不屈の乙女! TS少女剣士は如何にして英雄へと至ったのか。 作:あやしくない
「ひんひん……ひんひん……」
「悪かったよ。すまん、すまんて」
申し訳ありません、涙ながらに失礼しますわ。トレランスです……ずびっ。
現在ワタクシは妖精の隠れ家からトレラの町の冒険者ギルドへと舞い戻りまして、その応接間にて泣いている真っ最中でございます。
アカサビさんが申し訳なさそうに謝ってくれておりますが、経緯を説明する前にこれだけはハッキリと申し上げておきましょう――悪いのはワタクシなのです!
少しだけ時間を戻してから、順を追って説明致しましょう。
まずワタクシは妖精の隠れ家にて長より頂いた『妖精のマント』の力に溺れまして。はい、早速。初手で。
言い訳しても宜しい? ありがとうございます。いいでしょうか、考えてもみてください――誰にも見えなくなるんですよ! そ、そんなの、イタズラし放題じゃありませんの! 抗える人間がいるんですの⁉
……おほん。少し落ち着きましょう。イタズラと言ってもそこまで悪質なことをしたわけでは勿論、ええ、勿論ございません。天地神明に誓って。
やったことはマントの力で姿を消したまま、ギルド内へと入って受付嬢のアリサちゃんの前で「ばあ!」と驚かせたことだけですわ。目を丸くして硬直するアリサちゃんはとても可愛らしゅうございました。
まあその後、アリサちゃんに居ない子扱いされて半泣きになったのがワタクシなのですが……いっそのことここでもう少し反省しておけば、後の悲劇は防げたのでしょう。
周囲に引かれるくらい平謝りして、どうにかアリサちゃんに許してもらえたのですが――いや本当、アリサちゃんはワタクシに甘すぎると思います。いえ、責任転嫁しているわけではなく。
もうちょっと強めに怒らないと、ワタクシみたいなノリ100%で生きてるヤツは全然反省しませんわよ! 反省したからと言って、もうトラブルは起こさないかというとそれはまた別の話なのですが。
え、結局責任転嫁してる? そうですわね! 誰かワタクシを殴ってくださいまし!
――話を戻しましょう。喉元過ぎれば熱さを忘れる、或いは舌の根の乾かぬ内というやつでしょうか。
アリサちゃんに怒られた直後にはすでに、ワタクシの中に新たなイタズラ心が芽生え始めておりました。
次のターゲットはアカサビさんマリィさん、ついでにフォティエの三人。実はこの日、黒魔女に関しての情報共有をするためにギルドで待ち合わせておりまして。
相手は国を跨いで暗躍する特級犯罪者ということで、部屋を借りての秘密の話し合いがなされる予定だったのです。
まだ待ち合わせには早い時間。当然誰もいない応接間に、イタズラ心に支配されたワタクシが一人。抗えるはずもなく――再びマントに包まれ、部屋の隅でスタンバイ完了です。
しばしそのまま待つこと数十分。扉のすぐ外に人の気配が。
「やっほ、来たわよトレランス~……ってあれ、いない?」
「先に来てるってぇ話じゃなかったか。まあ、あの嬢ちゃんだしな。じっとしてらんねぇんだろ」
扉を開けて中に入ってきたのは、アカサビさんとマリィさんのお二人。ってそこまで長い付き合いでもないのにワタクシの性格を正確に把握しすぎですわよ! それに今は逆にじっとしてますし!
おっと、ネタバラシにはまだ早い。折角なら全員揃ったところで驚かせたいですものね。じっと息を潜めますわ。
マリィさんは早速ソファに座って寛ぎ、アカサビさんは立ったまま待機するようです。お二方の性格が良く表れておりますわね。
待っている間の二人は会話もなく、静かに時が流れていきます。が、それが特に重い空気というわけでもなく、まさに自然体といった風で――何故でしょう。少し、間に割って入ってみたくなりました。
いえいえ、まだ我慢ですわ。我慢我慢。
ううん、何だかいつもと違うというか、普段より感情の抑制が利き辛い気がします。
「…………」
おや、アカサビさんがしきりに何かを気にするように視線を動かし始めました。部屋をぐるりと見渡して、ゆっくりと歩きながら何かを確認しているようです。ギルドの応接間ですから、怪しい物など置いていないはずですが。
――あ、今は怪しい物、というか怪しい人物ならいますわね! トレランスっていう奴なんですけど!
