融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
日本という島国において、輸入品が生活を支えている割合は低くない。
燃料の高騰によって日用品が値上がりするという事例も記憶に新しいが、今回の件は確実にそれ以上の大規模な影響が出る。シーレーンが寸断されればそう遠くないうちにこの国は干上がってしまうだろう。
そんなわけで、グリムさんとディセットは今までの紛糾した議論は何だったのかというくらい爆速で話をまとめて一通りの決着をつけ、夕食も比較的和やかな空気の中で始まった。
「ほう、美味い! 儂らの世界よりはるかに洗練された味をしておる」
「それは……あの……あちらの世界が野趣に溢れすぎているのでは……」
グリムさんの反応は上々。どうやら、霊術の世界もあまり食文化は発展していないらしい。
当然といえば当然か。食文化の充実は安全で安定した生活があってのものだ。使える土地も食材も限られているのだろうから、発展の余地がろくに無い。
「……なんかハンバーグ焦げてね?」
「たまには僕も失敗す」
「あたしが失敗した」
手伝ってもらったのは僕だし、責任はこっちで被っておこう。
……と思ったら、椿さんがピシャッとそれを横から断ち切った。
「正直に言わなくても……」
「正直に言わないと……先輩が誤解されたままになるので……」
「それでいいんだけど」
「なぜ……!?」
そもそも、別に来客に出すわけでもないし自分の評判に関わるわけでもないんだから、誤解されていようが大した問題じゃないし僕自身は大して気分を害することは無い。どちらかと言えば椿さんに嫌な気分をさせてしまう方が問題だ。
「何だ、アリサは料理苦手なのか?」
「あたしが苦手なんじゃなくて……先輩が上手いだけ」
「それほどでも」
実家暮らしで日頃料理を作る機会が無ければ、料理を焦がしていまうということは普通にありうることだ。ある程度慣れている人でも、いい加減な作り方をすれば多少の焦げができてしまうことは普通にある。
また、わざと焦げを作ることもある。メイラード反応と言って……まあ、具体的な理屈はいいや。人間の味覚は香りにも強く影響を受けるため、焦げている方が美味しいということが往々にしてある。
そういう意味では、この焦げも旨味のもとと言えよう。
……という説明も少しだけしておいた。
「ナルミは普段からこのような料理を?」
「はい。姉さんが朝早くて夜遅いので」
「他の家族は?」
「父は……単身赴任、母は亡くなってます」
「……よくやっておるな」
「僕がやりたいだけですよ」
単身赴任、という言葉が通じるか不安だったけど、ディセットのような翻訳デバイスでも入っているのだろう。ちゃんと意味が通じたことにほっと胸をなでおろす。
今更だけどグリムさん、普通に日本語通じるんだよね。肉体の半分は機械の世界の子供のようだし、翻訳デバイスと僕らが時々やる「肉体の記憶」との合せ技だとは思う。
……しかし便利だな。あの手のデバイス。体質的に僕は導入できないけど。純粋に硬すぎて手術できないし、常時強力な電気が発生してるから壊れるという斜め上の理由で。
「……妙に料理が上手いと思ったら、そんな事情が……」
「アリサは知らなかったのか?」
「……ご家庭の事情に安易に踏み込めるわけない、でしょ。同じ生徒会でも……」
家庭のプライベートな事情というものは、よっぽど親しくないと基本的にはアンタッチャブルなものだ。
その昔、親しいクラスメイトの佐々木くんがある日突然松本くんになっていたときも僕は触れることができなかった。それくらい繊細な問題である。
「生徒会って……
一方、ディセットは何か違う部分が引っかかったようで、神妙な顔でそう切り出した。
「あの、ってどの?」
「教師よりも時に立場が高く、経営や学校運営に口を出す権限があるというあの」
「先輩……この人何から知識を吸収してるんですか……?」
「多分アニメ」
ソシャゲのやりすぎとアニメの見すぎでジャパニメーション特有の価値観に感化されてしまっている。
そりゃまあ、こっちの文化に早く馴染めるようにという思惑もあって勧めた部分はあるけど……ドハマリしすぎだろ。
「そんな権限は無いし僕らも大した役職じゃないよ。椿さんは書紀で、僕は会計」
「……通称不正会計殺し」
「何だその物々しい二つ名は」
「ちょっと待って僕それ知らない」
本人の知らないところで変なあだ名が付けられてる!
誰が考えたんだよコレ! 会長か!?
