融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「結局、あの大人を信用できないって話は何だったんだ?」
神足ハルオミがナルミとアリサを連れて警察に向かってしばらく。先の発言を思い返し、ディセットはカナタにそう問いかけた。
大人を信用できない。その言葉に対してはディセットも小さなシンパシーを感じている。しかし、ナルミの性格や社交性は、そういった不信をあまり感じさせないものだ。どうしても違和感は拭えなかった。
(……いや、たまに黒い発言はしていたが)
よくよく思い返せば、人類はあまり賢くないだのと皮肉げで斜に構えた発言は度々見受けられている。その辺りが、ナルミの心の不信感の発露だったのだろう。
あるいは、ディセットと会話がしっかり成立しているのは、同じ年齢だからというのもあるだろうか。
「うーん……半分はわたしのせいなんだけどー」
「カナタさんの? さっきの話、『お前たち』って言ってたし……カナタさんもそうなんじゃ」
「そうだけど、まあ、原因がわたしなのは変わらないしねぇ」
一方、カナタについてはまるでそのような素振りは見せなかった。それは彼女の性格ゆえのものなのだろうが、概ねナルミの言う事には追従してそれに沿っている。姉弟という血の繋がりも併せて、心根に同じ部分があるとしても頷ける範疇ではあった。
しかし、その理由がカナタ自身とは? ディセットは軽く首をかしげた。
「わたしは完全記憶とかできるから、ずっと成績良くってね、中学模試とかでも全国一位とか取れたりしたんだー」
(あれ……思ったよりレベルが高い話だな……)
学校というものに通ったことのないディセットだが、その大まかな意義や概略については知っている。日本のそれについても、調べればすぐに分かる程度のものだ。
その枠組みの中でとはいえ、国内で一位。現実味に欠ける話だった。
「……だから、なっちゃんも『お姉さんと同じくらいの天才』を期待されてたり~」
「…………」
「で、そうじゃないって分かったら、あとは掌返し。『お姉さんのサポートでもしたらどうか』なんて言われちゃったり……お父さんがいなかったら、なっちゃんグレてたかもしれないねぇ」
思わず、ディセットは苦虫を噛み潰したような顔をした。
遺伝子が同じだからと言って、同じ能力の人間が生まれるなどということは無い。環境や経験、ほんの些細な行き違いや、胎児期の栄養状態の差、ほんのわずかな微粒子に至るまで、その人間を構成するものの小さな差異で全くの別人になりうる。たとえ双子であってもクローンであっても、「全く同じ人間」など存在し得ないのだ。
適切な期待であればそれに応えようと努力の一つもできようが、ナルミにかけられたそれは全くも的外れだった。人の心を壊しかねない毒のようなものだ。それを間近で見せられたであろうカナタもまた、大人へ、あるいは他人への不信感が湧き上がっても不思議はない。
方向性やその重みは異なるが、勝手な期待をかけられて掌を返されるという経験はディセットにも共感できるものがあった。
(こんな心理状態で見ず知らずの俺を信じて懐に招き入れたのか、あいつ……)
豪胆だとも思うし、どういう情緒をしているんだとも思う。もちろん、カナタの語った件は数年も前のことだ。ある程度割り切ることができたのだろうと、ディセットでも察することはできる。が、この世界にやってきた時の彼の不審者具合は「割り切れる」という範囲を軽く超えている。まるで意味が分からないというのが正直なところだ。
ディセット・ラングランは異世界人そのものである。故に「この世界のしがらみと関係ない」という点についてはあまり自覚的でなく、それがナルミたちにとって一定の信用を得る一因となったことはには思い至らなかった。
「そんなだから、お姉ちゃんのせいなので~す」
「もうちょっと他人のせいの割合増やしていいと思う」
「あはは~」
少なくともディセットの目に、二人は仲の良い姉弟――見た目上姉妹――にしか見えない。カナタが気に病んでいると知れば、ナルミは必ずそのことを気にするだろう。
