日本召喚2021   作:秋津とんぼ

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明けましておめでとうございます(大遅刻)。今年もよろしくお願いいたします(大遅刻)


24 バキバキに折れたるは上位列強のプライド

 背中側にあるたった今閉じられたばかりの扉以外出入口のない密室。入る者など滅多にいないが宮殿の一部として煌びやかに飾られたその小部屋で、自分は頭上に冠を戴く初老の男と向き合っていた。彼が口を開く。

 

 「よいか、必ず奴らを殲滅するのだ。ふざけた真似をしてくれた、あの女狐の手先をな

 

 

 

 

 

 

 「完膚なきまでに叩きのめし、まとめて海の藻屑とせよ。戦天使マルスのように容赦なく、火天使アファールのように徹底的にだ。かつて我が父が叛徒どもにそうしたように

 

 

 

 

 

 

 「面子を潰し返すのだ。艦隊を沈めた後は、マラガでも襲え。指令がなかろうと勅命でどうにでもなる

 

 

 

 

 

 

 「もしそれができないというのならば————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「犬の如く其方が死ね

 

 「わあああああああああああああああ!

 

 飛び起きてしばらくして、やっとオスカール・ゲンディバルは自分を叩き起こした叫び声が自身の発したものだと気づいた。

 周囲を見れば、場所は煌びやかな装飾のされた小部屋などではなく、自分にあてがわれた将校用の個室だと分かった。どうも外の天候は良好らしく、ほとんど揺れを感じない。

 先の衝撃が抜けず息も荒いまま、ゲンディバルは小卓の上の飲み止しのコップを掴み、確かめもせずにその中身を飲み干す。口内に広がる酒気を感じ、それが酒であると気づいた。随分と強い。

 コップだけあるわけないだろうと思って小卓の方を確認すると、カラメル色をした片手で事足りるくらいの大きさの小洒落た形のガラス瓶が置いてあった。ラベルを見るにトピョラ酒(エプレーシ)のようだ。トピョラ酒(エプレーシ)とは、アヴアズという芋類を擂り潰し、一晩おいて毒抜きしたものを小指の先ほどの大きさに丸めた、トピョラと呼ばれる澱粉質の球体を発酵させて作った酒だ。東アトラス海、及びアトランティスの政策で持ち込まれたベルク半島とラステリス島で作られている。見覚えのある銘柄は、確か妻の故郷、東アトラス海東部に浮かぶサルドーア島で生産されているものだった筈だなと記憶をほじくり返す。若干黄色みを帯びた照明の光で透けて見える瓶の中身は、3分の2程度残っているようだ。

 おそらく、昨夜自分はこれを開封してがっぱり飲んで、その強さにたちまち酔って寝てしまったのだろうとゲンディバルは推測した。そのせいか個室に戻る直前だろうあたりから昨日の記憶がない。長期航海とはいえ作戦行動中に酒を飲むのは普段の自分ならあり得なかったが、失われた記憶の中に何かその理由となるような出来事でもあったのだろうか。

 時計を見ると午前5時付近、外はまだ薄暗いはずの時刻だ。

 とりあえずゲンディバルは着替えることにした。

 その途中、先程見た夢の内容を思い返す。

 

 「陛下が凄まれるとああまで怖いとは知らなかった……」

 

 そもそも玉体すらまともに見たのは先ほどの圧迫面接を除くと19年前、即位記念観艦式にて当時自分が乗り組んでいた戦艦メイルヒオン・ブアエスデイズィンを御召艦とされた際、絨毯の敷かれた甲板上を歩かれるのを他の乗員たちと共に直立不動で眺めた一度きりである。

 いくら海軍中将とはいえ、大西洋と砂漠に挟まれた小さな村が出の平民上がりには密室で自国の皇帝と一対一でお話しされるというのは尋常ではないプレッシャーがかかる。

 南洋であるためシャツ一枚でも寒いどころか暑く感じるほどの室温だが、ゲンディバルは思わず震えた。

 

