融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「ネットに晒された……もうダメだ……僕は明日からコラ素材としての一生を送ることになるんだ……」
「さてはお前まだちょっと余裕あるな?」
ガルデニアに搭乗し、光学迷彩を使って姿を隠しながら移動して数分。僕の気分はまだ復調していなかった。
嘘だ。ちょっと余裕はある。巨象を倒してグロいものを目にした時と比べるとまだいくらか楽だ。
「ちょっとだけね。光量が大きいのと、距離が遠いから個人が特定されることは無さそうだし」
「だが
「現実から目を背けさせてください……」
僕の背中に浮いている光輪はほぼ自動で出てくるし、寝たり座ったりして展開しておくと邪魔になる場面では自動で消える。
ドラゴンも同じような光輪を常時展開しているし、半ば生態に近いものなのだろう。身バレが不可避に近い。
そして生態に近いということは、生体電気と同様に無理に放出しないようにしてしまうと反動が生じる。多分、この光輪が大きすぎる生体電気の受け皿になっているから、これを消してしまうと前にちょっと口からビームみたいに漏れた時よりもっと酷いことになるだろう。
「グリムさんとお姫さんには悪いけど、今日はもう帰った方がいいんじゃないか? 変に目立っちまうと大変だし」
「夜なら悪目立ちするだろうけど、昼間なんだしまだ大丈夫じゃない?」
「いや、貴公は休むべきだ」
「体力は大丈夫ですけど……」
「それでも、慣れない戦闘行為で必ず心身に負荷がかかっておるはずだ」
まあ、精神的に負荷がかかっていると言われると、さっきの状態からして否定はできないけど……。
「儂にとっては急ぐことには違いないが、姫様のことはなにぶん確証のない話だ。それで無用な負担をかけて、結果不届き者共に敗北し死んだ、では筋が通らん」
そういうことなら、とこの場は納得することにした。プロでもなんでもない僕が戦闘の機微を解するのは難しい。負担がかかっていると言うんならかかってるんだろう。多分。
ともあれ、このまま帰る……というのもそれはそれでちょっと辛い。仕事が無いことに耐えられずに外に出てきた以上、何かやることは見つけておきたいというのが本音だ。
というわけで、向かったのは遠く離れた東北の山中。少し休憩して心を休ませると共に、昨晩中途半端なところで終わった(それでも姉さんは瞬時に習得してたけど)霊術についての指南ということになった。
なった、のだが。
「ヴッ」
コックピットのある胸部ブロックからディセットが飛び降りた瞬間、そんなうめき声をあげて彼は一歩たりとも動けなくなってしまった。
「えっ、何急にどうしたの。何らかの攻撃?」
「こ……攻撃……!? 攻撃かもしれん……! き、気をつけろ……腰が痛くて1ミリも動けん!」
「それはギックリ腰ではないか……?」
「ギッ……クリ……」
「腰?」
この歳でそんなことになるなんて嘘だろ、なんて視線が寄越されるが、言われてみると……という部分はある。
そういう傾向はある……かもしれない。日頃からの筋トレで負担をかけているし、連日の戦闘で体にかかっているGも無視できない。
元々、無重力空間での暮らしが主だったようだし……。
「ずっとパイロットとしてシートに座りながら体に負担かけてるし、そうなる条件は整ってるね。あとギックリ腰って年齢関係ないらしいよ」
「そうなのか……!?」
姉さんの医学書チラ見した時にそんな記述を見た覚えがある。普通は、筋肉が衰え始める20代~50代が多いけど、負荷がかかりすぎると若くてもギックリ腰にはなる……とか。
本気で動けなくなっているようなので横抱きにして持ち上げてその場に転がす。楽な体勢は自分で探してもらおう。
運ぶ間、ディセットはずっと真っ赤な顔を両手で覆っていた。
……あ、胸当たってるか。まあいいや。
「そっちの世界でもギックリ腰は老人がなるものって固定観念あるんだ?」
「アニメで見て……」
「染まりすぎだろ」
「そもそも俺の世界身体改造が一般的だから、悪い部分があったら取り替えるくらいの認識じゃねーか?」
あ、そういうレベルなんだ。
それとなく納得しつつ、ディセットの腰に手を当てる。違和感と痛みが強いのか、その場で顔をしかめられた。
「ディセットもそういうの入れてたり?」
「眼球と脳、神経、あと骨にチタン入ってる程度だな」
「それで『程度』なんだ」
「これで一般的なセットだぞ……あ、いや。
……結構倫理観ヤバい世界じゃない?
