「閑 激震走りて」にて、シアウィルスの姓と名が逆しまになっていたので訂正しました。
また「17 緊急! 御前会議!」にて、マリスとサンゼルティアの発言を一部変更しました。
※この文章は次話投稿後に削除されます
1339年2月11日、朝。
クローヴェル王国の経済の中心であり、王国内で最大の人口を誇るネクサリア。
モア河の三角州の一つに築かれたこの都市は、川上に面した河川水運用のものと、海側に設けられた海上交通のためのものの二つの船着き場がある。上の港には平底の浅くて長い川舟が親ガモに群がる子ガモのように桟橋に鈴なりになり、下の港では帆を下ろした大きな――といっても30m程だが――船が水上を所狭しと蠢いている。その多くはリキアから魔石を運んできた船だ。その周りには荷の積み下ろしを行う人夫や一夜の享楽から帰ってきた水夫らが動き回り、冬であるにもかかわらずかなりの熱気を帯びて見える。
この騒々しい港のすぐ脇から巨大な橋が北へ、広大なモア河の三角州を横切って伸びている。地平線から続くこの灰色の筋は都市の一つ手前の、壁に囲まれ船も集まっている中州を過ぎたところでその色を変え、褪せた木材の茶色を見せびらかしながら市門に接続する。
ネクサリア市には厳密には属さないその中洲こそ、王国海軍の最重要拠点であるネクサリア軍港である。立派な城壁を備え、ネクサリアの北側の出城のような役割も果たすように作られたこの軍港、その中央にあり基地内部の万事を睥睨するかのように聳える
ギッギッと床の軋む音が近づいてきて、それが止まると同時に蝶番がキィッと鋭く叫んだ。振り返ると、
「やっと起きられましたか」
「ええ、何故だかつい先ほどまでぐっすりと」
「うらやましいですなあサパヌリ卿は!」
「エッペール閣下」
ルミラの向かいの席に座ったサパヌリに、その隣にいたエッペールが絡む。
「桃の館に行けなかったのですか」*1
「ええ。私などはいつもちゃんと
「……なるほど」
「あのような硬い寝台でも平気で眠れるとは、卿は凄いですな。数多旅をされているからですかなあ? 流石は外交部であることよ」
「……」
サパヌリは無言で肉を口に含んだ。ルミラは慌てて話題を転換する。
「それより、これからの話をしませんか? 今回の行き先である、ニホンについて」
「一体どんな国なんでしょうねえ、ニホンとやらは」
そう、彼女ら使節団の行き先とは、日本であった。
先日接触した、転移国家を自称する謎の国日本。彼らが送ってきた使節と交換するような形で、クローヴェル側からも日本へ人員を派遣することになったのだ。
正使、外交部員・特別上級官、アルヴェン・ラルギルド。
副使、外交部第一渉外官、グレマール・ウフガド・サパヌリ。
随行使、魔導部紋章院上級紋章官、ルミラ・フェ=ルミン。
同、海軍特別諮問員、アスパール・ロンダール・エッペール。
同、陸軍総掌軍代理、ティオルム・ギャンダール。
この五人と数名の護衛を兼ねた随身で使節団は構成される。わざわざ特別上級使官などという役職を与えて迄20にもならない長男を正使にして功績を積ませるとともに、ベテランかつ上位の外交部員であるサパヌリを入れてまともな交渉が行えるようにし、それぞれ魔術、海軍軍事、陸軍軍事に詳しいルミラ、エッペール、ギャンダールらで日本の軍事力を測るという外務卿の目的が良くわかる人選だ。
本人としては自覚が薄いが彼と対立している派閥の一員――それも養父がその首魁――である彼女自身を入れた辺り、こちらの不満をある程度和らげる意図もあるかと、ルミラは考えたりもした。
「これは父上から聞いた話なのだが、なんでも格闘はそれなりにできるようだ。父上自身が実際に組み合ったので確かだと思われる」
ギャンダールが口をはさんだ。彼の父親と言えば正しく陸軍総掌軍であるセヒュール・ロンダール・ギャンダールその人である。
ルミラは思わず突っ込む。
「格闘だなんて、それは個人の話であってニホン自体の評価とは関係ないのではないですか」
「そうですよ、例えば私とギャンダール閣下などでは国は同じですが格闘では赤子と壮年くらいの差がありますよ」
