融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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24.記憶力と髪色

 

 

「お姉ちゃん色々聞きたいことがあるんだけどいーい……?」

「三分待って」

 

 午後11時頃。死ぬほど疲れた表情をした姉さんを迎えた僕は、急いで料理を電子レンジに放り込んで皆との相談に移った。

 

「――報告しなきゃいけないことが多すぎる。先に一度整理しよう」

「……まず、最初にグリムさんの話で……」

「次に姫様の捜索」

「それから、さっきの戦闘とこれからの方針か」

 

 全部詳細に語っておきたい気持ちはあるが、それをすると時間が足りない。明日も大学はあるし、そう長く時間を取ってもらうわけにもいかないだろう。

 考えをまとめながら、憔悴した様子の姉さんに晩ごはんを差し出して揃って食卓につく。ディセットたちの方にはお茶とお煎餅を置いておいた。

 

「ん~? いつものなっちゃんのハンバーグと違う……」

「す、すみません……それは、あたしが……」

「あ、責めてはないよ~」

 

 むしろ普段僕の作ったものばっかりだから、気分転換にはちょうどいいだろう。そう味が劇的に変わるわけでもないだろうし。

 

「……ち、ちなみに先輩の作った料理って、写真とか……ありますか……?」

「あるよ~。これ、ハンバーグオムライス」

「え? は? お店のじゃ?」

「ああ、それ。お店のやつの真似だから、それっぽいだけだよ」

 

 チキンライスを浅く盛ってその上にハンバーグを載せる。更に、その上にゆるめに作ったオムレツ。オムレツは食べる前にナイフで切って広げる。

 写真映えする料理を作ってほしいと言われたので、ネットに上がっている料理動画を参考にしながら作ったものだ。お店のオムライスっぽいのは当然だろう。

 見栄え重視なので味にはそこまで自信は無い。姉さんは一応美味しそうに食べてはくれたけど。

 

「で……報告に戻っていい?」

「あ、はい……どうぞ、すみません……」

 

 とりあえず、今日の出来事を時系列順に語っていく。姉さんは……ひとつひとつ語っていくごとに死ぬほど面倒くさそうな表情になっていった。

 まずグリムさんのことはともかくとして、姫様の捜索については雲を掴むような話すぎる。姉さんも個人でどうにかなる範疇ではないと思ったのだろう。

 その後、捜索の最中に巨獣を見つけたので戦闘に入った、という話になると眉がピクピクし始めた。どうにかしないとヤバいから技術供与や情報提供が必要ではないのだろうか、あと前に襲ってきたワーカーっぽい反応を感じ取ったよ、という話になるとついに半ギレだ。顔は笑っているのに青筋が立っている。

 

「そういう話は先に報告を入れてほしいな~って」

「いや、でもカナタさん、大学」

「ね?」

「連絡するほど時間的な余裕が」

「ね?」

「はい。すんません」

 

 圧に屈した。

 背中から立ち上る青白いエーテルの奔流が見える。

 わあ。姉さん霊術使ったことないし戦闘だって経験したことないのに、今すぐ戦うことができそうなくらい力強い(ストロング)

 このままビンタでもしたら骨の一本や二本じゃ済まないレベルだこれ。

 

「も~……報告、連絡、相談って習わない?」

「習ってない」

「じゃあ今覚えてね~」

「うっす……」

 

 軍人ならそういうのって大事な部分だろうに、習ってないってどういうこっちゃ。

 ……と、思ったけど、習える環境が無いというところまでありうるのがあっちの世界だ。色んな意味でこちらの世界の基準で考えてはいけない。踏み込まずにおこう。

 

「まあ、気持ちは分かるけどねぇ。目の前でそういうことが起きたら、流石に……」

 

 姉さんが小さくため息をついて、こちらに視線を向けてくる。

 僕があの巨獣に気付かなければよかった、というような話じゃないと思うが……あ、姉さんのお茶が空になってる。つぎ足そう。

 

「……ありがと~」

 