いや、そういう手術するのにちゃんと安全が担保されてるなら一概に否定できるものでもないけど。
「ううむ……肉体を改造するというのはよく分からぬな……」
「今のあんたの体も相当改造されてるんだが」
「なんと」
「……この体の年齢で?」
「……多分、この年齢で」
前言撤回。割と細部で否定しなきゃダメじゃないかあの世界。
脳内インプラントがある時点で想像していないといけなかったかもしれない。いや、想定したとして何になるんだという話だけど……よその世界の倫理に口出ししたりなんて不可能だし……。
「あれでどの程度いじってるの?」
「インプラントは確実だけどそれはよくあることだ」
それも怖くない?
「脳手術して機械を埋め込んでるわけじゃなくて、ナノマシンによる内科的施術で有機的物質を使って……つって、俺も理屈は分からないんだが」
「まあ分かってなくても問題なく使えるしね」
「そうだな。ともかく、普通は人体の成長を阻害するほど改造はしないって話だ。けど……」
それどころじゃない、と。
角は関係ないものとして考えても、骨格や内臓にまで手を入れているということだろうか?
具体的にどれ、というのはあまり聞きたくない。聞いておかないといけないんだろうけども、メンテナンスなどの都合上。聞くとショックでまた気分悪くしそうな気もする。
となると、機械の世界の肉体の方も、実年齢は見た目以上だったりする可能性も……。
「貴公の世界はいささか短絡的ではないか?」
「その辺否定できる要素は無いけど、あんたらのとこも人のこと言えるほど行儀の良い世界じゃなくねえか……?」
「うむ……」
肯定しちゃったよ。
とはいえ、短絡的と言われると……そうかもしれない。
霊術の世界の人類は常に超自然的な脅威に晒されながらも、水際でその生存域を維持している。逆に言えば、今の生存域を維持するばかりで攻勢には転じられていない。
祟蟹とかいう超危険生物への対策が確立していたりもするが、それも被害が出てからの対症療法に過ぎず、「遠距離から超広範囲攻撃で殲滅」だの「霊術で毒の影響を受けないようにして近付いて斬る」だのと個人の才能に依存した対策ばかりが主流だ。
あの世界で本来必要なのは、個としての能力を伸ばしていくことよりも対巨獣のための根本的な戦力の増強、ワーカーのような巨大戦力の運用を確立することじゃないだろうか。
……って、素人考えだけど。
「物資や人材が足りておればよかったのだがな……」
所詮は素人考えだったようだ。懐事情は何にも優先されるからしょうがない。
才能ある個人が一点突破で打開策を見つけてくれないとどうしようもないんじゃないだろうか、あの世界。
そうだよな、とディセットも半ば諦め気味に呟く。僕らが考えるようなこと、あっちの世界の人間が考えてないわけがないよね……たかが一般人の発想でブレイクスルーを起こせるのはあくまで創作の中だけだ。
「……で、ディセットはそろそろ痛み和らいだ?」
「いや、和らぐ理由が無いのにどう……いや、多少痛みが消えてるな。何でだ……?」
「何かしたのか?」
「低周波療法の真似事」
両手に小さく電気をまとわせて示す。
ごく小さな電気刺激で筋肉を動かす、というのは昨晩もやっていたことだが、似たような理屈で固まった筋肉をほぐせないかと思い立ってやってみたわけだ。低周波治療器もトレーニング器具も電極を使ってごく軽い電流を流しているという点では変わりないわけだし。
結果、どうやら多少なりとも痛みが和らいでいるようなので成功したらしい。次は低周波治療器だけじゃなく人間電子レンジになってみようか。なんつって。
「うーむ……貴公、思ったより器用だな。『してみた』、でできる者もそう多くはないぞ」
「僕の場合、身近に家電が多いから理論と紐づけてイメージがしやすいんだと思います」
そういう点で、電気や磁力っていうのは相当扱いやすい部類の能力だろう。
炎だとか水だとかもちょっぴり憧れる部分はあるが……要らないな。今のこの能力だけでも強すぎて持て余すし、既に大概恐怖の方が勝っている。命を狙われる心配さえ無いなら、何ならこの力すらできれば手放したい。人間の手には余る。
「術式も基本は理論とイメージだ。これほどならそう遠からず習得もできるだろうて」
「そう――ですか」
そういう心境を外に漏らしていないせいか、グリムさんはニコニコと上機嫌な様子だ。
ヴァルトルーデと重ねて見ている部分もあるのだろう。彼女はあまり素直に接していなかったのかもしれない。
おそらく、僕は霊術を習得することを求められている。なら――。
「嫌なことがあるなら言えよ」
