不屈の乙女! TS少女剣士は如何にして英雄へと至ったのか。   作:あやしくない

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第7話 蹴り飛ばす乙女

「トレイラ、よくお聞きなさい」

「はい、お母様」

「淑女に必要なものは数あります。礼儀作法、身嗜み、そして愛嬌――」

 

 吹き飛ばされた屋根の上。大の字のまま目を閉じれば、脳裏に過ぎるのはお母様の記憶。

 昔のワタクシはまだ転生前の男の記憶が色濃かったこともあって、男仕草が抜けきっておりませんでした。

 自分の事を『俺』と言うたび、お母様から『ワタクシですわ』マラソン(ワタクシですわ! と叫びながらひたすら耐久マラソンさせられるやつ)を強制されたものです。

 

 今思うとこれ一種の洗脳じゃありませんの? と思わなくもありませんが、時代背景を鑑みれば必要なことだったのは理解しているので、良い思い出とギリ……ギリ言えるでしょう。

 

「ですが、それらの条件を満たしていても――貞操は守れません。勿論、男性に頼り、身を任せるのも良いでしょう。守ってもらうことは恥ではありません。しかしそれだけでは足りない。良いですか、トレイラ」

「はい、お母様」

武力(パワー)です。最後に己を守るのは――他を圧倒する、完全無欠の武力(パワー)!!」

 

 とりわけ、お母様の教育方針は一般家庭から見れば少々苛烈だったかもしれません。

 自ら剣を取り、戦場に出ることも幾度となくあったとも聞きました。自ら誇ることこそありませんでしたが、それとなく周囲の者に聞けば、その武勇伝はいくらでも出てきたものです。

 

武力(パワー)……」

 

 過去の己と、今の己の意識が重なる。

 全身の痺れが抜け、力が行き渡っていく。

 

「うお……おおぉぉおおおっ」

 

 拳を握りしめ、両腕を振りかぶって。

 ――叩きつける!

 

 ガシャリと砕けた天然スレートの破片が宙を舞い、その中を反動で起き上がって。

 トレランス、再起動ですわー! やったろうやないかいワレー!

 

 改めて、現状を再確認します。ワタクシの現在位置は地上より高く屋根の上、見事に尻尾ビンタで結構な距離を吹き飛ばされたようです。いや本当に飛びましたわね。あのヴェノドラ前世はメジャーリーガーですか?

 しかし身体の具合は悪くありません。後になって痛むかもしれませんが、今大丈夫っていうことは、つまり大丈夫ってことですわ。理論武装も完璧!

 

 さて、ここから反撃と行きたいところですが。剣がダメになってしまった以上、素手で行くしかありませんわ。まあ、そこは気合で何とかするとして。

 地面に降りて接近するより、まずは屋根伝いに接近を試みましょうか。ヴェノムドラゴンの攻撃方法では、屋根の上には手を出せないでしょうし。

 

 おほほほほ! 下手に打ち上げてしまった己の愚策を後悔するとよいですわ!

 さあサクサク接近しますわよ――と、視界に黒い何かが映り込んだので反射的に飛びのきます。

 

 ジュワワワッと白煙が上がり、ツンとする異臭に顔を顰めて。な、何ですのこれは……え、もしかして地上から離れたここまで毒液を撃ち込んできたんですの⁉

 見やれば、大口をこちらに向けて開けているヴェノムドラゴンの姿が。それが口を閉じ、首を窄めて、溜めて溜めて――開く。

 

「ひぎいぃいいぃ!」

 

 さながらビームのように発射された毒液が、ワタクシが一瞬前までいた場所に直撃。その精度は間違いなく狙って撃たれたものです。何なんですか、コレは! 自然に存在して良い生き物なんですの⁉

 掠って白煙を上げる腕をパンパンと叩きつつ、とにかく行動です。

 

 がしゃがしゃと屋根の上を駆けだすワタクシ。その後ろ、いや前、そこかしこを毒ビームが撃ち込まれていきます。

 何だかちょっとジャンルが変わってきましたわよ! ボム、ボムはありませんの⁉

 

 このままでは接近もままならない――そう思った矢先、射撃がすんと止みまして。息を整えながら確認すると、やはりと言いますか、ヴェノムドラゴンの足元にはアカサビさんの姿が見えました。

 手負いにも関わらず、いえ、だからこそでしょうか。最初よりも機敏な動きでの反撃にアカサビさんも深く踏み込めず、あくまで注意を逸らすことに終始しているようです。

 

 ここはやはりワタクシが行かねばなりませんわ!

