融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
連絡を受けた時の緊張感は何だったのやらというくらい和やかな空気で、会食は進んだ。
お互いの利害も一致したことだし、雇用するかしないかはともかく協力関係は結べると考えていいはずだ。
そんなワケで、次の話を詰めるためにお寿司屋を出た後のこと。
「さ、乗るといい」
CEOが自社製高級車を自ら運転して現れた。
「運転手とかじゃねえの!?」
「自分で運転するのが好きでね。それに、急な来日でスケジュールも合わなかった」
やっぱこの来日急に決まったものだったのか。
まあ、そうなるよね。本人が運転する意味全く無いけど。
ボディガードの人らの仕事じゃないのこれ?
「普段は女性しか乗せないが、今日は特別だ」
「一言多くて感謝し辛え。つか何が特別なんだよ」
「私は君のファンでね」
……予想外の返答に、僕らは揃ってその場で目を丸くした。
ファン? ファンってあの……アイドルとかスポーツ選手とかにつくやつ?
思わずちょっと笑いそうになると、ディセットは僕の方を見てまるでありえない
え、何急に……。
「フォーグラーCEO、ファン……というのは?」
「少しニュアンスが違うのかもしれないな。立場上、私は彼の素性……というか背景を知っていてね。思わず動向を確認して応援してしまうんだよ」
ファンというのはどういうことなのか、戦闘を見世物にするような文化でもあるのだろうか……と思っていたが、ちょっと違うらしい。
なんだろう、こう……父さんの同僚の人が僕らを見る時とか、縁が切れちゃったからイマイチ思い出すのが難しいけど、親戚のおじさん……みたいな雰囲気を感じる。
他方、何らかの衝撃から立ち直ったらしいディセットは、ばつが悪そうに少しだけ視線を逸らした。
「じゃあ幻滅したろ。見ての通り俺はヒネた無礼なガキだ」
「誰にだってそういう時期はある。むしろ昔を思い出させてもらったよ」
私は昔からモテてね! と語るCEOはすこぶる楽しそうだ。
とりあえず、何があっても対応できるように僕がディセットと一緒にCEOの車に乗り込んで、姉さんたちは秘書さんが乗ってきた――もうちょっと安全性能高そうな――車に乗ってもらう。
僕もあっちが良かったけど、体の頑丈さを考えるとしょうがない。
「せっかくこの世界に来たんだ。君ももっと人生に潤いを持った方がいい」
「じゅーぶん潤ってるよ」
「糖と脂で……」
「それもいいことだ! 良い食事は人生にハリを与えてくれる」
確かに、今日のお寿司はまたいつかお金が貯まったら食べに来たいと思わせてくれるくらいには美味しかった。
今後を生きる活力と言うのだろうか。人生にハリが、というのはそういうことかもしれない。
多分、ニュアンスちょっと違うけど。
……思えば、ディセットは今までどういう人生を送ってきたのだろうか。
本人に語る気が無いようだし、無闇に聞くわけにもいかないから、ずっと聞かずにいるけれど。
「食もそうだが、恋愛もいいぞ!」
と、少しアンニュイな気持ちになっていたのをその場でぶった切られる。
……うん、この人は結局そこ行くよね……。
「自慢だが、私は両手足で数え切れないくらいの交際経験がある」
「それって同じ数の破局経験があるとも言えないか……?」
「お互いの価値観が合わなかった、それだけさ」
なかなか合わないんすね、価値観……。
……と思ったけど、何も言わずにおいた。ディセットがそんなものか……? と納得しかけているところに水を差すのも悪い。本人も自慢だって言ってるし。
ひと通りの自慢が終わったところで、少し疲れたようにディセットが口を開いた。
「それで、結局俺を呼んだのはただ手元に置きたいだけか?」
「アドリブを連発したせいで本題から逸れたようだな。もちろん違う。ちゃんとした仕事を頼むつもりだよ」
ただ、それは到着してから話すとしよう――と、もったいぶった口ぶりにディセットは顔をしかめたが、高速道路から降りて目的地が近いことを悟ると少しだけ機嫌を直していた。
そうして到着したのは、日本の重工業を支える横浜工業地帯近郊の一角だ。
