一般通過自己犠牲全体回復魔法持ち魔法少女   作:Mckee ItoIto

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みんなを救ってくれるひとのことを、いったい誰が救うというのだろう。



安息の療養 上

 世界は大きすぎるから分断が起こる。腐敗が起こる。間違いが起こる。

 ならばこそ、より小さく、単一に。あらゆるものを唯一に。美しい世に違いなんか必要ない。

 

 すなわち真の革命とは、多様な自由ではなく、一体の秩序をもたらすもの。

勘違いしているものがいても、何も問題はない。究極の最後、全てが終われば一つになる。

 それまではどうぞ勝手に。見ているものは違えど、我らは同一の楽園に向かっている。

そのための働きならば、それでいい。多少の誤差も融かして呑み込もう。

 

 全ては『統合』の名の下に完全に。世界を纏めて救ってみせる。

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 対魔獣組織の役割には、当然ながら魔獣との戦闘行為が含まれている。

 そしてそれは、私たち魔法少女……()()()()()()()()()の義務でもある。

 

 まぁ、それも当然かもしれない。

 最低等級の魔獣ですら相応の銃火器が無ければ対峙することも難しい存在なのだから。

 それは、かつての軍隊と魔獣の群れとの戦争によって、証明されてる。

 

 そう。魔獣とまともに戦えるのは、魔法少女のみ。

 戦闘適正が無い素人同然の少女であっても、大人の男より遥かに役に立つ。

 

 そんな事実、大人たちも実に歯がゆいはず。

 自分たちの命運が、こんな小娘たちによって保たれてるという現状。

 

 耐えがたい屈辱。受け入れがたい現実。

 

 そうに、違いないでしょ?

 

 

 

「それはそうかもな」

 

 

 

 特に、大人の男。警察官や、消防官。そして、自衛官。

 かつて平和を保っていたそれらは、今もその役割を残している。

 市民にとっては、頼もしい存在であることには変わりない。

 

 

 だけど。それでも。

 

 絶対的に……魔獣には無力なんだよ。

 

 

「でもさ、それは俺が頑張らない理由にはならないだろう?」

「……」

「やれることはやるべきだし、大の大人が子供に全部任せてちゃ、男が廃るってもんだ」

「……それで、またそれ? バッカじゃないの?」

 

 

 目の前には包帯でぐるぐる巻きの、しゃべるミイラがいる。

 身の程知らずにも、市民の保護のために率先して魔獣に立ち向かった……勇敢で愚かな自衛官。

 

 恥ずかしながら、私の兄だ。

 

 

 魔獣と魔法少女が世界に現れてから、現代兵器の価値は相対的に下がった。

 だけどそれで自衛隊を含めた治安維持組織の役割がなくなるわけではない。

 

 災害救助、情報調査、研究開発、物資輸送、戦闘訓練補佐、人員警護等々。

 

 世間で自衛隊は対魔獣組織の下部組織のような扱いを受けているけど実態はまるで違う。

 国防という意味では対軍隊より、対魔獣のウェイトが大きくなった今の時代であったとしても。

 国防組織として共に、私たちのような後方支援部隊と連携して動く彼らの働きは決して、無くてはならない。

 

 

 でも、だけど、魔獣と戦う義務はない。

 それは対魔獣組織の役割であって、彼らの役割ではない。

 

 

「いやな、お兄ちゃんだって普通の人よりは強いんだ。おかげで3人も無傷で保護できた」

「第一等級相手にフルボッコされてるくせに何言ってんのばーか。ざーこざーこ」

「うんまぁ。雑魚なのは認めるけど、あの場には俺しかいなかったしな。仕方ないさ」

 

 ……。

 

「……魔法かけるから。大人しくしててよ」

「おう、ありがとう。いやぁ、優しくて可愛い天使みたいな妹がいてお兄ちゃん幸せだな」

 

「うっさいクソ兄貴。『療養(Recuperation)』」

 

「あぁぁああ……整うぅ……」

「喘ぎ声きも……」

 

 

 