「……確かに。不適切な話題だったな」
ギャンダールは俯くと、再び無表情で朝食を食べ始めた。
「ニホンといえば、初めに来たという200n級の大船の噂はよく聞くな」
「そうですね、ラルギルド殿。私も、昨日こちらの軍人の一人に話を伺いました」
「どうせ法螺であろうよ」
エッペールが嘯く。
「エッペール殿、私が
「このような話は大抵尾ひれが数多付いて膨れ上がるものですよ、ラルギルド様。フェ=ルミン殿の聞いた話も、その話を聞いた軍人が聞くものの驚き見たさに誇張したのでしょう」
「ですが、複数の人が同じような数値を上げているのです。もし誇張ならばそれぞれ異なったものになるはずです」
「……あー、それは、ええい、そもそも200nなどという大きさの船が実在するわけがないでしょう。一般的な軍艦はザブラ船*2で全長30n前後が相場で、例えば私が艦長であったザブラ船アヌメットがおおよそ31n半でございましたな。また我が王国海軍の誇るゲーニルーグ・ジュセファーレが36n程、
そこまで一息に言うと、エッペールは温かいワインの入った小杯を空にして喉を潤した。
「それ以外の話もあり得ないことばかりですよ。帆も櫂もないのに凪の中を12ノットで進んだだの、喫水から再上甲板まで10nはあるだの、聞こえてくるのはそのような子供でも分かる嘘ばかりです」
「まあ確かに帆も櫂もなく動くのはあり得ないように思えますが……」
「いや、西方の列強では凪でも風を起こして進めるというぞ」
「だとしても、そちらとは真反対である彼らがそれと同じような技術を持っているとお思いですか、ギャンダール殿?」
掲げた小杯に新たに注がれたワインを、エッペールは再び一気に飲み干す。
「第一そのニホンという国が妖しい。今まで誰も何も見つけられなかった東の海から来て、それも
数時間後。
「な、なななななーななななっななっ、あっ、えっ、えっ」
少し沖に浮かぶ巨艦を前に、港に
船が来たので港に降りた使節団を待ち受けていた眼前の船に、皆が驚きを隠せない。
「……噂が一欠片の誇張もなく真実だったとはな」
「実家の館がまるまる入りそうですよ……」
ラルギルドに続き、護衛としてつけられたレベリンが零す。
レベリンは話を聞くにあまり余裕のない小貴族であるらしいが、それを差し引いたとしても、彼女程でないにしろルミラもまたその巨体に瞠目する思いだった。あまりの大きさに、脇を横切っていくコグ船*4が小舟のように見える。
「……そろそろよろしいでしょうか」
「あ、はい、ええ」
「ほら、エッペール殿、お気を確かに」
ニホンの人員に促された一行は、人語どころか二足歩行すら失っていたエッペールにそれらを取り戻させると、案内に従ってこれまた異様なボートに乗って巨艦に乗り込んだ。
船——ヘリコプター搭載護衛艦いずも——の内部も、またルミラらには驚くことばかりだった。
「明るい……」
「それに中に入っただけで暖かい」
水密性の観点から窓がほとんど設けられないため基本的に暗いはずの船内は天井につけられた謎の明かりによって消し飛び、燃える危険性から暖炉がないため充満しているはずの冷気はなぜか微塵も感じられなかった。
それだけではない。
ルミラは、半ば確信しつつあることを尋ねる。
「この船は一体何でできているのですか?」
「んーと、そうですね。詳しい組成は分かりませんが、概ね鋼鉄で全体が構成されていると思いますよ」
「て、鉄!? 金属!? これほどの大きさの船を、全て金属で!?」
答えを聞いたエッペールがわなわなと震えだす。
「信じられん……! どれほどの量の金属を使ったというのだ!?」
金属は希少なものである。
金属はカラキア、いやそもそも東大東洋全体においてすらほとんど採れない。さらに加工にも専門の技術が必要なため、金属を使用した物品は自ずと高価になる。
ルミラは自分の腰元に視線を落とす。