何らかの工事が行われており、急ピッチで大きめの建造物……工場? の改装と機械の運び込みが進められているようだった。
「ここは?」
「先日我が社で購入した工場だ。さ、着いたぞ!」
CEOに通されたのは、まだ内装が出来上がっていない事務所……のような建物だ。
周りに今は人の気配は無い。話を聞かせないようにするために人払いをしているのだろう。
「楽にしてくれたまえ。まあ……少し……散らかっているが」
床こそそれなりに整えられてはいるが、壁はなんとも、今から手を付けるつもりですよとでも言いたげなシートが被せられているし、天井は吹き抜け同然。電灯などあるはずもない。
楽にしてくれと言われてもどうしようか、と思っていると、ボディガードの人たちが簡素なスツールと机を持ってきた。
CEOが足を組みながら座るのを目にしてから、後を追うように僕らも席につく。
「さっきはつい先走ってしまったが、本題はドラゴンの保護ではない。すこぶる重要だがね」
「ディセくんを何で雇いたいか、というお話ですよね~?」
「そうだ。概ね分かっているだろうが――私はこの世界でワーカーを作りたい。そのために彼の力と、データが必要になる」
「俺は動かすの専門だ。作る方は何もできねーぞ」
「欲しいのはまさにその動かす能力の方だ。今のこの世界に君以上にノウハウを備えた人間はいないだろう」
つまりテストパイロットとしての雇用ということだろうか?
……欠陥あっても技量でぶん回せてしまう気がするし、別ベクトルで向いてない気もするんだけど。
いや、あれで一般的な感性も備えているし、欠陥は欠陥でちゃんと報告するかな?
どちらにしろ、動かす人目線のデータや所感は絶対に必要ではあるか。
「どっちかっつーとあんたが欲しいのは
「
DPL……? と疑問に思っていると、グリムさんはより直接的に「でぃいぴいえる……?」と疑問を口に出していた。
技術者の記憶持ちの姉さんが説明するところによると、
「ちょうどブレード一本折れてるし、そっち使えば材質の解析くらいはできるだろうが……ワーカー本体はちょっとな」
「ディセくんが倒したワーカーは国が回収してますよね~。軍用機なら、そちらの方に任せてもいいのでは?」
「軍用機なら、そうだ。しかしワーカーは本来多機能重機、私が作りたいのはあくまで民生品、一般用としてのワーカーだよ」
僕らが普段見てるガルデニアが軍用機だからそっちの印象に引っ張られがちだが、
スポーツカーや自家用車が主力商品の
「目指しているのはこれだ」
と、軽い疑問を浮かべる僕らにCEOがタブレットを差し出してくる。流れてる映像に目を向けると、僕も知ってる人気の映画のようだった。
車が、変形して、人型ロボットに。
ほう。
「小さい頃からの夢だった……!」
「なめんな!!」
ロマンは認める――。
それはそれとして半ギレになったディセットは、タブレット用のタッチペンを床に叩きつけた。
本体に当たるわけじゃないあたり絶妙に理性的なキレ方してるなこいつ。
あ、そのまま落ちてきたタッチペンキャッチした。
「いいだろう変形!」
「見る分には好きだが、一般流通させるようなもんじゃねえよ可変機は!」
曰く。
ジョイント部分が脆くなってどうしても交換頻度が高いため純粋に扱い辛い。
神経接続の精度によっては「変形」という異常な状態を受け入れきれずに場合によっては後遺症が残る。
操縦席のスペースをどうするのか。等々……使う側視点での問題をどんどん挙げていくと際限ないようだ。
流石はベテランと言いたいところだけど、少し待ってほしい。
「ねえディセット」
「ん?」
「この世界の人神経接続使えないよね?」
「……あ」
CEOが僕に向かって両手の人差し指を向ける。腹立つジェスチャーするなこの人。
とはいえ僕がすぐに気付くような程度のこと、とっくに気付いていたようではある。
「確かに趣味先行でアイデアを出したことは否定できないが……」
「おい」
「私が目指しているのは軍用機とは違う、自動車メーカーとして新たな『自動車』の延長線上にあるものを示すことだ」
