日本召喚2021   作:秋津とんぼ

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23 左遷された狼は虎耳宰相の夢を見るか

 5月6日、新宮殿(ファラス・ヌーエ)大広間。

 

 『申し訳ございません!』

 

 御前会議の始まりと共に発せられた大音声に、エㇽラダンは眉ひとつ動かさなかった。

 

 「よい。其方らが謝したからと言って失われた兵たちを冥神が返してくれるわけではない、戻れ」

 

 そうは言ったものの、その気色はどう見ても尋常ではない。スコルズランド、シャークン両名はかろうじて席には戻ったものの黙ったままで、シャークンに至っては冷たい汗を流すのみだ。

 二人を見つめるエㇽラダンの剣呑な様相に、誰も言葉を発しない。

 父から受け継いだ威圧の仕方をたった今思い出し、より強く実行したとでもいうのだろうか。

 それほどに、平生の穏やかな様子からはかけ離れていた。

 あてられて手元を誤った書記官がインク壺を倒す。その音が、やけに響いた。

 

 「どうした。謝罪のみの会議は会議とは呼ばぬぞ」

 

 そう言われるに至り、大王府長官、いわゆる宰相になったラトルスカは勇気を奮い起こして口を開いた。

 

 「副外務総局長、まずは現状の説明を」

 

 「はっ」

 

 言われて、ロドリオンは起立する。前回に続き、今回も体調不良の局長に代わって出席することになったエㇽラダンの従叔父は威圧を受け慣れていなかったようで、だいぶ落ち着かない様子だ。

 

 「えぇまず、5月1日にツツル王国、ヒゼキヤ王国、クラ王国、イニェル公国の四カ国が連盟に対し脱退を通告しまして、その時点では連盟規約第20条の例外規定により保留に留まっていました。

  その2日後、3日にリシュタグよりニホンと先の四カ国を含むその他の国が連盟艦隊を打ち破った旨の放送がなされ、その内容を根拠に連盟は4日に彼ら四カ国の脱退を受理しました。

  ところがその翌日ロヒリアム公国が、続いてその日の内にスパル・ラーントル王国も脱退を申請、一応未受理ではありますが動揺が広がっております。

  メテリアスにおいても支援している地域にて反政府勢力が勢いづいていると報告が上がっております」

 

 「由々しき事態だな」

 

 「はっ。固き絆で結ばれてきた大東洋の兄弟たちがまさしく(かん)難の今にあって道を異にしようという——」

 

 「御託はやめよ。いつからここはマイアクレントになった」

 

 誰がどう見ても、エㇽラダンは不機嫌だった。

 エㇽラダンは続けて喋ろうとしたが、その前にラトルスカが口を挟む。

 

 「ここは変わらず赤き都でございます、陛下。

  それはさておき、そもそも我らが連盟の連合艦隊が放送にあったような大敗を喫することがありうるのか、シャークン?」

 

 エㇽラダンが一瞬眉根を寄せた。

 

 「はっ、相手が当初の想定通り夥しい物量を持って相手してくるだけであれば、そのようなことは起こり得なかったかと。ですが、たとえ相手がサッカラールの艦隊であろうと、連合艦隊はただでは負けませぬ。パルトの龍騎士がいれば負けることはなくなり、連合王国の誇る第一艦隊がいれば勝つことすら可能でしょう。ですからして、もし当初の読みが外れていても、艦隊にパルト神国がいる以上、そのような大敗はあり得ないと考えます。

  よって、あの放送は欺瞞である可能性が高い。

  そう、言いたいのですが……」

 

 「どうした?」

 

 「連合艦隊からの報告が来ていません」

 

 シャークンが深刻な顔で告げるのを聞き、エㇽラダンは何を言っているのかと首を傾げた。質問しようとするが、社会保障局長のアイラの方が早かった。

 

 「どういうことだ?彼らの戦っている場所からは、長距離魔信を用いても連絡などできない筈なのではないか?」

 

 「普通の長距離魔信ならばそうなのですが、海軍で独自に取り組んでいた超長距離魔信があるのです。サクラサと合同で制作した試作品を持って行かせまして、敵の主力と戦ったとき勝敗の如何に関わらず魔信封鎖を破り報告しろと命じてありました。 

  その魔信は、専用の人員と共にパルトの竜母に載せてありました」

 

 その場にいた全員が戦慄した。

 パルトの竜母を攻撃するにはまず彼らの龍騎士隊を突破する必要がある。しかし飛竜(ワイバーン)とは桁違いの硬さを誇る龍鱗と、速いものでは遷音速にまで達する飛行魔法と、現在の人類が持ちうる最高の装甲と速度を持ち合わせた彼らを突破することは容易ではない。というより現在の戦力ではどの国がやっても不可能に近い。