 ダッシュを再開し、一気に近づきます。時折飛んでくる毒ビームも、この頻度なら抜けられますわ!

 

「あぉおりゃぁぁああああ!」

 

 全力疾走しながら、次の一手を考えます。

 さて、素手で殴ってどうにかなるものか。気合で何とかすると最初は考えましたが、しかし失敗すれば、哀れ毒ビームの餌食でしょう。というより多分、殴りかかる途中で撃ち落とされますわ。

 

 どうするどうする。考えながら走って、ついにヴェノムドラゴンまであと家一軒分というところまできて、天啓のようにワタクシの脳裏に走るお母様についての記憶――!

 

 かつてお母様が国境付近の防衛戦に参加した時、あまりの激戦にお母様は剣が折れ、素手での戦いを強いられたことがあったといいます。

 いかな強者であるお母様と言えど、武器を失えばただの人――敵も味方もそう思っていた最中、お母様はこう叫んだそうです。

 

「剣が無いなら、蹴りを食らわせてやれば良いじゃなぁぁあああああいッ!!!!」

 

 そこからのお母様はまさに王国無双。押し寄せる敵を端から端まで蹴り飛ばし、国境の向こう側まで押し返したとのことです。これぞまさに武勇伝――どこからどこまで真実なのかは知りませんが、この話は演劇にもなっているので大体真実でしょう。多分。

 

 そんなお母様の娘であるワタクシが、剣を失ったので敵を倒せませんでした? そんなことが許されるはずがありません!

 たかがドラゴンもどきがよぉ……! ワタクシを誰だと思ってるんですのぉ……⁉

 

 ――怒りを武力(パワー)に変えて、ワタクシは走る。その速度は風を超え、一条の光となって駆け抜けて。

 屋根の端を砕いて、その身は砲弾と化す。

 

 ヴェノムドラゴンの顔がこちらを向き、毒ビームの発射態勢に入ったのが見えました。が、時はすでに失していますわ!

 今こそ見せて差し上げましょう! ワタクシの一族はここからが強いということを!

 

「お食らいなさいませ! これぞお母様直伝のぉ――」

 

 ヴェノムドラゴンの決死さすら垣間見える迎撃毒ビーム。それを前にしてもワタクシが怯むことはありません。両足を揃え、前に突き出す攻防一体の構え!

 

「ロイヤル・ドロップキィィイイイイイイイイイイイイイイイーーーーック!!!!!!!!」

 

 ワタクシの両足と、ヴェノムドラゴンの毒ビームが激突。しかしそれは僅か一瞬の均衡すらなく、ワタクシの蹴りがビームを切り裂いて突き進みます。

 温い、温すぎますわぁ! そのような温い攻撃でワタクシを撃ち落とせると見込んだ、己の浅慮さを後悔するが良いですわ!

 物理法則など知らぬ、道理すら蹴り飛ばすのがこの一撃です!

 

 ――死ねええええええ!!

 

 ヴェノムドラゴンの眉間に、殺意が突き刺さる。

 自分でもちょっと引くくらいの激突音と共に、衝撃が空気すら破裂させて暴風が吹き荒れます。ワタクシが地面に降り立ったとき、ヴェノムドラゴンは家一軒を丸々と砕いて吹き飛んでおりました。

 

 残身と共に息を吐き、倒れたヴェノムドラゴンの様子を伺います。手応えはありましたが、流石の耐久力でしょうか、まだ生きていると思います。

 止めは当初の予定通り、彼女に任せると致しましょう。

 

「……マリィさん、今ですわ!」

 

 ちょっと言ってみたかった台詞だったので満足です!

 バトンを渡されたマリィさんは、予め準備していたのでしょう、落ち着いた様子で杖を振り上げます。

 

「今度こそ任せといて。私の最高の魔法で消し飛ばしてあげる!」

 

 魔力の奔流がマリィさんの周りを巡り、空間すら歪んで見えるほどに密度が高まっていきます。ローブが翻り、髪が舞い上がって――汗ばんだ肌と集中している表情も合わさって実に、ベネ! ですわね!

