融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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28.エースとトップエース

 

 

「ど真ん中だ」

 

 着弾地点より10km先の山中。狙撃手は静かにそこに佇んでいた。

 カナール社製銃撃戦用ワーカー、ルクバト。パイロットのストロエフは深く息を吐いた。

 機械の世界において、静止目標への狙撃は「できて当然」と言うべきものだ。風速、弾速、弾体の重量、その他狙撃のために必要なデータはインプラントと補助AIによって徹底的に管理されており、弾道計算も自動で行われる。よってここで重要なのは、いかに相手の心理を誘導するか、そして射手の側が何を目標に置くかだ。

 二体目(ふたりめ)のドラゴンを目にしたことで、ストロエフはナルミに狙いを絞るのをやめることにした。全員が一定以上の戦力になるのであれば、ドラゴンにこだわらずに一人ずつ戦力を削ぐことも選択肢のひとつである。

 彼らは現段階では可能な限り周辺被害を出さない方針としているが、それはあくまで自分たちの存在が表沙汰にならないためのものだ。無関係な一般人を巻き込むことに良心の呵責はない。

 先の飛行機墜落未遂によって世間の目はそちらに向いており、ストロエフとディセットたちは共に山中にいる。何より、理由は不明ながらも、一人動けなくなっている足手まといがいる。ならば、今撃てば確実に一人は仕留められる。そう勘定したら、行動に移すのは早かった。

 そうして撃ち込まれた一発は、期せずしてストロエフの当初の目標であるドラゴン(ナルミ)に直撃した。

 

「健気だねぇ」

 

 咄嗟に二人を守ろうと動いたことはストロエフも確認できていた。見殺しにすればいくらでも回避できただろうが、それをしなかったのは他者を見捨てられない心根に由来するものか。

 仮に生き残る算段がついていたとしても、炸裂した「闇」の威力まで計算に入れることはできない。死んでいないとしても、長くはないだろう。

 最大の懸念材料を排除した今、もはや敗北は無い。彼は落ち着いた心持ちのまま、ライフルの排莢と装填を行った。

 

『ブッ殺してやるからそこを動くな』

 

 ――直後、憤怒と憎悪にまみれた声が、彼の耳を打った。

 

「動かないわけが無いだろうこのマヌケが……!」

 

 悪寒が導くままに、彼は狙いをつけるのをやめて急上昇を選んだ。

 木々の立ち並ぶ山中でワーカーが実力を発揮するのは難しい。特に射撃戦を想定するのであれば、障害物などはなるべく避けるべきだった。

 奇襲を受けた関係上、どうしてもディセットは後手に回らざるを得ない。飛び出してくる瞬間を狙えば、あちらは障害物を気にしながら射撃しなければならないのに対し、ストロエフは制限なく撃ち込むことが可能だ。

 直後、遠方の山中から暗い青の機体色を持つ細身のワーカー、ガルデニアが起き上がる。爆発的な勢いでスラスターが吹かされており、表情など無いはずのその頭部からは鬼気迫るものを感じるほどだ。

 

「落ちな!」

 

 丸みを帯びたルクバトの脚部装甲板が一部開き、吐き出されたミサイルがガルデニアに殺到する。

 こういった場合の対策はチャフかフレアか。いずれにしても、ガルデニアの方から向かってくる状況では大した効果は発揮しない。周囲の木々が邪魔になるため回避も難しく、考えられる対処法としてはダメージ覚悟の中央突破、あるいは何らかの武器を使用して撃墜するか。

 いずれにせよ、ワーカー同士の戦闘である以上行動はある程度予測できる。迎撃のためにルクバトの両腕に内蔵されたマシンガンが展開された。

 

『テメーが落ちろ』

 

 直後、ガルデニアはその軌道を()に向けた。

 誘導されたミサイルがわずかに進路を変える。そこをめがけて飛来したのは――蹴り上げられた樹木。

 

「あぁ? があぁあ!?」

 

 接触信管が作動し、複数のミサイルが一気に誘爆する。爆発音と共に爆煙が周囲を包み込み、ガルデニアの姿がストロエフの視界から一瞬消え去る。まずい、と感じるよりも先に凄まじい衝撃が彼を襲い、金属が破砕する音と共に計器類が悲鳴を上げた。

 

(右腕被弾!? 肘からブッ壊されてやがる! 何をされた!?)