 そこに偶然などない、起こらない。どんな敵が来ようと、一千倍もの数で押し寄せでもしない限りその守りを突破することは不可能だ。

 そして、それだけの数をたかだか東大東洋のみを支配する勢力が用意できるはずがないことも自明だ。

 その上で、その上で報告がないというのならば、それが意味することは、ただ一つ。

 

 「なっ……!」

 

 理解したアイラが絶句する。

 情報局長以外の他の面々も、程度の差はあれど驚いていた。

 

 「そ、それは……ッ!」

 

 クロイが、呻くようにいう。

 

 「彼らが、こ、古代兵器を用いたと、いうの、か!?」

 

 シャークンが、静かに頷いた。

 これが、パルト龍騎士団の撃破が"不可能に近い"のであって"不可能"ではない理由の()()

 古代兵器。

 現在発掘されているものの多くは、はるか昔にかの魔帝との戦争で使用されたものである。

 海では巨いなる金属の船から放たれた敵を追いかけていく矢が飛び交い、陸では巨大な鎧を纏い巨人そのものとなった兵士が魔法を撃ち合い、空では音より速い龍たちが巴になって戦ったという大戦争。その凄まじさは、戦争終盤に魔帝が当時世界の首都だったディネポリスに落とし市街の半分を消し飛ばしたとされる巨大な金属の筒が、今もなおその海底に鎮座していることからもわかる。

 そのようなまさしく神話の域にある戦争で用いられた兵器が、遷音速付近に留まる彼らを落とせないわけがない。

 ただ、発掘した古代兵器をそのまま運用できる例は非常に珍しく、領土と技術の関係からも現在古代兵器を運用できるのはデリアを除けば聖サッカラール帝国一国のみ。

 ……そのはずだった。

 

 「そんな馬鹿なことがあるかっ!」

 

 叫んだのはマリスに代わって技術局長に就いたクァレアーユだ。

 

 「確かに、東大東洋ほどの未開の地であればまだ見ぬ古代の遺産が埋まっているかもしれない。だが、だが!そこに住まう民、彼らにそれが扱えるほどの技があるというのか!そのまま使えるほど保存状態が良かったというのか!そのような偶然があるわけないだろう!」

 

 自分たちでさえ、十全に使いこなせていないのに。

 彼はそう続けそうになって、しかし直前で唇を閉じることに成功する。

 クァレアーユの発言に、何人かが頷いた。

 

 「しかし報告が来ていないのは事実でして——」

 

 「試作品が壊れでもしたのではないか?そうでもないと説明が——」

 

 クァレアーユがそう喚いたところで、玉のような声が響いた。

 

 「何を怯えているの?」

 

 スコルズランドだ。

 

 「古の王曰く、『礼には礼を、拳には拳を』

  向こうが古代兵器を使ったというのなら、こちらも出せば済む話ではないかしら?」

 

 「なっ!?」

 

 その発言にクァレアーユは驚き、何の因果かかけていた眼鏡のレンズにヒビが入る。

 さしものラトルスカも思わず立ち上がる。

 デリアが投入できる古代兵器となれば、一つしかない。

 

 「”塔”を投入するつもりか」

 

 「ええ、もちろん」

 

 "塔"といえば、あのウェディングケーキのような形状の移動要塞しかありえない。

 デリア戦役中に掌握されてから、デリア=スピリダテス戦争中に神王国最大戦力である聖十字騎士団の殲滅の為に一度、1317年の魔獣暴走(スタンピード)鎮圧作戦中に誘い出した魔獣の大群を殲滅するために一度、計2度しか運用されたことがない連合王国の最大戦力。

 世界の果ての小国と戦うのにそんなものを持ち出すのは無駄な行為だ。いや、あるいは————。

 

 「……あの国がそうでもしないと戦えないくらいの、異常な国か

 

 想像して、ラトルスカはゾッとした。

 だが、その前に言うべきことがある。

 

 「貴様、それは一体誰から許可を得るつもりだ?」

 

 "浮舟"の方ならともかく、"塔"ほどの大戦力になると軍最高司令官ほどの高官でも一人では動かせない。前宰相フェスタルが”塔”までもあの猫でもあり蛇でもあるような狡猾な女に渡るのを防ぐために作った制度だ。

 今この時ほどあの前任者(不敬罪で監獄にぶち込んだ元政敵)に感謝したことはない。

 そう、思っていたのだが。

 

 「許可ならすでに王弟殿下からいただいているわ」

 

 その言葉を聞き、スコルズランドを除く34の瞳がエルローイアの方を向く。

 (そうだった。エルローイア殿下を忘れていた)

