融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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32.寿司屋とCEO

 

 

 道中、サイバネ義足のひったくりをその辺の街灯にくっつけたり、警察が追ってる逃走車の速度を徐々に緩めたりしながら集合場所に向かっていると、ふと思い出したようにディセットが口を開いた。

 

「そうだ、あいつらエリダニアのならず者どもだ」

「なにそれ?」

 

 あまり良いニュアンスではないだろうなと思って問いかけると、ディセットは軽く頭を掻いて続けた。

 

「火星にエリダニアシティって都市がある。1日20回は殺人事件が起きてギャングが日々抗争を繰り広げる泥沼みてぇな無法都市なんだが」

「何で滅んでないのその街?」

「俺もそう思う。で、そこ拠点にしてるギャンググループのひとつが、さっきナルミが止めた連中みたいな感じ」

「僕は何もしてない。いいね?」

「お、おう」

「無理があります先輩……」

 

 そうは言っても、それは僕の能力を知っているからこその話で、知らなきゃ何か妙なことが起きているとしか思えないだろう。

 変に目立てばその方が不都合は多いし、ただでさえ命を狙われている事情もある。遠目に見かけたからちょっと手助け、くらいの感覚でいいんだ、一般人は。

 ああいうの見て何もしない方が心にモヤモヤが溜まるし。

 

「治安の良くない土地からの流入者か。これもまた厄介だな」

 

 とりあえず僕と姉さんで前後サンドイッチして、人混みの影響を軽減したグリムさんの見立てに頷く。

 根本的な常識が違う、というのはそれだけで厄介だ。ディセットやグリムさんは早くに順応してくれたけど、そうじゃない人は元々所属していた社会のルールに応じて行動しがちだ。もう既に若干の破綻は生じているが、これが行き過ぎるともっと致命的な社会秩序の崩壊が起こりかねない。

 ……案外、あの社長さんもそういうのから逃れるために日本に来てる側面もあったりするのかもしれない。

 

「対処する方法が何かあればいいんだけどね~」

「技術レベルの向上や……霊術の普及で対応できるでしょうか……」

「その前に超人と超人が殴り合うアメコミみたいになるんじゃないか?」

 

 この男今度は映画でも見始めたのだろうか。

 いずれにしろ、僕は「ないわ」と軽く手を振った。

 

「どこまで行っても公権力と犯罪者って構図のままだよ。分かりやすいスーパーヒーローや大悪党なんて現れないって」

「一番スーパーヒーローができそうな奴がお前……」

「そもそも特別な能力を手に入れたとして、暴力犯罪に走るメリットって何かある?」

 

 例えばの話、今すぐお金が欲しい! と思って強盗をしたとする。よっぽど顔を隠して痕跡を残さなかったとしても、今のこの情報社会、逃走に使ったものや着てる服、何なら背格好だけでも犯人は特定できる。

 事件後、急に金回りが良くなったという状態になれば更に疑いの目は向くだろう。そうなったらあとはもうずっと逃げ続けるだけの生活だ。

 ちょっと想像力があれば誰だってこのくらいは思いつく。

 まあ、これはあくまで日本とかのある程度治安が安定してる国においての話だけど。

 ともかく、犯罪者というものは基本、経済活動からも社会基盤からも弾き出されるので、表立って暴れ出す人なんてそう滅多に出るものじゃないだろう。

 

「無い……けど、特別な力があって全能感で暴れ出す奴くらいは」

()()()()()なったねー」

 

 のたうち回っているひったくり犯を横目で見ながら姉さんが遮った。

 

「まあ、少し冷静になれば分かるだろうな。己が『こう』なってるなら他人も『そう』なってる可能性は高い」

 

 もうちょっと間接的に能力を悪用しようって人は出てくるだろうけど、なんかアメリカーンなコミックのヒーローものみたいにはならないという話だ。

 強い力を背景に好き勝手しようとする人は必ず出てくるだろうし、対処できる能力を持った人間は必要だろうけど、そういう知能犯に対処するのはどこまで行っても警察や公権力のお仕事である。

 

 そんな調子でしばらくグダグダと話していくと、ほどなくして目的地に到着した。

 これがまた大きなビル――なんだけど、当然ながらビル一棟丸ごとお寿司屋ではない。あくまでここの一角だけだ。

 

「建物には入ってよいのか?」

「店の前で集合って書いてるし、大丈夫だろ」

 