 

「理の魔法――分解(ディスインテグレート)!!」

 

 マリィさんが杖を向けた瞬間、膨大な魔力が一斉にヴェノムドラゴンの元へと流れ込んで。

 視界が白く染まり、風も、音も消える。

 

 おお、おお……(語彙消失)。何が起こっているのか皆目見当も付きませんが――凄いことが起こっていることは分かりますわ!

 光に飲まれたヴェノムドラゴンは、断末魔の声すら上げることなく細かな粒子となって空へと昇って行きました。美しい光景ですわね。ワタクシには撃たないでくださいまし。

 

 ――全てが消え去った後、マリィさんのふうと息を吐く音で再び時は動き出して。

 笑顔のマリィさんとハイタッチで喜びを分かち合います。友情!

 疲れた表情のアカサビさんは刀を鞘に納め、首をこきこき慣らしております。おじさん臭いですわよ! 紛うことなくおじさんですが!

 

「やー、皆お疲れー! ごめんねぇ、私のミスで……」

「いえいえ、アレを耐えられるなんて予想できませんわ。本当に何だったのでしょう」

「さあな……それを調べるのは俺らの仕事じゃねえ。つっても、現物が残ってねえんじゃ調べようもないだろうが――」

 

 アカサビさんがそこまで言って、何か重大なことに気付いたように天を仰ぎました。

 

「全部消えちまったら討伐証明も出来ねえじゃねえか……」

「あ、ああーっ! ど、どうしよ。何か残ってない⁉」

 

 いやぁ、ヴェノムドラゴン跡地には見る限り何にも残っておりませんね。見事な威力と称する他ありません。

 

「まあまあ、討伐に関してはワタクシも証言いたしますし……多少時間はかかるかもしれませんが、認められないということはないでしょう」

「はぁ……路銀もまだ余裕はある。不安なら他にもいくらかクエスト受けりゃ良いだけだ。あまり気にするな、マリィ」

 

 慰められて、涙目のマリィさんも何とか笑顔を取り戻しました。これでようやく、めでたしめでたしですわね! さあ、それでは帰りましょうか!

 ――ばたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とぉーちゃーーーく!」

 

 マリィさんの元気な声につられて顔を上げれば、視界の先には懐かしの町が。

 マリィさんの箒に相乗りさせてもらい、何とか帰還することが叶いました。いやぁ、まさかあの後立ち上がれないほど反動がくるとは思ってもみませんでしたわ。まあおかげで箒で空を飛ぶという素晴らしい経験が出来たので、差し引き大幅プラスと言えましょう!

 

 王国の要衝たるトレラの町は、ワタクシにとって第二の故郷と言える場所です。冒険者になる前から何度も訪れましたし、今は町にある別荘で暮らしております。住み慣れた場所ですから、当然住人の方々とも顔なじみですわ。

 箒から降り、ややふらつきながらも自らの足で門をくぐります。門番の方たちにも挨拶を忘れずに。

 

「ただいま帰りましたわ~」

「姫様! おかえりなさい、ご無事で何よりです」

 

「あ、姫さまだ。またボロボロになってる~」

「おほほ、名誉の負傷ですわ~」

 

「姫様、アリサちゃんが心配してますよ。早めに顔を見せてやってくださいね」

「……ちょっと身嗜みを整えてからにしますわ~」

 

 住人の皆様の温かい声に、疲れた身体に元気が補充されていくのが分かります。ワタクシの活力の源ですわ~。

 普段ならこのままギルドに報告に行くのですが、ちょっと今の格好は、ね。服は毒で溶けてボロボロだわ、靴もなくなって素足だわ――あ、髪も整えませんと。アリサちゃんにこれ以上心労を掛けるわけにはいきませんわ。

 

 マリィさんとアカサビさんに断って、一度家に帰ることにしましょう。

 そして心機一転、次の冒険のことを考えなくてはいけませんね! いやぁ、次はどんな困難がワタクシを待ち受けているのでしょう!

 

 たのしみですわ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ、なぁにあの子ったら。皆に姫様なんて呼ばれちゃって、めっちゃ可愛がられてるじゃん。ウケる~」

「…………………………………………そうだな」

 

 

 

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