融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「とりあえずワーカー乗せてよワーカー」
「は?」
何だこいつもしかしてバカだったのか? とでも言いたげなディセットのぬるい視線が飛んできた。
ちょっと待ってほしい。確かに一概にバカじゃないとは言い切れないが、これでもちゃんと考えはあるのだ。
「コックピットの中で電波を反響させてもコックピットの中のことしか分かんねえだろ……」
「それはそうなんだけど、そうじゃなくて」
一瞬その考えに至らず「最強の野生生物に人間の知能乗ったら無敵じゃね?」とクッソ調子に乗ったことを考えていたのは忘れておく。
人類は愚かであるがゆえに都合の悪いことを忘れがちだが、僕もまた愚かな人類の一人なのだ。
いいんだよ。忘却もまた生存戦略の一種だよ。
それはそれとして、ワーカーが必要な理由だけど――。
「移動のための足」
「俺の愛機が自家用車代わりの扱いを受けている」
「……平和利用ですよ」
「
流石にタクシーとして利用してる人はあっちの世界でも珍しいだろうが、今の日本で最も速く、最も隠密性があって安全な移動手段であることには間違いない。オマケにタダだ。*1
誰一人として免許も乗用車なども持っていないこの場において、これほど頼りになる移動手段も無い。
ディセットは仕方無さそうに頭をがしがしと掻いた。
「……晩飯のリクエスト聞いてくれ」
「オッケー」
よし、交渉成立。
なお、本日の夕飯はハンバーグになった。
「時間も遅いけど、カナタさん戻って来るまで待ってから出るか?」
「や、それが……多分姉さん10時前くらいまで帰ってこないと思う」
「は?」
「医学部って毎日授業遅くまであるんだよ」
理由は単純。姉さんが医大生だからだ。
うちから帝都大まで公共交通機関を使っておおよそ一時間。なので家を出るのもやたら早い。大学の時間割はギッチギチで、午後8時過ぎまで講義がある。そこから帰宅……なので、余裕を持って見ても、帰宅は10時ごろ。姉さんはそういうのしてないけど、中には大学に泊まり込みで勉強している人もいるくらいだとか。そのくらいには厳しい界隈で……友達付き合いもあるので、当然だが帰宅時間も一定じゃない。たまに友達の勉強会に付き合う必要があって帰ってこないこともあるし。
僕は普段特別にやることも多くないので、必要に応じてお弁当を届けに行ったりもしている。
今の時間がおおよそ午後6時前。姉さんはあと3時間は帰ってこない計算になる。その間にレーダー霊術を試しつつ……ついでに姉さんを迎えに行くのってアリかな? ダメか。帝都大なんて人の多い場所じゃ目立ちすぎる。
「……た、大変ですね。話には聞いてました、けど……」
「医師となれば学ぶべきことも多岐に渡ろう。立派なことだ」
「じゃあ、しょうがない。待たずに出るか」
というわけで、まずは近場から探索することにした。
陽が傾いている時間帯だ。あの鳥といい黒騎士といい、どうにもこういう光景には嫌な思い出が多い。呼べば来るとはいえ近場にあるに越したことはないし、"墜星"はコックピットに乗せていてもらうことにした。やはり刃物が近くにあるせいかディセットは死にそうな顔をしていた。
さて、どこでまず調査を始めるかだが……とりあえず、目標はビルなどの屋上だ。基本、安全管理上の問題で出入り口が閉鎖されているので見つかりにくいからだ。大抵のビルは犯罪対策で屋上に監視カメラなどを設置しているが、その設置場所も限定されている。例えば給水塔の上まできっちり監視しているということも無いはずだ。
というわけで、やってきたのは……うちのマンションの屋上だった。
『近すぎるだろ』
「しょうがないじゃないか。遠出するのも結構リスクあるし」
あと単純に見知った場所だし、グリムさんを見つけたのもこの辺りだ。市内全域までカバーできるかは分からないが……まず試してみるなら近場からだろう。
軽く手を前に出し、エーテルと電気、磁気……電磁波を目分量で混ぜ合わせていく。ぶっちゃけカンでしかないが、やってるうちに徐々に記憶が刺激されてできるようになる……と、思う。
