融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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 三人称です。


37.輝きと暗闇

 

 

 狭いコックピットに沈黙が満ちる。あまりに非現実的な響きとこの平和な世界では想像もつかないだろう出自を耳にして、ナルミは燐光の輝きを失い絶句していた。

 あちらとこちらの常識が違うことも、生命倫理が異なることも承知している。そうであってもあまりに度が過ぎた内容には困惑が勝る。

 

「治験……クローン……」

 

 ディセットの言葉をそのまま受け取るなら、彼は実験のためだけに生み出されたクローンということだ。そういう創作物を見たことがないとはナルミも言わないが、だとしても今、身近な存在と言える人間が「そう」だというのはやや衝撃の方が勝る。

 

「僕は、てっきり孤児とかなのかって」

「ブラギ社は本来医薬品メーカーだからな。クローン作ってるのもそういう技術の副産物だよ」

「クローンって、誰の?」

「分からん。無作為に選ばれた、免疫と抗体が優れてる人だったらしい。おかげで今生きてられるんだからありがたい話だが」

 

 治験や臨床試験には、最終的には病気の患者が必要になる。

 その製造目的の関係上、彼のようなクローンは意図的に病気や怪我をさせられ、新薬の安全性や効果を判定するための礎となった。

 痛みも苦しみも十分に味わったディセット個人としては、あまり思い出したくない記憶ではある。

 

「それって、倫理的にどうなの……」

「もちろん問題視されて法的にクローンによる人体実験は禁止になった」

「なったんだ……」

 

 ナルミの認識として、機械の世界はこちらの世界よりも遥かに生命倫理を軽視している印象があった。その上でなお明確に法で禁止措置がなされるというのは、それだけやらかしが大きいのだろう。

 事実として問題視されるほどのことをしているが、そこに触れてしまうと話を逸らしかねない。ディセットは続けて語る。

 

「ただ、そうなると元いたクローンは不要になるわけだ。かと言って、廃棄というのも外聞が悪い」

「こだわるの体裁(そこ)?」

「体裁一つで会社が傾くからな」

「じゃあ最初から手段選べばいいのに」

「それは本当にそうなんだが……ともかくそんなわけで、廃棄品の有効活用と題して、戦闘知識だけインプラントに詰め込まれ俺達は戦場に送られた」

「倫理観のランクが更に一段階落ちたんだけど???」

 

 ナルミは頭を抱えた。あちらの世界や企業がクソだと断言してはばからないわけである。

 こちらの世界とは事情が異なるとはいえ、出自の壮絶さはナルミの比ではない。姉に対する罪悪感はともかくとしても、彼女は急に自分の悩みが小さなものに感じられてきた。

 

「で、捨て駒にされて生き残って……ってのを二度も三度も繰り返して、ついにはドラゴンまで狩ってきたもんだから流石に会社も無視できなくなった。社会復帰させるべきクローンを軍事転用してるっていう醜聞も避けたい。だから便宜的に、型番から名前をつけて『うちのエースです』――ということにしたわけだ」

 

 欺瞞に欺瞞を重ねて最低限あるべき倫理観というハードルを下からくぐり抜け続けている。ナルミはディセットに同情するよりも先に企業方針にドン引きした。

 あちらの世界の倫理的にどうかと言えば、法規制という大鉈を振るわれている以上容認していい部分は無い。連合政府の行政命令を意図的に曲解して無視しているも同然だ。

 そうした無法が行えるのも、一般市民の暮らす軌道リングに出資したことで企業の力が異様に高いから、という理由はある。

 

「それは……その企業滅ぼした方がよくない……?」

「お前が言うとマジでシャレにならんからやめろ」

 

 機械の世界で長く畏怖の対象となってきたドラゴンである。やれる力は確実にある。

 

「本社潰したところで支社が実権握るだけさ。仮に潰せても何十万人って無関係の社員が路頭に迷うし、医薬品メーカーだから一般人の生活に支障も出る」

「……はぁー……まあそうか、そうだよね」

「個人が個人に復讐するってんならまだしもな」

 

 こういった発想をその場で否定できるということは、ディセットも自身を生み出したブラギ社への復讐を一度は考えたことがあるということだ。

 その上で、実質的に本懐を果たす術がないという点、周りに与える被害の両面を考慮して復讐という道を捨てた。自分に置き換えて考えると、果たして同じ境遇で同じ考えでいられるだろうかと、ナルミは複雑な気持ちになった。

 

「あのさ、もしかして名前呼ばれるのとか嫌だったりする?」

 

 ふと、気になったことがそのまま口から出てしまった。ディセットという名前はそのまま番号を使った仮名でしかない。人としての名前というにはいささか無機質だ。

 しかし、これに彼は首を横に振って返した。

 

