融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
『奴は極めて体内の圧力が高く、体液の沸点が異様に高い――と、アリサ筆頭は言っている』
「めちゃくちゃ大雑把に言うと圧力鍋と同じ原理ですね」
カマドオオトカゲの高さは20メートル近く。先日の巨象の半分ほどではあるが、全長は巨象の比ではない。
両腕はその体躯を支えるためにか異様に発達しており、鱗と言うよりも装甲や籠手のような重厚さを感じさせる。
そんな腕が振り下ろされた一撃を、ガルデニアが海中を滑るように躱す。トカゲの一挙手一投足が海流を発生させると分かっているからこそ、それに逆らわず、利用する形で機体を制御しているようだ。
『その圧力を生み出しているのが鱗と筋肉だ。しかし、死んでエーテル結合が弱まることでこの圧力が一気に開放される』
「爆発の種類は?」
『まず蓄えた圧縮ガス、次に体液、最後に赤熱している心臓部。これらが順に相互に作用し、最低でも半径500mほどは確実に吹き飛ぶ……だそうだ』
「わかりました」
更に水上でそれを行った場合、極めて高温に達することから水蒸気爆発が発生。更に爆発の威力が上がる……と。
恐らく衝撃波も凄まじいものになるだろう。被害範囲はその数倍と見ていいかもしれない。中華街あたりまでは確実に消し飛ぶなこれは。
けど、おかげで生態はだいぶ分かった。
「ディセット、相手は体内にガスを溜め込んでる。食性もそれに応じたものになるはず」
「ガス? ってことは……狙いは火力発電所か!」
「多分ね」
体液の漏出によっても水蒸気爆発が起きる危険性がある以上、ブレードもライフルも今は封印されたも同然だ。必然的に素手での立ち回りを要求される。
でも、ディセットの操縦に淀みは無い。相手の大振りを躱すと懐に潜り込み、比較的柔らかいと思われる腹部を狙ってガルデニアの掌底が放たれる。内部への衝撃で全身を揺らされた巨獣は、鬱陶しそうに周囲を払う動作をするが、その頃には背に回り込んで軽く蹴りを見舞っていた。
絶妙に相手を怒らせ、こちらにムリヤリでも注意を向けてもらうための動き、という点では実に有効だ。ただ、進路がなかなか変わらない。
追ってきてくれないし、迎撃もあくまでその場のみ。餌場が近いからか……。
「それが分かったって、このままやり合ってるんじゃジリ貧だぞ。せめて外洋に出ないと被害も減らせない……!」
「……うん」
考えられる範囲だと、手段は……ある。ただ、これはかなりの賭けだ。
僕が奴を持ち上げて、宇宙空間に放り投げる――なんて、そもそもこの体が環境に耐えられないとただの手の込んだ無理心中になりかねない。
じゃあ、上じゃなくて横、となっても今度は普通に高温に耐えられない可能性がある。
……ただ、惑星級のドラゴンは宇宙空間を一定のルートに沿って常に周遊していると聞く。ドラゴンの特性を多く持つこの体なら、あるいはそうした極限環境でも……という期待は持てる。
一方でその期待が外れたら即死だ。命をベットするにはちょっと勇気の要る賭けだろう。
「あっちだとこいつはどう倒すんですか?」
『儂は戦ったことが……何だ? ……冷却の霊術を使える者を大勢動員するか、爆発に耐えられる者を集めて地上で倒す、だそうだ』
「こっちの世界でそんな強引な手使えねえぞ!?」
そもそも、今ここで霊術を使える人間の数が少なすぎる。あっちの世界の常識では今は戦えない。
動きを封じて大量の液体窒素を詰め込めばそれと似た状態に持ち込むことはできるだろうけど……そんな量用意するのにどれだけの人と金が必要になることか。僕が見た映画でも自衛隊や米軍がボッコボコにやられた後の最終手段だったぞ。いずれにしろ「今すぐ」はどうやっても無理だ。
ディセットの舌打ちと共に、大きく開いたトカゲの口をガルデニアの蹴りが強引に閉ざした。若干の異音。装甲がひしゃげたか、あるいは鱗を割ったか……。
ええい、考えすぎるのも良くないか!
