融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
全身から血を吹き出す
文字にするとあまりにも非現実的なその光景は、ディセットの頭に心配よりも先にドン引きの感情を植え付けていた。
まさしく完璧な「意識外からの攻撃」である。曲がりなりにも生身でそれをやってのけたこともそうだが、傷が開いて全身から血を流す姿はもはや恐怖を誘うほどだ。
何かがまずい。そうディセットが感じ取ったのも束の間、ナルミは磁力を全開にすると自身を起点としてそのベクトルを地上に向け、全重量を込めた踏みつけを敢行した。
『ぬおおおおッッ!?』
数万トンを超える莫大な重量を人間大に凝縮したその一発は、咄嗟に黒い霧を集めて防御を固めたはずのストロエフの想定を超えて絶大なダメージを彼の体に与えた。
全身を保護してなお突き抜ける衝撃が骨を砕き、臓腑を潰す。ヘルメットに多量の血を吐き出しながら、彼は内心で悪態をついた。
(クソが! 大型の艦砲並の威力があるんだぞ!? 死んどけよ、生物として!)
急速に失われる血流の中、必死に頭を回して打開策を考える。しかし――無い。ここまで肉薄された状態ではワーカーに有効打は無く、ストロエフ自身にも大して白兵戦の心得は無い。
ほぼ完全に手詰まりだ。彼はただ視界を塞ぐだけのガラクタに成り果てたヘルメットをその場に投げつけた。
「ううううああああああああぁぁぁぁッッ!!」
唸り声とも咆哮ともつかない叫びと共に、コックピット付近の装甲板に手がかけられ、その場でまるで薄布でも裂くように引きちぎられる。
現実味に欠ける、しかし確実に目の前で起きている現象を目にしたストロエフの脳裏に根源的な恐怖が湧き上がった。
『儂鉄板が
「装甲板って引きちぎったらあんなバヅンッて音するんだな……」
一方的な戦況に半ば投げやりになって遠い目になりつつあるディセットとグリムだが、一方で戦況を見定める目は互いに冷静だ。確実に今、ナルミが正気ではないことを二人は見抜いていた。
彼女は諸々の問題こそあれど、戦いに恐怖し、自分自身の力にも怯える良くも悪くもまともな感性を備えており、ここまで思い切った行動などできる性格をしていない。仮に激怒したとしても、安易に暴力に訴えるようなことはしないはずだ。
そして、このまま行けば確実にナルミは彼女自身の手で敵を殺す。その事実は確実に精神を蝕むだろう。
「しゃーねえ。あいつに人殺させるわけにいかないか」
平時、ガルデニアのブレードは両腿部のスラスターにマウントされており、折れたとしてももう一本の予備がある。ディセットはその一本を取り出すと、一気にスラスターをふかしてルクバトへ最接近した。
ナルミは依然、接近してきたガルデニアを気にすることもなく、獣じみた様相とは裏腹に装甲板をちぎり取って機械のような正確さでコックピットを狙っている。
『儂がやるぞ』
「いや、俺の仕事だ」
グリムに任せることもやぶさかではなかったものの、どうあれ相手は機械の世界の住人に違いない。心情的にも実利を取るとしても、この場で他人任せにすることはできなかった。
特に、今の暴走したままのナルミでは間違いなくそのまま収束した電気を叩きつけて丸ごと消滅させるまでありうる。それは避けるべきだ。
「おいナルミ!!」
外部スピーカーを用い、強引に呼びかける。これによってわずかに正気を取り戻したか、血が流れ放題の顔がそのままガルデニアに向いた。
軽い恐怖映像にひゅっ、とディセットの喉が鳴り萎縮しかけるものの、彼は臆することなくナルミの前にガルデニアの手を差し入れその視界を塞ぐ。
――直後、ガルデニアのブレードがルクバトのコックピットをひと突きにした。
「…………」
数秒、戦場を沈黙が支配する。システムダウンに陥り、完全にルクバトが沈黙したのを見計らってから、ディセットはブレードを引き抜き、鞘に収めた。