「昔は嫌だった。記号じゃねえかって。けど、名前に意味が無いなら、自分で価値を高めてみろ、なんて言ってくれた人がいてさ。お前の名前が特別な意味を持つくらい活躍しろ! って。まあ皆死んじまったけど」

「重いよ……」

「悪い」

「……生まれ順で次郎さんって名付けられた人が、スポーツで大活躍して世界のジローとか呼ばれる……みたいな?」

「そんな感じ。それに、こんな名前でも呼んでくれる人によっては嬉しくも誇らしくもなる。だからいいんだ。嫌じゃない」

 

 何か過去に前向きになれる素晴らしい出会いがあったのだろうと、ナルミは推察した。

 事実として、それは正しい。少年兵として様々な戦地に送り込まれたディセットは、その先で様々な出会いを遂げた。

 年少者であるが故に保護者の立場で接してくれた者がいる。親身になってくれた者もいれば、対等に戦友として扱う者もいる。敵対した者もいる。彼はその大半と死に別れることとなったが、彼らが共通して語ったことはひとつだ。

 即ち、「一人の人間として精一杯生きろ」というもの。彼らの命の代わりに生き延びたからこそ、ディセットは戦友に恥じぬように常に前向きであれ、と己に心がけていた。

 

「まあ――なんだ、色々言ったけどさ、俺は別に昔のこと気にしてないんだよ。今が生きてて一番充実してるから」

 

 含むところのない、年頃の少年らしい笑顔でディセットは笑いかけた。

 

(――眩しいな)

 

 ナルミは思わず己の頬を撫でた。いつものように、誰も感情を読み取れない仮面のような微笑みがそこにある。

 自分と比べてあまりにも過酷な生涯を送ってきたというのに、彼の笑みはごく自然な、心の底から湧き出す感情に由来するものだ。ナルミには、それがあまりにも輝かしく思えた。

 というところに思考が至ったその瞬間、ディセットは眉根を寄せて「いや」と一言否定の言葉を吐いた。

 

「そもそも俺がしたいのは自分語りじゃねえ!」

「え、え?」

 

 ディセットがコンソールに拳を落とすと同時に雰囲気が崩れた。

 

「あの時の話の続きだ!」

「あの時のって……」

「もちろん敵に中断させられた山の中での」

 

 先日の襲撃の折、ディセットは結局その場で何も言えずに話そのものを中断させられてしまうことになった。

 ナルミにとってはひと区切りがついているため、もう終わった話という認識だったが、彼は納得がいっていない。

 

「つまりだ! 俺だって将来の展望や夢なんて何も無いから、気持ちは分かる!」

「ディセットの方だいぶ人生に厚みない……?」

「殺し合いしかしてない人間の人生に厚みもクソもあるかよ」

「そ、そう……?」

 

 死地を何度もくぐり抜けてある種の開き直りの境地に達したのは確かだが、人生経験という点で言えば彼は大したものを積み上げていない。

 殺し合いで得られる経験など、効率よく敵を殺す技術だけなのだ。ディセットはそこに厚みや価値というものを微塵も感じていなかった。

 

「何をしたらいいのか分かんねーってのも分かる。自分が何をしたいのか分からんねえってのも分かる。何せ俺だってちょっと前までそうだったからな」

 

 ディセットは前向きに生きようと決めてはいても、機械の世界における彼の状況はいつまでもどん詰まりのままだった。ただひたすら戦場に送り込まれ、逃げることもできずに戦い続ける。夢など見ようもなくただ生きるだけだった。

 

「――だから、一緒に探そう。一人で悩んでるだけじゃきっといつまでも行き止まりにぶつかってばっかりだ。俺も夢を見つけたい。皆もいる。力を合わせて探せば、きっと納得できるものがどこかにある」

 

 だからこそ、彼はナルミの気持ちを理解し、共感できていた。知った風な口をきくなと言われても構わないと、勢い任せに告げたその言葉に、ナルミは怒るようなことも馬鹿にするようなこともなく、銀の燐光をほのかに輝かせ小さく笑いかけた。

 

「そうだね。一人で探すよりよっぽど心強いや」

 

 その言葉と色味に、ようやくディセットは安心感を覚えた。

 恐らく、ポジティブな感情を示している時は本来「こう」なのだ。自分自身を抑制する能力と自己暗示があまりにも優れているため平時の青い色から動くことそのものが少ないが、それでも嬉しい、楽しい、という感情を示す時はわずかに銀の色味を示す。

 惜しむらくは、それを最初に引き出したのが彼自身ではなかったことだろう。フォーグラーCEOによるディセットへのイジりが原因のため、半分は彼のおかげと言えなくもないが、それでも釈然としない気持ちが胸の奥に湧いて仕方がなかった。

 