「……帳簿をチラッと見ただけで、過去年度の会計誤りを見つけ……部費の不正請求を根絶したことで、こっそり裏で……」
「は?」
根絶ってそんな大袈裟な。
変な部を立ち上げたりして使う金欲しさに部費を請求しようとする人が減ったのは確かだが、特別にペナルティがあるわけでもないので、水際で食い止めないと結局不正な請求をしてくることには変わりない。
それに、仮に僕が抑止力になっているとしても、それって要は僕がいなくなれば何も抑止できなくなるってことだ。そういう意味では、全く根本的な解決にも根絶にもなっていない。
「お前相当おかしなことしてないか?」
「このおかげで……先輩は、会計以外になれそうになくて……」
「な、なぜ……?」
「……選挙でほぼ確実に負けるから……」
「知りたくなかったそんなの……」
負けるんだ僕。
知らないうちに副会長や会長になる道が閉ざされている……。
「『あいつは会計が一番輝く』と副会長が……根回しも……」
「松本ォ……」
根回しまでしてるのかあいつ……。
これはこれで評価はされているんだろうけど……。
(まあ、そういう役目を求められているなら仕方ないか……)
学校に行きたくともしばらくは無理だろうし、今これについて気にしても仕方がない。諦め含みだが、とりあえず今はスルーしておくことにする。
「ところでだが」
「はい」
「黒騎士についての話だ」
ピリッと少しばかり空気が引き締まるのを感じる。
……姉さんにも情報共有はしておきたいんだけど、時間的にまだ帰れないので仕方がない。後で言っておこう。
「彼奴らは……ある国に仕えていた精鋭部隊だ」
「部隊? あんなのが大勢いるのか!?」
「使ってたのが霊術じゃないし、あんなのばっかりじゃないと思うけど」
エーテルではない別の何かを使ったり、どの世界でも実現されていないはずの空間転移のような能力まで使う……もし仮にそんな人材がいるなら、椿さんもありえないなどと断言はしないだろう。
「その国は?」
「10年ほど前に滅びた。この黒騎士部隊の壊滅によってな」
「じゃあ、奴はその生き残りか?」
「恐らく――いや、間違いない」
ディセットが空中に指を滑らせ、画像を共有したらしい。グリムさんの疑念が確信に変わった。
いいな。便利だなぁアレ……。
結局は電波や電気の作用なんだし、僕の霊術で何とか再現みたいなことできないかな?
……いや無理か。無理だろうな。電気だけでものを表示するようなことはできないし、最低でもディスプレイのような媒体は無いと。
電気を操るって言っても、電化製品でできることが何でもできるわけじゃあない。モニタが無ければ内容は映し出されないし、冷媒が無ければ冷蔵庫の中身は冷やせない……みたいなものだ。
電子回路を再現することくらいはどうにかなる……だろうか。相当精密に術を使う必要があるだろうから、ちょっと非現実的だけど。
と、まあ、そっちはともかく。
「死体を利用しているという可能性は? 胴体を両断されてもくっついてましたし」
「……いや。パイロットが『先走った』と言ってた以上、自由意志はあるはずだ」
まあ、そうじゃないと電気も通用はしないか。
「しかし、何でアリサはこんな重要なこと知らないんだ?」
「流石に、10年前のことまではちょっと……それを言うなら、むしろ
「帝国の防衛に関わることであるから、将軍の間でこういった話は共有しておる」
「そりゃそうか」
でもこれ、半分くらい軍事機密じゃない?