 私は、『療養』の魔法少女。固有魔法にも基本魔法にも、戦闘適正はない。それでも。

 10歳で魔力適合してから3年間の戦闘訓練を受けていて、第一等級の魔獣ぐらい問題なく倒せる。

 固有魔法が覚醒して、後方支援部隊に居残ることが確定してからの4年はあんまり訓練してないけど。

 

 でも……だけど、18歳から7年もの間、真面目に訓練し続けてる25歳の兄よりは間違いなく強い。

 

 これってさ、本当に馬鹿らしい話だと思う。最悪でしょ。

 下手したら10歳の時点で今の兄を上回ってる可能性だってある。

 

 そんな残酷な現実に無力感を、屈辱を、感じないのかな。悔しくは、ないの?

 

 

 どうして、嫌いに……ならないの。

 

 

「あー……そんな顔するなよ」

「……」

 

「まあたしかに、性別関係なくそういうやつはいる。偏見をもって差別するやつもいるし、努力が馬鹿らしいと諦めるやつもいる」

「……」

「でもな、前にも言ったっけか? 俺は、俺に言い訳をさせたくないんだよ」

「……失敗した理由が怠けたから、ってのが一番ダサい、でしょ。でもそれで死んだらその方がバカじゃん」

「引き際だけはちゃんと見極めてるさ。それに今回はここが近かったからな。……、まぁ多少は無理しても大丈夫だろ?」

「多少じゃないよこれ。やっぱりバカでしょ。やめてよね」

「悪い。善処する」

 

「……この兄貴ほんと嫌い」

 

 

 こんなことが、初めてではない。何度も人を助けて、何度も怪我をする。

 

 そもそも住民保護は兄の職務上の義務ではないのに、このバカは率先して危険に身を投げる。

 

 そしてそれはここ、衛生支援を主とする第十四支援部隊の近くの駐屯地に異動してから加速した。

 もしかしたら私の魔法をあてにしてるのかもしれない。『療養』は、回復可能な傷を一晩か二晩でほぼ全快させる魔法だから。

 このバカミイラだって、明日になれば元気にピンピンしてることだろうね。だから調子に乗る。

 

 この魔法はわかりやすくいえば、ゲームでいう宿屋みたいな回復。動いてると効果は薄いから、眠るまでは軽い治癒の効果。眠ってからは早送りのような超回復。

 一見手遅れに見えても()()()()()()()()()()()()()()()()()()、大抵の場合一晩もあれば綺麗に完治させる。

 

 でも逆に言えば、回復困難な傷はほとんど回復できない。

 例えば多少の傷は痕も残らないけど、あまりにも深すぎる傷は傷跡になる。

 手足の欠損は、すぐならともかく時間が経てば難しいし、そのものを失くせば不可能だ。生えてきたりはしない。

 心臓や脳の破損なんかに至っては、もう致命的。多少の回復効果はあっても完治まで至らないし、もはや死の先延ばしにしかならない。

 

 

 ……そう。死の運命を覆すことは、私にはできない。

 

 

 どうやったのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど……あれは例外でいいと思う。

 私以外の魔法が関わってるし、()()()()()を知ってる私から見たら、あれは触れられざる異常だ。

 おぞましすぎる。関わるべきでは、ない。そんな彼女の末路は……耳にも入れたくない。

 

 あの時も駄目だとおもってたのに、もしかしたらと、魔法をかけた。でもその試みは……失敗に終わった。

 

 結局は苦しみを、悲しみを、無駄に長引かせただけの無意味な施しでしかなかった。

 そうやって言えば、あれもひときわ惨いだけで、あり触れた失敗の一つに過ぎない。

 

 そう。これまで何度も何度も繰り返されてる、私の過ち。

 私はそれらを直視しようとしない、最悪な人間。……でも、別にいいでしょう?