『ヴァ……ナルミ、儂が手ほどきをせずとも大丈夫か?』
「一度試しに自分ひとりでできるとこまでやってみますから、ダメだったらその時にお願いします」
『うーむ……承知した。だが、我ら竜族の霊術で最も肝要なのはイメージだ。それを
「はい」
人から教えてもらうのも悪いことではないものの、自分で気付きを得た時の方がより身につく……というのが経験から得た持論だ。まずは一回やってみることにする。
現在探しているのは、グリムさんや僕と同じ竜族のお姫様だ。体内には
確か、レーダーで使われてるのはマイクロ波だっけ? 電子レンジでもこれが使われてるあたり、ちょっと怖いな。雑にやると人死にが出そうだ。
「出力は最小限に……でもできるだけ広範囲に……」
……イメージ。できる限り人に影響を及ぼさないように……。
これで、放出。そう考えるが早いか、小さな音を立てて、眼の前に展開していた電気の球が弾けて電磁波が周囲に伝播した。
さて。
レーダーと言うからには電波を送信するだけでなく受信する側も必要になるのだが、当然人間にそれを受信する、感じ取る器官など無い。
だがそこは生態から電磁操作能力を持っている生物のドラゴンである。なんか僕は普通にそれを受容できた。多分人間に無い器官であるところの尻尾とか角とかがその役割を果たしているんだろう。
(ん……思ったより多いな)
結論から言うと、エーテルの反応それ自体はかなり明確に感じ取ることができた。近い位置から、竜族として常にエーテルを放出し続けているグリムさんの反応と、人間にしては規格外とも言える椿さんの反応。薄く大きなものはワーカーだろうか。で、この……ゾウリムシサイズの反応はディセットかな……? 体内のインプラントにD粒子が使われているとかで、ごく僅かに反応が生じているのだろう。
他にも多数、周囲にエーテルの反応が感じられた。やはり、霊術の世界からこちらにやってきている、ないしはすでに融合してしまっている人は結構増えていると見える。
肝心の竜族の反応はここら一帯には無い。いてくれれば話も楽だったのに、まったく。
「この辺にはいないね。次行こう」
「もう分かったのか?」
「漠然とだけど」
光学迷彩で姿を消したワーカーのコックピットが開き、中から椿さんが手を振って誘導してくれる。
やっぱりこの突然空間がパッと開くの、見た目的になかなか慣れないな。そんなことを思いつつ体を滑り込ませると、コックピットのモニタには
「これは?」
「今の電波から推測される効果範囲だよ。やっぱ破格だな」
「これはどのくらい広いのだ?」
「……だいたい……半径5km以上でしょうか」
「なんと」
どうやら市内はだいたい範囲に入っているらしい。下手するとよその市もか。一人の人間が行っているものと考えると、破格ってか異常な広域をサーチできてるだろう。
「でもワーカーのレーダーのがもっと広い範囲探知できたりしない?」
「軍用のレーダーと張り合うなよ……」
「これならレーダー使った方が早そうだよ」
「人間大になるとそこまで精度良くねーの」
そんなもんなのかな? ディセットが言うならそんなもんか。
そもそもこのワーカー、ドラゴンを含む対イーバ用だろうし、装備もそういう風に調整されている。じゃあ、人間を対象にしたら大雑把なことしか分からなくて当然なのだろう。多分。
ともかく、できると分かったならあとはこの要領でどんどん調べていくだけだ。
二箇所目は隣の市に向かった。こちらでも特別な反応は無い。
そもそもだけどこの現象、必ずしも人間同士が結び付いているわけではない。実例がドラゴンと融合している僕だ。だから霊術の世界の巨獣と融合しているような人もいるようで、「体内にエーテルがある」という限定された条件だけでもそこそこの数が該当した。竜族は……やっぱりいない。
三箇所目も同様。四箇所目のサーチを始める頃にはコツをつかめたので話しながらでもできる程度には余裕ができていた。そこで思わず、ため息と共に懸念が漏れる。
「……こんだけエーテル持ちの人が増えたら、犯罪も増えそうだね」
『は? 何でだよ』
「身体能力が急に上がった人が増えるでしょ?」