……と思ったが言葉にはしないことにした。別の世界にまで来て機密も何もあったもんじゃないだろうって話でもあるし、今そこにこだわってたら命の方が危ないって話でもある。
「国が滅びた理由は?」
「巨獣、『
「あんたらの世界ダジャレみたいなネーミングの巨獣しかいねーの?」
ちなみに祟蟹は強力な毒性を持った蟹で、倒しても体液によって周辺環境が汚染される上に、毒性の強さから体液を浴びた開拓者や軍人を高確率で死に至らしめるそうな。
オマケに肉も猛毒に汚染されているから食用にもできない。その特性から「祟り」をもたらす「蟹」。最悪の巨獣の一種だ……という
唯一の弱点は巨獣の中でも比較的小型なことだ。平均的なもので体高5m前後、大きく育っても10mちょっと。数匹から数十匹の群れで行動する。全身が猛毒の塊のため天敵らしい天敵もおらず、一方的に狩りを行い生息範囲を拡大していく。
「……そこまで、脅威……でしたか?」
「この10年でいくらか研究が進んだが、アレを枯れ枝か何かのように斬って捨てる貴公はおかしい」
「ぐ……グリムさんの方が、よほど早く殲滅できますよね……?」
「遠距離から接近すること無く倒すべきで、斬りに行くのがおかしいと言っておるのだ」
椿さんの方に視線を向けると、彼女はすっかり空になった皿を前にして顔を隠した。
さては椿さん、かなりの脳筋だな? 霊術自体はかなりテクニカルなことしてたけど、結果それが全部正面突破に使われてるようなやつ。
……対人の駆け引きとか考慮しなくていいなら、それで問題無いっちゃ無いか。目的も防衛とかじゃなくて開拓だから、周囲に気を遣う必要がない。正面突破でどうとでもなる能力があるなら、小細工するよりも良い結果を得られることだってあるだろう。
「……ところでなんだけど」
「はいナルミ」
とりあえず一通り黒騎士というのがどういうヤツなのかを理解したところで、僕は軽く挙手をした。
「さっきの戦闘の直後、黒騎士の出してたような『嫌な雰囲気』を感じて。強烈な電磁波も一緒に感じたから多分ワーカーの方なんだけど」
「はよ言えよお前ェ!?」
「先に言ってください!!」
「早く言わんか!!」
「ごめんなさい」
バチクソに怒られた。
「でもだいぶ遠かったし、どうも逃げたっぽいから、戦闘直後で気を張ってる時に言いたくなかったんだよ」
「いや言えって……奇襲もあり得るんだからよ……」
そう言われると、それはそうだ。ガルデニアに乗っててワーカーの推力はだいたい理解した……と思うんだけど、数キロ程度なら1分とかからず到達するだろう。
となると、10キロ程度の距離を保っていて、気配が遠ざかったとしても安心するわけにはいかない。
「……それ、どのくらいの距離だった?」
「感覚的なものだからあれだけど、10kmくらい……?」
「その探知範囲の限界を確認しようとしておるのかもしれんのう」
なるほど、情報収集の方が可能性としては高いか。
あの時ワーカーは滅茶苦茶に壊したけど結局は機械だ。別の機体を用意すれば戦線復帰はすぐにできる。
が、正面から戦うのではまた同じようにして負けるだろうから……奇襲の隙を狙っているのだろう。
「……家が……知られている可能性も」
「低くはないだろうな。現にアリサがやられている」
「自分たちのことを知られるのは避けてるようだけど……」
「……人死にが出る以上騒ぎになることは避けられないまでも、普通のニュースの範疇に収まるよう行動してるんだよな、連中」
隠れるなら永遠に表に出てきてほしくはないけど、まあ、何か目的があるんだろう。
そして。
「逆に言えば、自分たちのことを隠せる状況にさえなれば、行動することを躊躇いはしない」
「巨獣が大暴れしているなら、機械の巨人が暴れたという事件は報道されにくい……そういう状況を狙っておるということか?」
「……うん、まあ、だいぶコトの性質が違うから、一概に肯定はできねえけど」
巨大な獣が暴れているのが日常的になったとしても、急に巨大ロボが暴れ出したらそれはそれでまた異物感が強くて逆に目立つことだろう。
けど、少し視点を変えるとこれが有効に働く状況がある。ワーカーが暴れたことによる被害を巨獣がやったことにして誤魔化せる時だ。
椿さんの両親をついでのように殺す連中だ。目撃者を皆殺しにしたり、口封じのために
……しかし、ことここに至っても隠さなければならないってことはつまり、強引に情報操作したり事実そのものを捻じ曲げたりするような権力や能力は無いということだ。社会の中枢に紛れ込んでいるわけではないし、特別な能力はあるようだけど万能でもない。そういった部分は唯一の救いか。
「……何かされても、なんとかなる方法があればいいんだけど」
「まさか街のど真ん中にバリケードなんて築くわけにもいかないしな」
鉄なら僕もなんとかなると思うんだけどな……実際に、さっきはどうにかしたし。
しかし、攻撃してくるにしても鉄を使った武器ばかり使ってくるとは限らない。むしろ、僕を殺すには磁性体を使わない方がいい。積極的に避けてくるだろう。
結局、この時は有効な手を考えきれず、時間もそのまま過ぎていってしまった。