 姉さんはたまにこういうことがある。僕のこと見てすっごい微妙な表情をするんだ。

 多分、昔の少し険悪だった時期の何かを思い出しているんだろうけど、姉さんの記憶力を考慮すると、どの件がフラッシュバックしているのか心当たりが多すぎてわからない。

 こういう時はとりあえず他の何かに意識を割いてもらって、気を紛らわせてもらうのが一番だ。

 

「流石に、見捨てられないよねぇ」

 

 姉さんの言葉に、なぜかグリムさんがうんうんと深く頷いた。保護者みたいな――いや、実年齢は保護者そのものか。

 ともかく、この人にとって姉さんの一言は共感に値するものだったらしい。

 

「姉君はよく分かっておいでだな」

「え? あ、はい……どうも……?」

 

 もっとも、姉さんにとっては知らない幼女(中身数百歳・男性)から唐突に高評価を受けた状態だ。どうやら困惑の方がはるかに強いようだった。

 

「ただ……ディセくんについてはちょっと気にかかるというか、気を付けないといけない、っていうかー」

「何かあったっけ?」

「ディセくんっていうよりワーカーっていうか、ね? ガルデニアが最初に現れたのがここ。次が東京上空、その次が埼玉。で、今日が神奈川」

「あー……位置は特定されるか……」

 

 僕らの活動範囲は今のところ関東周辺のみ。怪鳥、黒騎士、幻象と事件が起きるたびにガルデニアの姿が目撃されているため、そろそろ「謎のロボット(ガルデニア)のパイロットは関東にいる」と断定されてもおかしくないだろう。

 多少小細工は弄したが、それでも所詮は小細工だ。「去る時に」どこへ行ったかではなく、「やってきた時に」何をしたかを主体に考えれば、大雑把に地域くらいは特定できるだろう。

 

「次に関東圏内に巨獣が出現したら、ガルデニアがそこに現れると推測される可能性は高いかもね」

「かと言って何もしないってわけにもな……」

「ならば、逆に考えればよい。この周辺で目撃されたから居場所を特定されかねないということだろう。であれば、更に遠くで活動すれば撹乱にもなるのではないか?」

「そうやって手ェ広げていくと際限なく広げなきゃいけなくならないか?」

「それを防ぐための技術供与だろう。今の我々は身の回りのことしか考えようが無い」

 

 一人の人間、一機のワーカーでできる範囲などたかが知れている。

 それを補うのが組織の力だけど、今の僕らは集団に属してすらいない個人の集まりだ。必然的に、公共の利益については然るべき機関に任せる他無い。

 できることがあるならなんとかしたいと思ってるけど。人として。

 

「では……当面はアズ様探しと、並行して巨獣退治……でしょうか」

「無難なところだろうな。カナタさんは……大学もあるし、その間に提供するテクノロジーの選定を頼みたい」

「あと、父さんへの連絡もお願い」

 

 流石に先日のアレで、子供だけで難しいこと考えるのは懲りた。

 社会とのすり合わせが必要な事柄は、社会にもっと詳しい人に任せるのが一番だ。父さんにかかる心労については…………非っ常~~~に……心苦しいけれども……。

 これで下手なことすると軍事バランス崩れたり、戦争の引き金になったりもありうる。僕らの周囲だけで話が済むならともかく、ここまで行くとどうもこうもしようがない。

 

「姉君への負担が大きいのではないかのう……」

「ん~……このくらいは別に」

「そ、そうか……?」

 

 姉さんは医学部生だけあって普段からずっと忙しくしている。これで将来は激務で有名な医師を目指しているのもあって、体力に関しては生半可なアスリートよりも豊富なくらいだろう。

 これで更にエルフやらサイボーグやら混ざってきてるので、純粋な身体能力で見ると……下手すると"墜星"使わない椿さん程度には動けるんじゃないだろうか? 少なくとも鍛えた軍人より腕力があることは実証されている。

 

「じゃあ、大変ついでにお願いしたいことが少しあってー」

「何だ?」

 

 え、姉さんこの上また何かやるの……?

