊に配属されて、全く違う道を歩むことになったのだから。

 

 分かり合えたって絶対に離れ離れになる。

 

 その道がまた交わることは、ないのだから。

 

 そういうもんなんだ。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 晴れ。ところにより曇り。

 

 今日の教練は座学だから担当は私ではなく、魔法少女でもないただの大人。

 別にその人は素人ってわけでもないんだが、なんか若干の釈然としない気持ちもなくはない。

 

 ともあれ、そんなわけで私は雑事にまわっているわけで、今は魔力による身体強化を使ってあっちこっちで力仕事中。

 いや流石に雨漏り修理とかの営繕作業は業者呼べよと思うんだが……まぁやれと言われたらやるしかない。

 

 

「あ、先輩じゃないですかぁ。ご機嫌いかがですかぁ?」

 

「いま悪くなった」

 

「あっは、面白い冗談ですねぇ」

 

 

 ジャラジャラと営繕用の装備を付けて隊舎敷地内を練り歩いていたら、また変なのに捕まった。

 ネコ車を押しながら声を掛けてきたクソガキと……何故かぐったりしてネコ車に乗せられている貧弱モヤシ。

 

 

 

「……なんでネコに乗ってるんだ?」

「ネコ?」

 

 ポカンとした表情のクソガキ。ネコが何かピンと来てないみたいだ。

 

「……え? ネコに、乗る? 頭でも打ってメルヘンにお目覚めですかぁ……?」

「おい、アホを見るような目で見るなアホ、コロすぞ。その資材運搬用の手押し一輪車のことだよ」

 

「あ、ふぅん、へぇ……、そうなんですねぇ……」

 

 信じたのか信じてないのか、どうでもいいというような風で流された。

 というか謝れクソガキ。

 

「あーなんていうかぁ、この子、全然寝てないみたいでしてぇ……寝る間を惜しんで仕事覚えようとしてたみたいんなんですけどぉ……」

「……ふーん、なるほどな。それで作業中に寝落ちたってのか。つーか普通に具合も悪そうだな」

 

「うーん……最近ちょっと心配な雰囲気だったんですけど気付けなかった私も私なんですよねぇ……」

 

 だからといって担架代わりにネコ車使うのはどうかと思うんだが。

 たしか一人で運べるタイプのやつ、あっただろ。

 あと先に謝れ。

 

「あぁ、帰りなんですよぉ。単なる寝不足だからって医務室追い出されて、何故か担架は置いてくことになったので仕方なく」

「いや、だったら普通に背負えばよくね?」

 

「あ、いや、まぁ……それはちょっと恥ずかしいというかぁ……別にこれ隊舎倉庫に戻すなら使ってもいいって言われたしぃ……」

 

 なんかこいつらの距離感、よくわからんな。

 あとあやま……まぁいいか。

 

「ま、私には関係ないから別にどうでもいいか。それじゃあな。そいつにちゃんと寝ろって言っとけよ」

 

「はぁい。お疲れさまでしたぁ」

 

 

 私はぶっちゃけ普通にモヤシに怖がられている自覚あるので、直接は構ったりしない。

 つーか、私を怖がったり嫌ったりしてないの、いま目の前を横切って行ったクソガキくらいなもんだろう。

 

 別に何かしてやったりした記憶はないんだが。変なやつだよな。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 雨。

 

 雨の音には心を鎮める効果があるとかないとか、たしか同期のあいつは言っていた。

 でもなんか、鎮める、というより沈んでしまうような。そんな憂鬱に近づく感じ。

 

 正直なところ、あまり良い気持ちにはなれない、そんな天気。

 

 

 

 今日の教練は屋内演習だった。

 魔獣とは基本的に野外で戦うからあまり意味なさそうだが、定期的にそういうのもやったりする。

 

 あとアレだ、組み手とか。

 人間用の格闘術とか魔獣相手に役立つのか?とは思うが上の方針というかプログラムというかで、覚えなきゃいけない。

 

 おかげで今やその辺の大人にも負けないし、もし私も学校に行ってたら、柔道とかのインターハイとか、余裕で行けたかもだな。

 まぁ魔力無しじゃどこまでやれるかわからんし、そもそも意味のない想像なんだが。

 

 

 そんなくだらないことを考えながら、食堂へ。

 

