融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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22.不調と技術提供

 

 

「――驚いたな。この距離で気付くかよ」

 

 神奈川県、山中。搭乗したワーカーの中でドローンから送信されてくる情報を分析しながら、カナールPMC社員マクシーム・ストロエフは瞠目した。

 距離にして15km弱。先日の襲撃の折に半壊したアヴィオールから乗り換えた、射撃戦用ワーカー「ルクバト」。そのスコープがガルデニアを捉えた瞬間、大気中の電磁波が逆にルクバトを、正確にはそれに搭乗するストロエフと、彼の有する()()を捉えたのだ。

 超自然的存在、イーバ・ドラゴン。個体名を「ユピテル」とする木星のそれは、D粒子を介して電気と磁気を己の意のままに操る。既にこの世界の大気に混ざり、充満しつつあるD粒子(エーテル)は、ドラゴン(ユピテル)をその身に宿した人間にとって我が身の一部のように扱えるようになっていることだろう。

 故に、世界にとっての異物であるストロエフをより鋭敏に感知する。こうなることはある意味では想定の範疇ではあった。

 

(あのクソ騎士気取りが、余計な手出ししなけりゃあるいは……いや、言いっこナシか)

 

 黒騎士。そう名乗った協力者の片割れをストロエフは思い出す。血気に逸った彼は、指示も待たずに竜族(ドラゴン)の討伐に走った。それが未だ戦闘について無知だったはずの少女の覚醒を促す羽目になったのは――ある程度想定すべき事態ではあった。

 ストロエフたちはドラゴンを全て殺すことを目論んでいる。結局のところ、いずれはぶつかり合うことになるだろう。能力の覚醒にしても早いか遅いかの違いでしかない。

 

「機を見計らうかね……」

 

 手段を模索する必要がある。そう断じた彼は、ルクバトのジェネレーターを落とし、機体を「闇」に沈める。

 山中には、影一つその存在の痕跡は残らなかった。

 

 


 

 

「ごめん、ちょっとトイレ……」

 

 以前のように隠れながら神足家に帰宅した直後、緊張の糸が切れたナルミは顔を青くしながらトイレに駆け込んだ。

 まさか漏らしたのか? ディセットはそんな不躾なことを考えて首をひねるも、数秒後に聞こえてきた小さなえずきが彼の考えを否定した。

 

「吐くようなことあったか?」

「あるでしょ」

 

 高速軌道のGによる負荷、横揺れの振動、いずれもナルミの三半規管にダメージを与えるには至らないはずだ。それとも、平気だ余裕だと言いつつ、充電や磁力の操作が負担になったのか。そう困惑するディセットに冷水を浴びせたのは、ある程度ナルミの心理状態に心当たりがあったアリサだ。

 

「いくら怪獣みたいな相手でも、眼の前で殺される動物見て平気でいられると思う?」

「そ、そうだな……」

 

 生き物を殺すというのは、一般的に強い忌避感を抱く行為だ。たとえそれが必要なことだったとしても、眼の前で生き物が死ぬ、その片棒を担いだというのはナルミにとっては少なからずショックだったのだろう。

 人を殴ると吐いてしまうと言うほど繊細な感性の持ち主だ。被害者のいないゲームなどならともかく、現実で目の当たりにしてしまうと一定以上に負担であるようだった。

 

「あたしはあんたが平気な顔してるのがちょっと怖いけど」

「害獣駆除と怪獣退治は慣れてんだよ俺は」

 

 リビングの椅子に腰掛けながら、ディセットは自分の経てきた戦いを思い返す。

 初陣でいきなりイーバの大群と戦うハメになったこと。東洋系企業西門(ジーメン)の不祥事に端を発する金星事変で捨て駒同然に扱われた時、ヤケになって戦い通したらドラゴン討伐の立役者になってしまったこと。無補給で戦わざるを得なかった軌道エレベーター防衛戦の三日間。主力部隊の弾除けに使われたもののギリギリで生還した火星のレッサードラゴン討伐戦……。

 

(ロクな思い出がねえ……)

 

 いつ思い返しても元の世界に良い思い出が無い。ディセット()その窮地を切り抜けることができたが、部隊の犠牲者は常に多数。誇張無く、彼は命のやり取りに慣れきっていた。そして慣れきっていなければ死んでいた。

