融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
――人殺し、と罵る声が頭の中でこだました。
今よりもずっと愚かで幼くて、ものの道理が分かっていなかった頃の記憶だ。それで、僕はこれが夢なんだと理解した。昔からずっと見ている、同じ夢だ。
写真でしか知らない母さんの顔がずっと離れず、延々と、僕の知っている人の罵る声が聞こえるだけの夢。
分かっている。今となってはそんなことを言う人はいないと。強迫観念から生まれた幻だと。
それでも僕の根幹を作ったのはその「幻」で、依然として逃れられないものだ。だから、いつまで経ってもへばりついて離れてくれない。
きっとこれは、死ぬまで永遠に向き合い続けなければならない悪夢なのだろう。
まだ、この夢に出る「声」に、ディセットやグリムさんといった最近知り合った人のものはない。姉さんと父さん、事故以来縁が切れてしまった祖父母や古くからの知り合いくらいのものだが、今日の声は姉さんのようだった。
姉さんは、僕のことを一番恨んでいておかしくない人だ。今はそんな素振りなんてひとつも見せてはくれないが、だからこそ僕の心は責められた方が楽なのかもしれない。
そして、僕は楽になりたいからと言って、当人が言ってもないことを夢として再現してしまっている。浅ましく、醜い自分の心に嫌悪感すら覚える。
浅い眠りの中、徐々に意識が浮かび上がっていく。姉さんの声も徐々に遠くなって――いや近付いてきた。
あれ?
いつもの感じと違うなこれ。微妙に流れ変わってきたな。
「なっちゃん?」
目を覚ました僕の眼の前に、姉さんの顔があった。
以前のものとまるで異なる金髪に碧眼、長い耳。けれど確かに姉さんと分かるそれを目にして、僕は思考を止めた。
直後、差し込んできた西日に少しだけ目がくらみ――夕飯を作ってないことを思い出してそのままの体勢で飛び上がった。
「ふおあっ!?」
姉さんが帰ってきてる!? その上もう夕方……まだ夕方なのに姉さんが帰ってきている!?
まずい、まだ準備なんて何もしてない。そもそもなぜ姉さんが帰ってきてるんだろう、もしかしてここ家じゃない――わけがないや。僕の部屋だ。
いや、それはいい。問題は。
(――姉さんに
ぞっと血の気が引くのを感じる。同時に、自分の身に何が起きたのかを思い出した。
敵……敵のことは今はどうでもいいや。壊したのは
けど、姉さんの迷惑になったことだけは確かだ。大学を早退させて、恐らく看病までさせている。
思わず、自分の首に手がかかった。
「ディセくーん! なっちゃん起きたよー!!」
「本当か!?」
――と、その瞬間に姉さんがディセットを呼ぶ声が聞こえ、我に返った。
首に添えていた手を引き剥がして投げ出す。 危ないところだった。現代社会では、安易に死ぬ方が迷惑だ。
やがて腰をかばいながら緩慢な動作でやってくるディセットを見て、少し安心した。どうやら腰痛以外に変調は無いらしい。敵の奇襲は防ぎきったと言っていいだろう。
「もう体は大丈夫なのか?」
「今ビックリした猫みたいにビーンってジャンプしたから大丈夫だと思うけど、動かしづらいとか無い?」
「猫?」
「猫」
「……大丈夫」
肩や首を回して動きをチェックするが、なんともない。快調とまでは言わないけど、違和感の無い動きはできている。
「体
含みがありそうな発言に、頷いて応じる。
ディセットは僕の内心を知っている。だから、まあ……姉さんの手を煩わせて僕がどう思うかということも知っていることだろう。否定はできない。
「迷惑かけてごめん」
「助けられたのに迷惑なんて何もねーよ。むしろ俺が足引っ張ってる。悪い」
「でも、敵の狙いが僕なんだから僕がいなければ襲われたりしないわけで……」
「はいそこまで~」
パン、と姉さんが手を叩いて僕らはそのまま口をつぐんだ。
うん。このままじゃ際限なくなるね。ダメだわ。責任の……綱引きとでも言うのだろうか。このまま続けててもしょうがない。
「情報共有を始めよ~。まだ分かってないことも色々あるから。ね?」
「そうだな」
「その前に僕ご飯作ってくる」
「ケガしたばっかりなんだからダメだよぉ……」
「いつも通りにしてた方が気が紛れるから」
割と無茶を言ってる自覚はあるけれど、ここはちょっと譲れない。姉さんの手を煩わせてしまうからというのもそうだけど、今は他のことを考えずに作業だけに没頭していたかった。
さて。とはいえ、あまり時間をかけていられないのも事実だ。ちょっと思いついたこともあるのでパパッと作ろう……焼き飯を。