 今日のランチメニューはカレー。

 というかここのランチは大体カレーだったりする。週3くらいのヘビロテペース。

 美味いので特に文句は無いが。

 

 ここはこんな感じだが、食堂事情とかは割と部隊ごとに違うらしい。

 北海道ではウニやらカニが出るとか、九州では明太子やらサツマイモが出るとかいうウワサ。

 

 まぁウワサだし多分ガセなんだろうが。

 もし本当だとしたら、同期のあいつの配属、北九州だったか、辛いの苦手なのに可哀想だな。

 

 はは。ざまぁみろって感じ。

 

 

 

「あ……先輩」

 

 

 

 なんて、めちゃくちゃくだらないこと考えてたらクソガキがいた。

 どうやら今日は一人らしいが?

 

「メシの時間かぶったな。つーかモヤシはどうしたんだ?」

 

 

「さぁ……別に知りませんけど?」

 

 

 

 ……うん?

 

 なんかよくよく見たら変な雰囲気してる。

 暗いというか、イライラしてる、そんな感じ。

 

 

「なんだ、なんかあったのか?」

 

「別に何もありませんけどぉ? というかぁ、大体なんで私があの子のこといちいち把握してないといけないんですかぁ?」

 

 

 

 いや、絶対なんかあったろ。ケンカか……?

 

 

 ……。

 

 

 

 ……まぁこいつら、ルームメイトだもんな。

 

 四六時中顔を突き合わせていれば、相手のイヤなところなんか死ぬほどたくさん見えてしまうものだ。

 

 それに、たしかこれくらいの時期だったか。

 

 新人は個人成績を元に、大人から面談を受けたりする。褒められたり、叱られたり。

 そして成績不良者は成績を上げるようにそれとなく諭される。

 

 そうなってくると、どうしても、段々と成績に囚われるようになる。

 私たちがそうだったように、次第にお互いが鬱陶しくなってくる。

 

 そんなわけないのに、なんだか足を引っ張られているような。

 こいつさえいなければ私はもっと、そんな思いが滲むように染み出してくる。

 

 近くにいるのに心は離れて、いつか身体ごと本当に離れ離れになる。

 

 ここに出戻ってからも、そんな新人、何人も見てきた。

 

 

 

 そもそも支援部隊の魔法少女は、仮に前線に行かなかったとしても、ずっと同じ支援部隊に残れるわけじゃない。

 特殊な適性や技能でもなければ、定期的に異動で違う支援部隊に回されるからだ。

 私も多分そろそろ、違う地域の支援部隊で教練をすることになるんだろう。

 

 

 だからどうせ、よっぽどの運でも無ければ、別れることは決まっているんだ。

 

 そう、それでも。

 だったらせめてその時、気分良く別れられるように。そんな風に思って眺めてた。

 

 

 ……あーあ。こいつら、まだ大丈夫と思ってたんだけどな。

 

 

 やっぱり、ダメだったんだな。

 

 

 

 

「お前はそれなりに成績良いもんな……そりゃモヤシみたいなダメなやつに足引っ張られたらムカつきもするか……」

 

「は? 先輩ケンカ売ってるんですかぁ……?」

 

 

 

 

「……うん?」

 

 

 

 別にありふれてることだけど、なんとなく、なんか残念だなって思った。

 

 そんな気持ちで思わず呟いたら、なんかすっごい顔で睨まれてたんだが。

 

 

 

「そうですよ、たしかにあの子は物覚え悪いし要領も悪いしぃ、仕事でも同じミスばっかするしぃ……」

 

 

なんだなんだ……?

 

 

「朝起きれないくせに夜更かしするし、体調悪くても大丈夫としか言わないし、ボーッとしてて壁にぶつかったりするし、靴下の左右もよく間違えるし、辛いの苦手なくせに辛いの食べてひぃひぃ言ってるし、基本的にアホですけどぉ、ダメじゃぁ……ないんです……っ!」

 

 

「お、おう……」

 

 

 

 まくし立てられてちょっとビビった。

 あとカレーのスプーンで皿をカンカンするな。行儀が悪いぞ。

 

 

 

「できなくても……取り返しのつくミスならしても大丈夫なんですからっ……ダメなら私が取り返してあげるって……なのに……!」

 

 

 

 ……。

 

 

 

「っ……ごちそうさまでした!!」

 