直後。こちらを振り返ることもできないというのに、ディセットからそんな発言が飛び出した。
本人はもしかすると何の気も無い発言だったのかもしれないが、本心を見透かしたかのような発言に思わず一瞬息が詰まる。
――ダメだ。綻びを出しては。役割に徹しないと。
「嫌なことなんて何も無いよ」
動じることなく、そう言葉を返す。
大事なことだ。間違いない。
術式を介した霊術が使えるならそれだけできることが増える。自分の身を、自分の周りの人を、姉さんや父さんを守る手札が増える。
およそ全てが姉さんに劣っている僕に与えられたのがこの暴力的な能力なら、その全てを何らかの形で姉さんの役に立てることが僕の義務なのだろう。
「姉さんよりよっぽど不器用なので、良い生徒とは言えませんけど……教えていただけますか?」
「いや、姉上殿のあれは……なんというか……」
もにょもにょとグリムさんの口が動く。
……冷静に考えると、一度聞けば全部覚えてしまう姉さんは生徒としてはどうかと思うタイプだった。
「まあよい。儂も立場上多くの教え子を持つ身。腕がなるというものだ!」
薄い胸を張り、大きな身振りをしながらドヤ顔でそんなことを豪語するグリムさんの姿は、数百年を生きた老人のそれと言うより外見通りの少女のようだった。
僕もあんまり他人のこと言えないけど、だいぶ肉体に引っ張られてるなぁ……。
‹今ナルミの髪の色はどんな様子だ?›
‹あおっぽくもどったぞ›
それは、言ってしまえばふとした拍子の思いつきだった。
昨晩の会話では追及を諦めたディセットだが、依然としてナルミの内面に対しての疑問は少なからず残っている。そこで、インプラントによる短距離通信でナルミに知られず情報伝達ができるグリムにある程度の情報共有をしておいたのだった。
どうやら感情の変化で髪の色味が変わるという点、表情も見た目もほとんど変わらないながら、確かに感情の波が見えた点。そのシチュエーション。あまり行儀の良いことではないと自覚はしていたが、黙っていても本人が教えてくれるとは限らず、何より現在は精神の乱れがそのまま命の危険に直結するような現状だ。ちょっとした逡巡はあったが、実利と興味の方が勝った。
ともあれ、物心ついた頃からずっと戦場に身を置いていたディセットに、後ろを向いたまま相手のことを察するような離れ業はできない。核心を突いた言葉を言えたのは、実際にナルミと向き合っているグリムに短距離通信で聞いたからこそだ。
‹むらさきはよくないのか›
‹感覚的には、不快感とか漠然とした悪感情を持ってる時にそうなると思う›
思い返せば、それ以外をほとんど見たことがない、ということに気付いてディセットは返信の手を止めた。
平常時は青、不穏な時は紫、激情を抱えている時は赤、そして気分が落ち込んでいる時には光が消える。それ以外のサンプルケースを、彼は覚えていない。
もし仮に嬉しい時や楽しい時は色が更に変わるというのならば、ナルミは日頃、微笑みの裏でそうした感情をほとんど抱いていないということになる。
‹わしきらわれとるのか›
‹いや違う違う違う›
他方、グリムは思いきり勘違いをしていた。元からおぼつかなかったメッセージの操作が更にガタつく。
ナルミに施している指南の手が止まり、物悲しげな表情に変わる。やり取りがバレるからやめろ、とディセットはその場でメッセージを送った。
とはいえ、ナルミ個人は既に何やらメッセージのやり取りをしているのだろうということは察している。普段そのような素振りのないグリムが唐突に大きな身振りをしたとなれば、何らかの意図があって当然だからだ。慣れないことをしているのだろう、とまで思い至ればインプラントの操作をしているところまでは誰でも察せられる。
‹ナルミは暴力に耐性が無いんだよ›
‹あってもこわいが›
よほど訓練を積んだか、心に傷を負うか、あるいは先天的に精神の欠落でも無ければ暴力に耐性を持っている人間というのも少ない。まして、戦闘が身近なものではないこの世界の住人ならなおさらだ。
‹かなりのデカブツとはいえ、自分が直接やったわけでもない、人間でもない死体を見ただけでゲーゲー吐くほどだ›
‹うむ›
‹それだけ繊細な奴が急にグロや暴力に耐性つけられるとは思えない。戦うことだって、本当は心底イヤだと思う›
‹そうだろう›
‹そんな奴にとって戦うための力を得るための訓練って、気が進むもんか?›
一瞬、ピタリとグリムの動きが止まった。
ナルミの髪を覆う燐光は依然として青い。それは彼女の心が平静に保たれている証左だが、同時に本来あってはならない色味でもあった。
‹俺は初めてワーカー乗った時は……ちょっとそこまで考えられるほど歳いってなかったけど、やっぱ強すぎる力って怖ぇよ›
