融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「……お父さんが帰ってきまぁす……」
朝食時、姉さんが青い顔でついに
見せてきたスマホにはもうすぐにこっちに帰るという旨の内容が書かれている。
思わず天を仰ぐ。一時帰宅を決めたのは、今もテレビで流れているニュースのせいだろう。
隣県で再び謎のロボットが出現。道路に大きな切れ込みや破壊跡。岩手で巨大リクガメ。イギリスの方では巨大ヘビ。アメリカで大怪鳥。エトセトラエトセトラ。
どんどん怪獣映画か特撮かという世界になっていくのを感じる。そりゃマトモな親なら子供だけ残してるの心配で帰ってくるよこんなん。
「この現象……やっぱり、起きてるのはこのあたりだけじゃないんですね……」
「このあたりだけで数件起きているのなら、地球全体ではその何千倍も起きてて当然だろう」
「説明自体はできそうだけどね~……」
不幸中の幸いというか、こういう現象があちこちで起きているのは父さんも認知しているはずだし、説明は比較的問題無さそうだ。世界中で大混乱が起きているせいだから少なからず心が痛むにせよ。
できればもっとちゃんと、専門家だとか有識者が解説してこういうことが起きている、とはっきり口にしてくれれば一般にも広まってくれて面倒が減るんだけど……。
「この際僕らの件については、父さんなら分かってくれると思うから置いとこ」
「……信頼が深いな」
「家族だからね。それより、問題はディセットと椿さんの件」
「ですよね……」
「ディセくんはそもそもこの世界にいなかった人……アリサちゃんは殺人事件との関与を疑われる立場……う~ん……」
隠れていてもらうという手もあるが、家の中だと父さんはすぐに見つけてしまうだろう。じゃあ外に放り出す、というのはあまりにも薄情すぎる。
ディセットも椿さんも普通の人間の特徴しか無いし、その気になれば外で活動してても大きな問題は無いだろう。
しかし下手するとディセットはありもしない国に強制送還、椿さんは補導、職質。どちらも高い可能性ではないにしろ、低い可能性でもない。特に椿さんは上手いこと嫌疑を晴らさないとやってもない殺人の冤罪で逮捕されかねない。
大剣の扱いもよく考えなければいけない。父さんに見られればもちろん良い顔はされないだろうし、持ち歩いていれば確実に銃刀法違反だ。
「あとあの剣、墜星だっけ? どうする?」
「呼べば来るので……その辺に置いておいてもらえると……」
「来るんだ……」
便利だなあの剣。
下手に呼んで扉突き破ったりされても問題だしベランダにでも置いておくか……?
いや、それならそもそもディセットのワーカーに持たせておいて山奥に一緒に置いておく方が効率的なのではないだろうか?
次にワーカー呼ぶ時があったらそうしてもらおう。
「それで、ナルミたちの父親はいつこっちに?」
「……そういやいつ?」
「お父さん、もしかすると始発で――」
と、姉さんが懸念を口にした瞬間、チャイムが鳴った。
午前八時過ぎ。相当早い時間だというのにもう来たということは、もしや本当に始発で一気にこっち来たんだったりするのか。
まさかそんな、しかし、いや、たまに来る怪しげな勧誘だろうか。恐る恐る姉さんがドアホンで外を確かめると――そこにはメチャクチャ見覚えのある中年男性が立っていた。
「来ちゃった……」
姉さんが目を覆ったのと同じタイミングで僕も思わず目を覆った。
白髪交じりのオールバックの髪にメガネ、東京にいた時と変わらないスーツ姿……間違いなく僕たちの父、神足ハルオミだ。
特に外見的に変わった様子が無いので、僕らのように融合現象に巻き込まれてはいないようだ。
「考える暇も無しか……!」
「とりあえず剣だけは隠して! 姉さんは対応お願い!」
「りょ、了解です……」
「はーい……」
僕はすっかり声帯まで変わってしまったが、姉さんは声に特に異変は無い。とりあえず、声だけの応対なら問題は無い……はずだ。
『カナタか! 大丈夫か!? 何ともないか!?』
「ちょっ……お父さん、朝早いんだから声抑えて……!」
『入るぞ!』
「い、いや、まだちょっと待ってぇ~……」
姉さんがなんとか制止しようとするが、当然自宅なので父さんは鍵くらい持っている。ほぼノータイムで扉が開いてしまった。
僕と姉さんは揃って頭を抱えた。
「カナタ! ナルミ! …………!?」
そして部屋に入ってきた父さんは……流石にこの奇妙な取り合わせに絶句していた。
娘っぽい見た目の知らんエルフ。なんか角生えた知らん女。見るからにカタギじゃない知らん外国人に、物騒な凶器を抱えている知らん子。自宅に帰ったと思ったらこの有様だ。困惑もする。