そしてずばり、ワタクシが隠れ潜む部屋の一角の前でピタリと止まるアカサビさん。ぶわっと冷や汗が流れるワタクシ。
お、おかしいですわ。バレる要素はなかったはず。それに、驚かせようとしているのはワタクシのはずでしたのに、いつの間にやら、まるでホラー映画で怪物から隠れて息を潜めているようなシチュエーションに早変わりしていますわ!
「…………」
先ほどまでの沈黙とはまるで違う、空気が張り詰めるような静けさに心臓がバクバク言ってますわ。じっとこちらを睨むアカサビさんはマジに怖いです! 蛇に睨まれた蛙みたいに全身が硬直してますわ! ワタクシ今、不動付縛使われてないですわよね⁉
最早我慢の限界、そう思われた時。
「アカサビ? 何見てんの~」
「! ……ああ、いや……気のせいか」
救いの女神、マリィさんに声をかけられ、アカサビさんの視線が外れました。途端、張り詰めた空気が薄れ、緊張していた体が緩んで。
――ほっ。
そう、一息ついてしまったのは致し方ないことでしょう。
「――シッ」
アカサビさんの手元が霞み、閃いた銀光がワタクシの眼球の数ミリ手前を走り去ります。当たらなかったのは、きっとただの偶然。
切り裂かれたマント、はらりと落ちる前髪。見開いた目が、こちらを睨むアカサビさんとピタリと合いました。
「…………ああ? 嬢ちゃん?」
睨んでいた顔を途端に困惑へと変えて。それと同時に、力が抜けてへなへなと座り込むワタクシ。
つーんと鼻の奥が痛み、続いてホロホロと零れ落ちてくる涙。この歳になって、というか元男としても人前で泣くなど恥ずかしいことと思っていたのですが――どうしてでしょう、堪えることが出来ませんでした。
「な、ちょ、ああ、いやこれは!」
「ぅえ、えっ……えっ……」
子供のように泣き始めたワタクシを前に、いつもの冷静さから打って変わって、大慌てでアタフタし始めるアカサビさん。それをどこか他人事のように眺めながら、普段と違う知らない一面を見られたことにある種の喜びのようなものを感じている自分――え、何かキモ! 今のワタクシちょっとキモいですわ!
やっぱり絶対何か変です。ワタクシがワタクシでないような――
『言ってなかったけど、妖精の道具は所持者を少しだけ妖精っぽくする効果もあるわよ。簡単に言うと感情の抑えが利き辛くなって悪戯好きになる』
メルが頭の中で、何でもないことのようにそう言って。
んん、んんんんん! そういう大事なことは、もっと早く言えやぁああああーーーーー!
「なーかしたーなーかしたー。大の大人がちっちゃい子泣かして、いっけないんだ~」
「う、うるせえ! つか、慰めるなら俺じゃなくてお前の方が良いだろうが!」
「いやいや、ちゃんと責任は取らないと。あ~トレランスかわいそ~」
「くっ――ああ、分かった。分かったから。悪かったよ。すまん、すまんて」
そして冒頭のシーンというわけです、が。
遠慮がちに抱きしめながら、ポンポンと優しく頭を撫でてくれるアカサビさん。まるで小さな子供のようにしゃくりあげながら泣くワタクシ。おお……どうしましょう、すでにして羞恥心だけで百回は死ねそうですわよ! いつまで泣いてるんですのワタクシ、早く泣き止んで説明なさい!
ああもう、自分の身体なのにコントロールがまるで利きませんわ!
このままでは他の誰かにも気づかれてしまうやも――
「はあ、何でボクまで呼ばれるんだか。……おはよー、来たよ~……って、え。え? 何コレ?」
ああああ! 一番見られたくない相手にぃー!
