融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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25.無職と巨虫

 

 

 少し悲しい話をしよう。

 今の僕たちは無職(ニート)である。

 僕は本来学生だしディセットも本当は軍人だしグリムさんも将軍という職に就いているが、この世界、今のこの状況ではそういった肩書に意味が無く、僕は学校に登校すらできていない。

 これは国や組織を介さず個人として動きたい僕らにとっては必要なことだが、曲がりなりにも元は社会的立場も常識も持ち合わせている人間に、ただ漠然と何もせずに暇を潰すだけというのは結構な苦痛だ。

 

 巨象案件の翌日。姉さんと椿さんが学校に行ってしまって暇を持て余した僕たちは、家から逃げるようにして自分たちの「仕事」に没頭することを決めた。つまるところ、姫様の捜索である。

 ――だった。

 過去形だ。

 

「ウオオオオオ毎日毎日何だってんだクソッタレがああーっ!!」

 

 栃木県上空。三人でガルデニアに搭乗した僕たちは、空飛ぶ岩塊じみた複数の虫と戦うハメになっていた。

 体高にして3メートルほど。これまで現れた巨獣と比べると遥かに小さいが、小さいからこそ機動力に優れ逆に厄介だし、甲殻も凝縮され非常に硬い。ブレードが通らないわけではないが、先程から弾くだけの結果に終わってしまうことも多い。

 虫の狙いは成田空港に向かう国際線。既にエンジンは一基潰されており、高度はどんどん下がり続けている。バードストライクならぬインセクトストライクである。

 

「グリムさん、ちなみにあれは?」

「穿つ道の虫で穿道虫(せんどうむし)! 岩よりも硬い外殻を用いてあちこちを穴だらけにする、鉱物食の有害な巨虫だ!」

「名前をなんとかしろ!!」

 

 テントウムシかぁ……言われてみれば外見的にそんな感じが……しなくもない……か?

 いや、どうだろ……丸っこいだけのような気も……まあ何でもいいか害虫の生態なんて……。

 

「ナルミ、なんとかする方法無いか!?」

「名前を!?」

「この状況を!」

「ディセット結構無茶言うよね!」

 

 この男アホみたいに強いけど方針とか戦術とか策定するのは全然ダメだよね!

 操縦とかしなくていいから割と余裕がある僕しかできないっていうのも分かるけど!

 ……確か飛行機の主な材質はジュラルミンやアルミニウム、いずれも非磁性体……僕が今すぐ磁力でどうこうできるものじゃない。できるならスイッと近くの空港に誘導して着陸させればいいんだけども……。

 敵の数は16。このままガルデニアでやり合うのは、無理じゃないけど数も多いし時間がかかる。飛行機の方が先に墜落するだろう。というかあの数でこの世界に来たって事実が色々危険な気がするが、今は考えずにおく。

 

「……しばらく給電無しでも大丈夫?」

「何か手があるんだな? バッテリーなら心配しなくていい」

「分かった。じゃあ、ハッチ開けて」

「え? 照準が付けづらいからか……?」

 

 何やら少し的外れなことを言っているが、もちろんそういうわけではない。グリムさんと同じように、このくらいならモニタ越しでも照準くらいはつけられる。そもそも、ガルデニアのコックピット性能が良いみたいだからほとんど外にいるのと遜色ないくらいだし。

 僕がやろうと思ったのはそういうことではなくて。

 

「じゃ」

「へ?」

 

 相手の体が小さいからガルデニア単独で対処が難しいというなら、対処できる速度と小回りがあるものが対応に回ればいい。

 ――というわけで、僕は気流が流れ込んでくるハッチから身を躍らせた。

 

「ウワーッ!!? 何やってんだお前!?」

 

 あ、伝える暇が無いから作戦伝え忘れてた。

 ……まあいいか。見れば分かるだろう。落下する最中、僕はエーテルを巡らせ霊術を起動する。

 全高15m程度のワーカーでなければ戦うことすらできないほど、巨大なドラゴンがそのままこの体に凝縮している関係上、僕の体重は本来数百トンでは済まないほどのものだ。グリムさんの話によればエーテルの作用で常にその場に合わせた適切な重さに保たれているのだが、ではどういう理屈で「そう」なっているのかと考えれば、やはり磁力だ。常時、リニアモーターカーのようにわずかに体を浮かせている状態と考えればいい。

 つまり、僕の体は()()()()()()()――または、磁力を発しているのだ。だから、上手くやれば……飛べる!