が……。
「カナタ?」
「あ、うん」
「ナルミだな?」
「…………」
確信を持ったように、父さんは僕らにそう呼びかけた。
……マジで? と思いつつ、頷きを返す。父さんは複雑そうな顔をしながらも、ほっと息を吐いて安堵した。
しかし、次第に吐く息のニュアンスが変わってくる。完全に呆れ気味のため息だ。
「無事だったにしても、何かあったなら連絡くらいしなさい、二人とも」
「無茶言わないでよ」
「いくら家族でも信じてくれるかは、ねぇ……?」
父さんは爆速で僕らが本人だと確信してくれたけど、まともに考えればそんなの至難を通り越して無理難題だ。
親だって家族だって、どんな優れた人でも常に「親」や「家族」の役割を貫徹できるわけじゃない。どこまで行っても人は人だ。
「家族だろう、分かって当たり前じゃないか」
……だから、こんな異常事態となると父さんも「人」の部分が出てくるもんだと思ったんだけど、どうにも敵わない。
普段、単身赴任で一緒にいないからか、帰ってきた時はこういう部分で完璧なんだ、うちの父さん。
「あの……だとしても、何を根拠に分かったんです?」
ディセットが控えめに問いかける。それは言われてみるとそうなんだけど、実際どういう理屈だろう。
父さんも、ディセットの存在を怪訝に思いながらも頷いて答えた。
「二人とも、普段とクセが全く変わっていないんだよ。カナタは焦ると喋り方が早くなるし、ナルミは無意識にお姉ちゃんと同じことをしている。細かい部分でも色々と……」
「父さん、マジやめて」
「そういう無意識的な部分は触れないのがマナーだよぉ……」
僕と姉さんは思わず顔を覆っ……クセってこれか!!
「ところで、そちらの君たちは……」
「えーっと……後輩と……友達」
「友達です」
ディセット今なんかすごいドヤ顔っていうかやたら活力漲ってるキラキラ顔してない?
もしかして友達少ないのこの男……? この歳であんだけ戦ってるならさもありなんというというところだけど……。
「こ、後輩です……」
「彼らはなぜここに?」
「…………」
「……えー」
姉さんに視線を送る。結局、この件については何にも結論が出てないんだよ。
安易に話していいことじゃないのは当然として、話さなければあらゆる前提について説明することができない。
父さんは父さんで、僕らが何か隠していることは、今言い淀んだことと姉さんと軽く視線を合わせたことでもう見抜いているだろう。
「ニュースに出てたロボットに乗っていたのは俺です」
「ばっ……」
「何?」
何言ってんのこのデカブツぼっち!?
せっかく何か隠せる手を考えてたのに正直に言ったら何も誤魔化しようが無いだろ!?
「いつかバレることだろ。なら先に言っておいた方がいい」
こちらの焦りを察知したのか、ディセットはそう続けて軽く腕を組んだ。
「俺はいわゆる異世界から来たんですが――」
「そのようだね。ゲームなんかでは、よくある話だ」
「…………」
この人そういうの分かるの? とばかりにディセットはこっちに視線を向けた。やめろこっち見るな。父さんそういうの普通にわかる人だってだけなんだよ、会社もそっち系だから。
父さんは鷹揚に頷いて続きを促した。
「こちらに来て何も分からず困っている時に、ナルミたちには助けてもらいました」
……とりあえずディセットは、会った時のことから順に話していくことに決めたようだ。
ディセット自身の経歴から始まり、なぜ僕らと出会ったのか。一昨日の鳥との戦いに至る経緯や、昨晩の戦闘。
一通り聞き終わった父さんは、自分の子供が連日命の危険に巻き込まれていることもあってか、説明を受けている間ずっとしかめっ面だった。
基本僕らの意思は尊重してくれてるので離れて暮らしているけど、父さんの家族に対する情は人一倍深い。早くに母さんを亡くしてから今まで一度も再婚していないし……その内、体壊したりしそうで心配なんだよね。
ともかく、ここしばらくの話を耳にした父さんは、安心したように一つ息を吐くと、机の上で固めていた手をようやくほどいた。
「まずは、ディセット君。キミも色々と大変だろうに、子どもたちを守ってくれてありがとう」
「いえ。こういうのは俺の仕事ですから」
「それと、椿さん……ご両親のことは、残念だったね」
「いえ……」
「何か困ったことがあれば、遠慮なく言いなさい。力になれることがあればいいんだが……」
「あ、ありがとうございます……」
ディセットの作戦というか、思惑というか、割と安易な発想はどうやら成功したようだった。父さんからの心証は悪くなく、椿さんのこともついでに理解してくれたらしい。