 「ん?」

 

 一通り震え終わると、彼は異変に気づいた。

 

 「なぜ冷房が機能していない?戦闘時でもない限り空調は稼働させるはず……いや、まさか」

 

 ちょうどその時接敵を告げる警報が鳴り響いた。

 なぜ今なのかと思いつつ、ゲンディバルは大急ぎで着替えを終えて部屋から出る。

 直後、ちょうど自分を呼びに来た士官に思いっきりぶつかった。

 

 

 

 

 

 数分後、ゲンディバルの姿は艦橋にあった。

 

 「提督、お待ちしておりました」

 

 「うむ」

 

 ゲンディバルは、窓から東の空を見た。

 大きく翼を広げた飛竜(ワイバーン)が、何十騎もこちらへ向かってきていた。実際は飛竜(ワイバーン)ではないのだろうが、上位列強国は飛竜とその改良種の見分けがほとんどできないから仕方ない。

 5月27日午前5時過ぎ、ラステリス島の西方およそ100km沖。

 アトランティスとデリアが、有史以来初の演習ではない戦闘を始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その前に、なぜアトランティスの艦隊がラスター西方なんて場所にいるのか説明しなくてはならない。

 時を、戻そう。

 ネイヴィスト西方沖での大敗の後、東方連盟は5月12日までにその加盟国の数が半減した。

 具体的には今回の戦争の元凶であるレミジャンティア公国とレプリア王国、連盟の盟主たるデリア連合王国、レミジャンティアの上司のような国であるマルセリータ王国、デリアの傀儡たるパパールディア国。デリアに大恩あるティフォン王国とディム王国、ディムの夫のような国であるパルト神国、貸し出した土地に造られた基地(エーガレ・ネツト)にいる戦力に睨まれて抜けられないダクリアム王国のみが現在連盟に残留し日本と対峙している国々である。

 東方連盟ひいてはデリアはメテリアスの勢力圏のほとんどを失ったわけであるが、連盟の誇る巨大基地エーガレ・ネツト(鷲ノ巣)と、末席とはいえ列強であるデリアが健在なため、戦力でいうとせいぜい元の7割程度までの減少にとどまっていた。

 しかし一方で、日本に負ける可能性が一気に高まった。

 ラスター王国の脱退だ。

 メテリアスの真南に位置し、学者によっては亜大陸にも分類されるラステリス島の全土を支配し、リュースユリーに代表される多数の良質な魔石鉱山を抱える彼の国は、長らく連盟の力の源たる海軍の飼料製造機兼飼い葉桶として連盟を支えてきた。

 彼の国の脱退は、連盟のエネルギー源の喪失と同義である。

 おまけに東方連盟加盟国への魔石取引の禁止を打ち出してきたとなると、望みは絶たれたに等しい。

 他のところから輸入しようとすると交渉期間と輸送期間を合わせれば最低でも3ヶ月はかかる。だが魔石備蓄はわずか1ヶ月の間すら国民生活を支えることができない程度しかなかった。そもそもラスターが離反するという事態が想定されていなかった故の大惨事だ。ある程度は国民自身の魔力で代用できようが、それを込みでギリギリ1ヶ月持つかどうかである。

 このままでは、連合艦隊が一回遠出しただけで魔石が尽きる。

 これをなんとかするため、デリア海軍は魔石を確保せんとラスター王国の占領を企図して第9水上艦隊を送り出した。

 艦隊は道中同様に離反したキュラ王国の首都へ砲撃を加え、同じく道中にあった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のち、ラスター海軍をあっさり撃破しラステリス島に上陸、現在はリュースユリーなどいくつかの魔石鉱山を確保し魔石の収奪を開始、同時に首都へも進軍しているらしい。