 そして命のやり取りをしていない時期がほぼ無かった。ディセットは帰りたくなさすぎてそっと涙をこぼした。

 

「お前は?」

「開拓者はそういう仕事……」

 

 急速に覇気が萎み、か細い声音になって本を読み始めるアリサも、巨獣を相手に生存競争を繰り広げていた人間だ。

 今の彼女はどちらかと言えばこの世界の「椿アリサ」の色が濃く出ているが、既に精神も記憶も分かち難い状態にまで融合している以上、「筆頭」とすら称されるほどに繰り広げた戦いの経験も備えている。今更、巨獣の死にざまに対して怯むことは無かった。

 

「でも、先輩……この前の黒騎士を結構ボコボコにするくらいはしてたような……」

「黒騎士とな? アリサ殿、その名をどこで?」

「先輩が少し……」

「ならばこの話はナルミが戻ってからにしよう」

「……で、あの鎧野郎をナルミがボコしてたって?」

「まあ……」

 

 互いの正体すら知らない中でありながらも、綺麗に連携を決め、黒騎士を撃退したのはアリサの記憶に新しい。

 しかし、この情報はディセットが一度耳にした「人を殴ろうとすると吐くほど気分が悪くなる」という話と矛盾する。

 ディセットは当時の戦闘の様子をほとんど確認できていないため、先入観から適当に敵の攻撃をいなしていたものと解釈していた面がある。

 

(違和感があるが……)

 

 軍人であるヴァルトルーデ(なにがし)の記憶がしっかりと根づいているなら、先の巨獣討伐はショッキングな光景でこそあっても吐くほどのものではない。

 つまり、ナルミは記憶と人格に大きな影響を受けていない、そのはずだ。その上で人を殴れるというのなら、考えられる理由はいくつか存在する。

 単に時間の経過でいつの間にか克服していた。

 敵が鎧姿というあまりに非現実的な外見だったために「人」と認識していなかった。

 命の危険に反応して脳がそれどころではないと割り切った。

 そして、可能性は低いが――ある種のトランス状態に陥り、半ば自動的に動いていた。

 

(……まあ、ナルミが自分の身を守れるなら何でもいいか)

 

 そこまで考えたところで、ディセットは細かいことを考察するのをやめた。

 そういったことを考えるのは彼の仕事ではない。重要なのはナルミ自身がどう思っているか、自衛ができるかどうかだ。

 心の問題はそれを抱えている個人にしか解決できない。ナルミがそのことに言及してくるならともかく、今の段階ではただの下衆の勘繰りに過ぎないだろう。

 ディセットはそっと今の考えを脳内アーカイブの奥に放り込んだ。

 

「ともかく助かった。普通に戦うんじゃ今よりもっと被害出てただろうし、なんとかなって良かった」

「あんたに素直にお礼言われると気色悪い」

「素直に言った礼くらい受け取れよ」

 

 少なくともディセットは変に素直に礼を言わないような性格ではないと自認している。

 礼のひとつで相手の気分が変わることはいくらでもある。その程度で変に仲がこじれて戦場に影響を及ぼすよりは、プライドのひとつくらい投げ捨てて素直に礼を言う方がよっぽどマシだと彼は考えていた。

 

「ナルミも……まあ今言っても仕方ないか」

「先輩は変に気を遣うでしょうね」

「磁性が失われてるはずなのにあんだけ被害軽減できるのは流石……って言いたかったんだが、やっぱマズいか?」

「磁性が失われ……とはどういうことだ、ディセット?」

「……鉄って融点まで温度上げたら磁性消えるんだよ」

 

 意表を突かれたように、アリサは小さく声を上げた。

 磁性体は特定の温度に達すると特性を失うことがある。その多くは融点より低い温度だ。よって、グリムが溶かした釘が磁力に反応することは本来無い。

 磁化することで再度磁力に反応するよう加工することも可能だが、そうした「加工」について、戦場の中で即座に思い至るとは限らず、また、アリサも実際にそうした現象があることを今の今まで忘れていた。

 ディセットは頭の中にいくつかの可能性を浮かべた。小首をかしげているグリムに一度問いかけた方がよいのではないかという思いもあったが、彼は一旦内心の部分で置いておいた。

 