 そういうことなら、と揃ってビルに入ると、そこで急激に電波の行き来が増えることに気付く。

 ははーん。さてはやってるな。

 目的の階に向かうためにエレベーターに乗り込むと、扉が閉まったところでディセットが小さく、短めに告げた。

 

「監視がある」

「だろうな」

「でしょうね」

「なっちゃんはどう?」

「無線のやり取りが多いね。逆に言えばそれだけ」

 

 あの連中の仲間ではないようだし、仮に敵対的な相手でも何とでもなるだろう。

 素直に考えればボディガードが警備しているんだと思う。今から会う相手は大企業のCEOだ。僕らの側から見たあちら以上に、あちらから見た僕らも得体のしれない何者か、なんだから備えるのが当然だろう。

 ある意味では特に問題が無いということが分かって、空気が緩んだ。依然として相手の目的は見えないけど、問答無用で殺しに来るのと比べたら何でも天国だ。

 そうこうしている内に目的の階に到着するが、肝心のCEOの姿は無い。30分は少し早すぎただろうか。

 しばらく姉さんに尻尾をなすがままにされていると、ようやくその人は姿を現した。

 

「おっと、私が最後かね?」

 

 日本でも知ってる人はそれなりに知っている有名人。お騒がせ社長ことALV(アルフ)社CEO、マテウス・フォーグラーだ。

 高価そうなスーツにサングラス。40手前だというのに黒黒とした髪をよく整えており、実年齢以上に若く見える。

 彼は結構スキャンダラスな人物である。記者会見会場を野外に指定したと思ったら自分でF1カーに乗って登場したりというのは序の口、こっそりレースに出て事故ったり、女性関係のトラブルも両手では数え切れないほどあったり、誰にも相談せず急に直営工場をV8エンジン型に改装したりとなんかもう無茶苦茶だ。それでいて利益は上げているのだからタチが悪い。

 彼はサングラスを隣にいる猫耳秘書に渡すと、ディセット……よりも先に姉さんたちを見てにっこりと微笑みかけ、そして僕を見ると固まった。

 

「竜狩りというのはソッチの意味でも竜狩りなのかい?」

「はっ倒すぞ」

 

 どうやら初対面の印象は最悪らしい。

 あとディセットの発言に反応してボディガードらしき人たちが前に出そうになった。

 フォーグラーCEOが軽く冷や汗を流しながら手で制したおかげで爆発は免れたが、これどういう理由で抑えたんだろうね。

 ともあれ、ディセットを呼び出した上で僕ら(ドラゴン)がいることを知らなかったということなら、ほぼ確実にこの人はシロと見ていい。

 

「ディセット、態度」

「……すんませんっした」

「そこまで私も狭量じゃあない。楽な態度でいてくれたまえ。そちらの角がチャーミングな君たちも」

 

 イタリア人みたいなことを言うなこのドイツ人。

 と思いつつも、表情は変えずに笑顔だけ返す。感情と表情を切り分けるのは僕にとってよく慣れた技術だ。

 

「改めて自己紹介をしよう。名前くらいは知っているだろうがね、ALV(アルフ)社現CEOのマテウス・フォーグラーだ。立ち話もなんだし、まずはスシでも食べながら親交を深めようじゃないか」

 

 さて。

 促されるまま店内に入ると、既に数人の客がいたが、店員以外は全てボディガードのようだった。

 かなり用心してるな、と少し驚くのと同時に、そりゃ用心するだろうなという気持ちもある。なにせこれから話すのは異世界の技術という、今後この世界において絶対に必要になる――以上に、争いをも引き起こしかねない特大の災厄になりかねない劇物だ。どうあっても扱いは慎重にせざるを得ない。

 席につく前にディセットから順に簡単に自己紹介をしていくが、明らかに女性(見た目だけ含む)の方が反応が良かった。

 露骨すぎるけどある意味流石だ。

 小さな不快感を隠しきれてないディセットだが、前菜が運ばれてくるとすぐに口をつぐんだ。そこまで量はないため、「これだけか?」などと僕に聞いてみたりもしたが、一品目の牡蠣を口に運ぶともう目を輝かせてこっちを見たり板前さんを見たりと全身で美味しさを表現していた。

 板前さんはすっごく微笑ましそうな、大型犬でも見るかのような眼差しだった。

 

「それで――どういう用件だ?」

 

