予約投稿なんて3話投稿以来だ……
翌5月3日、午前5時頃。
寝ぼけ眼をだらしなく擦りつつ、カイェンネは艦橋に上がった。
「てっ、提督⁉︎おはようございます!」
「今は礼はしなくていい、まだ朝礼どころか朝食の時間ですらないからな」
カイェンネは敬礼しようとする当直士官を制し、椅子に座る。
「いやぁ、何か起こる気がして目が覚めたのだが、これは早く起き過ぎたようだ」
正面やや左に見える太陽は、未だ水平線から少しく顔を覗かせただけで、後ろを見れば濃紫色の空にまだ星が見えていた。
目を凝らすと、太陽の斜め上方、ちょうど艦隊が進路をとっているネイヴィストの方角に、かなり明るい星がポツンと見えた。
「おお、《
カイェンネがそう自分に言い聞かせるように言ってから数秒ほど遅れて、当直士官も
《
ここから、「戦に勝たんと欲すれば即ち
因みに、反対の宵の明星、アウシュリネの双子の妹とされる《
それにしてもやはり早く起き過ぎたな、厨房の連中を叩き起こすのも忍びないし、ニホンの力が未知数な以上ネイヴィストで補給できるとは限らないから余計な水の消費はやめたほうがいいかななどとカイェンネが悩んでいると、前方の竜母のマストにバッと警戒の旗旒信号が翻った。
「警戒ッ!?なんだ、何があった!?」
当直士官を急がせ確認しようとすると、甲高い警告音が聞こえ、その2、3秒ほど後に、左舷側方から爆発音が聞こえてきた。間に数隻竜母がいるため正確にどの艦かはわからないが、あの辺りはパパールディアの竜母が展開していたはずだとカイェンネは思い出す。
続けて数回爆発音がなり、いい加減艦隊の全員の目が覚めた頃、やっと報告があった。
「パパールディア竜母部隊より連絡!謎の超高速飛翔体の突撃により該艦隊は『カフラジャタム』一隻を残して沈没、『カフラジャタム』も爆発の余波で帆が損傷し、速度が低下しているそうです!」
「なんだと……!何が起きている!?」
「『ジュティーリア』より、我が方へ超高速飛翔体が接近と警告あり!おそらく先ほどの爆発を引き起こしたものと思われます!」
「あたご」の放った90式艦対艦誘導弾は、前方集団からの警告を置き去りにし、音にわずかに遅れてパパールディアの8隻の竜母を粉砕した。
「ひ、飛翔体だと?」
カイェンネは驚いた。
そのように高速で動き体当たりしてくる魔獣など聞いたことがない。そうでないならばハヴィアの討ち漏らしが仕掛けてきた可能性もあるが、そんな砂漠で一匹のアリと邂逅するような低い確率のものを引き当てるなど考えられないため、残るはニホンの運用する古代兵器だろうと思われた。
先ほどの警告音はおそらく飛翔体を発見した先頭の戦列艦が鳴らしたものであろう。それが聞こえてからほんの数秒で着弾するとは、いったいどれほどの速さだったのか。しかもそれは竜母を一発で軽々と葬ったのだ。
カイェンネは、一縷の望みに縋る。
「魔探では捉えられたのか」
「いえ、全く何も。友軍の艦艇及び竜騎士以外には何も感じられませんでした。それと、先ほど沈んだパパールディア艦から撒き散らされた魔力のせいで左舷側の精度が落ちました。40knも見通せません」
魔探員から返ってきた答えに、肝が冷えた。
魔探でも捉えられないとなると、全く打つ手立てがない。何せ相手はこちらの目にも映らないし、耳では捉えられず、その腕の及ぶ範囲にはいないだろうからだ。
「はっ、発進だ!指揮下にある全竜母の竜騎士に発進を命じろ!」
「提督!?」
「迎撃などできぬぞ、これは!制空権を相手に呉れたくなかったら全騎あげさせろ!」
まだ朝食すら作り始められていない時刻であるため、到底今すぐ離陸などできやしないのだが、命令せずにはいられなかった。
その命を受け魔信士が指令を伝達し始めた頃、また警戒の旗旒信号が上がるのが見えた。