 

「おっ、ととと!」

 

 高空、ってほど凄まじい高さでもないけど結構なものだ。どうしても風の影響は受けるし体も横に振られる。

 尻尾も使いながら全身でバランスを取りつつ磁場や磁力線を刻んで移動する。飛行というより浮遊に近いが、実際空中を移動できるならどっちでもいい。

 

「飛行機の方はお願い!」

『無茶苦茶しやがって!』

 

 無茶苦茶でいいのだ。そういう生物(ドラゴン)だもの。

 磁力を利用して浮いているという状況に早くも頭が慣れ始めた。元々宇宙空間を磁力を使って漂っていたんだろうか。むしろこうしていることが自然にすら思える。

 一瞬、生身で空を飛んでいるという感覚に浮かれそうになるが、頭を振って叩き出す。今、僕に求められている役割は害虫駆除。それ以外のことは考慮しなくていい。

 スラスターをふかして飛行機の方に向かっていくガルデニアを見送りながら、僕は思考を回す。

 

(……どう倒すべきだろう)

 

 思い切って外に飛び出してきたけど、実際どうするべきだろう。グリムさんが説明した通り、あれは虫だ。しかも腹部が段々になってる造形の割とエグめな奴。触りたくないタイプである。

 実際近寄りたくはない。多分この体、車よりも巨大なあの巨虫がぶつかってきても怪我することはそうそう無いんだろうけど、気分的に何か嫌だ。不潔だし、素手で触りたい見た目でもない。

 となれば雷撃――が妥当なのだろうけど、まずいことに下は山。下手に撃てば山林火災になりかねない。放出する方向を絞ればいいんだろうけど……そうだ、そもそもよく考えれば僕は自分にできることがよく分かっていない。どこまでのことができるのか、どれだけの規模でやれるのか。半ば無意識的に使っていた黒騎士との戦いと違って、今はある程度考えながらやらなきゃいけない。平時は人前で霊術を使うわけにもいかないので試すことすらできないが、今なら多少は……?

 

「これで!」

 

 片腕に収束した雷を、アンダースローの要領で水平からやや斜め上方向に放出する。全力、は……どれだけのものかは分からないが、とにかく強く。生きて逃がすわけにはいかない。鉱物食だからと言って空を飛んで飛行機を狙うような虫だ。下手に生きたまま地上に落としてしまえば、その辺を掘り抜いて地盤沈下を引き起こしたり、車などの鉄製品を狙って街まで降りてくるだろう。

 ――そうした危惧を元に放った一撃は、爆音と共に大気と虫とをまとめて焼き尽くした。

 

「…………」

 

 焼けた大気に電気が伝い、数秒も経ってなお空間が帯電している。目視できる限り、遥か彼方……おそらく、減衰して消滅する数キロ先までそんな様子だ。あまりの威力に、自分でやっておきながら絶句する。

 落下したのはおよそ半分ほど。炭化して崩れながら落ちていったので正確な数は判別できないが、残った数から考慮するに倒せたのは7匹。

 これだけやってなお、これと同じだけのことが何度でもできるという確信がある――その事実が恐ろしい。

 こんなの、明らかに人の手に余る力だ。そうせざるを得ないから使っているけど、自分の発した攻撃の威力を示す痕跡を目の当たりにすると、恐怖が湧き上がってくる。

 相手が虫だからか、他の生き物が死ぬのを目にするよりはいくらか精神的に負担は少ないけど……攻撃の威力を絞るか、あるいは範囲を狭めないと……。

 

(そうだ。この手なら……いけるか?)

 

 ふと、思い出したのは僕の背中に浮いていて何の役に立っているとも思えない謎の光輪。余剰電力をそのまま背中に蓄えているとも考えられるこれは、ある意味僕自身に霊術の使い方をそのまま示している。すなわち、ただ「放出」するだけに留まらない、現象の「操作」と「固定」。

 ただ単に撃ち出すのではなく、手元で何らかの形に固定化し、武器として道具として扱う。雷という自然現象として扱おうとするから、無駄に攻撃が広範囲に撒き散らされてしまう。イメージするのはどちらかと言えば……自分の身体の延長線上!

 

「ふっ……!」

 

 突撃してくる虫を横に躱しながら、左手の先に再び電気を収束させる。今度は放出するのではなく、手元で留める感覚。固定化するイメージは……とりあえず背中の光輪のこと思い出してパッとイメージしやすいリング型!