 

 

 憤った様子でクソガキは食べかけのカレーを片付け、行ってしまった。

 

 ……あぁいや、なんつーか。

 

 

 

 ほんと、青いよな。羨ましいくらいに。

 

 

 

 

 ふと、見覚えのある幻がクソガキに重なった。

 

 そいつは私に夢を語って、私がその夢を茶化す。

 

 そんな青い幻。

 

 

 

 ……まぁ、なんてゆーかさ。

 

 仲直り、できるといいよな。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 曇り。曇天。灰色の空。

 明るい空を覆う、分厚い雲。

 

 

 いつからだったか、気がついたら私は空ばかり見るようになっていた。

 

 いったい空に何を探してるんだろうな。

 

 いや、見たくないものを見ないように、空を見るようになったのかもな。

 

 

 どうでもいいか。私なんか、どうでもいいのだから。

 

 

 

 

 ここ数日、魔獣警報がかなり多い。

 

 そろそろ凪の時期かと言われていたのに。

 そのせいで前線部隊は大忙し、それに伴ってそれを支援する私たちもかなりピリピリしている。

 

 私もちょっとイラつくことが多かったのかもしれない。

 

 こないだも通りがかりのモヤシがチンタラしてたので舌打ちしてしまった。

 あれは完全に八つ当たりだった。本当に、反省しなければ……。

 

 だがしかし正直なところ、あのモヤシはほとんどの作業で足手まといだ。

 いてもいなくても変わらない、どころかいると邪魔な存在。

 

 誰も直接は口に出さずとも、大人たちや他の魔法少女からはそういう扱いを受けている。

 少し前の、少し平和だった時期ならともかく、とにかく忙しい今は、特に。

 

 

 あいつは、どうなんだろうな。あのクソガキは。

 仲直り、できたんだろうか。

 

 

 

 ……。まぁいいか。私には関係ないことだ。

 

 私は私の仕事に集中しなければだな。

 

 

 そう。どんなに忙しくとも、教練は行われる。

 前線の戦力補充は対魔獣組織の急務だからだ。

 

 といっても今回は少し毛色が違うのだが……。

 

 

 そう、いわば避難訓練ってやつ。

 魔獣災害が起きたときの、避難誘導やらなんやら。

 

 あと、最終防衛ラインとしてのしんがり。その辺の連携訓練。

 いざとなったら当然、後方の魔法少女も戦わなければならないのだから。

 

 まぁぶっちゃけ後方の部隊が魔獣に襲われるような事態は割と壊滅的な状況なのだが。

 

 

 そう、それでも。やらないわけにはいかない。

 

 私はその時、確定でしんがり役だ。ここにいる誰よりも強いから。

 

 でも、本当にやれるんだろうか。訓練は完璧。

 だけど、本当の時、本物の魔獣を相手に、本当に?

 

 

 ……あまり考えたくない。

 

 脳裏にあの匂いを、声を、重みを思い浮かべるだけで、身体が震えそうになる。

 

 

 はは。大丈夫だ。そんなことまず起こらない。

 無心でやれば、いつも通り完璧にできるのだから。

 

 何も考えるべきじゃない。

 

 無心になれ。無心に。

 

 

 

 

 

 

 

 

──はは。それじゃ狂犬じゃなくて負け犬でありますな。ま、お国の犬なのはみんな一緒でありますが。

 

 

 ええい、うるせぇ、幻が勝手に話しかけてくんな。

 微妙にあのクソ同期が言いそうなこと言いやがって。

 

 言われなくても私が一番わかってるんだよ、そんなこと。

 

 そう。こんなことしてても、私には誰も守れない。

 

 きっと、その時、自分の命すら、ままならない。

 

 わかってるんだ。わかってる。

 だから黙っててくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 魔獣警報が鳴った。普段聞くのと違う、訓練ではよく聞く、特別警報の音。

 

 

 

 さぁ。

 

 訓練、開始だ。

 

 

 

 ……ああ、いや違うな。間違えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況、開始」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、何か合図のように、遠くで何かが光った。

 

 

 

 

 

・・・




※モヤシ(というか元の大豆や緑豆)の花言葉
『必ず来る幸せ』『無限の可能性』『希望』




 やっぱり好きなことしてるのが一番心の栄養になりますね。
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