一方、僕たちに関しては……父さんはしかめっ面を崩してくれてなかった。それどころかため息までつかれた。
「……カナタ。ナルミ」
「うい」
「う~……」
「お前たちが大人を信用できないのは知っているが……せめて父さんくらいは頼りなさい」
「あー……うん……」
信用してなかったわけじゃあない。ただ、もしも信じてくれなかったらと考えると安易に行動に移ることができなかったのは事実だ。
ただでさえまだ世界中に混乱が広がってすらいなかった時期でもある。信じてくれるような要素が僕らの視点からは見出だせなかったというのは相当大きい。
それでも、さっきの件を考えると、家族なんだからもっと信じるべきだったかもしれない……。
「……大人を信用できないって、何かあったのか?」
「後でね~」
ディセットは父さんの発言を少し気にしているようだけど、これは極めて個人的な事情かつ本題と関係ないので置いておく。
「椿さんの件も、大人が信じてくれるかを疑うのは分かる。けど、警察も無能じゃない。ナルミが姿を見せれば、異常事態が起きていることは見て分かるんじゃないか?」
「それは……言われてみれば、そうかも……」
今になって言われてみれば、という話だけど。
昨晩は色々ありすぎて脳のキャパが限界だったし、すぐに思いつくことじゃなかった……というのは言い訳か。
僕の見た目は少なくとも今の世界に存在しないものだし、そこから紐付けてディセットという純異世界人の存在、「本来存在しない人間」がいることを説明しきれれば……保護はされるかもしれないけど、冤罪で椿さんを逮捕するということは無くなる、かも。
「ディセットくんの件についても、必ずしも悪いようになるわけじゃあない。もっと色んな機関が関わって、ちゃんと精査してくれるかもしれない」
「精査って言ったって……」
「お言葉ですが、結果的にはワーカーが無ければ打開できない場面はありました。ナルミも命を狙われている以上、ワーカーは必要では――」
「子供たちを守ってくれたのは、どれだけ感謝してもし足りない。けどね、手続きや段取りというものがあるんだ」
「そこにこだわってたら、助けられる人も助けられなかったかもしれないじゃないか」
「それは結果論だよ、ナルミ。もしそれが失敗していたら、全責任はディセットくんに降り掛かってくる。煩雑な手続きや段取りというのは、かかる責任を分散して個人を守るためにあるんだ」
……弱った。何も言い返せない。
ディセットはこの世界の人間じゃないから責任関係無いんじゃないか、とも思うんだけど、この世界の人間であるその場にいた僕らにも責任は降り掛かってくる。
それを防ぐためには先に適切な手続きを踏んでおいた方がいい、というのは至極当たり前の話。……リスクとかメリットとかとりあえず目先のことを考えて、もう少し深く考えなかった自分の考えの浅さを指摘された気分だ。
「……とはいえ、こうなってしまうと、ロボットを然るべき機関に渡して、というわけにはいかないだろうね」
「さっきと言っていることが変わっていますが……」
「さっきの話は、あくまでその時の対応のことだ。今、ナルミが命を狙われていて、その……ワーカー? が無ければ守れないというのなら、親の私としては現状維持をお願いするしかない……」
まさしく苦渋の決断とでも言うように、父さんは机の上で手を握りしめた。
「それと、椿さん。ナルミも」
「は……はい」
「僕も?」
「まずは警察に行って、椿さんの件を説明しに行かないかな。大人が間に入って、今の事態を説明できるナルミがいれば、信憑性も増すし冤罪になる可能性もより減るかもしれない」
「ああ、うん。じゃあ行く」
「え、それは……先輩に悪いのでは……」
「気にしないで。ディセットの言葉を借りれば、『どうせいつかバレること』だし、巨大な亀やら鳥やらのニュースが流れてる今、僕の見た目くらいは些細なことだよ」
別に報道機関だって何の裏取りもせずに適当ぶっこいてるってことは……無いわけじゃない……少ない……いや、多くはない……と思うけど、あれだけのニュースが流れたのなら、それだけの情報源や前提となる情報があって然るべきだ。
人間と
「時間はかかるかもしれないけど、これで動きやすくなるなら行くだけの価値はあると思う」
問題があるとすれば、この間に奴らの襲撃があるかもしれないことだけど……それが想定できる内は迎撃の態勢をすぐに整えられるし、警察への説明も楽になる。
いや、でもそれだと犠牲者が出る可能性も高いな。椿さんのご両親を無慈悲に殺すような奴らだもんな……やっぱこの案ナシで。オマケに連日連日の襲撃とかマジ勘弁。