 

 私の仕事は、最終的に助かる人には魔法をかけ忘れない、ということ。

 死に掛けてても助かるかもしれない。私の直感が間違ってる可能性だってあり得なくはない。

 悲劇の分かれ道が、次から次へと現れて、私はそれを機械的に処理しなければならない。

 上手くいかなかろうが、いちいち受け入れてなんか、受け止めてなんか、いられない。

 

 だから私は死ぬだろうと分かってても、魔法をかける。

 もしかしたら、助かるかもしれないから。運が良ければ、救われるかもしれないから。

 

 例えそれが、一度も勝ったことのない奇跡のような賭けであったとしても。

 

 

 

 そう。だけど……そう。私にとっての、大切な人は別だ。

 最初からそんな勝ち目のない命のギャンブルになんて、ベットしたくない。

 ほとんど真っ黒な取り返しのつかない不確定なんて、そもそも考えたくもない。

 

 私は日々連なり増える葬列に、せめて、私の家族だけは加えたくないと……心の底から願っている。

 

 だから、ほんとは身を危険に曝して欲しくない。怪我なんかして欲しくない。

 

 そんな我が儘を、罪深くも抱いている。ほんと、最悪だよね。

 

 

 

(のどか)ちゃん」

「、急に……、なに」

 

「……ああ、よかった。名前がわかるってことは本当に嫌われたわけじゃないんだな」

「いや、認識阻害を好感度バロメータに使うのやめてよ、(たかし)お兄ちゃん」

 

 

 そう。今はあまり考えないようにしてたけど、私は魔法少女であるが故に認識阻害の対象になっている。

 第一部隊副隊長の『阻害』の魔法は、世界中の魔法少女を保護するための魔法。お互いが望まなければ、名前すらわからなくなる。

 魔力を持っている側はある程度緩和されるけど、それでもどちらかに心の壁があれば個人的な情報は閉ざされる。魔力がなければなおさらのこと。

 世界中の魔法少女たちが阻害効果によって直接的な個人攻撃を受けずに済んでいて、おかげで助かっている子も多くいる。

 なくてはならない魔法だ。認識阻害が無かった時代の悲しい出来事は……語るべきではないだろう。 

 

 だけどそれは、血の繋がっている家族でも適用されてしまい……少なくない魔法少女が少しずつ、いずれ緩やかに、家族と決別する。

 

 

 私たちは。

 今は亡き両親が私たちにつけた名前は。

 まだかろうじて繋がり合っていたようだった。

 

 ほんの少しだけ、それを確認するのも怖かったけど……よかった。少しだけ、うれしい。

 

 

「ああ、傷が治ったら明日からまた頑張るよ。可愛い妹の仕事を減らすためにもな」

「……はぁ。無理だけはしないでよね」

「おう、善処する」

「ほんと……顔も見たくないこのバカ」

 

 

 ……そう。はっきり、いってしまおう。

 

 私は顔も名前も知らない3人が死にかけるより、目の前のバカが死にかける方が……ずっと嫌だ。

 もし、万が一、手遅れになってしまったら、なんて。考えるのも……嫌だ。比較にもならない。

 

 これまで何度も何度も、夢に見てしまった。

 手遅れになった患者の顔が、兄の顔に変わる、そんな悪夢を。

 

 そんな顔だけは、絶対に……絶対に現実で見たくない。夢にも、見たくない。

 それなら知らない他人が死ぬ方がずっとマシなんだ。

 

 だから今日も、この人に助けてもらえた赤の他人を恨み、回復可能なこの人をみて、安心する。

 

 ああ、ほんと最悪だよね。

 こんな最悪な私に、人を助ける資格なんかあるのだろうか。

 

 皮肉にも、私の力を必要とする人が、ここには数多くいる。

 毎日毎日、私によって救われている人がいる。

 こんな私が望まれて、ここにいる。

 

 

 私が望んでるのは。

 私が本当に必要としているのは。

 私に残っている大切な人は、この人だけだっていうのに。

 

 

「……、時間だからもう次に行く。起きてたら魔法の効きが悪いから、さっさと寝て」

「ん、ああ、おやすみ。……そっちも疲れてるだろ。ちゃんと寝て、無理は控えるんだぞ」

 

「……大丈夫。無理なんか、してないから」

 

 

 

 

 ほんと、どの口が言うんだか。

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 ……さぁ。

 

 

 

 

 少しだけ呼吸を整えて、後ろ手に病室の扉を閉めて次に向かう。

 