 

 ――と、少し不安に思ってから少し。

 姉さんの「お願い」とは、つまるところ霊術についての指南だった。椿さんは元より、グリムさんも将軍の地位を得るほどに霊術に詳しいためうってつけの人選だ。

 そして姉さんは知識ゼロから一時間足らずで霊術の基礎をマスターした。

 熟練者二人はドン引きした。

 

「エーテルを誘引すれば外に放出する感覚を即座に理解し、術式を見ればどれだけ複雑でも模倣できる……貴公、いったいどうなっておるのだ……?」

「ちょっと記憶力がいいだけですよ~」

「ちょっと?」

「ちょっとか?」

「流石姉さん」

 

 たとえそれが感覚的なものでも、一度経験したらそれを即座に血肉にする。姉さんはそのおかげで帝都大首席合格までしてのけた。

 僕と違って色んな人の期待に応えられる活躍をしているし、常に社会に自分の価値というものを示し続けている。

 僕が依然普通の人間であれば、下位互換も甚だしいほどの差があったことだろう。

 素晴らしい姉だと思う。嫉妬する気も起きない。

 

「……ナルミ?」

「どうかした?」

「いや……」

 

 変なディセットだな。

 何か、引っかかることが一つでもあるだろうか?

 

 


 

 

(……紫……から、無色になって、すぐ青)

 

 ディセットは、姉を称えて静かに微笑んでいるナルミを――正確にはその髪に帯びた燐光を横目で観察していた。

 平時の色は、落ち着いた青。それが赤みを帯びて紫に近い色味になった時には、ナルミが小さな不快感やイラ立ちといった悪感情を抱えているのを示している。

 完全に赤く染まったのを見たのはたった一度。黒騎士との戦闘の時だけだ。よって「そう」なる時は彼女が心の奥底に激情を抱えている時だと推察できる。

 では、この瞬間はいったい何に対して不快感を覚えているのか――そして、なぜ?

 

(状況証拠から考えりゃ、多分ナルミはカナタさんに対して隔意を持ってる)

 

 燐光の色味による感情の変化は、あくまでナルミの日頃の表情や言動の変化から考察した推測でしかない。ディセット自身概ねこの推測が正しいという自信はあるが、違っていてもおかしな話ではない。

 感情というものはデリケートなもので、特に兄弟姉妹に関わるものは一元的に見て語ってよいものではないと、個人的事情から彼もよく理解していた。

 現在は仲が良く見えても、過去の出来事が尾を引いているというのも十分に考えられることではある。カナタから耳にした件も併せて考慮すれば、多少のわだかまりも致し方ないとすら言える。

 

(だとして、表情や言動に一切出さずにいられるもんなのか……?)

 

 感情の機微に聡いわけではないディセットだが、それでも多少の心得はある。人間誰しも、心にも無いことを発言したり行動したりしようとすれば、平時と何らかの違いが出るものだと彼は知っていた。

 しかしナルミにはこの燐光以外にそうしたサインが一切無い。平時と全く同じ声音、全く変わらない言動。友人と言ってくれた身として失礼だと承知してはいても、ディセットはその様子に小さな不気味さを感じざるを得なかった。

 

「というわけで~、これで高速移動とかしてもうちょっと早く帰れるようになるのかなぁ?」

「は……早くは帰れると思いますけど……気をつけてください、色々と……」

「うむ、巨獣がどこに現れるとも分からぬしな」

「いえ、そういう問題じゃ……そういう問題でもありますけど……」

 

 より正しくは、見つかってしまった場合の対策や霊術を使ってよい場所、使っても問題無い場所の選定なども含めての「気をつけて」というニュアンスだが、この世界に疎いグリムにはそれを汲み取ることはできなかった。

 その後、ナルミも含めてグリムから霊術についての手ほどきを受けたものの、結局カナタほど即座に適応して習得というわけにはいかず、明日も早いということでその場では解散となった。

 

 それからしばらく間を置いて、ディセットは借りている部屋の一角でトレーニングを始めることにした。

 地球に来てしばらくそうする暇を取れなかったというのもあるが、近頃は特に料理の味に感銘を受けて食事量が増している自覚があった。軍人として体がなまるのを防ぐ目的もある。

 ――そんな場面に、なぜかナルミの姿もあった。

 

(なぜ……?)

 

 そして、ナルミは腕立て伏せをするディセットの背に乗っていた。

 

(なにゆえ……?)