見事に装飾された鞘に収まった、一振りの短剣。これは十一年前に二百歳の誕生日を記念して養父から贈られたものだが、自らの二の腕ほどの長さしかないこれでさえ、やろうと思えば城が一つから多ければ五個ほどは引き換えにできるような値がつくのは確実な代物だ。この大きさでそれほどであるから、今自分たちがいる船を作れるだけの量の金属ともなれば、一国の全ての富を集めても怪しいかもしれない。
いや、このような量の金属を集められるということは、むしろ――――
「ニホンは、大きな金属の鉱床を持っているのかもしれないですね」
「なにっ、どういうことだ」
「これだけの金属をかき集め、そしてそれを船に使用するのです。我々と同じく希少と考えるより、豊富にあったと考える方が理に適っているように思えます」
「なるほど、多ければ、価値は下がるでしょうからね。……少々、想像し難いですが」
サパヌリは、同意すると同時に手を額にやって天井を仰いだ。
「少しずれますが、船から魔力を少しも感じません。金属のこともあわせ、もはやニホンは少なくとも未開の民などとは考えられないでしょう」
「……ああ」
「ええ、わかっていますよ」
こうして、ルミラたちがのちに生涯で一番驚いたという旅が始まった。
快適な船旅の二日目、一行は日本本土、福岡に到着した。
「まず使節団の皆様はこちらの専用のバスに乗っていただきます」
船を降りて最初に言われたのはそんな言葉だった。
目の前にあるのは、ガラス窓のついた長い小屋のような何か。ここにも金属が使われているのが見える。
車輪が二対付いているようだが、まさか馬車か何かの類だったりするのだろうか。ならば何かしらの装具があるはずではとルミラは訝しがる。
「えーと、これは一体何なのですか? 馬車のようなものだとしても、引っ張る動物が見えませんが」
サパヌリが問いかけると、ニホンの担当者は軽く笑って答えた。
「これはバスと言いまして、自動車……クルマの一種です。クルマとは、馬などの動物に頼らず自分で動く馬車のようなものです」
「自分で動くだと?」
「それではまるでゴーレムではないですか」
驚きつつ乗り込む。シートベルトなるものについて説明を受けた後、“バス”は低く猛々しい唸りと共に本当に勝手に動き出した。
そして、窓から福岡の街並みにが見えだす。
「すごい……」
「これがニホンの都市か……」
「おい! あの塔はなんだ」
「福岡タワーですね。高さが234m……あれこの人たちメートルって分かってたっけ……まあいいや234mありまして、九州————この福岡のある島で一番高い建物*5です」
「
窓から次々流れ込む、膨大な未知の奔流。
ガラスがふんだんに使われた幾多の塔、その間を縫う石畳とも異なる黒灰色をした驚くほど平坦な道、その上を行き交う多数の“クルマ”たち。溢れる人、溢れる色、溢れる光、溢れる音。
初めて見る異国の街並みは、あまりにもそれまでの世界とかけ離れすぎていて、ルミラはかえって無感動にも近いような、無言の感嘆を抱いた。
程なくして“バス”は宿に着いた。そこで一泊するということだった。
本当は1話にまとめるつもりでしたが、長くなったのと今日に間に合わなさそうだったので分けました
今日(2026/06/23)で連載2年目となります。十ヶ月ほど更新できていませんでしたが
残りの本編の方も執筆中でございます。どうかお待ちください
小ネタ解説
・紋章院
名前の如く、初めは貴族の紋章やそれについての諸問題を扱う部署。1326年の行政改革の際、全国の貴族家に繋がりのあるその性質に目を付けられ、新設された魔導部の下につけられ貴族家の秘伝相伝の魔術の登録・管理業務も担うことになった
・ゲーニルーグ・ジュセファーレ Geenilug Jusefare
一名「ジュセファーレ大王号」。先先代のジュセファーレ・クローヴェル王を讃えてその名が付けられた
・
カラキア統一王国時代前期の大詩人アネイリムによって230年代に作られた
・ルミラの短剣
実戦での使用が想定されていないため見栄えを重視して銅製であり、鞘から刀身までとことん華美に作られている。刃渡りは約32cm。
ー次回予告ー
————「……なんという威力だ」
引き続き日本を旅する一行、驚愕は続くよどこまでも————
次回、「閑 その耳は馬の耳か②」