僕は家で作る時はチャーハンとは言わずに焼き飯と言う派だ。特別な意味があるわけではないけど、なんか……チャーハンって表現してしまうとちょっと本格的にやらないといけない気構えになってしまって自由度が狭まるっていうか……。
ともかくだ。残り物を適当にぶち込んで作る時はチャーハンと呼ばずに焼き飯と呼ぶくらいがいい。
買い置きの大葉とネギとベーコンを刻みつつ深底のフライパンに油をだばぁ。いい具合に熱が通ってきたらご飯と卵を投入して炒めていく。
「うむ、怪我の影響はなさそうだ。手際が良いな」
「…………」
「…………」
「……そ、それは磁力を使っておるな?」
「ま、まあ、はい」
で。フライパンはちょうどいい具合に磁力が反応してくれるので、前後に揺らしたり振ったりするのにちょうどいいのだった。
空いた手で食材を切ったり他の作業もできるし、霊術のコントロールの練習にもなるし一石二鳥だ。
……ところで。
「……ナルミ、なんとかならないか?」
「…………」
食卓の雰囲気が最悪です。
理由の一端は、第二の家とばかりにうちに帰ってきた椿さんがやけにディセットを気に入らなさそうに見ていることだ。
……いや、もういっそ誤魔化さずに言語化しよう。どうも僕だけが怪我して帰ってきたことで椿さんはお冠らしい。多分、ディセットに対して何で守りきれなかったんだと無言で圧をかけているんだろうと思う。
ただ、原因は分かっているしそうするほか全員が生き残る手立てが無かったのも理解している。だから直接文句を言うことはせず、自分不機嫌ですよというオーラを醸し出すだけに留めている状態なのだろう。
「無職のくせに先輩の護衛も満足にできないとか……」
「ひっでぇ!」
「そもそもディセくんは護衛じゃないよ~」
「無職なのに守れなかったと言うなら儂にも問題はある。責めやすい相手だけをあげつらうのはよさぬか」
「ううう~」
流石にグリムさんに色々言われるのは少し堪えるようだ。
見た目は10歳にも満たないかどうかというくらいの童女なのに中身は歴戦の軍人。それも知り合い。発言も筋が通っているし、感情論で反発するのはみっともないという気分になってくるので気持ちは分かる。
というかあれだ。別に椿さんもディセットを責めたいと思ってるわけじゃない。ただ感情のやり場がないから手近なところにいたディセットにぶつけただけだ。
「椿さん、本当に言いたいこと別にあったりしない?」
「あたしがその場にいれば先輩に怪我をさせることも無かったかもしれないのに……!」
つまり本題はそこである。
ディセットは基本、ワーカーに乗ってないと普通の(鍛えてる)人間の範疇を出ない。対して椿さんは生身でも黒騎士と斬り合いが成立し、巨獣の狩人としても名を馳せる超人。
一見すると発言に一理あるようだが、少し待ってほしい。相手は黒騎士と同じ能力が使える
ぶっちゃけ椿さんがいても、戦況は特に変わりなかったと思う……。
「どう対処すんだよ。回避か? まさか防御か?」
「こう……空気の塊で押し出して……」
「ごめん、言いづらいけどそれやるとワーカーの方を壊されるんだよね」
「あう……」
射線被ってたしね。
だから一番頑丈な僕が体を張るしかなかったとも言う。
目に見えて椿さんの勢いが落ちて普段通りの大人しい雰囲気に戻った。
「こう……バリアみたいなのねーのかよ……」
「できるならグリムさんが最初から……」
「ディセットたちの世界の技術でそういうの何とかならなかったりするの?」
「無理だ」
「費用対効果も良くないしね~」
「レーザーを偏向させたり、プラズマを放出して物理的な攻撃を蒸発させて防ぐ、みたいなことはできるけどな。なんでも防げる万能バリアみたいなものはねえ」
なるほど、特定の攻撃の種類に対応したバリア……というか迎撃装置は存在しうるのか。
プラズマは要するに雷だし真似る余地がありそうだ。レーザーの偏向……はよく分からないけど、磁場を操るのが応用できたりしないかな。
結局、あの狙撃を防ぐのにも、咄嗟に銃弾を殴るっていうバッチバチの力技しか使えなかったし、それで怪我もしたし……何でも参考にしてみるのもアリだ。
「ぶっちゃけデカい盾が一番信頼できる防御手段なんだ」
「……だったら、やっぱり……アズ様がいれば……」
「よく話に出てるお姫様か」
「うむ。得意分野が金属の生成ゆえな」
その言葉を聞いた途端、ディセットが苦虫を噛み潰したような表情をした。
ワーカーにも応用可能だし、金属生成って能力それ自体は歓迎すべきものだと思うんだけど……。
ワカメと豆腐のお味噌汁を先に出して問いかける。