 今更ながらキリッとした様子で問いかけるディセットに、フォーグラーCEOは鷹揚に頷いて――半笑いになりながら――応じた。

 

「ヴェルト・モーター社を知っているかね?」

機械の世界(あっち)の自動車メーカーだな」

「私はそちらの社長の記憶も持っていてね」

「そのパターンか」

 

 この世界の人間に別の世界の人の記憶や能力が備わる、というのは僕や姉さんとだいたい同じような状態と言えるだろう。ディセットもそれで概ね納得した様子で頷きを返した。

 

「すみません、ちょっと質問が~」

「何だね? 何でも答えよう」

「CEOは、見た目は変わってませんよねぇ」

「いい質問だ。が、それは私にも原因は分からない」

 

 言われてみれば、とは思ったが、まあ当然ながらフォーグラーCEOにもその原因は分かっていないらしい。

 ……いや、冷静に考えたらそこ分かってたら敵だね。

 

「ヴェルト・モーターの社長は爺さんだったはずだ」

「儂の事例を考慮するに、より若い方に合わせるのであろうか?」

「だったら、ヴァルトルーデの外見で年齢が先輩のもの……という状況とは合いませんが……」

「二人とも」

 

 話が逸れるので、結論の出なさそうな話は一旦ストップ。と軽くジェスチャーで伝えると、椿さんもグリムさんも小さく頷いて口を噤んだ。

 

「重要な話だが、一旦置かせてもらおう。後でまた個人的に、例えば夜に話すことになっても私は構わ」

「遠慮しますね~」

「それは残念」

 

 隣にいるディセットが、一瞬ギョッとした顔でこちらを見た。

 

(不快感)?」

赤い(ブッ殺す)方」

 

 どうやら僕は自分が思ってる以上に姉さんに言い寄られるのが嫌らしい。

 

「本題は、元々はこの竜狩り君にワーカーのデータのやり取りをお願いすることだったのだがね、少し気が変わった」

「なに?」

「君たち全員を雇いたい。どれほど巨額の金を注いでもね」

「はあ?」

 

 顕著な反応を示したのはディセットだったが、僕らも大なり小なり驚きで声が出ていた。

 世界的大企業のCEO直々のスカウトだ。驚きもする。

 まさか()()()()誘いじゃなかろうかと先の発言を踏まえて姉さんが警戒しているが、なんとなくそれは違うと感じる。

 こういう人種が女性を口説くのは言わばそういう生態だ。本当についついやっちゃうだけで、ビジネス的な話になれば真面目に応対してくれる。……と、信じたい。

 

「ブリです。味はついているので、そのままどうぞ」

「あ、どうも」

 

 話の合間に差し込まれたブリのお寿司はじんわり感動するほど美味しかった。

 ……というのはともかく。

 

「狙いは粒子製造器官か?」

 

 ディセットだけでなく全員を、となると、考えられる一番の目的はディセットの言う通りドラゴンの持つ粒子製造器官だろう。

 僕とグリムさんを、ではなく全員を、と言っているのはこちらの心証を良くするためだろうか。

 この世界初の粒子技術を確立できれば、巨万の富が転がり込むのは確定的だ。それこそ、ただ心証を良くしたいというだけの目的でも余分な人員を雇い入れてなおお釣りが来るほどに。

 

「内臓を抜き取る気じゃねえだろうな」

「まさか。そもそも私たちの世界でドラゴンを狙うのは、彼らが特定の場所に定住せず、交渉ができず、人の言葉も道理も通じない野生動物だったからだ。こんな美しいレディたちを殺して腹を開くなんて、それこそ世界の損失だ。違うか?」

「そうだな」

 

 最後の歯の浮くような褒め言葉は否定してくれていいんだよ?

 

「しかし彼女には言葉が通じる。契約や報酬という概念を共有し、一般常識までもを備えている。協力ができるということだ」

 

 それがどれだけの進歩を生むことか……! と、CEOは熱っぽい様子で語った。

 うーむ。言ってること全部を鵜呑みにするわけにもいかないけど、主張そのものは理解しがたいことでも価値観と合わないことでもない。

 利害の面でも今、僕らが後ろ盾を欲しているのは事実だし、ここで協力関係を結ぶこと自体はやぶさかではないのだけど……。

 

「イカです」

「はい」

 