 

「行けっ!」

 

 横にスライドした勢いのまま腕を振って、放出――ではなく、投擲する。空気を焼いて飛ぶ円刃が虫の表面甲殻に着弾すると、刃はその勢いのまま盛大に火花を散らしながらも大した抵抗無く通り抜けていった。

 まさか失敗か? そう危惧した次の瞬間に、虫は炭化した断面を晒しながら真っ二つになって落下していく。

 ……まだ大概な威力だけど、無用な破壊を広げないだけマシか。軽く指を引いて円刃の軌道を修正。近くにいた虫をもう一匹切断して撃墜した。残るは7匹。

 目視でコントロールできそうな範囲を超えた円刃はその場で消滅させるが、こうやって遠隔で消してみると電気が光輪に戻っていく様がよく分かる。体から離れても、エーテル制御下にある限りは実質的に自分の体の一部ということなのだろうか。使った電気をそのままリサイクルしてる状態だけど……これ生物として何の意味があるんだろう。機械的工学的にはとんでもないことなんだろうけど、エーテルを自己生成して電気に変換できる能力の関係上、これをして何の意味があるのかは分からない。

 今は分からないままでいいが。

 

「もう……二発!」

 

 続いて、位置を再び調節しながら両手で円刃を展開して投げつける。先の展開をなぞるように、二投二殺。今度はコントロールできる内に引き戻して更に2匹。残るは3匹。

 手元に引き寄せた円刃を2つ合わせより大きな円とし、再度突撃してきた虫を回避しながら首を刈り取り仕留める。焼けた嫌な臭いに顔をしかめながら、残る2匹を視認した。

 果たして虫に形勢を判断する能力があるだろうか。脳……に相当する器官はあるようだが、これだけ一方的にやられてもなお執拗に攻撃を繰り返してくるあたり、判断力は低いと見るべきか。

 いずれにせよ、彼らの目的はそもそも食料となる鉱物――というか金属だ。外敵が急にやってきたから応戦しただけで、本来、戦う必要は無い。自然、残った2匹はなけなしの判断力で地上に向かったが……もう遅い。

 穿道虫の飛行速度は、その巨体に見合わず飛行機に接近してエンジンを破壊できるほどのものが出せる。しかし、それも音速には達しない程度のものだ。たとえ後ろからでも、電磁加速の原理で飛べば――。

 

「これで」

 

 ――追いつけない道理は無い。

 

「終わり……!」

 

 すり抜け際に一閃。胴部と頭部に加えた円刃の一撃が虫を両断した。

 落下していく死骸を横目に、減速して近くの山林に降り立つ。

 

「……っ、はぁ……」

 

 大きく息を吐く。ほとんど流れとはいえ、自分から言い出して自分から飛び出した、実質初めての戦いだ。精神的になかなか堪えるものがある。気分の悪さをそのままに、木に寄りかかって天を仰いだ。

 

「おえ……」

 

 喉の奥からこみ上げてくる酸っぱいものを無理矢理飲み込んで抑える。

 こんなに吐き気がする理由は……まあ、色々だ。戦闘に対する恐怖、暴力への忌避感、虫が焼けた時の嫌な臭気。幸いなのは、相手が虫で哺乳類からはかけ離れた外見をしていたことと、直接触れたりしてないから命を奪った感覚が手に残ってないことだろうか。断面が焼けて中身が見えなかったり、体液が外に出てないのも大きい。そんなのを間近で見たら別の理由で吐く。

 

(ディセットはどうやってこの嫌な感覚を克服したのかな)

 

 僕が神経質すぎるのもあるだろうから参考になるかは分からないが、ディセットの感覚は軍人よりも僕ら一般人に近い。今は特に恐怖を感じていないだろうけど、昔はそうではなかったということもありうる。

 この先も、僕が戦いに巻き込まれる可能性は高い。というか現在進行系でバリバリに渦中だ。戦わない選択肢を取れるならそれに越したことはないけど、身を守るためには戦わざるを得ない。

 一瞬、ドラゴンとは無関係で狙われることが無いだろう姉さんが羨ましくなる――が、すぐに頭を振って考えを追い出す。姉さんじゃなくて良かった、と考えるべきだ。僕のせいで迷惑も苦労もかけられているのだから、この上命の危険という多大な負担までかけてしまったらいよいよ僕は本気で死にたくなる。

 

(というか……この前の戦いもだいぶ……おかしいんだよな、僕にしては)

 

 そう、おかしい。黒騎士戦の僕は一際おかしかった。一応は人間相手だというのに、暴力を振るっても気分が悪くなってない。

 あの時は、まあ歳も取ったし、とか緊急事態だし、と思ったものだが……今日も大概緊急事態なのにこの調子だ。もう一度戦うようなことがあれば、ただの偶然か、ああいう手合に対しては気分が悪くならずに済むような体質になったか、というのが分かると思うのだけど。