「何か問題でもあった?」
「昔俺が倒したドラゴンがそういう能力持ちだった」
「今しがた姫様の話題が出た直後に倒したと言われると穏やかでいられんが、だとしてなぜそのような顔をしておる?」
「
えげつな。
この場合の全滅っていわゆる軍隊用語の全滅なのか、それとも……いや、ニュアンスで考えると文字通りの方だろう。
……僕に同情するより先に自分のことを気にした方がいいんじゃない? 情緒どうなってんの。*1
どうやって勝ったかは気になるけど、多分聞かない方がいいんだろうな。この手の話にはどうにも地雷が多いし……。*2
「できたよ、和風焼き飯」
ともかく一度話を切る方がいいと判断し、食卓に大皿を差し出した。
しらすと大葉とベーコン、あと冷凍庫にあったミックスシーフードを使った焼き飯だ。チャーハンではない。
「手早く作ったからあまり期待しないでね」
「……その割に、完璧なパラパラ具合ですが……このチャーハン」
「チャーハンじゃなくて焼き飯。電波をどうこうできるならマイクロ波も操れると思って試したらできたんだ。いい具合に水分抜けてるでしょ?」
「どういう応用だよ。というかチャーハンじゃ」
「焼き飯」
「何なんだそのこだわりは」
元々、強すぎる力ということで未だに忌避感は小さくない。
けど、使いようによってはこれほど便利な力もない。グリムさんに諭されて少し前向きになろうと思い、まず思いついたのがこういう身近な生活に使える応用法だった。
誰かを傷つけるわけじゃないというのが心に優しい。使い方さえ誤らなければ、生活の質を向上させるのにどんどん役立ってくれることだろう。
ともあれ一旦話を切ったことで、皆が食卓について「いただきます」を言葉にした。ディセットはもうすっかり慣れた様子だ。
「ではいただこう」
「うま」
見たところ、反応は上々。姉さんはいつも通りの表情で黙々と。ディセットは味の感想を時々口に出してくれるのでちょっとありがたい。グリムさんは姉さんに似て黙々と食べ進めているが、美味しいと顔がちょっと緩むのが分かる。安心した。
しばらくテレビで今日のニュースを見ながら一喜一憂していく中、少し落ち着いたところで味噌汁を口に運びながらディセットが呟いた。
「そういや今のこの異変、あの連中の仕組んだことっぽいんだよな」
「「は?」」
なんか言い出したぞこいつ。
そりゃ僕らもその可能性は高いし、何か分かってるなら彼らだとは思ってるけど。
「……そんな断定するようなこと?」
「じゃなきゃ俺の存在を『計画外』とは言わねえだろ。他は計画の内ってことだぞ」
「計画外って言ったの?」
「ああ」
「自然現象を利用している、ということではなくか?」
「世界と世界の境界線が崩れるような自然現象なんかあったら、どっかに史料なり残ってないとおかしくないか? それなら誰もそのこと把握してないこと自体がおかしいだろ」
「長い時間が経って……紛失した……とか」
「仮に数千年、数万年単位で
「だから自然現象よりは人為的に起こした『計画』って?」
「ああ」
まあ……穴はあるけど筋は通る。そもそも、皆がおかしいと口を揃えて言っている以上、この融合現象自体、霊術でも粒子技術でも再現できるものじゃないわけで……。
……そもそも彼らは何でそんな異常な技術を手に入れられたんだ?
僕らの命を狙ってくる理由といい、依然として分からないことだらけだ。
「でも、何でそんなこと考えたのかなぁ」
「想像だが」
「言ってみよ」
「ドラゴンを人間の体の中に押し込めて殺しやすくしたいとか」
「殺しやすくなっておるか……?」
「………………」
全員の視線が僕の方に向いた。
色々言いたいことはあるけど、殺傷の難易度は多分下がってると思うよ。
「野生の獣だったら、市街地の被害とか考慮もしないし他人をかばったりもしねーんだよ。そういう意味では確実に殺しやすくはなってる」
「うむ……代わりに戦略や戦術を考える人間の頭脳がついてきておるが」
「質量も凝縮されて……減ってるわけではなく……」
「……ナルミはそうだったが、他の人もそうとは限らない」
あんまり説得力が無くなってしまった。
まあ、他の事例知らないし、当事者であるところの僕は元より、グリムさんも戦闘能力って点では極めて高いから実感も何も無いよね、これ……。
……それはそれとして、多分戦闘力が実際に下がっている人もいるだろうし、人間としての判断力や情、それこそ僕みたいに殺人への忌避感が自分自身を殺すハメになる人もいるだろう。
気が滅入る話なので、デザートでも作って気分転換でもするか……。