融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「秘密基地が要るんじゃあないか?」
「バカなことを言っておらんで風呂でも掃除してこい」
「うっす」
奇襲の翌日、流石に病み上がりの状態で外に出すわけにもいかないということで今日はほぼ完全に休養日ということになっていた時のこと。
急に胡乱なことを言いだしたデカいのは、そのままグリムさんに叩き出されるように風呂場に向かっていった。
秘密基地。ワクワクする響きなのは否定しないけど、要るかと言われると色んな意味で判断に困る。
欲しいことは欲しい。ガルデニアを置いとく場所が無いからだ。敵に狙われる場所も絞ることができれば、その分対策もしやすくなるし一般人を巻き込まずに済む。
あればいいんだけどね。秘密基地。
「なあ、やっぱり要るんじゃないか?」
十分後、お風呂を掃除して戻ってきたディセットはやっぱり考えを曲げなかった。
うん……メリットは分かるんだ。メリットは。
「どこに建てるのだそんなもの」
ただ、問題点に目を向けると数限りないんだなこれが。
「建材の都合とかつけられる?」
「うぐ」
まずグリムさんの言う通り、場所。それから資材。誰のものでもない土地というものは基本、この国にはほぼ存在しないと考えていい。
私有地か国有地かという違いこそあれど、目に見える場所というのはそのほぼ全てが誰かのものになっている。僕らが自由にしていい所有地も借地も存在しないというのが現状だ。
この際緊急事態ということで勝手に使おうということになっても、今度は建てるための資材が無い。買うお金も当然無い。だいたい何億かかるんだというお話である。
「そこなんだが、霊術でなんとかなったりしないか?」
「ならん! ……とは言い切れん」
「あれ、意外」
そこまで大規模になると不可能だと言われると思ったのだけど、案外そうでもないのだろうか。
「姫様はエーテルを直に金属に変換できるが、これは固有の能力ではない。正しい術式が組めるなら、儂にもできる」
「なるほど」
「だがその術式の難易度が高く、現実的ではなくてな……」
「なるほど……」
絶対にできないとは言い切れないのは分かった。まあ、そうなるか。もし簡単に解決できることなら、さっき僕が建築用資材の話を出した段階で訂正を入れてくるだろうし。
とはいえ、金属生成なんてもし使えるなら便利……と言うより、どの世界基準で見ても製造業に革命が起きるくらいには誰もが求めるタイプの術式だと思うのだけど。
「どの辺が難しいんですか?」
「変換効率が極めて悪い。常人では干からびるほどエーテルをひねり出してもこぶし大の金属塊が出せるかどうかでな」
そういえば、椿さんが使ってた霊術は大気を操るものが多かったことを思い出す。
物質を生成することなくただそこにあるものを操る、という点では効率が良いのだろ。"墜星"という補助があるとはいえ、無駄な消費は避けるに越したことはない。
「無尽蔵のエーテルタンクのナルミならどうだよ」
「ワーカーを隠すほどの基地を作らねばならんのだぞ。何日働かせるつもりだ? 貴公」
「僕はそれが必要なら――」
「ダメだ。却下。断固拒否」
役割的に必要なら別に……と思っていたのだが、ディセットはすごい勢いでこれを否定した。
ディセット、昨日の件からちょっと過保護気味になってないかな。今日だって、僕は別に前と同じようにお姫様の捜索に出てよかったんだけど。
「今ある素材を組み替える、とかならどうだ?」
「できんことはないが、それこそ話が逆戻りであろう」
「……隕石とか、鉄を大量に含んでるから磁力に反応するよね?」
「「それはやめろ」」
むう。
確かに地球外まで磁力が届くかわからないし、下手に巨大な隕石を引き寄せようものなら大騒ぎだ。多分、軟着陸はさせられると思うけど……。
「もしかして俺ら、今ドン詰まりか?」
「割と」
現実はあんまり、
そのうちこの枠組みも拡がるだろうけど、そうなるのは今ではない。
面倒くさいね、現実。
「どっかに大富豪か権力者の後ろ盾でも転がってねーかなあ!」