同時にナルミもまた、近付く者全てを死に至らしめるかというほどに全身から発せられていた電気が徐々に弱まっていく。思わず駆け出しそうになるディセットだが、その直後彼の腰を激痛が襲った。必死に痩せ我慢をして脳内物質が痛みを紛らわせていただけで、ギックリ腰の症状は一切改善していなかったのだ。
「悪い、グリムさん。俺ちょっともう動けねえ」
『……貴公、類稀な戦働きゆえ忘れておったが、そういえば腰をやっておったか……』
「ってわけで、悪いけどナルミのことと……あと、このワーカーのコックピット見てきてくれないか? 最低でも死亡確認取れないと安心できねえし」
『承った』
音声通信を終えると、インプラントの違和感に軽く頭を振りながらグリムはルクバトの巨体を登り始めた。
ナルミはコックピットの近くでガルデニアの掌にもたれかかった状態で倒れ込んでいた。意識は無いが、規則正しく寝息を立てていることから大事はない。そう判断し、グリムはコックピットの方に近付いた。
綺麗に一筋の切り傷が入っている。動力部を傷つけて爆発を起こすようなことをせず、ただ機能のみを殺す繊細な太刀筋だ。もっとも、グリムには「ロボットは下手に撃墜をすると爆発する」といった知識が無い。肉体から流れ込む記憶をもとに薄ぼんやりと技量が高いことを悟るのみだ。
全システムがダウンしたことでコックピット内部は真っ暗になっていた。切り口を熱で広げつつ、光源を作り出し覗き込む。
「む……?」
凄惨な状態の死体があるものと覚悟していたグリムが目にしたのは、まったくの
グリムは、この場に残った僅かな黒い霧を見て、本能からわずかな生理的嫌悪感が生じるのを感じた。顔をしかめながら内部を調査するも、見つかるのはそこにいたという痕跡くらいのものだ。
そう遠くないうちに騒ぎになるだろうと推察すると、グリムは血反吐にまみれたヘルメットだけを回収することにした。
そうしてガルデニアの手に乗せられコックピットに帰還したグリムたちを待っていたのは、極めて嫌そうなディセットの表情だった。
「
「たわけ!
不衛生だ、とグリムは憤慨した。無論、問題はそこではない。
「この様子だと恐らく死んではおらぬだろう。残っていたのはこれだけだ」
「逃げたか。まあいい」
「よいのか?」
「こんだけ血を吐いてるなら、臓器のひとつふたつ潰れてるだろ。治して戻って来るにも時間はかかる」
ディセットの脳裏に、胴から真っ二つにされたというのに生存していた黒騎士の姿が浮かぶ。黒い霧、あるいは液体は、切断した肉体をもつなぎ直すほどの接着力を有していたが、つなぎ直した後の様子を思えばダメージそのものを帳消しにしたわけではないことが分かる。
世界そのものを移動したり、防御や攻撃に使えたりと一見万能に見えるが、できるのは応急処置までで「治療」ではないのは、今回の戦場に黒騎士が出張ってきていないことからの推測だ。
操っている者の意思によってしか動かなければ、いくらでもやりようがあるというのがディセットの見解だった。
「存外軽いな。あれほどの敵、生かしてはおけぬという性分に見えたが」
「あんな得体の知れない力を使うような連中を今すぐ始末できると思うほど驕ってる気は無い。やれれば儲けものだよ」
それはそれとして次は殺す。
底冷えするような声音の呟きに、グリムは苦笑いした。
「けど、今重要なのはこいつだ」
と、ディセットが示すのは撃墜されたルクバトだ。動力部を綺麗に避けた一撃によって爆発することもなく、激戦の跡を残してただそこに佇んでいる。
なるほど、とグリムは頷いた。このワーカーの残骸は、まさしく彼らが望んでいた「この世界にワーカーの技術をもたらすための引き金」となりうるものだ。ディセットが設計図をネットワーク経由で流したりするよりは遥かに混乱は抑えられるだろう。なるべく動力部を避け、原型を残したまま撃破しようとした理由がこれだった。