「あー……と、このことはナルミには言わないでくれ」

「途中で言いかけてやめるのはいかがかと思うがのう」

「色々ワケありで……」

 

 グリムの話を信じるなら、霊術において重要なのはイメージだ。

 エーテル量やその操作法についても習熟が必要なのは事実であろうし、そのことについてとやかく言えるほどの知見も無い。しかし、もしかすると今回の事例はナルミがうっかり鉄の磁性と温度との相関について忘れていたからこそ、磁力を付与できたのではないかという考えがあった。

 常識や知識が、逆に能力を縛る。想像しにくい話だが、ことドラゴンに関してはそういうこともありうると彼は睨んだ。

 

「う~……」

 

 そうこうしているうちに復調したらしいナルミが部屋に戻ってくる。そこで、ディセットは明らかにその髪艶が落ちていることに気付いた。

 ナルミの髪色は銀色に近い白だが、平時はほのかに月の光のような燐光を帯びている。本人は気付いていないようだが、機嫌や気分によって、それこそ月の光や雷光の色のように微妙にその色味も変わる。恐らくは体内の電気の作用だろうが、その光が今はひどく薄い。気分が悪いことに嘘は無いようだった。

 

「調子悪いなら先に寝た方がいいんじゃないか?」

「吐いてスッキリしたからとりあえず大丈夫……」

 

 あまり大丈夫には見えない。

 ナルミ以外全員の意見が一致した。

 

「姉さんが帰ってくる前に夕飯は作ってしまわないと……」

「いや、やめとけよ。別にカナタさんも怒りはしねえって」

「でも、僕の役割だから」

 

 役割などと大袈裟な、と思いつつもそういうものなのかとディセットは適当に納得することにした。

 カナタもナルミがいなければ食事ができないというわけではないだろうが、何か作業をしていた方が気が紛れるということはあるだろう。頭を「日常」に切り替えるのに、日頃やっていることに徹するという例は多くある。戦場がほとんど日常と化しているディセットだが、人伝にそういった話は聞いていた。

 

「あ、先輩……あたし、手伝います……」

「え? いや、いいよ。台所も広くないし」

「でも、ハンバーグ……なんですよね、確か……」

「……じゃあお願いしようかな」

 

 ディセットは出発する前の自身のリクエストを後悔した。

 ミンチを見て体調を崩したのにミンチを調理させてどうするというのだ。

 

「俺、もしかして迂闊なリクエストしたんじゃ……」

「あんな事態など予測できぬだろう」

 

 どうせ何か妙なことが起きるだろうという、悲観的でともすると偏執的な予測を立てていたナルミがおかしいだけで、異質な出来事が起きることを前提に外出する人間は稀だ。

 そのナルミの心理状態にしても、立て続けに戦闘に巻き込まれるような事態が起きてしまったが故の心の防衛機制という側面が強い。

 

「それよりも儂らはこの先のことを考慮すべきではないか?」

「これから先ってーと……これからもああいうモンスターが現れることとか?」

「そうだ。貴公らの話を聞く限り、この流れはもはや避けられん」

 

 小さな罪悪感で浮き立っていたディセットの頭が急速に冷えた。

 自分たちがどう対応していくかというミクロな話ではないことは、グリムの発言から容易に推測できる。

 

「今回は我らの助力で幻象の対処はできた。しかし、また同様に巨獣が現れたとして、この世界の戦力で対応しきれるのか?」

「被害を考慮しなきゃいけるとは思う」

「どの程度の被害だ?」

一区画壊滅(このくらい)

 

 現在のグリムの肉体は機械の世界のインプラント技術が用いられている。

 ディセットが空中を滑らせて投げ渡した被害予測を受け取って目を通すと、苦虫を噛み潰したような表情でグリムも頷いて返した。

 

「……うむ」

「流石にあの象ほど強いヤツは出てこないだろうが」

「うむ……ん? それは……そうだが……」

 

 ほとんど戦いを一方的に進めていたディセットが強い弱いを語ることに釈然としない気持ちを抱えながら、グリムは続ける。

 

「やはり、貴公が持っている鉄の巨人のような戦力が、この世界には必要なのではないか?」

 