 問題になったのはこの道中にあったアトランティスの海外領土をデリア艦隊が襲ったことである。

 アトランティス領シゼル諸島。

 ラステリス島とキュラの中間付近にあるこの複数の火山島からなる小さな諸島に、アトランティスは小さな飛行場と海防艦二隻程度の小艦隊を置いていた。ラスターがスピリダテスの傀儡となりアトランティスの支配を抜け出して以後、東方にポツンと残ったこの第一次東方入植熱の名残は、デリア艦隊によってズタボロにされた。

 これに時の皇帝オーワイン22世は激怒し、勅命を発してアトランティス・デリア間の攻守同盟を為すエルフィリア条約を破棄しデリアへ宣戦布告。シゼル諸島の奪還とついでにラスターの救援を目的として、ゲンディバルが指揮する第一艦隊が送り出されたのだ。

 戦艦8隻。アノルハヴァゴール級アノルハヴァゴール、アトランティス・グウィーハ

      ヴェルディナンド・マックス級ヴェルディナンド・マックス、クレザウ、ディネフル、サヴナント・マウル

      エンテイ級エンテイ、エンティン

 空母3隻。グロル級グロル、アリスロル、ディスグレイリョ

 巡洋艦7隻。シマパイン級シマパイン、ガントウ、ブレスラウ、ローブフラウエン

       ミケラ級レディタリア、カイザ、アフォンダトーレ

 正真正銘、アトランティス最精鋭の艦隊である。エンテイ級は除くが。

 

 

 

 そして現在、第一艦隊はデリア騎と推定される飛竜(ワイバーン)と交戦しようとしていた。

 すでに上空にいた直掩のエーリル6機が敵飛竜(ワイバーン)の編隊へ向かっている。

 

 「各空母に発艦命令は?」

 

 「出しました」

 

 第一艦隊は空母と低速戦艦が共に所属する珍しい艦隊である。これはひとえに起風環のおかげで高速で風上に突っ込まなくても風速が確保できるおかげである。

 グロル、アリスロル、ディスグレイリョ。彼女らがゲンディバルの座乗する戦艦アノルハヴァゴールの真後ろに位置するため見れないが、真新しい三隻の空母からエーリルが発艦する姿は実に素晴らしいだろうと思えた。

 

 「しかし……何故だ?何故艦隊の位置がばれた?魔信封鎖を徹底したし、飛竜の目視圏内には昨日の日没まで入らなかったぞ?」

 

 「さあ……分かりませんな。まさか彼奴等に無電を傍受するなどという芸当ができるとは思えないですし」

 

 などと話しながら上空を見ていると、わずか数分で直掩機らは全滅した。

 驚く暇もなく飛竜(ワイバーン)の編隊は艦隊上空に到達、攻撃を始めた。

 

 「対空戦闘はじめェ!」

 

 艦隊の各艦から空へ向けいくつもの光弾が放たれる。世界でも有数のそれは、しかしどれも皆小さく、頼りなく見えた。

 それもそのはず、どの艦も高角砲を装備していなかったのだ。そもそもケントラリス諸国と違い艦隊が碌な航空攻撃にあったことがないアトランティスでは、航空攻撃は同じ航空戦力に相手させれば良いという思考から、空母は作られど対空兵装はさほど重視されていなかった。

 12.7fnの機銃弾ばかりが敵の鱗を叩くが、飛竜(ワイバーン)は仮にも亜龍、1発ではその鱗は抜けない。

 ろくに落とせないまま、飛竜(ワイバーン)が攻撃を開始する。

 目標へ向け緩降下しながら飛竜(ワイバーン)らは次々口を開き、喉奥から吐き出した粘性の炎を練り上げ火炎弾を作り出す。そして距離が800mを切ったあたりで弾体を発射、離脱する。

 だが、こちらもさほど被害を与えられはしなかった。そもそも燃えるものが少ないのだ。

 

 「ぐっ、とかげめ。好き勝手されるとこうも歯がゆいものか」

 

 「空母の艦載機が発艦できなくなったのが痛いですな。接近される前に主砲弾でも打ち込めばよかったでしょうか……」

 