「技術をこの世界に広めるとしても、俺のワーカーをどっかにくれてやるわけにもいかないしな。最新機種じゃないけど、ちょうどいいや」
「……貴公、こうした機会を狙っておったのか?」
「まあ、ワーカー持ってるってのは分かってたし、どうせ倒すならとは思ってた……ナルミを怪我させるつもりは無かったんだが」
大きなため息をつきながら、ディセットはシートに深く腰掛けて天を仰いだ。
正直に彼の目線から言えば、唐突にわけのわからないタイミングで砲撃を食らって怒らない方がおかしいのだが、ともかく先のルクバトへの突撃とその後の暴れぶりは間違いなく正気ではない。
(
今回の暴走ぶりは、その時の比ではなかった。
本人が覚えているのかどうかという点でもそうだが、最も彼が気にしているのはそうまで変貌することがありうるのか、という部分だった。
ナルミがその身に宿しているドラゴンは電気と磁気を自在に生み出し操っている。即ち脳内電流すら自在に操ることができるわけで、「正気を失う」ということそれ自体が異常事態とも言える。
そもそも複数の生物が融合している現状そのものが異常事態であるため、主導権を握る者が変わったという解釈もできるが、それならばもっと別のタイミングで表面化していてもいい。砲撃の衝撃がきっかけだったとしても、先に挙げた電磁操作の生態からそれもありえない。
おかしい。漠然としていながら、ディセットは確かにそこに異質なものを感じ取った。
「……容態も気になる。一旦帰ろう」
「うむ、そうだな」
考慮すべきことはあるが、今一番重要なのは本人の体調だ。最低限の応急処置では、音より速く飛んだ――あるいはレールガンの要領で
(まあちょっとやそっとじゃ死にそうにないが)
とはいえ、戦艦の砲撃にも匹敵するほどの狙撃を受けて「怪我」で済んでいるのだから、どうやったら死ぬことがあるのだろうか。
心配と疑問の入り混じった複雑な感情を抱えながら、ディセットはガルデニアを家に向けた。
腰痛は一向に治まる気配を見せなかった。
そうして家路につく最中、数分ほどしてディセットに文章通信が届く。
送信者は――神足カナタ。思わずディセットの背を冷や汗が伝い、先の戦闘で微塵も感じなかった緊張感が襲った。バレたかバレてないかに関わらず、怒られる心当たりは山盛りである。
大切な家族に大怪我を負わせたことは元より、巨
‹今どこ?›
‹秩父山地›
‹何かわたしに言うこと無い?›
確実に何かを把握している。
つい先ほど聞いたばかりでナルミの姉に対する重く複雑な感情が目立っているが、実のところナルミを歪めてしまった罪悪感と後ろめたさで、これまた相当に重く入り組んだ感情をカナタも抱えている。多少イリーガルな手段だろうと使ってこないとは限らなかった。
数秒ほど考えた後で、隠しておくメリットは無いと悟った。
‹戦闘発生。奇襲受けてナルミが怪我した›
‹相手は?›
‹逃がしたが深手は負わせた。しばらく追撃は無いと思う›
ナルミも傷を負ったとはいえ、命に別状は無い。ワーカーほどの高価な巨大戦力を持ち出してなお、こちらの被害は軽微な「怪我」止まりだ。よほどの向こう見ずでもなければ一度腰を据えて対策を練り直すだろうとディセットは推測していた。
その場合、次に襲ってくるのはあちらがどうにかできると確信できた時である。今回の比ではないほどの被害が出ることも明らかで、その場合の対策を急ぐ必要があるのも確かだった。
‹早退して一度帰るね~›
‹ナルミの容態は安定してるから大丈夫だ›
‹早退して一度帰るね~›
‹いや、グリムさんが治療もしてくれるって›
‹早退して一度帰るね~›
‹勉強の方に集中して›
‹早退して一度帰るね~›
――さては話聞く気がねえな?
文章通信のはずなのに突如連打され始めた「帰宅」スタンプを目にしてディセットは訝しんだ。
「……か、カナタさん帰ってくるって……」
「家族が怪我をしたとあれば仕方あるまい。医学知識がある者がいてくれる方が儂も心強い」
逃げ場が無くなった。