 

 あえて言うなら、ちょうどいい重さではある。ナルミの体の特性故に多少の疑念こそ湧くが、高い負荷をかける必要があるディセットにとっては、それこそ成人女性一人分くらいの重量が加算された方がトレーニングになるのは間違いなかった。

 

「確かに……手伝ってくれとは……言った気が、するがっ……!」

「手伝ってるでしょ? ほーら、ペース落ちてる」

「ぬぐ……いや、俺は……! 回数カウントとか……ちゃんと負荷かかってるかとか見てほしいっていうのが……!」

「負荷かけてるしカウントもしてるじゃん」

 

 事実その通りではあるので、ディセットは何も言い返せなかった。

 しかし、どちらかと言えば問題はその「負荷」だ。

 体重をかける関係上、必然的にナルミはディセットの背に腰掛けた状態になる。本人は全く気にしていないが――とにかくこれが柔らかいのだ。

 ナルミは男同士でそう気にすることも無いだろうという考えでいる。しかし、ディセットにとって「神足ナルミ」は出会った時から極めて優れた容姿の、それもやけに距離の近い同じ歳の女子だ。気兼ねこそ無いし元々は男だったと言われても実感には乏しい。

 その上、彼は男女関係どころか友人すらこの歳になってもほぼいないも同然だった剛の者である。多少肌面積の多いソーシャルゲームにすら反応を示すほどで、耐性など微塵も無かった。

 ――しかし、友人相手にそのような感情を抱いてもいいものだろうか?

 

「ぬうううううう……!!」

 

 その耐性の無さ故に、ディセットは必死になって煩悩を昇華しトレーニングに励んだ。

 ナルミはディセットの背に腰掛けたまま、手元でエーテルと共に電気と磁気を操作し、その習熟を進めている。常に命を狙われていると言っても過言ではない現状、能力の理解を深めることは必須だ。からかい気味の言葉とは裏腹に、ディセットのトレーニングの手伝いと自身の訓練を同時並行で進めているその様は極めて真剣だった。

 

「お前さぁ」

「何?」

「ドラゴンの質量も……凝縮してるっぽいから……体重、何トンじゃ済まないくらい……ないのか、本来?」

「エーテルの作用で常時霊術が発動して半分宙に浮いてる状態なんだってさ。その場に合わせたベスト体重になるみたいだよ」

「便利だな……」

 

 グリムさんが言ってた、とナルミは続けた。

 霊術の専門家であるグリムがそう言うのであれば、門外漢のディセットから何か言えることもない。そういうものなのだろうと素直に受け取った。

 

「音速突破しても反動で体が傷つくようなこととか、ソニックブームが発生したりすることも無いんだってさ」

「それはまた話が変わってこねえか!?」

「そうなんだよね」

 

 意外にもこれを肯定したナルミに、思わずディセットの腕が止まった。

 

「再開」

「ぐお……」

 

 トレーニングの続きを促すように、いい具合の電撃がディセットの腹筋を刺激する。

 ナルミは電気刺激を利用した筋力トレーニングのグッズとしての役割を獲得した。

 腕立て伏せを再開するディセットに、ナルミは指を一本立てて続ける。

 

「便利通り越して()()()()()()()んだよ」

「そうか? ……いや、それはそうかも」

 

 ディセットにとってもグリムにとっても、D粒子(エーテル)というものは超常現象を引き起こすものであり、生まれた時から生活の一部として根付いている。加えて彼らは研究職ですらない軍人だ。「そういうもの」という以上の認識の無い者が違和感を持つことは難しい。

 

「ただ……人間にとって、都合の良いものなんて……いくらでもあるだろ、重力とか……電気みたいな……」

「大半はそれに適応するように人間が進化したり、順応してるだけでしょ。生き物が法則(ルール)に合わせて利用するのは分かるけど、法則(ルール)の方から生き物に合わせてはこないんだよ普通」

「そう……言われるとそうか……?」

 

 環境や状況に合わせて生物の体を変性させたり、人間の漠然とした思いを汲んで本人が意図している以上の現象を引き起こす。

 これを都合が良いと言わずして何と言うのか。少なくともディセットに他の言葉を見つけることはできなかった。

 