 「とりあえず、敵艦隊の位置はわかるか?」

 

 「はい、えぇと……依然、ウースター沖付近にとどまっているようです」

 

 ウースターはラスター西岸の港湾都市だ。島を守るように環状に走る山脈の唯一の切れ目に位置していて、ラスター唯一の島内中部へ通じる港でもあるため、畢竟(ひっきょう)ラスターに訪れるものはこの港に泊まらざるを得ない。

 

 「そうか……。このまま空からちまちまと削られるのも面白くない。敵艦隊へ突撃し、砲戦を仕掛けよう」

 

 「提督!上空の敵を放置するつもりですか!」

 

 「こちらの航空戦力が使えず、一向に奴らを落とせないなら仕方ないだろう。幸い打撃を与えられないのはあちらも同じ。それにそもそもこちらとあちらでは砲戦距離が違う。5knと8knでは差は明確だ」

 

 「まあ、そうですが。しかし————」

 

 その時、悲鳴に様な報告が上がった。

 

 「ウィッ、ワイバーン(ウィベルン)ッ!ワイバーン(ウィベルン)が右舷よりまっすぐ艦橋へ————!」

 

 それを聞いて右側を確認する暇もなく、撃墜された飛竜(ワイバーン)が前檣楼に激突した。薄い金属板とガラスに覆われただけの艦橋は400km/h超の速度で突入してきた20t近い質量物に耐えきれず、大きくひしゃげ潰れて中の人員の殆どを黄泉へと拉し去る。

 

 「ぐっ……うぅ……」

 

 しかし、ゲンディバルは生きていた。目立った怪我はない。右腕に小さなガラスの破片が刺さっているが、それだけだ。

 彼が幸運だったのは、彼がたまたま左舷側に移動していたことと、飛竜(ワイバーン)が右後方から突っ込んできたことだ。それにより破壊域から免れたゲンディバルは、怪我を腕が動かしにくくなるのみで済ませられた。

 ゲンディバルは艦橋から出ようと後ろを見るが、扉は壁と一緒にダリの時計のようにひしゃげていた。これでは空間と空間の隔離はできようが、どう見てももう一つの役割である人員の移動はできそうにない。

 彼は無言で艦内通信を手にとった。

 

 「こちら昼戦艦橋、指揮官のゲンディバルだ。先ほどの体当たりで扉がひしゃげて脱出できない。手隙の者は手斧を持って急行してくれ」

 

 これで数分もすればここから出られるだろう。

 にしてもデリアに、いや世界に自分から望んで体当たり攻撃をしてくるような者がいるとは知らなかった。そうゲンディバルは思う。衝角攻撃ならいざ知らず、航空戦力による体当たりは当たらなかったら死、当てても死なのだ。一体、何をどのようにやったらそのような兵士ができるのだろう。

 そこまで考えたところで、()()()()バキャッと金属が破砕される音がした。

 恐る恐る、そちらを見る。

 

 「グル……」

 

 居た。

 先ほど突っ込んできた飛竜(ワイバーン)が、艦橋の右半分の残骸を退けて、首だけ突っ込んでこちらを見ていた。

 見たところ顔の左半分に傷が目立つ。表面が破れ血が出ている瞼で閉じられた左目は、おそらく失明したのだろう。鱗も一枚剥げているが、それ以外に特筆すべき怪我を負っていないのは端くれとはいえ流石龍種といったところだろうか。

 健在な右目はその赤き瞳をギラギラと輝かし、こちらを捉えている。しっかりと閉じられていた口は、たった今開き始めた。

 死んだなこれ。妻よ今までありがとう。

 そう直感したゲンディバルは、咄嗟に艦隊無線を掴み、つい先ほどまで幕僚たちと話していた方針の残骸を叫んだ。

 

 「全艦に告ぐ!こちらゲンディバル!敵はウースターにあり!各艦は()()()()()()()()()()()()()()急行せよ!繰り返す!各艦は————」

 