僕ほどじゃないだろうけど。
どうも、姉さん然り椿さん然り、エーテルと生体が結びつくとやたら身体能力が向上している。それこそ、軍人で鍛えてるはずのディセットに腕相撲で勝てるくらい。上がり幅については人それぞれだろうけど。
走れば車よりも速く、腕力はゴリラ以上。そんな能力を悪人が手に入れたらこれ以上無いくらい増長するだろう。
それに、グリムさんや椿さん、ディセットはたまたま善良な人たちだったから良かったものの、彼らは意図的に混乱を引き起こそうとすればできるほどの特殊能力がある。
霊術は当然として、インプラントも現代社会では脅威だ。技術格差が大きすぎてハッキングもクラッキングもやり放題……これを悪意を持って使うような人がこっちの世界に来たりなんてしたら、既存の治安維持組織で対処できるか不安な所がある。
「大半は犯罪なんて考えないだろうけど、中には倫理観のタガが外れてる人もいるだろうし……異世界からこっちに来る人も、善人ばかりとは限らない」
『しかし、悪人ばかりとも限らぬ』
『それならそれでいいんだがな』
「最悪は想定しとかないとだしねー」
みんな問題なし、いやぁ良かった良かった――で済めばいいんだけど、現実はそうもいかない。100人もいればそのうちの1人は悪人が混じっていることもあるだろうし、過剰な力で目が曇り、道を踏み外す人もいるだろう。人間の理性は弱い。
「鉄のような理性を持ってる人間ばかりじゃないから、ディセットみたいに操縦中にソシャゲしてることだってありうるんだよ……」
『ほ……掘り返すなよその件は……』
『永遠に言われるでしょあんなの』
基本、操縦しかすることの無いディセットは待っている間は暇だ。なんなら、戦闘に適応しすぎている彼はただ移動のためにワーカーを操縦するだけの状況も「暇」だと認識しているようで、インプラントを使って頭の中でソシャゲをしていた。僕らがそれを知っているのは、たまたま混線してモニタにゲーム画面が映り込んだせいだ。椿さんは割とガチめに軽蔑してディセットの評価をいくらか落としたようだった。
さて、治安については今言っても仕方ないし、そういう方向について考えるのは治安維持組織の領分だ。警察だって自衛隊だってバカでも無能でもない。早急に対応しないといけない事態なのは認識しているだろうし、当然そういう事態なりの対策は打ち始めているはずだ。
まずは特殊な事態に合わせて動けるよう環境を整える。法整備も既に色々始まっているだろうし、自分勝手な人たちが笑っていられる状況も長く続きはしないだろう。
人間が愚かなことは他でもない人間が一番よく理解している。
そう自分を納得させているうちに、電波によるサーチも終わった。結果が情報として頭に流れ込んでくる。
「……ん? んー……」
『何かあったか?』
「いや。大きい反応はあるけどやっぱ竜族じゃない」
『大きい反応?』
「なんかこう……物理的に……」
僕みたいに小さな肉体に押し込めたのとは違う、それこそ単純に大きな……山のように膨大なエーテル反応。しかし、継続して放出し続けているわけではないので竜族とは違う。まーたまたまたハズレだ。
と、思ったところで気が付いた。
これ、霊術の世界の巨獣やん。
そちらに目を向けてみると、何やら巨大な影が蠢いているのが見えた。
流石にビル群より大きくは……ないと思うけど、ここまで小さな足音が聞こえるあたり相当なものだろう。
冷や汗が流れるのを感じた。
『巨獣ではないか!!!』
『おいやべーぞナルミ!?』
「……お、おう」
しまった……竜族のことで頭がいっぱいになりすぎて、もっと別のことを完全に見落としていた。
『まっすぐ街の方に向かってます。先輩!』
「分かってる!」
このまま放置していたら大惨事だ。椿さんの促す声に応じてワーカーのコックピットに乗り込む。
流石に警察や自衛隊が何の対策もしてないなんてことは無いだろうけど……近くまで来て、知ってて見ないフリをするというのも気分が悪い。普通の人に霊術は使えないしワーカーだってこの世界には無いんだ。
まったく、なんて日だ。やっぱり夕方に外に出るとろくなことが無い!