「……まあ、だから何だって話なんだけど」

「いや、おま……都合良いとか言い出したのお前だろ」

「そうなんだけど……そうじゃなくて、いや、それはそうなんだけど……そういうことじゃなくて……」

「どういうこっちゃ」

「いやさ……それがわかったとして何になるの?」

 

 ナルミたちは研究者でもなんでもない一個人だ。仮にエーテルのあり方について疑問を抱いたとして、それが何に反映されるということも無い。

 理解が深まることで得られることも特に無く、暇潰しの思考実験にしかなり得ない。有り体に言って時間の無駄だった。

 

「利用法……が……こう、広がる……とか?」

「それこそ一般人にはどうしようもないんじゃないかな……」

「夢がねえー」

 

 特別な背景の無い一般市民が世界の法則についてより深く理解し、その真理の一端を紐解き自らの力にする――そういった話にディセットも興味が無いわけではないが、到底自分にできるとは思っていないため、これ以上追求をしないことにした。

 他方、ナルミもそうした考えを持っていないこともなかったが、その場で無駄と切って捨てた。自分が思い至るような考えなら、既にもっとエーテルやD粒子に詳しい専門的な知識を持つ者が行き着いているだろうと判断したためだ。その上で結論が出ていないようなことなら、門外漢が必死に考えたところで突飛な回答しか提示できはしない。むしろ本質と離れていくことだろう。

 言ってしまえばどこまでも無駄な話、雑談に過ぎない。

 もっとも、友人もおらず必要な話以外をほとんどしていなかったディセットにとって、雑談という経験はそれ自体が貴重なことであり気にするべきことではなかった。

 

「そういやナルミさぁ、カナタさんと昔何かあったりしたのか?」

 

 ――そんな「雑談」の延長のように、この日のノルマを終えたディセットは汗を拭きながらそう問いかけた。

 ほんの一瞬、ナルミの顔から全ての表情が抜け落ちた。燐光の色が抜け、次の瞬間に再度青く染まる。

 まずいことを聞いたのだろうな、とディセットは瞬時に理解した。それでも先の出来事についてより正確に把握しておくには、カナタのいない場所で本人に話を聞くべきだと判断したのだ。

 共同生活を送る上で、必ずしも相手の事情を全て知っておく必要は無い。しかし、既に戦いに巻き込まれ、常に命の危険に晒されている彼女たちがいざという時に反目するようなことがあってはならないのだ。背中を預ける相手である以上、できるだけ相手のことを知っておきたい――とするのは、彼のわがままだろう。

 小さく、重い溜息が漏れた。

 

「何か聞いた?」

「……カナタさんから少し」

 

 必ずしも嘘というわけではないが、髪のことには触れなかった。

 

「なんか……比較され続けてたとか」

「ああ、そっちか」

「そっち?」

「比較は、されてもしょうがないよ。姉弟ってそういうものなんだから。そっちは気にしてない」

「そうかぁ……?」

 

 ナルミの言葉から受ける印象は、どこか淡白だ。

 カナタが「自分が悪い」と評していた件を踏まえても、あまりにも気にしていなさすぎると言っていいほどだろう。

 

「姉さんとの仲が険悪な時期があったんだよ」

「険悪って……どのくらい?」

「……殺されそうなくらい?」

 

 現在の二人の仲からは想像もできないような言葉が飛び出したことに、ディセットは思い切り首を傾げた。

 

「全面的に僕が悪いから、これ以上は気にしなくていい」

「あ、ああ……?」

 

 次いでナルミの口から出た言葉は、以前のカナタの発言とは矛盾するものだった。

 話そのものを打ち切るような強い断定口調は、これ以上追求するなということを暗に示している。ディセットはそのことに疑問を抱きこそしたが、あえて何も考えないことにした。

 

(……あっちから話してくれねー限り、分からないんだろうな)

 

 そうである以上、これ以上拘泥することも無意味だ。

 残念に思いながらも、未だそれに足るだけの信頼を得られていない自分が悪いと断じて、ディセットはこの話を避けることに決めた。

 

 

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