 言い終わらないうちに飛竜(ワイバーン)がその口から炎を吐いた。

 着火された飛竜(ワイバーン)体内の粘性液はゲンディバルにまとわりつき、なんの容赦もなく彼の体に巨大な熱を供給する。供給された熱でタンパク質はあっという間に変成し、生命現象が終了していき炭素の塊へと変貌する。

 飛竜(ワイバーン)が力を使い果たして炎を吐くのをやめ、そのまま事切れた時には、床に沿ってでろんと伸びた大きな炭があるのみだった。

 

 突然だが、ゲンディバルは二つの点で間違っていた。

 まず、飛竜(ワイバーン)の体当たりは最初からそのつもりで挑んだものではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。撃墜されたのとほぼ変わらない。

 前述したように、12.7fn程度の機銃弾では龍鱗は貫けない。しかしそれは撃墜が不可能というわけではないのだ。

 よく竜の弱点として有名なのは鱗で覆われていない目や口内である。しかし、それ以外にも鱗に覆われていない箇所がある。翼だ。翼は骨と動かすための筋肉以外は薄めの皮膜で構成されているため、小銃程度の銃撃でも貫くことはできるだろう。

 翼とは大気中の魔素を集める器官であり、飛行魔法の発動に必要な魔力を自前のものだけでは賄えない亜龍にとって飛ぶために必須の器官だ。その効率は翼の面積に左右される。それ故銃弾で撃ち抜かれ翼がボロボロになるほどに大気から回収出来る魔素は減り、飛行魔法の維持ができなくなるのだ。

 無論、1発で飛べなくなるわけではない。特に今回彼らが相手しているのは超飛竜(エルドワイバーン・キティウス)やそのマイナーチェンジである軽超飛竜(エルドワイバーン・ギョルクチェ)だ。原種よりも速度や運動性能を高められる改良を受けた彼らは余剰分が多く、翼が半分になっても機動がフラフラになるだろうが恐らく飛んで見せるだろう。

 それ故、気づけなかったのも無理はない。

 

 そしてもう一つは、命令の際に()()()()()と付けてしまったことだ。

 その結果がご覧の有様である。

 

 『待てッ!加速するな!』

 

 『追突するぞ、気をつけろ!』

 

 『コラーッ!貴官らは空母を置いていく気かッ!』

 

 『閣下はご乱心なされたのだ!先ほどの命令に従うな!艦隊各艦は速度を維持しッうわー!』

 

 『ァ!』

 

 『こちらエンテイ、曳航索が切れたぞどうしてくれるんだ』

 

 『避けろ!』

 

 『サヴナント・マウルよりヴェルディナンド・マックス、貴艦が指揮を受け継ぐなりや?』

 

 ゲンディバルの最後の指令に従い、文字通りの最高速で前進をかます艦。

 指令をそのまま実行すると艦隊が瓦解すると予想し加速しなかった結果、後方から僚艦が迫ってきた艦。

 先に行こうとする随伴艦につい怒鳴りつける空母。

 統制を取ろうとするが姉同様飛竜(ワイバーン)にぶつかられ衝撃でリミッターが壊れ機関が暴走するアトランティス・グウィーハ。

 アトランティス・グウィーハに追突され衝角でスクリューがやられたアノルハヴァゴール。

 曳航索が切れて漂流を始めるエンテイ。

 漂ってきたエンテイを避ける艦。

 なんとかまともにやれてるサヴナント・マウル。

 

 散々である。

 

 

 『だっ、断裂!アノルハヴァゴールの艦尾断裂を確認!』

 

 「なんだと?」

 

 ヴェルディナンド・マックス艦橋で、艦長フロドリ・イスルウィン・フラグ・アストウェンは信じられない報告を聞いた。窓に駆け寄ると、確かにアノルハヴァゴールはアトランティス・グウィーハと離れていて、多少全長が縮まっているように見える。すぐに目に見えて傾斜し出した。

 

 「で、アトランティス・グウィーハはどうなんだ」

 