「ディセット、CEOと通信繋いで!」
『繋がってるよ』
「うお!?」
「良かった。じゃあすみません、今すぐ周辺のコンテナターミナルの空きコンテナの所在をこっちに送ってください」
『ちなみに何をする気だい? レールガンの弾丸?』
それならどうせ沸騰して海の生態系ぶっ壊れてるんだからその辺に落ちてる人工魚礁の鉄骨でも弾体にした方がいくらか効率的だ。
なのでもちろんそんなことにクッソ高価なコンテナを使うなんて真似はできない。
「今から即興でマスドライバー作ってあのトカゲ宇宙までぶっ飛ばします」
姉さんを含めた数名が絶句した。
そして一瞬の後、CEOの通信から押し殺したような笑いが漏れてくる。何かツボに入ったらしい。
ディセットはこっちを疑わしげな目で見ながらもしっかり尻尾の一撃を回避していた。
『あ……あまりにも力技が過ぎる……』
「お、おい、ちょっと待てよ。弾道計算とか速度計算しないとまずいだろ。とりあえずでぶっ飛ばしたら陸地にたどり着いて爆発した、じゃあ責任取れねえぞ!?」
「僕らも一緒に飛ぶんだよ。押し上げるよ」
「なにっ!?」
というか、無重力発生装置がある以上既定路線だよそこは。
ガルデニア自体も宇宙戦闘を前提にした作りをしているんだし、覚悟決めない?
「ちょ、ちょっと待て! 大気圏突破するような速度出したら俺潰れるぞ!?」
「……え、宇宙戦闘用でしょこのワーカー」
「パイロットスーツ無いとG抑制できねえんだけど!?」
「ごめん初耳」
「言ってなかったなゴメン!!」
逆説的に普段素であんな無茶苦茶な機動してるのだいぶおかしいな?
パイロットスーツってそんな機能もあったのか……いや、そう考えると今まで色んな創作で見てきたあれこれに納得もいく。
地上でパイロットスーツやヘルメット着用してるの、ちゃんと理由あったんだな……と、そうじゃなくて。
マスドライバー作って奴を宇宙までぶっ飛ばすという方針はいいものの、どう考えても空コンテナだけじゃ強度が足りない。無重力空間を作り出す関係上、本来必要とされる速度に達しなくとも磁力との併用で宇宙まで押し上げること自体はできる……か……? しかしそうなると、今度は押し上げる際、相手にGをかけきれずに暴れることを許してしまう。
とりあえず太平洋上まで打ち上げてしまえば横浜近辺の被害は軽減できるだろうけど、万が一生き残ってどこか別のところに行き着いてしまったり、思った以上に爆発の威力が高くて津波が起きたりしてもいけない。
決断は、否応なく迫られる。
『行け、ナルミ! ディセット!』
そんな僕の背を押すように、幼く高い声が響いた。
「グリムさんあんた話聞いてたか!?」
『聞いておった。その上で断言していい、エーテルに満ちたそのコックピットなら大丈夫だ! 行け!』
「なるほど!」
「ナルミぃ!?」
グリムさんからのその言葉でようやく合点がいき、決心がついた。
CEOの送ってくれたデータを元に、とにかく近場のコンテナを抜き取り適当に組み上げていく。あまりの稚拙さというか単に凹の字を描いているだけのそれを目にして、ディセットは本当に大丈夫なのかコレと悲鳴を上げていた。
……多分大丈夫だと思うよ! 強度とか全く考慮できてないけど!