 ほぼ何もしていないエルローイアだが、その肩書は大軍衞次官であり、国王エㇽラダンに次ぐNo.2。行うべき実務など何もない名誉職だが、名目上とはいえその権限は元帥であるスコルズランドを超える。

 果たして、エルローイアは深く頷いた。

 

 「妥当と判断した、それだけだ」

 

 何が妥当だ、ラトルスカは心中でそう吐き捨てた。

 

 「……なるほど、よくわかった」

 

 唐突なエㇽラダンの発言に、ラトルスカは弾かれたようにそちらを見る。

 

 「私からも"塔"の出撃許可を出そう。()()()()を粉砕してくれ」

 

 「仰せのままに」

 

 「では、これで此度の御前会議は終了とする。皆帰れ」

 

 自分が取り仕切るはずだったのに、しかもまだ些事とはいえ議題が二、三個残っているのに勝手に終了を宣言されたラトルスカは、数回目を瞬かせた後、諦めて大広間から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気のない廊下に移り、エルローイアは懐から魔信を取り出した。

 

 「と言う感じだ。どうだ、わかったか」

 

 『ええ、殿下。そちらが、いかに大変な状況になっているか、とってもよく分かりましたとも』

 

 聞こえてくるのは、聞き覚えのある声。

 

 「早く戻ってきてくれぬか」

 

 『いい船があれば別なんですがね、私の乗っている船は船足が遅くて、1ヶ月強はかかってしまいますわ』

 

 いくつかの魔信を中継して交信しているため、だいぶ声が酷いことになっているが、十分聞き取れる。

 

 『ですがまあ、不肖このオーガニア、幾星霜費やそうとも、必ずデリアに帰って見せます』

 

 元第二外務局長コルネリウス・オーガニア。彼は今、アオラフトゥ北部のアストラル島からデリアに向けて航海中の客船の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴れた月夜、テラスで。

 

 「ニホン?」

 

 「ええ、東大東洋にある島国だそうで、なんでも、東方連盟の大艦隊を打ち破ったとか」

 

 「ほう、そなた、久しぶりに面白い話題を持ってきたな」

 

 「あなたの面白いの基準はだいぶ高いと思うけど?」

 

 「はっ、言うよのう」

 

 そう言うと、サッカリウス・カリウス・ルクリエール・ル・サッカラールは、フラメアの蜜を入れたヘレボス茶の入ったカップをテーブルに静かに置いた。

 

 「辺境の賎民にも関わらず数だけが取り柄の連盟を打ち破るか。調べさせてみよう」

 

 聖サッカラール帝国5代皇帝サッカリウス3世、若き権力者の興味が日本に向いた瞬間だった。




と言うわけで定期更新最後の話でした。
以降は本業たる勉強に力を入れる為に本気で不定期になります
時間危ないので小ネタと解説は投稿後に追記します。
12/9 0:44追記完了

小ネタ解説
・サクラサ
 連合王国成立以前から続く歴史ある魔道具製作所。正式名称はサクラサ錬金舎であり、軍にいくつもの製品を制式採用されている。ダルコン社、ツー・ダックル社、ウィゼリアル魔導機と並びデリア四大軍需企業の一つ。本社はエルフィリア

・ディネポリス/デュネポリス Dynepolis
 古くより栄える歴史ある都市。名前はディネ(月の女神)の都市を意味する。
 大内海中央のミスルエ島東部の海上に位置する”神殿都市”で、かつては世界の首都だった。
 作中でも言及された損傷を理由に魔帝逃亡後"後継王"フィンゴン・ルクシオンにより首都がケントラリスに移されたが、そののちもザシアン王国の首都として栄えた

・聖十字騎士団
 かつてスピリダテス神王国が誇った最強の軍団。定員は400名。中央大戦末期に突如として勃興したガルドブラエ十字王国の武装神官団の流れを汲むと言われ、その戦力はサ帝の一個軍団に匹敵すると言われた。戦闘においては、神王国ご自慢の火砲による準備砲撃の後彼らが真っ先に切り込み、その後に正規軍が続くため、メテリアスでは大砲とともに神王国の恐怖の象徴となった

魔獣暴走(スタンピード)
 およそ500年周期で起きるとされる災害。唐突に魔獣が大量発生し、人里へ溢れ出す。ナクリアが1290年代には作品開始時の領土(カラキアの半分)に達していたにも関わらずクローヴェル侵攻が遅れたのはこれの影響も大きい

 ー次回予告ー
――――「何と」
 二つの酒場で、物語は進行する。
 視点の違いと、文化の違い。異なる両者は何を思う————
 次回、「閑 とある酒場」
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