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3月18日、エーヒから南東に110km、城塞都市ワルシェ。
広大な湿地の端とモア河の中間に位置し、エーヒと並んで国境北側の防備を受け持ち、さらにネクサリアへの最短経路に立ち塞がる要衝でもある——想定されていた攻勢正面はこちらであり、渡河という一手間がかかるエーヒが先に攻撃されたこと自体予想外だった——この堅固な城塞都市は、ナクリアの先遣隊東、南部諸侯軍3万に半包囲されていた。既に守備隊の中核であった重装歩兵は7日前の会戦で一方的に撃破され、兵力は2万から9千5百まで減っていた。
東、南部諸侯軍は夜な夜な数百程度の兵でバリスタの最大射程付近をうろつき、迎撃されれば退き、されなければ城壁に取り付くという鬱陶しい挙動をおこなって守備側の精神と戦力をすり減らしていた。昨夜などは、守備隊長であるバルス老が陣頭指揮を執り本気で備えたが、攻撃の時間帯を真夜中から早朝にずらされ、余計に精神と戦力そして燃料が減ったのみだった。
午前9時、ワルシェ司令官室に兵が入ってくる。
「日本国の指揮官が来ました」
「そうか、通せ」
確か来たのは第7師団とかいう7千人とちょっとの部隊だ、噂に聞く日本の総人口を考えれば随分とやる気がないなとバルス老は思う。事実、これまで8日間の間に後詰めとして出された部隊は、すべて奇襲してきた東、南部諸侯軍の部隊に
入ってきた人が名乗る。
「日本国陸上自衛隊第7師団長小内田陸将です。よろしくお願いします」
「ああよろしく。さて、ワルシェは私たちだけでも守れますので、あなた方には陣地から出ないで後方支援をお願いします」
陣地とは、二月から工事が始まった、日本式の新農園用の巨大な重機駐車スペースを即席駐屯地にでっち上げた600m四方の轢き締められた裸の地面のことを指す。
「わかりました。ただ、一つだけ、敵の位置と戦局を知りたいので、観測機材と人員を50名ほどこちらに置きたいのですが、良いでしょうか」
「あいわかった」
その言葉に少々ホッとした表情を見せ、小内田陸将は下がっていく。
「日本軍にはプライドがないのか?陣地は10
バルスの疑問の声は、誰にも届かなかった——小内田を除いて。
同じ頃、ナクリア王国東、南部諸侯軍、本営。
「ふにゃぁ」
小さな天幕の中で可愛らしいあくびをした彼女は、半分以上捨て駒のような役割しか期待されていない、この寄せ集めの頭目を務めさせられているリベカ・ジグエンツァ大公代理——女大公と呼ばれることもあるが、現時点では正しくない——だ。本来、彼女は性別から言っても年齢から言っても門地から言ってもこのような役割を押し付けられる謂れはなかったが、あらぬ疑いをかけられたために、父の名代として、その疑念を
「公の場であくびをするなと、何度言ったら——」
「この天幕には私とバルドしかいないのだから、別に気にする必要はないでしょう?」
「んんむ……これから総攻撃というときにそのような弛み様は正気を疑われますぞ」
ジグエンツァ家筆頭騎士であるバルドの言葉を聞いて、何か思い出したリベカは、問いかける。
「そうそう、この戦、何かおかしいと思わない、バルド?」
「ふむ?本部方面へ4日前行ったきりで帰ってこない
「あ、まあそれもそうだけど、今朝来た指令、使い鳥越しでもわかるくらいに焦っていたのが気になるのよ」
「わしはその場におらなかったので、聞いておりませぬが」
「あ。それはそうと、あの焦り方は何か重大な失敗をやらかして身の危険を感じたような——」
そのとき、天幕の入り口がパッと開いて、長身の男が入ってくる。従軍している魔導士の取りまとめをしている魔導師のナーワッシュだ。
「女大公殿下、女大公殿下、そろそろ時間です……何をお話に?」
「っ……なんでもない」
リベカは何かを言いかけたが、結局外に出るまで唇は閉ざされる。
外は空から降り注ぐ日光で暖まり始めていて、その空はわたあめの様な雲が一個だけ浮いているという見事な快晴、空気はよく乾き風はないでいるごく普通な晩冬の朝である。日本と違い、空気中を漂う埃などが極端に少ないため、地平線近くに見える山までくっきり見えた。
「殺るには良い日だ」