 今から会うのは、私にとって兄と同じくらい大事な人。

 組織……いや、国どころか、世界にとっても、最も重要かもしれない人物の元へ。

 

 その存在がここにいる事実は、ごく限られた人物しか知らされていない。

 

 

 

 部隊の敷地内にある病棟の、奥の、最奥へ。

 見た目はごくごく普通だけど、物理的にも、魔力的にも、強固に保護されている病室へ。

 

 内側からも、外側からも、関係者しか開けることのできない厳重な鍵を開ける。

 

 

 

 

 

 その病室のベッドにいるのは……青白い肌の小さな子供。

 

 呼吸器を付け、経管チューブを打たれ、バイタルモニターに繋がれている、痩せて貧相で、未発達な女の子。

 

 どうみてもせいぜい中学生ぐらいにしか見えない、私より一つ年上の、18歳の女。

 

 

 

 

 

 そう。この、今にも死にそうな少女が。

 

 第一部隊隊長『執行』の魔法少女。

 

 世界最強の第八等級魔法少女。

 

 

 

 

 

 これが。

 人類の希望の、真実の姿。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 その魔法はあまりにも規格外だった。

 

 あらゆる命令を、現実に執り行う。事象の全てが、彼女の武器。

 

 

 

 

 11年前、この国に初めての第八等級魔獣が現れた。

 

 なんて……そんな簡単な言葉では表せないくらい、この世の絶望を煮詰めたかのような最悪な状況だったそうだ。

 人類に甚大な被害をもたらした始まりの魔獣ですら、第七等級だったと今は言われているのに、それをも上回る強靭さと凶悪さ。

 

 そんな絶望の化身が海から現れ、ゆっくりと、この国に上陸した。

 まるでこの国を真っ二つにするかのように縦断し始めた魔獣は"始まり"以来の多大な被害をもたらし、それを押し留めるために組織が総力戦を仕掛けようと……その時のことだった。

 

 

 

 当時7歳の彼女がどこからともなく現れて、

 

 

──『執行(Execution)

 

 

 たったの一言で、その最悪の魔獣を瞬殺した。

 

 

 

 そのとき私は6歳だったけど、とてつもなく大きなニュースになったから私も覚えている。

 組織が認知していなかった在野に、組織の誰よりも、いや、世界の誰よりも強い魔法少女がいたのだから。

 世界を瞬く間に巡ったそのニュースには一切の誇張も誤魔化しもなかった。

 組織は面子よりも、あまりにも大きすぎる実利を取ったということだろう。

 

 どういった経緯を経たかはわからないけど、その少女は組織に属すことになる。

 

 人類の希望の象徴として。

 

 彼女がいれば、ついに、人類は魔獣に打ち勝てるのだと。

 

 そんな、夢のような熱狂とともに。

 

 なんの躊躇もなく、こんな小さな子供の両肩に、世界の全てがのしかかった。

 

 その末路が、()()

 

 見るも無惨に押し潰されてしまった、英雄という名の、犠牲者の姿。

 

 今も隠され続けている……私たちの大きな罪。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──唐突に目が開いた。パチクリ、と。

 

 

 

 

 思わず、固まってしまう。

 

 

 奇しくも拭身のために、彼女の服をはだけさせている状態で。

 しかもその身体を起こそうと、気を付けて慎重に、その晒け出された白い肌に手を伸ばしてる途中で。

 

 あ、いや……違うんですよ?

 そう。私は医療行為出来ないから呼吸器とかには迂闊に触れないし?

 やれることって魔法をかけたら着替えさせることとか身体を拭くこととかくらいしかできないし?

 

 えっと、あの、流石にこれは不可抗力なので……?

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ……、……あぁ。でもいつものこと。

 

 

 

 ……どうせ意識なんか無いのだから言い訳する意味なんて、

 

 

 

 

 

「……ぅん?」

 

「あ……」

 

 

 

 ……?

 

 え、もしかして……意識が、ある?