なるほど、ディセットはあくまで軍人目線、ワーカーのパイロット目線で語っているからそっちの方に重きを置きすぎているというところか。
でも、CEOが示しているのは、ガソリン車に対する電気自動車のような、新たな自家用車の形。普通の人が使うものとしての水準を満たせるかどうかだ。
「……ワーカーの技術を使う意味については?」
「今この世界で最大の脅威が何か、分かるね?」
「……巨獣です」
「そう、テロや暴動は当然恐ろしいが、今まさに人類を直接的に脅かしているのは突然現れるあのモンスターたちだ」
現に、渡航も命がけだ――と笑うCEOだが、目が笑ってない。
二度も飛行機が襲われているのを目にした僕らも笑ってられない。
「普通の人が巨獣から逃げるための手段を増やそうとしている、という認識で大丈夫ですか~?」
「その通りだ」
姉さんの言葉に対し、CEOは満足げに頷いた。
「で、ですけど……車のままでは、いけないんでしょうか……」
「普通の道路ならそれでもいいけど、巨獣が現れたら道路自体が壊れちゃう可能性は高いからね~。舗装されてなかったり、そもそも道路ですらない場所を逃走経路にできるんだから、変形も有用ではあるかな~」
なるほど?
現行法だとまあ……何やかや問題は色々あるだろうけど、まんざら趣味全振りの機能ってわけでもなさそうだ。
外装もワーカー用のDPL合金にすれば攻撃を受けても一発くらいは大丈夫……かもしれないし。その辺は強度計算しないとわかんないけど。
二足歩行である必要も……そんな無いだろうけど、神経接続無いから。これに関しては動きなんかのデータの流用が容易なのが一番の利点かな。
「じゃあ俺の仕事は、主にモーションパターンの作成か。けど、良くも悪くも車って、ハンドル、アクセル、ブレーキってシンプルな操作性だから普及してるものだろ? 神経接続抜きでワーカーとしての操縦って相当難しいぞ」
「それは我々としても少々困っているところでね。さて、どうしたものか……」
「細かいとこはAI制御でいけっか……?」
「レバーやボタンを増やしたら本末転倒って感じですしね~」
ワーカーについての知識があるおかげか、この場で始まった設計談義に自然に姉さんも加わってしまった。
門外漢の僕らはアクチュエーターがどうとか摩擦係数がどうとか言われても何も分からないので、時折姉さんから振られる計算問題に答える以外は、秘書さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながらグリムさんたちと出力調整訓練を兼ねた小さなエーテル塊の撃ち合いをするくらいしかできなかった。
あとついでに、同じく話に入れない秘書さんも加わり、霊術についてのレクチャーもすることになった。
「いっそゲームのコントローラーでも繋いだ方が簡単なんじゃねーの?」
と。
ぽろっとこぼしたようなディセットの一言に、CEOと姉さんが一気に反応を示した。
「それだよ」
「は?」
「
「米軍のレーザー兵器だとか、日本でも自動運転車の非常用に備えてあったりするくらいですしね~」
「は!?」
……うん。ディセットはビックリしているけど、なにも別におバカな発想ではないんだ。ゲームのコントローラー。
何せ多くの人が何かしらの機会に使ったことがあるから、操縦技術の習得がスムーズという利点がある。戦車や装甲車、潜水艇なんかで使われてる実例もあるほどだ。
ゲーム文化が発展してないっぽい機械の世界では出にくい発想かもしれない。
ゲーム……ゲームかぁ。
「しかし既存の製品を使うなら権利関係の問題もある。情報漏洩の危険やスパイウェアも……」
「CEO、少しいいですか?」
「何かね?」
「権利関係の問題を解決できて、口が固くて、僕らの事情をある程度把握してて、信頼の置ける、ゲーム関連企業の社員が必要なんですよね?」
「そう簡単に生えてくるものじゃないから困っているのだが、そうだ」
「います、一人」
「な……なにっ!?」
これも巡り合わせというものだろうか。姉さんの方に目を向け、互いに頷く。
「求点堂社員、神足ハルオミ。僕らの父です」
グリムさんを除いた皆が、あんぐりと口を開いた。