「来るぞっ!今度はどこだ……?」
再び警告音が鳴った後、2、3秒で爆発音が響き始めた。回数は7、また左舷だ。
「これで航空戦力は半減かッ!」
そう言ってカイェンネは帽子を床に叩きつける。
竜母はデリアの10隻を中央に、左舷側に15隻、右舷側に16隻配置されていた。先ほど8隻沈んで、今また7隻沈んだのだから、報告されるまでもなかった。
だからと言って、報告が来ないことはない。
「『カフラジャタム』、『ギューラウーソ』、『ザヴァン』、『ラルスフィマルナ』、『ゴツェナヴ』、『ニグルス』、『ナクス』轟沈!」
「ティフォン艦隊より連絡、『パールネオス』が件の超高速飛翔体を一発被弾、船体後部破損による浸水で速度が大幅に低下、また、その衝撃で後部主砲塔が二基とも旋回不能になった模様!」
「なに?」
カイェンネは竜母だけを狙ったと思っていたが、どうやらティフォンの巡洋艦も標的になっていたらしい。そういえば、先ほどの攻撃は8発で、今回も巡洋艦の方を含めれば8発になる。どうやら向こうは8発ずつ運用する必要があると思われた。
それに、おそらく彼らにとって巡洋艦は竜母の次に厄介なものなのだろうとも思われたが、この攻撃を凌げる妙案が浮かんだわけではなかった。
その時、また旗旒信号が上がった。
「もうか!?」
警告音が届く頃には、海面スレスレで真っ直ぐこちらを指して向かってくる矢のようなものが見えた。
「っ————」
カイェンネは何かを言おうとしたが、それより先にミサイルが着弾した。
「みょうこう」の放ったハープーンは「ヴァスタ」手前で上昇し、艦首前方やや左舷寄りの斜め上方から突入し中部に着弾、装甲はおろか強化すらされていないただの木材でできた飛行甲板を突き破り後部の機関室付近で炸裂、爆圧は風車からスクリューへの動力増幅伝達機構を粉砕し、起風環及び船体を構成する木材の強化術式への魔力供給を担っていた小型魔力炉の外殻も破砕して、上方へ抜け甲板を風車ごと吹き飛ばした。殻のなくなった魔力は暴走、炉から溢れ出して船体を暴れ回り、内側の木材を砕き装甲にぶつかる。先ほどのミサイルの爆発で負荷のかかっていた装甲は更なる内圧に耐えきれず崩壊し、結果として船体後部は消滅した。
急速な浸水により、「ヴァスタ」は2分もかからずに水面の下へと姿を消した。
「ゥゲホッ、ゲホッ、ゥェ……」
えずきながら、カイェンネは水面上に顔を出した。
「くそっ!」
あたりでは、次々に竜母が炎を吹き上げ、木片や金属片、肉片をばら撒きながら沈んでいく。
陽光に照らされ輝いていた、煌びやかな装甲はひしゃげて剥がれ、砲弾は誘爆して弾片を撒き散らすか、誘爆する前に破孔から滑り落ちて沈んでいき、
華麗なる艦隊の面影はもうなかった。
その凄惨な光景を眺めているうちに、いつの間にか逃げ出した恐怖に変わって無力感と絶望が襲ってきた。1発で船が沈むほどの威力を持つ、音より速い高速の矢など、如何にすれば迎撃ができるだろうか。
ここでカイェンネはつい先ほどの報告を思い出す。ティフォンの巡洋艦はこの攻撃を喰らっても沈まなかったことを。なけなしの鋼鉄で表面を固めた、あの堅固な船が沈まなかったことを。
……なら。
なら、第一艦隊ならば戦えたのではないか?
自身の無二の友が指揮する、あの鋼鉄の艦隊なら。サッカラール、アトランティス、ダナンに続き、4番目に保有することになった超パ級を擁するあの艦隊なら、この攻撃を喰らっても沈まず、敵に肉薄してその砲撃で相手を沈め得たのではないか?
何故?何故第一艦隊を出撃させなかった?第一艦隊なら、この度集まってきた船が全て束になってかかっても勝てない程の強さを誇るあの艦隊なら、これほどの損害を出さずに、敵を撃破できたのではないか?