 

 煙の中から飛び出してきたガルデニアを視認したその時、ようやくストロエフもその理屈に合点がいった。

 ガルデニア――ブラギ社製のワーカーの大きな特徴はその背部に装備されたウエポンラックだ。手持ち武器を懸架するためのみならず、大型スラスターとしての機能や格納している武器を遠隔で起動させる機能も標準搭載されている。その下部から大型滑腔砲の銃身が半分ほど覗いていた。

 樹木を蹴り上げると同時に無重力発生装置(ゼロドライブ)によって勢いそのままに宙返りをし、ウエポンラックがルクバトの方に向いた一瞬で射撃。銃撃の反動で推進力を確保して再接近――現実に目にすれば理屈だけは分かるが、実際にそんな非現実的な技量を必要とする攻撃ができるかどうかは別問題だ。

 

「チィッ!」

 

 ここでストロエフが選んだのは、後ろに退きながら残った左腕のマシンガンを乱射することだった。

 必ずしもガルデニアを破壊、ディセットを殺害することがストロエフの勝利条件ではない。ワーカーという精密機器の塊に多少の手傷を負わせることもまた、目的の一つだ。現在のディセットは何の後ろ盾も無く、補給も修理もまともにはできない立場だ。わずかでも損傷を与えられればその損傷がそのまま後の戦闘に影響を与えかねない。

 当たりさえすれば退く可能性が生まれる。退いてくれさえすれば、撤退の時間を稼ぎきれる。だが――。

 

(当たらん……!?)

 

 推力差も性能差もそう大きくはないはずだ。しかし、ガルデニアは弾丸の雨を掻い潜りながら確実に接近してきている。ストロエフが自分の目か頭がおかしくなっているとしか思えなかった。

 射線が直に見えてでもいるのか、あるいは未来予知などという荒唐無稽な能力でも持っているのか、ディセット・ラングランという男の出自からすれば否定しきれないが、それだけは絶対にありえないと彼は知っている。

 

「狙いが見え見えだ」

 

 対して、ディセットにとってこの程度の攻撃は見え透いたものだった。

 ワーカーの利点は人型であることだ。これと神経接続によってどんな人間でも巨大重機による精密作業が可能となる。裏を返せば、人型であることが弱点ともなりうるのだ。

 銃器のために腕を用いれば非常に扱いやすいが、腕の動きがそのまま弾道に反映される。いわば人型であることに()()()()。銃口の向き、腕の可動域……そういった部分をよく「見る」ことができれば、攻撃の回避は難しくない。人型である以上に機械であることを意識しろ――彼はそう教わったことを寸分狂わず実践していた。

 ディセットにとって、あるいは彼の戦友にとって、この程度のことは基本技能でしかない。全長100m以上の巨体に人知を超えた特殊能力を持っているような存在を相手にしていたのだ。一撃一撃が致命傷となりうる、死と隣り合わせの戦場と比較すると眼前の敵は脅威たりえなかった。

 弾幕の切れ目にライフルの一射が差し込まれ、ルクバトを大きく揺らす。

 

(あと数発……)

 

 怒りに満たされた感情と裏腹に、彼の頭は冷え切っていた。

 戦場に長く身を置いていたからこその感情のコントロールでもあり、友人に凶弾が向けられたことで生じる殺意が頭を冷やしているからこそでもある。

 敵はまだ本領を発揮していない。その気になれば黒騎士と同じことができるはずなのだ。あるいはワーカーとの親和性が低い、巨大戦力同士の戦闘のため有効に使えない、といった理由があるとも考えられるが、ディセットはその場で思考を切り捨てた。

 やらないとできないはイコールではない。いざとなれば使ってくるかもしれないのに、使わない、使ってこないことを前提にするのは愚の骨頂だ。

 ――そして、唐突にガルデニアの背後の空間に、音もなく黒い染みが浮かぶ。音もなく、前触れもなく、まるで最初からそこにあったかのような闇だ。

 

()った!)

 

 漆黒の矢が背後からコックピットめがけて放たれる。

 ここで殺さなければ、確実に後の脅威になるという確信から、もはや温存は考えるべきではないとストロエフは判断する。そうして放たれた乾坤一擲の一撃は、しかし空を貫いた。スラスターが火を吹き、急激にガルデニアの軌道が横に逸れたのだ。

 

『なぜ分かる!?』

「さあな!」

 

 ワーカーは機体各所にカメラを配し、外部の映像を処理してコックピットの全面モニタに映像を映し出している。神経接続とインプラント、網膜投影によってワーカーに搭乗している時のディセットの視界はそれらのカメラに接続されているため、必要とあればほぼ360度を見回すことができる。背後からの攻撃であっても対応は可能だった。

 山間部で人の通りも無いがゆえにディセットも攻撃を躊躇する理由が無い。回避に合わせて更に数発の弾丸が撃ち込まれる。先のガルデニアのように退がりながらも急激な方向転換を行うルクバトだが、銃弾がいずれも寸分狂わずその胴部を捉えていた。

 しかしながら、直撃の寸前に黒い霧に阻まれダメージを与えるには至らない。ディセットは小さく舌打ちをした。

 

()()()は使い続けりゃ消えるのか?」

『試してみるかよ、補給すらできねえ分際で!』

 