 

 

 

「……」

「……えっと」

 

「……、こ……、れ……?」

「……あの」

 

「ボク、に……、セクハ……ラ……?」

 

「……」

「……」

 

「ちがいます……けど」

「冗……談だ、よ」

 

 

 弱々しくも、冗談混じりに自分の身体を庇おうとする仕草を見せる。

 その様子は意外にも元気そうで、呼吸器越しの声にも少しだけ余裕を感じさせる。

 

 嘘みたい……嘘みたいだ。本当に、目覚めた。

 

 

「……、『療養(Recuperation)』」

「……うん。……ありがとう」

 

 

 こんなの、焼石に水の回復。大した効力はない。

 この人の症状は回復不可能なところまできていたのだから。

 

 それでも、本人も身体に魔力を回し始めて、息くらいはまともに出来るようになったようで。

 自分から呼吸器も外して、澱みなく言葉を話せるようになった。

 それを勝手に外して大丈夫かはわからないけど、見た目は普通そうにはしている。

 

 服を整えながらも、さっきまでのほとんど生気を感じさせなかった表情が嘘のように、かつてのように不敵に口角を上げて。

 まるで、自分死に掛けてなんかないですよ、冗談ですよ、とでも言いたげに、薄く笑っている。

 

 いや、ドヤ顔してますけど、あなたまだチューブもコードもついてますよ。

 

 

「さって……ひとまずは状況を確認しないとね」

「はい」

「今回のボクは何日くらい寝てた?」

 

 

()()()()()

 

 

「……」

「……」

 

 

「……ごめん、よく聞こえなかった。もう一回」

「一年半。つまり18ヶ月になりますね」

 

「……」

「正確には550日」

 

「……冗談?」

「マジです」

 

 

 そう……この人は遷延性意識障害、いわゆる植物状態だったのだ。

 それは私の魔法がほとんど効かない、つまり、回復の見込みなんか全くないと言っていいほどの状態。

 

 そんな状態になっててなお、組織は、国は、彼女を手放す決断ができなかったのだから。

 ほんと、最悪なこと……なんだけど……。

 

 目を覚ましたのは奇跡に近い。というより奇跡そのもの。正直まだ、信じられない。

 

 でも、今こうして、目の前に意識のある彼女がいる。嘘みたいな、あり得ない光景。

 

 本当に、本当に……。

 

 お偉いさんの判断は……今回ばっかりは珍しく、正しかったのかもしれない……。

 

 

「あー……いや、なんか大袈裟なことになってるし流石に今回は拙い感触がしたから嫌な気がしてたけど、うぁー……寝過ぎたな」

「……後遺症などは、無いですか? どこか痛むところは? 記憶などは?」

「多分大丈夫だ。魔力様様かな。倒れたのは"七星"を片づけて、内々の処理をしたあと……で合ってる?」

「大丈夫です」

「ボクのいない間、組織はどういう運用をさ、ッ」

 

 

 息が詰まったのか、重たい咳を何度も繰り返す。

 喘鳴混じりの荒い呼吸を、必死に落ち着けようとするその姿。

 

 こんなの、決してまともな状態とはいえない……けど。

 

 チラリと、つながったままのベッドサイドモニターの、バイタルサインを見る。

 素人目にも健康的な数値ではなさそうなものの……思った以上に安定しているようには見える。

 

 少なくとも、以前から秘密裡に入院を繰り返してた時と、そこまで変わらない。

 

 ……これは、小康状態と見て、いいのだろうか。

 

 

「……ああ、オーケー。大丈夫だ。で、どうなってた?」

「第一部隊に関しては『模倣』さんが総隊長の影武者をやってますね」

「なるほどなぁ。うーん、しかし……一年半は長すぎだ。周りに勘繰られては?」

「ボロは出していないものの世間的にあまり良い状況とは……実務は副隊長の『阻害』さんが」

「ふぅむ……。……っけほ」

 

 

 そうして、そのまま考え込んでしまった。無言のまま、小さな指がくるくる回る。

 

 十年以上もずっと魔法少女の頂点だった人だ。考えるべきことはたくさんあるのだろう。

 例え、倒れても、死にかけても、目の前にはやるべきことだらけの問題の山。

 