‹たしかに›
‹あんたらのとこ基準でも、今のナルミは相当だろ?›
‹ばるとるーでよりつよい›
ドラゴンと称されるイーバはディセットの世界に複数種存在するが、ナルミの体に宿っているそれは格別に強力な一体だ。
過去、ディセットは金星でとあるドラゴンが関わる事件に遭遇した。このドラゴンに結果的にとどめを刺すことになったせいで、彼は不本意ながら「竜狩り」と呼ばれるようになっているが――「ウェヌス」というコードネームで呼ばれるこれは、金星の駐留部隊と居住地、そして彼の戦友を文字通り全滅させるほどに強力な個体だった。これと同等の力を突然得たとなると、まともな神経をしていれば恐怖していて当然だ。
(考えられるのは、単に切り替えが早くて楽天的なだけか)
これは無いな、と切り捨てる。
ディセットはおよそナルミが事態を楽観視している姿を見たことが無かった。むしろ相当に悲観的だ。
(俺が見誤ってるだけか)
常識的に考えればその可能性が最も高いだろう、と彼は胸中で頷いた。
観察していると言ってもたかが数日のことだ。どうやっても正確な評を下すなど不可能である。よって、そもそもナルミの感情に対するディセットの見立てが誤っている可能性が最も高い。
(――感情レベルで自分を律してるか)
そして最後に、非現実的な可能性がよぎる。
そのようなことは本来ありえない。感情というものは脳の機能であり、自分自身の意思で制御などできるものではない。あえてそのようなことができる者がいるとするなら、ディセット以上に複雑に脳内インプラントの影響を受け、脳内物質の分泌すらコントロールできる
ほんの一瞬だけとはいえ本心を覗かせているあたり、そういった特異な業種の人間ほどではない。とはいえ、非現実的なことには変わりない。これだ、と断言するには至らなかった。
‹きいてみる›
‹ちょっと待て›
「少しいいかナルミ」
「待っオ゛ッ」
「ちょっと待ってくださいディセットがまた死にそうです」
入力するのが早いか行動するのが早いか、ディセットがメッセージを送った時にはもうグリムはナルミに声をかけていた。なんとか制止しようと体を起こしたのが良くなかったのだろう。その場でディセットの腰に激烈な痛みが走る。
結果的にそれが功を奏したと言えるだろうか。ナルミはそちらを心配して話を中断しようと駆け出す。
「介抱しながらでも話は聞けるだろう」
が、当然ながら待つ理由など無かった。ディセットの顔が歪むが、痛みのためか、あるいは今この場ではやめろという必死さのためかは既に誰も知ることができない。そもそも言葉すら発せなかった。
「訓練をする前の貴公の様子が気にかかった。霊術の習得は気が乗らぬか?」
「そんなこと無いですよ」
その返答には、揺らぎも淀みも無かった。同時に、あまりにも何も無さすぎる。
現に一瞬とはいえ言葉を詰まらせたのは事実なのだ。ディセットはそこに少なからず違和感を覚えた。
「必要なことでしょう?」
「要不要で言うなら不要だ。必ずしもそうしなければならない理由は、どこにも無い」
「……あれ!?」
明らかな困惑と驚き。同時に、ナルミの髪に薄く黄色が差したことにディセットは気がついた。
そうしてよくよく思い返せば、出会った時にもこんな色だった、という事実に至る。動揺などを示しているのだろう。信号機みてぇ、と彼は胸中で呟いた。
「戦いを望まない者に戦いなどさせられぬし、霊術も道具で代用できる」
「じゃあ何で教えてんだよ……」
「使えれば便利だからだ。それ以外に理由が必要か?」
学問などと似たようなことが言えるな、とグリムは続けた。
霊術は戦いに使うものばかりではない。生活に用いることは当然として、応用法も数えれば限りないだろう。
無論、普段の生活の中で使うものばかりではない。しかし、学べば確実に選択肢が増える。グリムの思いとして、他意は無かった。
「というかお前動揺しちゃってるじゃねえか」
「そんなことない」
瞬時に燐光の色が青く戻る。もしやこれはもっと表面的な感情を示しているのではなかろうか? とディセットは軽い疑いを抱いた。
同時に、仮に表面的な感情だとしてもそれを一瞬で取り繕えるのはどういうことだ、という点にも意識が向く。
‹ふみこむぞ›
‹何だって?›
‹こやつにひつよう›
話してくれないなら本人が語ってくれなければどうしようもない――そんな諦めが頭によぎった時だった。
拙いメッセージが送られてくるのと同時に、グリムが更に前に踏み込んでナルミの懐へと潜り込む。そうして示してみせたのは、ナルミ自身の髪だった。
「貴公、感情が表に出とるぞ」