 試さずとも、ディセットはこの黒い霧による防御に限界があることは知っている。しかし、そこに至らせるのがいささか面倒であることも事実だ。

 銃弾は消耗品で安易に使うわけにいかず、ブレードも長い間整備すらできていないため、疲労が溜まっていつ折れても不思議はない。

 

「試すまでもないな」

 

 同時に、防御を突破するのに必ずしも消耗品を使わなければならないわけではない。ブレードや銃弾が使えなくなれば拳を使うことも辞さないし、防御そのものは自動的なものではなく半手動。隙間を抜けていくか意識外からの攻撃であれば、物理的な威力を突き詰めずとも問題はない。それこそ、霊術などを使ってもいい。

 ――その発言を裏付けるように、地上から放たれた一条の光線がルクバトの右足を貫いた。

 

『うっ……おおおォ!?』

 

 ダメージによる警告が生じるよりも先に、直撃を受けた右足が股からパージされる。丸みを帯びた熱い装甲の下に内部武装として備えたミサイルが誘爆し、熱気がルクバトを焼いた。

 

『すまぬ、外した!』

「十分だ!」

 

 極限まで収束した熱と光の塊を意識の外から浴びせたのは、全速力で戦場まで駆けつけてきたグリムだ。狙いのつけ辛い高速移動中にも関わらず命中させたことに舌を巻くディセットだが、今はそれを称賛することは置いておいた。

 

「ナルミは!?」

『応急処置は施した。死んではおらんが意識が戻らん。早急に奴を排除せねばまずいぞ』

「上等……!」

 

 ディセットにとって気がかりだったのは、自分たちを庇って倒れたナルミが無事だったかどうかの一点のみだ。

 霊術も使えず、戦闘以外では自分などまるきり足手まといにしかならないと判断を下した彼は、医療キットを渡してその場をグリムに任せ、追撃を防ぐために逆撃に出た。

 時折、拙い短文が送られてくる以外に安否を確認する術も無かったものの、こうして直接通信で命が助かったことを知らされればもはや憂いは無い。ガルデニアの機動が更に鋭さを増し、全身が煤けたルクバトに肉薄する。

 

『この――!?』

 

 距離を取る、そう決めたストロエフの判断自体は早かったが、反応でディセットが一手上回った。残った左足のミサイルを射出するために開く装甲板を上から足蹴にし、発射すること自体を封じたのだ。

 同時に、ガルデニアのブレードと地上からのグリムの熱線が一斉に襲いかかり、幾度となく黒い霧に叩きつけられる。

 

「このザマでドラゴンを殺せると思ったのか?」

『テメェの存在は計算違いなんだよ……!』

 

 迎撃のために黒い霧を収束させて薙ぎ払おうとすれば、即座に距離を取って銃撃に切り替える。振り切った一瞬の隙を突いて更に近づかれ、反撃が一切許されない。

 ストロエフは、ディセットの技量が間違いなく機械の世界でも五指に入るものだと認めた。あるいは、「竜狩り」という名がほぼ彼個人を示す異名として知られていることから気付くべきだったのだ。彼は災害そのものに等しい存在(ドラゴン)を狩りうる力を持つのだと。

 

(逃げるしかねえ……だが……!)

 

 今のままでは少なくともこの集団に勝つことはできない。あるいは、一発の奇襲を終えた時点で一旦逃げに回るべきだったのかもしれないが、討ち取れると欲をかいたことが彼の首を絞めた。こうも徹底して攻撃を受けているだけでは()()()()ことすらできない。

 ――しかし、「その時」は唐突に訪れる。

 

「!」

 

 数にして20。黒い霧に向かって斬り込み続けたブレードが、半ばから音を立ててへし折れたのだ。

 この状態では追撃をしようにも不可能だ。あまりに至近距離であるためライフルの取り回しは良いものではなく、どうしても追撃は一手遅れることになる。

 

(しめた!)

 

 一瞬の隙を見て、ルクバトの前方に闇が凝る。経路を開くための予備動作。ほんのわずかに開くことさえできれば、絶対に追ってくることはできない最高の逃走経路だ。

 折れたブレードが投げつけられ肩に突き刺さろうと、熱線が掠めようとももう遅い。ストロエフの口元が思わず歪む。

 

「え?」

『あ?』

 

 刹那、突如としてディセット、ストロエフ両名のコックピットに盛大なアラートが鳴り響いた。

 D粒子濃度、急上昇。

 それはドラゴンの体内にある粒子製造器官がフル稼働している証左であり、

 

「うああぁぁぁぁ!!」

 

 ――起きてくるはずのないドラゴン(ナルミ)が極超音速で戦場に突入し、ルクバトの頭部を素手で捩じ切る前振りだった。

 

 

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