目を丸くしてこちらを見るフォティエ。信じられないって顔してますが、一番現実を信じられないのはワタクシの方ですわ。何だってこんな目に⁉
「……落ち着け。これには事情がある」
そうそう、已むに已まれぬ事情があるのですわ。説明しますので、ちょっと一旦時間くださいます?
もうちょっとで泣き止めそうですので!
「まず、トレイラから離れてくれる?」
「わ、分かった。誓って変なことはしてない、安心してくれ――って」
離れようとしたアカサビさんがピタリと動きを止めてしまいました。はて、何故でしょう。
ああ、なるほど。離れようにもワタクシがガッチリとアカサビさんの服を掴んでいて離れられないのですわね! ……何してはるんですかトレランスさん?
「ちょっと、早く離れなよ!」
「分かってる、分かってるが、手が――おい、もうちょっと緩めてくれ!」
「へ、変態! ロリコン! 早く離れろー!」
「あはははは! あはははは!」
ああもう、滅茶苦茶ですわ……。
◇
「――という訳で、この度はワタクシの落ち度で多大なるご迷惑をぉおぉおお……!」
五体投地で全開謝罪のワタクシです。
何とか泣き止んで心と体のコントロールが正常に戻ってから、今回の経緯を皆に説明しました。
千尋の谷でのヴェノムドラゴンとの遭遇、撃破。助けた妖精さんから隠れ家へ招待されたこと。そして『妖精のマント』を貰ったこと、その能力の詳細――
「妖精から貰ったマントで悪戯心が暴走、ね。昔読んだ本にも似たような話は確かにあったなぁ。まさか知り合いが実際に被害に遭うとは思ってなかったけど」
「っていってもお礼に貰ったヤツなんでしょ? 別にトレランスを陥れようなんて考えたわけじゃないんじゃない?」
「そ、それはきっとそうですわ! 今回の件はワタクシが自分を抑えられなかったのが悪いのです!」
メルが妖精の道具についての注意点をもっと早く教えてくれていれば、とも思いますが――あくまでその影響力は少しだけのようでしたし、本人的には本当にたいしたことではないことだったのでしょう。
っていうかメルったらどうして皆の前では一言も喋らないんですの! このシャイガール!
「はぁ……いや、誰が悪いったら、そりゃ俺だろう。黒魔女の件で少し神経質になってたとはいえ、悪戯目的の子供と刺客の気配を読み違えるとは……怖がらせちまって、すまんなぁ。それに、マントも――」
すっかりしょげてしまったアカサビさん。ああ、そんなに落ち込まないでくださいまし。とはいえ、ここで再び謝罪合戦をしても話が進みません。そもそも今日はもっと大事な話をするために集まったわけですし。
マントは、まあ、貰ったばかりで申し訳ないのは確かですが、形あるものいずれは壊れるものです。気にしすぎても仕方ありませんわ。クリメリア様には別の機会に謝りましょう。
「それなら心配はいらないんじゃない? 伝承通りなら、妖精の道具は壊れても勝手に治るらしいし……ああ、一応ボクの方で少し預かっても良いかな。精神への影響を抑えられないか試してみたい」
おお……本来ならもっと興奮するであろうロマン効果自己修復をこの流れで教えられても、どういう感情で受け止めたらいいか判断しかねますわ!
あ、預かるのはどうぞ。また感情が暴走するのは避けたいところですし、改良出来るならそれに越したことはありませんものね。
「んじゃあ、大体纏まったってことでオッケー? 皆揃ったことだし、そろそろ大事なお話、始めるわよ~」
マリィさんが音頭を取り、ようやく今日の目的である『黒魔女』の情報共有、交換が始まりました。
ワタクシのせいで話が一ミリも進みませんでしたが、怪我の功名と言いますか、心持ち皆の距離が縮まった気が――しませんでしょうか。しますわよね。きっとしたと思います!
よし、切り替え完了! だから早く収まれ、ワタクシの羞恥心~!