自覚しているのかいないのか、カナタは困ったような、あるいは悲しそうな顔を返すだけだった。
家に帰りつけたのは、どっぷりと日も暮れた頃合いのことだった。
警察との話し合いは難航を極め――るほどではなかった。未知の怪物の発見、各地で起きている怪奇現象、人体の変異……こういった事例については警察もある程度情報を掴んでいたらしく、「何やらヤバい事態が起きている」と漠然とはしていたが危機感を募らせていたらしい。
そこに情報提供は渡りに船だったとのこと。多少怪しまれはしたものの、僕と父さんが間に入ったおかげか、椿さんの扱いは「重要参考人」から「被害者家族」になり、当面の危機は脱した。まあ、場合によってはまた重要参考人やら容疑者の扱いに戻るんだろうけど……。
犯人はとりあえず、この融合現象によってやってきた、または変異した何者か、ということになった。切り傷から考えても、凶器はおよそ日本で流通しているはずのない刃渡り数十センチ以上、細身の刀剣類だ。椿さんが所持しているはずもなく、そんなもので刺していれば衣服も返り血まみれになっているはず、という見解だ。
"墜星"持ってきてなくて良かったと冷や汗を滝のように流したのは帰ってきてからのことである。
……で、問題はどちらかと言えば僕のことである。
「病院に連れてかれたぁ?」
「全身検査された」
警視庁としても重要なサンプルであるところの僕は、あっちこっち連れ回されて色んな検査を受けるハメになった。
レントゲンなどは当然として尿検査に血液検査にDNA検査、CTやらMRIまで含め色々だ。いくつか電気のせいで壊れてしまった機器もあったが、これは事前に通達していたためこちらに請求が来るということは無い……と思う。一応。
午後八時、僕の部屋。父さんが椿さんと姉さんと一緒に、葬儀や遺産相続などにかかる真面目な話をしている中、微塵も役にも立たない僕らはリビングを追い出されていた。
やることも基本無いので、あとはもうゲームしながら今日あったことの報告会だ。
「まあ、基本的なとこは網羅するだろうとして……例えば……その、ほら」
「……? ああ」
ディセットが頭の上で軽く二本の指を立てるジェスチャーをした。角のことを言っているらしい。
頷いて応じ、左の角に触れる。見た目には分かりづらいが、実はほんのわずかに先端が欠けていたりする。
「そりゃあ、こんなわけわからん器官真っ先に調べるよ。まあ……削ろうとしたら先にヤスリの方が壊れたけど……」
「強度おかしいだろ」
「ノコギリは引けば引くだけ刃がへし折れるし」
「強度おかしいだろ」
結論から言うとめっちゃ頑張って僕が爪でゴリゴリやってちょっと削った。
自分でも思う。強度おかしいだろこの体。
モニターでは巨大兵器が今まさに沈むところだった。
「何がヤバいって髪切れないんだよ。鋏が全ッ然入んない」
「どうなるんだそれ……?」
「こんな感じ」
試しに今、髪を一房持って鋏で挟んでみると、刃と刃の間に髪が入り込むだけだった。無理に完全に閉じようとするとそのまま壊れてしまいそうだ。
ディセットは思いっきりドン引きしていた。
「結構長いのに、これ髪整えることもできねえじゃん……」
「そうなんだよ……まあいいけど、違和感あるわけじゃないし」
「無いのか?」
「なんとなくね」
「神足ナルミ」としては違和感バリバリだけど、多分この体の元になった人物はこのくらいの髪の長さしてたんだろう。
まとめれば日頃の家事には特に邪魔にならないし、不便は……あるけど、いちいち気にするのもなんだか癪だ。とりあえず、普段は後ろでまとめてポニーテールにしておく。
椿さんはなんとなく知ってるような口ぶりだったし、時間がある時に聞いてみようかな。
「尻尾の鱗もちょっぴり取って検査に回してもらった。そっちは分析待ちだけど、血液とかレントゲンの方は今結果出てる」
「どうだった?」
「尻尾に骨通ってるし、なんていうか……見たまんまの骨格してる。角は頭蓋骨から直に生えてるし……なんか、『そう』なったんだなぁって」
「血液成分とかは? ……つーか刺さったのか? 針」
「刺さんない」
「予想してたけどさぁ……」