 どれだけ強くても、凄くても、その身体は一つしかないのに。

 一人でほとんどのことができるからこそ、数少ないできないことが重くのしかかる。

 どう考えてもキャパオーバーで、だけど規格外すぎて手助けできる人は誰もいない。

 いつまで経っても、自分の代わりは生まれない。いつまで経っても、世界は自分頼りのまま。

 

 そんなの、いやに……投げ出したりしたく、ならないのかな。

 

 

 

 ……そんなことを微塵も感じさせずに、彼女は今も不敵な表情を見せている。

 

 

 

「まあ、ところでさ。至極どうでもいいことなんだけど」

「はい」

 

「あれから一年半経ったってことは、ボクは18歳というわけだろ」

「はい……?」

 

「正直、18で魔法少女ってさ……少女というにはちょっとキツい気がするよな……」

「それは17の私にも刺さるんでやめてもらえますか……?」

 

「……冗談だよ。だいたい、倍の年齢で堂々と少女を名乗ってる奴もいたし」

「それもコメントしづらいのでやめてください」

 

「あー、というかさ、18ということはついにボクも……合法なロリってやつでは?」

「いったいなにいってるんですか……」

「つまり合法的に君のお兄さんと」

 

「は?」

 

「なんでもないです。うん。……、そういうキャラだっけ、君……?」

「……」

 

「あ、そうそう。気づいた時に割とショックだったんだけどさ」

「はい」

「……、この年になって……オムツを穿く羽目になってるとは正直思ってもみなかったよね……」

「まあ仕方ないですよそれは。まだ替えてないので替えましょうか?」

 

「え、いや、いやいや! というかもうこれいらないよ!? ボクの尊厳をなんだと!?」

 

「これまで散々私の手で替えてきたので、今更ですよね」

 

「え?」

「はい」

 

「……え? 他の看護師さんとかじゃなくて、え? 君が?」

「はい。そもそも関係者が限定されてるので私が、この手で。あと身体も隅から隅まで拭いて綺麗にしてます。全部見てます」

 

「えぇ……」

「はい」

 

「……あぁそっか……そーなのかぁ……今更かぁ……はは……」

「そうですね。今更です。受け入れてください」

「ふふふ……実はまだ夢だったり」

「しないです」

 

 

 

 

 なんて。

 そんな中身のない冗談をダラダラと言い合いながらも、その指先はくるくる回っている。

 

 そう。これは考え事をしている時の、彼女の癖。

 こうしてる時は話している最中も思考が止まっていることはない。

 

 魔法の治癒効果か、魔力が馴染んできたのか、最初よりも元気になった様子で。

 

 時折、咳を堪えるようにしながらも楽しそうに雑談を続け、くるくると。

 

 

 

 

 そして、その動きがピタリと止まった。

 

 

 

「……うん。ともあれ情報だな。端末を用意して欲しい」

「はい」

 

 

 組織用の端末と、他にも多分、世間の情報収集とかもしたいだろう。それ用の端末も必要そう。

 ノートパソコンとかよりはタブレットのが良さそうかな。確認せずともこの辺りは以心伝心だったりする。

 この人は昔っから『療養』対象だったからその度によく頼まれごとをされてたので慣れてるし、お安い御用だ。

 実際のところそんなことを気安く繰り返してて、恐縮ながら私とこの人は友人関係であるともいえるし。

 まだ4年しか……実質的には2年ちょっとしか付き合いはないけど、それにめちゃくちゃ雲の上の人だけど、心から気の合う、大切な友人。

 

 いや正直、私だって友人の身体を隅々まで拭いたりオムツを替えたりするのを一年以上も続けることになるなんて、思ってもみなかったけどね……。

 

 

 ……うん、でもまぁ。

 

 大きすぎる存在の彼女が起きたことで、状況は大きく動くだろうけど。

 たくさんの嫌なことも、また彼女に降りかかるのだろうけど。

 

 

 そう。でも、それでも……目覚めてくれて良かった。

 

 私はようやく、大切な人の命の賭けに、勝てたのかもしれない。本当に、良かった。

 

 

 

 

 こんなふうに人の苦難を自分勝手に喜んでしまうだなんて……やっぱり最悪、かな?

 

 

 

 









作者の性癖にオムツは断じて含まれてません(迫真)
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