 それから少しの間、二人はああでもないこうでもないと目標ややりたいことについて語り合った。

 10分ほどして、そういえば他の皆が置き去りだと気付き、ガルデニアを再起動。地球へと進路を向けたところで、ナルミの感覚が警鐘を鳴らす。

 それに合わせて、急に周囲に向かって警戒をあらわにしたのを目にしたディセットが戦闘態勢を取った。

 

「またなのか……!?」

「そんな感じがする……ん、だけど……」

 

 ――何も来ない。

 いきなり空間を破って現れたわけでも、攻撃が飛来したわけでもない。それこそ、ただたまたま鋭敏な感覚に引っかかったかのようなそれに、ナルミは首を傾げた。

 

「レーダーは?」

「デブリしか映ってねえ」

 

 余計に何がなんだか分からない。そう困惑が頭に満ちた時、ナルミの体はいつかのように半ば自動的に動いていた。

 宇宙空間を焼き尽くすかのように、雷撃が走る。

 肝心の電気を伝達するための大気のような媒介が宇宙空間に無いというのに、当たり前のようにこれだ。ディセットは思わず遠い目をする一方で、雷撃で粉微塵になったデブリの中に一つだけ、わずかに形の残っている岩塊があることを認めた。

 無意識で第二射を放とうとしているナルミに声をかけて抑えると、厳重に注意しながら岩塊へと接近する。

 

「壊す?」 

「ダメ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で了承する相方が爆発しないように祈りながら、「それ」をガルデニアに拾わせる。

 触手が飛び出したり、突如爆発するようなことも無い。穴だらけのまま、その岩塊はただ沈黙するだけだった。

 

「……回収するぞ」

「ええっ!?」

「ええっ、じゃねーよ。嫌なのは分かるけど我慢してくれ」

 

 ナルミが未だ反応を示しているということは、敵に関わる何かがあるということだ。この機を逃すわけにはいかない。

 大気圏突入時に焼失したりしないよう、細心の注意を払うためにディセットは無重力発生装置の出力を全開にして、速度を緩めた。

 

 


 

 

 そこは、およそ生物の生存に適さない暗闇の空間だった。

 虫の一匹も入ることは無く、光の一筋も差すことは無く、ただ闇だけが広がっている。そこへ、男の声がひとつ響いた。

 

「――『衛星』が一つ破壊された」

「下手人は?」

 

 反応を示したのは、立ち上がると共に鎧の重厚な金属音を響かせる壮年のもの。今すぐにでも出ると言いたげに、彼は小さく剣の鞘を指で叩いた。

 

「どうか落ち着いてくださいな」

「そうだぜオッサン。宇宙まで上がってこられるようなヤツなんて、一人……いや、二人しかいねえ」

「……」

 

 それを止めるのは、鈴を転がすような少女の声と、どこか粗野さをにじませた少年の声。鎧の壮年は小さく息を吐き、再び着席した。

 

「既に二度の襲撃を切り抜けている"ユピテル"と竜狩りか。まさかワーカーまであちらの世界に送り込まれるとは、想定外だったが」

「運の良い奴だ、まったくもって」

 

 くぐもったような声の、顔を何かしらで覆った青年が頷く。

 喉の奥から小さく漏らす笑いは、この場の全員から視線を寄越されるに足る哄笑に近いものだ。

 

「――ヴァン。融合を主導しているのは君のはずだが」

「三界に渡るほどの大規模に()()()()と、どうしてもひとつふたつは異常が起きるものさ。むしろこの程度で済んでいることを褒めてもらいたいね」

 

 おどけたような声に、しかし異を唱える者はいない。理解しているからだ。彼はリーダーでこそないが、この一連の計画における中心人物であると。彼の協力を得られなければ、そのまま計画は瓦解する。

 

「宇宙で準備を整えれば、この世界でなら誰も手は出せない――という想定は外れましたね」

「計画を修正する他あるまい。ストロエフはどうしている?」

「あのオッサンは内臓潰されて寝込んでるよ」

「仕方がない。彼が復帰できるか未知数だが、少し計画を早めよう。ワーカーを仕入れるにも資金繰りは必要だが……」

 

 ガルデニアのような高級量産機を揃えようとしなければ、ワーカーそれ自体の値はそれほどのものではない。

 あるいは、この後のことを考えれば借用してそのまま返さないということも選択肢ではある。男は胸中で苦笑した。

 

「二週間後に作戦を開始する。ドラゴンを殺し、()を殺そう」

 

 ――悲願を口にする男に、広間にいる者たちは口々に肯定の意を示した。

 

 

 

「それから、忍者には十分に注意してくれ。既に一人やられている」

「ニンジャ?」

「……ニンジャ!?」

「忍……え?」

「ニンジャ……?」

 

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