 丁寧な処理と包丁技の冴えでより素材の甘みが際立ったイカに、皆して舌鼓を打ちながら考えるのは、もうひと押しが欲しいという感覚だ。

 僕はこういう人が、というかこういう立場の大人がどうにも信用できない。信頼は、今後も多分難しいと思う。ただ、もうちょっと「この人はそう簡単に裏切らない」とは思わせてほしい。

 

「それと、だ」

 

 ポーカーフェイスに徹していたので考えを読まれたということはないだろうが、CEOは絶妙なところで言葉を続けた。

 

「ドラゴンと融合している人間の身柄は、できるだけ早く保護したい」

「保護だと?」

「欧州でテロや暴動が頻発しているのは知っているかね?」

「話には聞いています」

「宗教がらみの話なら俺はパスだぞ」

 

 それは僕もパスしたい。

 なぜか板前さんも大きく同意するように頷いた。

 

「安心してくれ。そういう話じゃない。しかしもっと厄介かもしれないな」

 

 どうぞ、と猫耳秘書さんが差し出してきたのは、ここ最近の欧州の新聞記事や病院での手術記録だったり、検死の記録をまとめたタブレットだった。

 内容については……外国語も多く、正直、僕が見てもあまりよく分からない。なので、そのまま姉さんにパスする。しばらくスワイプしていくと、姉さんは凄まじく不快そうな顔をしていた。

 

「暴動に乗じて竜族(ドラゴン)の特徴を持つ人間が大勢殺されてるー……ってことでいいですか?」

「80点。正確には、粒子製造器官を破壊された上で殺されている」

 

 僕ら全員の中で確信が生じる。()()の仕業だ、と。

 日本以外でも活動していて当然だが、そうか。暴動やテロが活発化している海外なら、その事実を隠れ蓑にできるからこっちよりも遥かに動きやすいんだ。むしろ彼らからすれば、日本の現状の方がいくらかイレギュラーとも言える。

 同時に、莫大な経済的価値を生む粒子製造器官を破壊して殺していることに疑問が生じる。

 彼らがドラゴンを殺そうとしているのは復讐のためだったりして、殺すこと自体が目的だったりするのだろうか? それとも、粒子製造器官の方に何か問題が?

 まだそのあたりは分からないが……もう少し出会いに恵まれず、運が悪ければ僕らもこうなっていた可能性は高い。

 これは情報を共有する必要があるだろう。

 目線で、話してもいいものか問いかけてくるディセットに、僕は頷いて応じた。

 

「……俺たちがあんたのクソ怪しい誘いに乗ったのは、ここしばらくドラゴンを殺そうとしてくる連中に襲われてるからだ」

「やはり、こちらでもそういう話はあったか……」

 

 ところでそんなに怪しかったか? とCEOはなんだかいらんことを気にし始めた。

 逆にどこが怪しくないと思ったのか知りたい。どこ見てヨシ! と判断したんです?

 

「しかし狙われたにしては元気なようだが……?」

「全員撃退したからな」

 

 CEOは若干引いた。と同時に納得したように頷く。ディセットの技量の高さを知っているためだろう。

 ややこしくなるし、僕らもやりました、ということは話さないことにしておいていいか。

 

「中トロです」

「うおっほぉ~」

 

 テレビでよく見る高級ネタが目の前にやってきた感動で思わずディセットは締まりの無い声を上げていた。

 いやいや、それより取引を、と思ったのかすぐに口に放り込むが、ほどけるような食感とずっしりしながらもしつこくない脂の甘味、臭みを感じさせないのにそれでいて強く存在感を放つ味わいでノックアウトされ、十数秒は言葉を発せなかった。

 板前さんは満足そうだった。

 

「けど、相手はワーカーを運用できるほどの組織力を持ってる集団だ。誰の手も借りずに戦い続けるのは不可能に近い」

「ん~……でもいいの? ディセくん。会社とか」

「この状況で会社も何も無いし……そもそも俺、所属してる会社(ブラギ)自体嫌いだしいいよ、別に」

 

 ハッキリ口にしちゃったよこの男。

 前々からぼんやりそんな気はしてたけども!

 

「好きで在籍してたワケでもねーしな。はっきり言ってクソだぜあの会社!」

「言葉が汚いぞ」

 

 なんか……こう……ディセット、よっぽど腹に据えかねる思いをしてきたんだろうな……多分……。

 

「だが私もそう思う」

 

 2秒前まで諌めていたのと同じ口で同意するんじゃないよCEO。

 

 





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