 「機関異常は治らず、暴走を続けています」

 

 「アトランティス・グウィーハより電文。『我、オ嬢様ノ機嫌ヲ損ネタリ。制止ハ効カズ。艦隊ノ健闘ヲ祈ル。オ先ニ失礼』です」

 

 「『オ先ニ失礼』?なんてことを言いやがる。年寄りと盛りを過ぎた年増をおいて、うら若い少女が沈みにいくと?」

 

 そうはさせない。

 

 「死なれると困るんだよ」

 

 幸いエンテイ級とアノルハヴァゴール級が艦隊から外れたおかげで速度を揃えやすくなった。それに、すでに上空の飛竜(ワイバーン)はスタミナの関係か、彼らの母艦の方へ引き上げ始めている。

 艦隊はヴェルディナンド・マックスを臨時旗艦として、21ノットでウースターを目指す。

 

 

 

 

 

 

 一方のアトランティス・グウィーハはというと、意外と持ち堪えてその後1時間以上も機関は暴走を続け、6時過ぎにはウースター沖に現れていた。

 その時点でデリア艦隊は出航準備こそすれ、実際に航行を始めていたのはわずか数隻だった。

 この好機に艦長は嬉々として砲撃を指示した。海岸に激突しないようかなりの頻度で転舵したために精度はあまり良くはなかったが、艦隊はあまり巨大とは言えない港に密集している上に、小さな衝撃で容易く爆発する生成前の魔石を大量に積んでいるがために、着弾衝撃で起こる波によって僚船とぶつかる程度で爆沈してしまう魔石輸送船を含んでいたため、その程度でも撃てば当たって沈んだ。

 

 「『オ先ニ失礼』とは先に逝ってますという意味ではないッ!先に獲物食い散らかしますという意味だッ!」

 

 などと艦長が叫んだほど圧倒的だった。

 しかしそれは無謀だった。

 7回目の転舵の時、艦尾の方からくぐもった破砕音が響いた。

 

 「なんだ!?何が起こった?」

 

 「艦長!舵が……舵が効きません!」

 

 「何ィ!では、先ほどの轟音は……!」

 

 舵が折れた音だった。

 元々想定されていた最高速度を大幅に超える速度で航行していたのだ、これまで舵が効いていたこと自体幸運と言っていい。

 舵が壊れたアトランティス・グウィーハの行手には、未だ港から動けずにいたデリアの魔石輸送船が複数泊まっていた。それは、自分から機雷原に突っ込んでいくことと同義。

 艦長はじめ、艦橋の人間は皆真っ青になった。

 だが、艦をコントロールする術を全て失った彼らには、死地へと海面を滑るアトランティス・グウィーハを止めることはできない。

 30ノットを越える高速で突っ込んだ艦首は輸送船を切り裂き、同時に衝撃で積んでいた魔石が爆発する。輸送船の外郭によって爆圧はその全てがアトランティス・グウィーハへと向き、両側から挟まれた艦首はひしゃげる。

 しかし鋼鉄の強度は伊達ではなく、それだけでは壊れることはなかった。

 だが、切り裂いた輸送船の先にはさらに別の輸送船が待っている。止まることなど知らぬ彼女はその輸送船も切り裂き、また艦首に爆圧をまともに浴びる。さらに大きくひしゃげ、曲がった艦首は水の抵抗を増すが、アメラウドゥル級の過半を水底に送ったじゃじゃ馬をもとに設計された機関は単純な馬力だけでそれを乗り越えてみせた。

 3隻目の輸送船の爆圧を浴びるに至って、艦首に破孔があいた。

 高速で前進中のため、急速に浸水が進行する。隔壁で一時は食い止められるが、4隻目の爆圧によって艦首が完全に吹き飛ぶと意味をなさなくなった。

 急激に抵抗が増大した結果、アトランティス・グウィーハはつんのめって艦尾が()()()