「あってたまるかそんなの」
欲しいけど。
ちょっとアホっぽい嘆きだけど、同時に切実なやつでもあった。
「大富豪からメッセージ来たわ」
夜。珍しく何事もなく一日を終え、姉さんも21時を過ぎる前に(超大急ぎで)帰ってきて食卓を囲んでいる頃、ディセットは頬にナポリタンのケチャップをつけたままそんな話を切り出した。
あまりの胡散臭さにこの場の全員の表情が渋る。「何言ってんだこいつ」ではなく、「面倒なことになった」というそれだ。
ディセットは割とアホだが、突飛な冗談を言う方ではない。本当に大富豪からメッセージが来ただのと言うなら、それなりの根拠はあるのだろう。
「続けて」
「どうぞ~」
とりあえず聞こう、と姉さんと二人して促すと、ディセットは首を傾げながら続きに目を通し始めた。
これだけ大っぴらに暴れたんだ。融合現象に遭った人の中でも、機械の世界の記憶が濃く残っている者ならワーカーパイロットへの接触を考えるだろう。
もっとも、ディセットの友人は多くないと聞くし、相手も味方とは限らない。依然注意は必要だ。
「ALV……アルフ? って会社の取締役からだ。会って話したいとさ。ご丁寧に俺の部隊の名前まで把握してやがる」
「……部隊?」
「会った日に『バロメッツ』って名乗ってたね~」
羊が生えてくる植物のことだっけ。
そんな無害な名前を冠するような部隊なのに、隊長がこの殺伐&殺伐を体現するスーパーパイロットなんだよな……もっとごっつい名前の部隊になるともっとヤバい人が所属してたりするんだろうか。
「どういった会社なのだ? そのあるふというのは」
「ドイツの有名な自動車メーカーで……あの……すみません、それ以上知らないです……」
「カーレースでも有名だね。車とかバイク以外特に手は広げてないみたいだし、それ以外知らないっていうのも仕方ないよ」
三杯目をおかわりしながら説明を入れてくれた椿さんだが、実際、それ以上の情報は特に無い。僕も車に興味があるわけではないし……。
けど、何らかのサポートをしてくれるなら、自動車メーカーというだけあって技術力なども優れているはずだしとてもありがたい。
ただ、うーん……姉さんと顔を見合わせる。同じことを考えていたせいか、お互いにどうも同じような表情になっていた。
「ナルミはどう思う?」
「九分九厘罠」
正直、まっっっっっったく信用できない。
僕がそういう大人に猜疑心を抱きがちで、良くないバイアスがかかってしまっているのは承知している。
その上で、こんなもん普通に考えて信じるに値しない。手口が詐欺まんまなんだ。有名な企業の取締役の名前を出してそれらしく装うあたりが実にそれっぽい。これが普通のメールで来たら秒でゴミ箱にダンクしてるところだ。
そう思ってため息をつくと、今度はグリムさんが挙手した。
「罠でも構わないのではないか?」
「って言うと?」
「我々は敵のことについて何も理解しておらん。仮にそやつがあの連中の仲間であるなら、自ら懐に招き入れてくれていることになるのだ。情報を手に入れるのには好都合だ」
「罠自体は……」
「罠のひとつやふたつでどうにかなるか?」
なるほど、そういう考え方もあるか。
敵じゃないならそれで問題ないし、罠も……冷静に考えると、物理的な罠なら今の僕だったら直進するだけで粉砕してしまえそうだ。
磁性体置いてるだけでアウト。電子機器は近づいただけでオシャカ。剣で斬りつけられてもなおアレなので多分銃もてんで通じないと思う。
……あれ、こう考えると行かない理由が無いな……敵がいるならむしろ面倒を解消するチャンスになる。
「じゃあ行く方向で進めていいとは思うが……先方から指定されたの休日だけど、何人で行く?」
「全員かな~」
僕の首に腕を回しながら、ユルくはあれど断固とした口ぶりで姉さんが応じた。
……姉さんがいない間に何度も事件に巻き込まれたもんだから、だいぶ気にしているのかもしれない。
「俺のワーカーの定員ご存知……?」
「通常二名でしょ?」
あれ……? 僕ら今まで割とナチュラルに定員ぶっちぎってたな……?