 思考の渦に潜って気分をごまかし、落ち着くまでにしばらく。ここ数日の間にすっかり慣れた巨大な電磁波の塊を知覚し、ディセットたちが仕事を終えて戻ってきたのを感じ取った。

 上空には何も見えないが、光学迷彩を使っているのだろう。ちょうどいいタイミングだ。空に向かって軽くやる気の無い電気をびりびりーっと放つと、ほどなくして山中にガルデニアが降りてきた。

 

『お前さぁー!!』

「うおっ」

 

 そして帰還早々に半ギレのディセットである。

 居場所バレも考慮せずに外部スピーカーで苦言を呈してくるとまでは思わなんだ。ふふふウケる。いやウケとる場合か。

 

『言えよ! 飛べるんならさぁ! お前……せめてさぁ!』

「いや、ほら……多分いけると思ったけど、今思いついただけだから……」

『それでも飛ぶなら飛ぶと言わぬか。こやつもずっと文句を垂れておったぞ』

「あー……はい、ごめんなさい……」

 

 ヴァルトルーデの記憶の影響だろうか。どうにもグリムさんに叱られると頭が上がらないし素直に対応しなければという気持ちになってくる。二人に謝罪の言葉を投げて、飛び上がってコックピットに入り込む。こんなに簡単に飛んで入ってくると思っていなかったのだろうか。ディセットは相当ビックリしていた。

 

「……使いこなすの早くねぇ?」

「うーん、まあ、自分でもそう思うけど」

「思うのかよ」

「ディセットも何か、こう……やってみて初めてバチッと噛み合った、みたいな経験無い?」

「……あるな」

 

 あるんだ。

 

「昔はワーカーの操縦、相当下手だったんだけどな。ある人に稽古つけてもらって、劇的に改善した」

「え?」

「え?」

「何だよその反応」

「……ディセットがワーカーの操縦で苦戦してる姿が思い浮かばなくて」

 

 ディセットは僕と同じ歳でこれだけ操縦が上手いのだから、それだけ才能に溢れているんじゃないかというのが正直な印象だ。

 ……よく考えれば、誰にだって初めての物事はある。最初の頃はワーカーの操縦にも苦心していたというのは、ありえない話じゃない。

 いや、それはそれとして、指導受けただけでこんななるか普通? やっぱり際立った才能があってのものでは?

 

「……俺のことはいいだろ。で、噛み合ったって何が?」

「こう……空を飛ぶのが当然のことのように感じられて……そうあることの方が自然というか……」

「ヤバい宗教にハマったみてぇ」

「言ってて少し思った」

 

 実際そういう感覚になったのは間違いないんだけど、表現がアレだな……。

 超自然的な存在と感覚が同期しているという意味では、宗教っぽくもなってしまうんだろうけど……。

 

「ヴァルトルーデはあまり空を飛ぶのを好んでおらんかったが、貴公はそうでもないようだな」

「こんなに便利なのに」

「便利ではあるがな、扱いが難しいのだ。そもそも仕事上そこまで必要無いし、短距離の移動なら普通に走ったり跳躍する方が早い。上空の敵を攻撃するにも雷の一発でも落とせばそれでよい」

 

 開拓者となればまた違うのだろうがな、とグリムさんは続けた。

 なるほど。国の外に出て色々な種類の巨獣を倒したり、未開拓地を切り開いたりする必要がある開拓者と違い、ヴァルトルーデやグリムさんは国の防衛を主な職務とする軍人。長距離を移動しなければいけないことも特に無いみたいだし、そういう意味では飛行にこだわる理由もあまり無いのか。

 この辺はやっぱり、ドラゴンの性質が強く影響していると考えた方が良さそうだ。

 

「あと、目立つだろうしな」

「目立つ? 何が?」

「いや、今ニュースで」

 

 すいすいとディセットが指を動かし、画面にネットニュースの画面を表示する。

 ニュースのタイトルには「飛行機を救った天使?」などとある。おや、と思いながら内容を表示してもらうと、飛行機の中から撮ったらしきスマホの動画が掲載されていた。

 動画には何らかの発光体を背負った何かが空を飛んで巨大な昆虫と対峙しているのが映っていた。発光体からは、強すぎる電気が抑えきれずに横に漏れ出し、翼のようになっていた。

 僕じゃん。ウケる。いやウケとる場合か。*1

 

「この動画今から無かったことにならない?」

「無理だろ」

 

 どうやら僕はこれから生き恥を晒し続けなければならないらしい。

 

 

*1
二回目。

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