「?……何か言いましたか?」
「っ!……いえ、何も?」
何やら自爆したが、やはり今日は良い日であった。
もともと彼女は明日の深夜から朝にかけて、ワルツ戦術と見せ掛けて主攻勢をかけるつもりだった。だが、恐怖の左将軍ナデンから攻撃を早めるよう要請という名の脅迫があったため、今日に前倒しになった形である。
本部の方も忙しいらしく
十数分後には、彼女の指示によって陣形の組み替えなどと言った諸々の戦闘準備を終えた軍勢3万が、彼女の眼前にあった。
……私のために犠牲になってもらうわ、ワルシェ。
リベカは、ゆっくりと上げた右腕を勢いよく振り下ろしてワルシェを指し、
「全軍、行動を開始せよ!」
東、南部諸侯軍は、9時半に、行動を開始した。
「ナクリア軍に動きがありました!こちらに来ます!数、3万!」
「来たか!」
バルスが吼えた。
「バリスタ、射撃用——」
「第2飛竜隊を出撃させろ!バリスタはまだ届かん!」
副官が反射的に放った命令を遮り、バルスが
「お待ちください」
そのとき、部下が割り込んできた。
「司令官、日本国から通信が入ってきています。『これより貴軍に対する支援攻撃を行うが、前方約13km?ア、イヤ13knにいる勢力はナクリア軍で間違いないか?また、付近にクローヴェル兵はいないか?』だそうです。迂闊なことはしない方が良いかと」
「兵はいない。そう返事しろ。……………第2飛竜隊は離陸した後は別命あるまで空中待機に変更だ」
10knも後方で何ができるのか、そう思いながらバルスは返事する。
返事をした少し後、突然日本陣地の方からいくつかの火山が噴火したかの様な五臓六腑に響き渡る轟音が鳴り響いた。
「なっ、なんだあ!?」
多連装ロケットシステム 自走発射機M270MLRS、第1特科群第129特科大隊の有する、戦神の愛称を付けられた18台のロケット砲によって放たれたその音は、東、南部諸侯軍の地獄の始まりとなった。
降り注ぐバリスタと火炎弾を耐え、
もはや作戦ではなくただ前進するだけとも捉えられるプランとも言えないような雑なプラン——ナデンからの命令がなかったならば、万全の状態で少しの損害も出さずにワルシェを制圧していただろう——は、進行開始からわずか十数分で終わりを告げた。
「ん?あれは……?」
バルドの呟きにリベカが顔を上げたその瞬間、大公領軍の前衛の一角がすぐ近くの東部諸侯の部隊二つを巻き込み爆発、消滅する。同様の爆発が1秒も立たずに立て続けに起き、硝煙が晴れた後には、肉片と金属片、布切れがすき込まれた地面しか見えなかった。MLRSの放ったM31GPS誘導ロケット弾の所業である。
「
隣にいるナーワッシュが、先ほどまでの誇らしげな無表情から一転し、恐怖に顔を引き攣らせながら対魔防壁を張る……自分だけに。
リベカが未だ状況を飲み込めていない中、5秒もしないうちに再び先ほどの爆発が巻き起こる。さらに、それらよりも重い爆発が、はるか前方から響いてきた轟音と共に起き、ますます地面にさまざまなものをすき込んでいく。第1特科群第101、102両特科大隊の203㎜自走榴弾砲M110A2サンダーボルトと、第7師団第7特科連隊の99式自走155㎜榴弾砲ロングノーズの砲撃だ。
「ゥグァゥヴェッッ!」
ナーワッシュの踏み潰されたカエルの様な断末魔の叫びに、ようやくリベカは現状認識をした。
次々に咲く火薬の花、土塊、肉片。1秒ごとに失われていく精兵、並々ならぬ訓練の結晶の喪失。リベカの秘策であった魔術具まで砲撃で爆発四散するに及び、彼女は決断する。
「!て、撤退!各自秩序を持って撤退ぃぃぃぃ!」
映画でしか見たことがなかった鉛の暴力の中で、リベカはそう叫び、手綱を引いてとって返そうとする。
だ、が、戦場の女神は彼女を見逃さなかった。
すぐそばにM110A2の砲撃が炸裂し、弾片が彼女の愛馬を黄泉へ連れ去り、ファーストキスを大地に奪わせる。唐突な衝撃に肺から空気が押し出され、慌てて呼吸しようとする彼女を別の砲弾の破片が襲う。
左胸に強い衝撃、左側頭部、耳のあたりに鋭い痛みを感じ、リベカは耳を触る。ぬらっとした手触りに、本来あるはずのものに触れない感覚……。
「っ、な、ない!?耳が、耳?!」
耳介の後半分が吹き飛んでいた。
幸い四肢に問題はなかったため、リベカは