「近くで会うようにすれば問題ないよねぇ」
「……ごもっとも」
とはいえあくまでそれはガルデニアに乗る場合は、という話であって、公共交通機関を利用するなら特に問題は無い。バスでも電車でもなんでも使えばよろしい、という話だ。
都心まで行くとちょっと値が張るけど、必要経費だ。なんなら相手に請求しよう。この程度の運賃も負担してくれないなら星1レビューでもつけてやる。
いや、待てよ。運賃請求したら最寄りがバレバレじゃん。ダメだわ。低評価ぶっこんどこ。スマホ無いけど。
「でも……あまり、住所を知られるのは良くないと思います……」
「人の多い場所もあまり好ましくないであろうな」
「それは相手がどこを指定するかによるな。俺たちにとってこの社長サンとの繋がりは、あっちから送ってくるメッセージっていうか細いものだけだ。俺からも要求はしてみるが期待はしないでくれ」
「うん」
こう言っちゃなんだけど、ディセットは戦うこと以外は基本、雑だ。当然、交渉ごとに向いているとは言い難い。
そのうえで、手玉に取って罠にかけようとするか、はたまた良識の範囲内で丁寧な説明と案内をしてくれるか……反応を確かめたい。
今のディセットはいわば、相手がどういうスタンスでいるかを測る試金石だ。本人には悪いけど、自然にやり取りをして貰って十分に相手の反応を引き出してもらおう。
そうしてしばらくのやり取りの後、ディセットは困惑した様子で相手からの指定場所を口にした。
「……なんか、明日の昼に全員で銀座の寿司屋に来てくれって……」
「は?」
想定の斜め上の申し出が出た。
翌日、昼になるより少し早めの時間に僕らは銀座の方までやってきていた。
こちらの思いとしては、ひとつが相手に失礼が無いように早めに来た方がいいだろうという常識的な配慮。もうひとつが、敵かどうかを見極めるために早めに偵察しておこうというディセットからの提案だ。
僕は黒騎士やあのパイロットなど、変な能力を使える人がいればすぐに感知できる特異な感覚を備えているので、早めに現地入りしていれば早めに判別できる。
ウワサのCEOが敵じゃなくても、それ以外に危険人物がいる可能性は十分にある。警戒するに越したことはなかった。
「目立つね~」
で。問題はそこだ。
いくら人体変異症のことが世間に広まったとは言っても、直面してみなければ他人事でしかない。明らかにその現象に遭った人が集団で歩いている……となれば、注目を浴びるのも当たり前だった。
「敵」を感知したときとは違う別種の不快感がある。こういう好奇の視線は苦手だ。
時折、ディセットが間に割って入って睨みをきかせて人を遠ざけてくれるのがありがたい。
他にも、頭に犬耳生やしてる人とか、リスみたいな尻尾生やしてる人がいるんだからそっち見ればいいのに。
行き先がお高いお寿司屋なのもあって、ラフすぎる服装は良くないだろう――と姉さんに言われて、今日もロングスカートで来ることになってしまっているのも気分が下がるポイントだ。尊厳が削れる。
……いや、文句は言わないけど……必要なことだし……。
「うっぷ……ひ、人に酔った……」
はてさて。
この状況に耐えられなくなったのは僕だけではなく、なんとグリムさんもだった。
当たり前といえば当たり前かもしれない。総人口そのものが限られている霊術の世界から急に東京に来たとなると、こうもなろうという有り様だ。
姉さんがついて気分の悪さを軽減できるよう工夫しているが、こればかりは慣れがないとどうにもならないだろう。
「先輩の方は……いかがですか……?」
「ん、平気」
これは敵の方はどうか……という問いも含んでいる。僕は首を横に振った。
巨獣が出る気配も今のところ無いし、街は平穏だ。
銀行の前を通りかかったときにほんのちょっと肉体が肥大化してて腕が鉄腕に換装されてる人がATMを壊そうとしてたりするのが見えたが、
遠くからじゃよく見えなかったけど不思議だね。
ともかく大きな異常や事件は無い。無いったら無い。
「しかし何で寿司なんだ、ドイツ人だろ?」
「日本といえばスシ……ってよく言うし、単に食べたかったんじゃない?」
料亭はよく会合の場として用いられるし、その延長みたいなものだろうか。カウンターで食べるお高いお寿司はあんまり話し合いに向いてないとは思うけど。
……というかディセットも、日本の文化に詳しくなりすぎて半ば日本人化してるけど、広義では外国人だろそもそも……。