 隔壁が機能して浸水がそこで止まった結果、艦はそのまま艦首が海面下、艦尾が大気中にある状態で静止する。傾斜は5度を超え、砲撃は不可能だ。

 火薬を腹に抱えて、撃ってくださいと言わんばかりの状態になった彼女を逃すデリア艦隊ではなく、砲撃を始めようとした。

 その直前、突如として巨大な水柱が上がり、戦列艦が一隻沈んだ。

 混乱するデリア艦隊のすぐ上を、翼に三叉槍(トライデント)の印をつけた爆撃機が翔け抜けた。

 BM-40 スギウェン。アトランティス艦隊から発進した艦上爆撃機である。

 遅れて次々と攻撃隊がやってきた。デリア側の超飛竜(エルドワイバーン・キティウス)らがほぼ同数のエーリルの相手に釘付けにされている間に、対空砲火が少ないのをいいことに悠々と爆弾を投下する。

 アトランティス・グウィーハを半包囲するように居た敵艦がほとんど撃沈された頃になってやっと、彼らは出航準備を終えたようで、起風環を起動するなり急速に港から遠ざかっていった。

 第一艦隊本隊が駆けつけた時には、沈んだ船以外にはデリアの船は全くいなかった。

 

 「ひでえなこりゃ。間違いなく誰かのクビが飛ぶぞ」

 

 アストウェンはまるでこれが他人事であるかのようにそう呟いた。

 

 5月27日午前9時。戦果確認。

 敵、撃沈、戦列艦19隻。竜母3隻。魔石輸送船14隻。兵員輸送船5隻。

 撃破、戦列艦3隻。竜母1隻。

 被害、撃沈、戦艦2隻。

 中破、巡洋艦1隻。

 戦闘中行方不明、戦艦2隻。

 

 ラスターからデリア軍を叩き出すという当初目標は確かに果たされたが、被害がこれでは勝利とは言いたくなかった。特に就役まもないアノルハヴァゴール級の2隻が双方ともに沈んでしまったのが大きい。アノルハヴァゴールは回収不可能な深海へ沈んでいったし、アトランティス・グウィーハはあのあと機関が爆散し修理するより解体した方が安く上がるレベルの損傷を負い、ウースター港にて半身浴をしている。

 戦略的勝利と強弁できるかもしれないが、どう見ても戦術的には勝利ではない。

 アストウェンは、これまで持ち続けていた何かが折れたような心持ちがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この戦いによって、デリア連合王国はラスターから得たものの大部分を爆散させられながらも第九艦隊の半壊と引き換えに全国の一週間消費分程度に相当する魔石を獲得し、ごくごく僅かな余裕を得た。

 艦隊は動かせないが、"塔"なら動かせる程度の余裕を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『何を考えている、スコルズランド!なぜシゼル(リッデル)諸島を攻撃させた!』

 

 「いえ、私は何も」

 

 『は?』

 

 「おそらく、誰かが司令を偽造したのでは?」

 

 『そんなことがあってたまるか。とりあえず貴様は帰ってくる第9艦隊首脳部の扱いを考えておけ』

 

 ブツッ

 

 「はぁ……」

 

 ……。

 

 「大体、筋通りに進んでいますね。こちらに干渉する必要はなさそうです」

 …………。

 

 「まずはこれでよし、と」




小ネタ解説
・水平線
 ハーメルンには、特殊タグとして水平線というものがある。
 これはまえがきと本文の仕切り、本文とあとがきの仕切りに使われているあの線を、本文の途中に出すことができる特殊タグで、場面転換などの区切りに使用している作者も多い。
 入力方法は簡単。《 hr 》と入れるだけ。
 《》の中に空白が空けられているのは特殊タグと判定されて水平線が表示されないようにするためだ。
 ちょくちょく入れられると見づらいと思うのは多分私だけだろう。
 hrなのは英語のhorizonからだろうな。
 ところで、いつからここがあとがきだと錯覚していた?