 深い溜め息と共に、ディセットは目を瞑って椅子の背もたれに体重を預けた。

 そのことを彼も考えなかったわけではない。ナルミたちの父、ハルオミに指摘されて以降は常に頭の片隅で意識せざるを得なかったことだ。

 ワーカーはこの世界においては完全なオーバーテクノロジーだ。しかし、ドラゴンを内に宿すナルミや竜族の出現によって既にD粒子(エーテル)が満ちつつある現状、この世界でそれを再現することは決して不可能なことではない。設計図はあるし、技師だというモニカ(なにがし)の記憶を持つカナタに手伝ってもらえば更に正確に情報をまとめられるだろう。

 しかし、その技術が広まるということはすなわち、現在よりも遥かに高度な()()の技術が広まるということだ。

 

「……ワーカーは兵器だ。下手をすると戦争の火種になりかねないぞ」

「だが、現有戦力では一般市民を守りきれん」

「戦争になれば、更に大勢の人が死ぬだろ」

「今の戦力でも戦争が起きる時は起きる。そして、下手をすれば戦争の前に人類が丸ごと滅びる」

「そこまで大袈裟な話か?」

「大袈裟な話だ」

 

 こうまで断言されたことで、ディセットはより深いところまで思考を進めることにした。

 互いの意見が食い違っていることの大きな原因は、出身世界が異なることから来る認識と意識の相違だ。ディセットのいた世界はイーバという外敵こそいるものの、人類同士の戦争が根底に存在し、経済活動には常に企業同士の利権が絡んで複雑怪奇な様相を呈している。ともすればイーバの襲来すら経済活動の一環という認識すらあるほどだ。

 対してグリムのいた世界は、人類の生存圏が極めて制限された巨獣のはびこる野生の楽園。そこに利己的な人間は必ずいるだろうが、根本的なところで協力し合わなければ人類がそのまま滅びかねないほどの魔境。そこで長く暮らしていたグリムの巨獣に対する知見も深いため、単に脅威度という点ではより正確に理解しているだろう。将軍という立場にいたのならば尚更だ。

 こうなると、ディセット個人としてこれを否定する理由は無い。同時に、これを今すぐに肯定するわけにもいかない。

 

「……タイミングは見計らう必要がある、と思う」

「いや、今すぐ動くべきだ。あれだけの巨大な機械、一機製造するだけでも相応の時間がかかろう」

 

 その後しばらく、二人のやり取りは続いた。

 しかしながら、どちらが正しいという話はない。過度な技術発展によって戦争が起きることを危惧するディセットの考えも否定しきれるものではないし、このままでは一般市民に多数の被害が生じると危惧するグリムの考えも間違ってはいない。

 重要なのは双方がある程度納得できる妥協点を探り、その上でこの世界との兼ね合いを考慮して選択することだ。

 しかし、この兼ね合いの見極めは非常に難しい。この場にこの世界の人間であるナルミもアリサもいないのではほとんど無理というもので、二人に出せる結論は「先送り」というものだけだった。

 

「随分悩んでるね」

「ん……」

 

 いくつかの皿を抱えて戻ってきたナルミは、二人の心情を察してそんな言葉をかけた。

 あくまでマンションの一室のため、キッチンにいたとしても議論の内容は多少なりとも聞こえてくる。聴力も高いナルミならば尚更だ。

 既にその顔色や髪の艶は元に戻っており、普段ディセットが目にするような落ち着いた青く淡い光が浮かんでいた。

 

「悩みもするさ……技術を広めりゃいいってワケじゃないし、かと言ってワーカーや、それと同程度の戦力が無いと巨獣には対応できない……」

「儂はすぐにでも必要だと思うのだがなぁ……」

「そのことだけど、ちょっといい?」

「どうした?」

 

 ナルミは少し考え込むような様子を見せると、言葉を選ぶように何度か目を瞬かせる。

 彼女は机の上に全ての皿を一度並べると、やはりわずかに悩むように指を何度か回した。

 

「融合現象によって現れる巨獣の種類はランダム。場所もランダム……僕たちの知らない場所でも結構な数現れてると思う」

「まあ、そうだろうな」

「空は当然として、水中。もっと言うと、海中で大量に巨獣が現れる可能性は高い、よね?」

「……海?」

「海運業と空運業、大変なことにならない?」

 

 ――ディセットとグリムの意見が、「今すぐ技術提供しないとまずい」という方向で一致した。

 

 

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