「こんなにぷにぷにしてるのに」
腕とか触ってみると、特にメチャ硬いとかそういうわけでもなくちゃんと人間の柔らかさだ。
ディセットにも触らせようとしたが、照れてやんの。減るもんでもあるまいし。女性への耐性よわよわか。すぐに画面に視線が移った。
「で、どうやったんだよ」
「気合」
「採血に精神論が必要って何なんだよ……!」
「皮膚の薄い場所とか探してどうにか血管見つけて……まあ、頑張った」
「で?」
「結果は、微妙。検査値が明らかにおかしい部分あったりするけど、そもそも未知の成分があったりするから基準値当てはめていいか分からないんだってさ。あ、でも父さんとの親子関係だけは立証できたよ」
「こんだけ見た目変わっててそこは大丈夫なのかよ。いや、いい知らせだけど」
ちょっと驚きなのと同時に、嬉しい誤算だ。こういう面で血縁関係が証明できるとあれば、同じ融合現象に遭った人もちょっとは安心できるかもしれない。僕が大丈夫なら姉さんも大丈夫だろう。
……まあ、遺伝情報はあくまで指標の一つだ。これで例えば血縁関係が否定されても、肉体が変異したせいだとも言い訳がつけられる。
この事実を悪用しそうな人間もいるとは思うが、そこは置いとく。そういう悪意に対応するのは警察なんかの然るべき機関だ。公的機関の負担が地味にえげつないことになりつつあるが、僕のような小市民は応援することしかできないので考えるのをやめた。お疲れ様です。本当。
「この調子ならそう遠くないうちにまた学校通えるように……いや、ダメか」
「ダメなのか?」
「学校が戦場になる」
「あー……ダメだな」
モニタの中で、ディセットが操作するロボットが超高速ブースターを使って戦場に突入していく。
思い出すのは、空間を裂いて現れた黒騎士の姿だ。あんな能力があるなら、朝だろうが昼だろうが夜だろうが、周囲の状況だって関係無く奇襲をかけることができる。
……僕は今後一生、あのわけのわからない連中に命を狙われながら生きていかないといけないのだろうか。そんな状態でまともな社会生活を送れるわけがない。組織に所属することだってできないし、下手をすると人通りの多い場所すら出歩けなくなる。街に出ている時に襲撃なんて受けたら惨劇じゃあ済まない。
自給自足で生きていく、とかしかできなくなるんだろうか。
「なんか腹立ってきたな」
「え?」
そこまで考えて、なんかムカついてきた。
他人に配慮するのはいい。普通に生きていく上でも大事なことだ。異常な電気や磁気を発する肉体なんてのは身体的特徴として、どうしても色々と考慮して動かざるを得ない。
ただ、何でその場に居合わせただけの人の命を当たり前のように奪っていくようなイカれた連中のせいで、強制的に配慮させられなきゃならないんだ? 僕、何も悪いことしてなくない?
よもや生きているのが悪いとかドラゴンなのが悪いとか――言うとも言わないとも知れないが、どっちにせよふざけんな。何で気軽に人殺すような異常者共のせいで僕が割りを食わなければいけないんだ。日陰でコソコソ普通の人間に配慮しなきゃいけないのはアイツらの方だろ。
「お……おい、電気出てるぞ」
「あ、ごめん」
気付けば、感情の高ぶりのせいか角と角の間で電気がバチバチと鳴っていた。
……良くないな。人前でイライラした姿を見せるのは。
「急にどうしたんだ」
「何で僕が一方的に命狙われないといけないんだって思うと、ちょっと」
「もっと早く怒ってもいいだろ、それ……」
あの戦いの時とっくに内心怒ってたし、それからずっと怒りを持続させるというのは精神的に負担だ。あと、状況が状況だったので感情的に怒るより先にある程度理性的な話し合いを優先したのもある。
今湧き上がってきたイライラは、改めて考えてみると、という部分が大きい。今日は大したことが何も無かったから……。
「あ」
「どうした?」
「……そういや、今日は変なこと起きなかったね。新記録だ」
「たった一日で新記録かよ……」
乾いた笑いが部屋の中に響くのと共に、画面でディセットの操作するロボットが敵を撃破した。
ストック等の関係上次回以降少し投稿ペースが落ちます。