 ……驚かせて済まない。一度やってみたかったのだ、こういうドッキリ。
 私の眷属、例えば読者諸君もお馴染みのアユ=ゴ=マなんかはちょくちょく表に出ているが、私はいつも裏方に徹して表に出ないからね。
 さらに驚かせて済まないが、実はここはあとがきなんだ。君は最初から何も間違っちゃいない。



 流石にもう驚かせはしないが、実は今話にはアユが一言だけ出ていてね。どこか探してみると次の更新までの暇つぶしにはなるかもしれない。
 ではいつかまた会おう。凡愚なる上位者たちよ。

真・小ネタ解説
・火天使アファール、戦天使マルス
 アトランティスの宗教イススム教の5大上級天使の二柱。
 え、どこにいるかって?冒頭の滲み字のところです

・メイルヒオン・ブアエスデイズィンMeirchion Bwylldeuddyn
 →アメラウドゥル級

・リュースユリー
 ウースター南方に位置する魔石鉱山、及びそこを元に発展した鉱山都市

・アノルハヴァゴール級
 アトランティスの最新戦艦。主兵装は343fn砲7基14門
 同型艦アノルハヴァゴールAnorchfygol
    アトランティス・グウィーハAtlantis Gwych
    アトラスAtlas(1340年5月現在未成)

・エンテイ級
 1309年就役のおばあちゃん。デリア撃退ついでにシゼル諸島防衛艦隊に転属させられたが、任地に辿り着く前に迷子に。主兵装は305fn砲2基4門
 同型艦エンテイEn Tei
    エンティンEn Tin

軽超飛竜(エルドワイバーン・ギョルクチェ)
 超飛竜(エルドワイバーン・キティウス)のマイナーチェンジ。巴戦が得意。平均最高速度はやや落ちて410km/h

・アメラウドゥル級Ymerawdwr class
 ヴェルディナンド・マックス級の前級に当たる戦艦。デリア=スピリダテス戦争直後に就役。スピリダテスから分どった魔法技術が使われ、アトランティス初の動力に魔法を使用した戦艦となった。命名元はアトランティスの賢帝。
 そのせいか馬力が大変強いくせに繊細なイロモノに。一隻は機関が暴走してその高速に耐えきれず自壊している。現在は5番艦メイルヒオン・ブイエスデイズィンのみが生き残っている。
 主兵装は280fn口径漸減砲2基6門。意図してなかったがドイチュラント級もどきに
 速力リミッター健在:21ノット、リミッター破壊:39ノット
 同型艦オーワイン・オラニズOwain Olynydd
    ナヴォ・インフィルフルNafo Unffurfwr
    ゲネダウグ・タードフリードGenedawg Tadfflyd
    ケレディグ・ファヌルCeredig Ffynnwr
    メイルヒオン・ブアエスデイズィンMeirchion Bwylldeuddyn
    ハウェル・ザHywel Dda

・MB -40スギウェン Sgiwen
 艦爆。名前はカモメ類。
 最高速度は389km/h

 ー各国の反応ー
 聖サッカラール帝国「世界最強!(ドヤア!)世界の盾!何!?マドラーグ諸島が占拠された!?宜しい、ならば戦争だ!」あらまあ
 第2アトランティス帝国「…snなバカな!!?」
 ダズルカン大公国「…(昏睡)」
 デリア連合王国上層部「これでなんとか一矢くらいは報いることが……」
 デリア連合王国国軍の皆さん「第二列強と互角以上に戦えた…!!俺たちは強いんだ!」
 日本「…はい?」
 ー次回予告ー
————「モグワルなんて寝物語の話だろう。それに今は夏だ。そんな海魔なんか————」
 季節は夏、雲に覆われた夜、いるのはたった二人(二隻)切り。何も起こらないはずがなく。
 真夏の夜の悪夢が彼らを襲う————
 次回、「トゥリフィッロは散る」

二章終了後に人物まとめおよび設定集入りますか

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  • 人物だけ
  • 設定だけ
  • 両方要らない
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