「あ゛ああああああ!」
うつ伏せになった途端、左胸を左耳とは比べ物にならないほどの激痛が襲った。
「ぅ、ぁ、あれか……!」
悶えること数十秒、原因に思い当たったリベカは、左胸に手を伸ばし、ベストの胸ポケットにしまっていた魔法薬の小瓶を掴む。
「!ううぅぅぅぅぅ」
先ほどの弾片の衝突を受け止めた小瓶は、彼女の命を助けた代わりに砕け、中の劇物を解き放っていた。指先がじわりじわりと溶かされていく痛みに耐えながら、彼女は胸ポケットごと小瓶の残骸を捨てることに成功する。
未だ残る痛みを無視し、立ち上がったリベカはよろよろと逃げ始めるが、火薬の花がすぐそばに咲く。
宙に舞う感覚のあと、後頭部に強い衝撃を感じ、彼女の意識は途絶えた。
「これが、日本の……力なのか」
バルス老は一時間ほど前の認識を改めていた。
第7師団ならびに第1特科群の立てる轟音を聞きながら登ったコの字型の城壁塔の最上から見えたのは、自分たちの知らない戦場だった。草が萌えいで始めていたなだらかな丘は、雪化粧されていた一ヶ月前とも違い下にある土を剥き出しにして凹んでいた。その丘を埋め尽くす様に陣取っていたナクリアの部隊は、今や地面の色を茶色ではなく赤褐色に変えている夥しい血と肉片、そしてわずかに残っている天幕の跡がそこに軍が存在したことを証明するのみで、自衛隊の攻撃が炸裂するたびに、再び土が舞い上がり耕され、地形を変えていく。
そこに名誉はなかった。憧れはなかった。騎士道はなかった。美しさはなかった。楽しさはなかった。華々しさはなかった。
ただ、効率化された〝戦争〟があった。
「……これでは、これでは、7千でも過剰戦力ではないか!」
自国の大魔導師をかき集めたとしても、到底為し得ないだろう戦場の女神たちの宴を目の当たりにしたワルシェ守備隊の面々は、バルス老以外一言も口をきけずにいた。
「では、彼らは陣地から一歩も出ないで3万のナクリア軍を滅したというのだね?」
「はい」
バルスロウからの魔信を聞き、フェルミンは頭を抱える。
「はあ、日本国。つくづく楯突かなくて良かったと思うよ」
楯突いたらこの力が自分たちに向けられることになると想像して恐怖する軍務卿ヤゴフ。
「宰相様、日本からこの様なものが…」
侍従が差し出したそれに書かれてあったのは——
「「「ナクリア首都攻撃許可願?」」」
同じ頃、エーヒ市内、ナクリア東征軍本営。
「ナデンは未だコヒレに着いていないのか?……
おのれニホンめ!先先王からの大業を阻むとは、傲岸不
東征軍最高指揮官正中将軍マルタヴァンは、F-15Jの放った空対地誘導弾により塵に帰った。
小ネタ解説
・東、南部諸侯軍
かなり読みにくい表記になってしまった。ナクリア王国は元々大陸北西部で今のクローヴェル王国の半分くらいの土地しか治めていなかったため、その地域以外の東部、南部はすべて新参。
・第7師団(7千人)
第1特科群も一緒に数えているため。
・めちゃくちゃ失礼なバルス老
これしか思いつかなかった。鹿角はえてるから実は小内田さん会話している間ずっと笑うのを堪えていたということを今思いついた。
・リベカ
名前は聖書からとっているが、別に伏線ではない。
・あらぬ疑い
何を設定したか忘れた
・使い鳥
鳥型魔獣を使役してその体を直接動かす情報伝達方法。詳細は設定してなかった様なので闇の中。
・攻勢三倍の法則
局地先頭において攻撃側が防御側の幅20〜50kmの防御前線を正面突破する際に80〜90%に限定して使用できるなんて説もあるそうだが、作者は某ビ◯ザムに乗った脳筋弟中将の言ったように”戦いは数”だからそんな変わんないのではないかと思っている。
・出オチマルタヴァンと逃げたナデン
マルタヴァンはここしか出せる場所がなかった。
・M31GPS誘導弾
GPSが無くても直進は出来るだろうという考えから。
ー各国の反応ー
ナクリア王国「バッ、バカなあ!!」
クローヴェル王国「ドユコト?」
日本「よし、次!」
ー次回予告ー
————「兄、待てと言われて待つ敵はいないよ…」
大艦隊は吹き飛び、陸軍も大半が消えたナクリア。
疲弊している彼の国の王都に、日本の魔の手が伸びる。
そして、姉妹の仇を討たんとする者も——
次回、「事態の終焉」