「ディセット、思い出して! 僕が超音速で動いても衝撃波が発生しないのは……」
「――
凝縮されたドラゴンの質量を半自動的に支えているのもこれだ。その場にいる人間の意思を汲み取り、ある程度都合の良い現象を自動で引き起こす。この特性を用いれば、多少ならずGも軽減してくれるはず。
コックピットという閉鎖空間には、僕が自然放出したエーテルがほぼそのまま高濃度で充満している。まだ雷と磁力に変換するのがせいぜいとはいえ、電気に形を与えて操るという物理法則を無視した現象を起こせる以上、意識さえすればGを軽減するクッションくらいにはなってくれるはずだ。
「つったって、それでも不安は不安だけどな……!」
「信じて!」
「いつでも信じてるだろ!」
「……射出タイミングは任せるよ!」
何やら邪魔なバリケードらしきものが築かれようとしていると気付いたのか、トカゲの動きがより活発になる。巨腕が海面に叩きつけられ、水しぶきが辺りに散らばった。
コンテナに損傷はない。ガルデニアの動きに追従させているのであれば、このくらいの攻撃に当たることはまずありえない。
今のままでは翻弄されるばかりだと認めたようだ。トカゲの口が大きく開き、体内から透けて見える核が輝きを増す。
「今だ!」
いつか見た巨鳥のように火を吹くのに似ていると思ったのもつかの間、鋭く発せられた指示に従って仕込みを起動する。
いくつかのコンテナを盾代わりに、磁力で強固に接着させガルデニアの前面に展開。レール代わりに敷いていたコンテナに磁力を通していく。
巨獣の顎にシールドバッシュの要領で突っ込んでいくと、密着した体勢になったのを確認した僕は、構築した磁力のラインを一気に走らせた!
「うおらぁぁッ!!」
「――――!!」
行き場を無くした火炎が逆流しトカゲの体内を焼く。更に、発生した無重力空間に囚われ思い切り浮かされた巨獣は、下から追いかけてくるコンテナの弾丸によって磔のような状態になって身動きを封じられた。
「確かに……! これなら相当……軽減されてるッ!」
「けっこうキツそうだけど大丈夫!?」
逆に何でお前は平然としているんだ、と必死の形相が訴えている。
仕方ないじゃないか。なんか平気なんだもん。
雲を越え、空を越え、機体に浴びせられた水滴が凝結し、巨獣の動きと胸部の赤い輝きが鈍る。
そうしてしばらくの時間が経った頃。巨獣の胸の輝きが失われると共に、僕らは星の海に迎えられていた。
どこまでも果てなく続く黒と星のコントラスト。眼下に見える青い星の雄大さに思わず息を飲み込みかけ――やめる。
まだだ。戦いが終わったわけじゃない。
「とどめを!」
「大丈夫だよ。もう死んでる」
「え。あ……」
そんな僕の行き過ぎた気持ちを鎮めたのは、疲労困憊に陥った様子のディセットの声だった。
だらりと全身を投げ出すようにシートに体を預けていて、覇気は全く感じられない。神経接続なども切ったらしく、普段手首あたりに繋がっているコードも今は外している。
巨獣は……ぴくりとも動かない。熱源反応ももう無いようだ。空気も無いし、温度もほぼ絶対零度に近い。死んじゃっても当たり前か。今回は比較的ショックは薄い。血も出てないし、傷が生じているわけでもないからだろうか。ともあれ命を奪った以上はと軽く黙祷する。
「……お疲れ様。ごめんね無理させて」
「被害が抑えられたんだ。いいってことよ」
宇宙空間だからか、体がふわっと浮くのを感じる。右に左に流れそうになるのがなんだか、新鮮なような懐かしいような感じで、心が揺らされているようでもある。
「本当に宇宙に来たんだ……」
「ああ。軌道リングは……無いか。当たり前だが」
軌道リング……確か、地球に住めなくなった機械の世界の人類にとっての第二の住処、だっけ。
改めてすごい技術力だと思うと同時に、そんな大層なものがこの世界にやってくるのだろうかと少し疑問にも思ってしまう。
衛星軌道上にあるんだから、軌道エレベーターで登っていくんだよな……なんて技術力の差に感心していると、おもむろにディセットは全部の通信を閉じた。
まだ連絡することもあるだろうにと思ったんだけど、どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「いや、ちょうどいいと思って……俺の話」
「え。ああ、今?」
「面白い話でもないんだ。あんまり人に聞かせたいことでもない」
そう言われると、少し身構えてしまう。
姿勢を正す僕に苦笑して、ディセットは何の気もないように続けた。
「元々の俺の名前はL-