一度思いついてしまうと止まらなかった。
疑問は理由の推測へ至り、そして怒りに変わる。
派閥争いのためなら、兵の命など惜しくもない輩の仕業かと。
カイェンネの脳裡に、部下たちの顔が浮かぶ。
「ヴァスタ」の艦長は結婚したばかりで、物書きだという夫が恋しいと言っていた。
航空隊の指揮官は子煩悩で、寝棚の天井に娘からの手紙を一面びっしり貼っていた。
先程まで話していたあの当直の士官は、確か育った孤児院の園長が再婚するらしく、作戦が終わったらリシュタグで祝電を送るつもりだと言っていたか。
参謀のエイルも、弟の結婚式が1ヶ月後、作戦が順調に進めば一回帰れる頃にあると言っていた。……どうも彼女自身は結婚する気がなさそうだが。
分艦隊の指揮官も、皆個性的で楽しい者達だった。
別に、部下達を失うことが怖いという話ではない。そんなことを言っていたら戦争などできないし、その覚悟はできている。部下達は国難とあらば《
だが、自分たちの利権しか考えていないような連中の思惑で犬死にするのは違う。そんな輩のせいでこれほどの人員と戦力がむざむざと失われるのは我慢ならなかった。
ニホンの有する古代兵器がこれだけとは思えなかった。アルチルにおいて、第8艦隊は懲罰艦隊から不審船発見の報告を受けた後その全滅を確認し、撤退している。つまり、視界外からの一方的な攻撃である今のものとは違い、水平線以下の距離で彼らを圧倒できる力を持っていることが推測できた。だからおそらく、連合艦隊は滅び、作戦は失敗するだろう。
連合艦隊は1000隻超の艦艇を有し、人員は十万を超える。
それをわざわざ《
これは生きて帰って、奴らを叩きのめしてやらねば彼らも浮かばれまい。
生きてやるぞ、私は。
そう決意したところで、何やら自分の周りに大きな影が差しているのが見えた。
見上げると、白い大きな布が端に木材を引っ付けたまま落ちてきていた。
アッと言う間も避ける間も無く、帆はちょうどカイェンネを真ん中にして着水する。
帆布はすぐに水を吸い、帆柱だったものを重石にして沈み始める。
縦横8mほどもある帆布にぴっちり纏わりつかれては、抜け出せるはずもなかった。
程なくして、彼の肺腑は海水で満たされた。
少し本筋からは逸れるが、地球に存在する唐辛子にカイエンペッパーというものがある。辛さの指標であるスコヴィル値は品種にもよるが3万から5万と鷹の爪より少々甘い程度で、まあ唐辛子の中では比較的
名前のカイエンは、フランス語ではカイエンヌと読むのだそうだ。
「…と言う事は、残っている提督級は、私だけ?」
「のようですな」
「ジュティーリア」にて、ホエイルがつぶやいた。
小ネタ解説
・《
基本は本文の通りだが、以下補足。
日本語においてはアマテル教経典で使われる古代グリシャ語の発音"カラリウネ"で呼ばれる。本文でも基本セリフとセリフの引用以外はこの表記をする。
"の一柱"とあるように、戦神は複数いる。
・《
・《
・《
・《
他に武器神も戦勝祈願の対象になる。
あと明星の君と夕星の君はそれぞれあかぼしのきみ、ゆうずつのきみと読む
・戦に勝たんと欲すれば即ち
意訳:日の出前の薄明での奇襲最高!(狂った眼差し
・ハヴィア
デリア連合王国の二つの公用語の一つであるユペシ語で"天罰”を意味する
・超パ級
超パクス級の略。地球でいう超弩級に相当する言い方
・《
冥神トヴァシュトリの
・《
海棲生物を司る女神《
・カイエンペッパー
香辛料の一種。赤く熟したトウガラシの実を乾燥させたもの。通常、料理の味付けに使われる程良い辛さの唐辛子である。カイエンペッパーは長さが10cmから25cmで形は先細り、殆どが赤い色をしている。
フランス領ギアナのカイエンヌ市およびカイエンヌ川はこれに因むという。
ちなみに、ハバネロのスコヴィル値は20万から45万だそうだ
ー次回予告ー
————「しまった!」
先手を取られ、航空戦力をほぼ喪失した東方連盟連合艦隊。
そこへ国際連合艦隊が襲いかかり、戦闘は一気に白熱していく————
次回、「ネイヴィスト西方大海戦③」