融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
秘書さんの報告に、真っ先に反応したのはグリムさんではなくディセットとCEOだった。
巨獣が現れた、ならともかく浜に打ち上げられたという時点でだいぶ異常事態だが、よりにもよってこの二人が反応を示している時点でただ事ではないということが分かる。
「急いで現地に向かおう。できるだけ一般人を接近させないようにしてくれ」
「……なんとか手配します」
「全員で合流した方がいいかもしれないぞ。俺もガルデニアを出すべきか……」
「いざという時まで待機させるだけにしておきたまえ」
「え、あの……打ち上げられてたってことは死骸なんじゃ?」
オマケにこの様子だ。警戒を通り越して完全に臨戦態勢に入ってる。
浜に打ち上げられていて、そのことが報告に上げられているということは少なくとも活動状態ではないということだ。それでもなおここまでの反応ということは少なからず状況を理解しているってことで……。
「それを確かめなければならないんだよ。状況によっては最悪の事態になりうる」
「現状でも最悪の五歩手前だ」
「……あの、状況を。グリムさん?」
「いや儂も分からん。透明な……?」
「道中説明する。急ぐぞ」
困惑しながらも、焦った様子の二人に押されるようにして僕とグリムさんは大人数用のバンに乗り込むことになった。
姉さんたちと合流したのは横浜駅だ。やはり何事か理解できていない様子の二人を拾うと、そのまま江の島方面へと向かっていく。
「急にどうしたの~?」
「緊急事態だ。イーバが出現した」
その一言を耳にして、姉さんの雰囲気までもがピリついてくる。
イーバと言えば、機械の世界に出没する宇宙生命体だ。D粒子の作用で発生した生命体の一種で、とにかくディセットが本気で害獣扱いして面倒そうな顔をしていたのを覚えている。
そんなものが突然打ち上げられてきたとなれば焦るのも無理はないが、だとしてここまでの反応を示すのは予想外だ。単なる害獣というだけではないのだろうか。
「話だけは……以前から聞いてますが……」
「実際どんな生物なのかは知らないよね。ディセット、そんなに強いの?」
「強いっつーか……死ぬほど厄介っつーか……」
「彼らはある惑星の水とD粒子が結合したことで生まれた群体生物でね、粒子を吸収し、増殖することでどんどん大きさを増していく」
「んで、死ぬ時には分体を撒き散らして世代交代する。その分体も粒子を吸収することで増殖巨大化する」
「インプラントに使われてるのも粒子技術だから、それに反応して人も襲うんだよね~」
「今は霊術の世界の生物と融合してる人も多いだろ。エーテル……D粒子を体内に抱えてる人もそれだけ増えてるし、より襲う範囲も広がっていく」
「最悪じゃん」
ドチャクソ最悪じゃん。
というかそれって常に粒子放出している僕らにとっては天敵なのでは? 接近されたら秒で巨大化しそう。連れてきてよかったの僕ら?
「儂らが同行すべきではないのではないか?」
「いや、むしろ同行してくれ。イーバの組織は主に高熱で凝固するから、増殖を抑制できるグリムさんたちこそイーバの天敵だ」
あ、そういう。
そう考えるとワーカーのブレードが高熱で焼き切るタイプなのは、イーバ対策が大きな部分を占めているわけか。
僕の攻撃もどっちかと言うとプラズマによる電熱が主体なんだし、確かにこれならどうとでもなるだろう。
「それだと大気圏突入できなくない?」
「色々理屈はあるけど、それに対応して体組織を変化させてるから大丈夫みたいだね~。急激な変化には弱いけど」
「……熱以外の、対処法は?」
「爆発や衝撃で内部組織をズタズタにするか、物理的に隔離するかってとこだったと思うが……」
「……じゃあ結局熱が一番楽でしょうね」
イーバのことをまだ見たことは無いが、ワーカーで対処しなければならないということはそれなりの大きさであることは察せられる。
爆発にせよ衝撃にせよ、それを生み出すものを調達するのは現代社会では難しい。霊術で大気を固めてぶん殴る、みたいな手段もあるにはあるだろうけど……できる人は相当限られるだろう。
多分、言ってる椿さん本人もできる。消耗に見合わないからやらないってだけで。
「ナルミ君がいれば十中八九対処可能とは思っているがね」
「まだ分体を飛ばしてないようですし、休眠状態の可能性も高いですね~。海から流れ着いたなら浸透圧で水が抜けてそうですし、分裂できない状態なのかも」
「最悪の五歩手前って言ってたのはどういう?」
「あんな風に突然現れたということは、つまりイーバも生物と判定されてこの世界の生物と融合する可能性があるということだ」
「知らない場所で増殖されるのも怖い。何事も起きなきゃそれが一番なんだけどな」
そうはならないんだろうなぁ、と僕は内心でため息をついた。
今まで何か事態が動いて、そこから何も厄介事が起きなかったってケースがまず無い。江の島までこの調子なら、むしろディセットと一緒にガルデニア乗って先に急行しておいた方が良さそうな気もする……。
とはいえ、一応は組織に所属することになったわけだし、トップの言うことは聞いておく必要はある……んだろうか。いや、別に多少無視してもこのCEOは責めたりしないだろうけど。
そうして30分ほどかけて江の島に到達すると、やはりそこには異様な光景が広がっていた。
野次馬見物人の山、山、山。そしてその先にいるっぽい、透明なチューブ状のイーバ……全長はおよそ40mほど、側面の高さがだいたい10メートルくらい。
ディセットたちの嫌そうな表情の度合いは最高に面倒くさそうな時の3割減というところだろうか。だったらまだなんとかなる範疇ってことだろう。
「ワーム型か……"ケトテリウム"じゃないだけマシか」
「けと……?」
「クジラみたいな外見してる……輸送タイプっつーのかな。イーバの中でも最大級の図体してて、出てくるだけで軍が総出で対処に向かう奴」
本当にそれは最悪のパターンというわけだ。
というかクラゲにワームにと来て急に進化したな。いや、別にワーム型にせよクラゲ型にせよ、まんまその生物ってわけでもないんだろうけど……。
「この状況で戦闘に発展してしまっては危険だな。フォーグラー殿、どうにかできんか?」
「どうにかできるようならとっくになんとかしているがね。ここにミサイルを撃ち込むから逃げろとでも言えば逃げてくれるか?」
「テロ犯になりますね~」
じゃあ現実的にどうするのが最適かと言われると、それも困るわけだが。
こういう好奇心に掻き立てられてやってきたタイプの野次馬は、他人が注意したところで――それこそ警察の言うことですらまともに聞いてくれるかは怪しいところだ。
別の何か、例えばガルデニアの光学迷彩を解除してその辺に出現させてみるとか……ないな。二分割されるかもっと野次馬が増えるだけだ。
「だが、ちょっとくらい強引な手を考慮しておかないとだろうぜ。死ぬよりはマシだ」
「その辺に一発雷落として驚かす?」
「一発じゃあどうせ偶然としか思われねーって」
それよりかは、周りにいる人数や所在を確認しておくためにも先にレーダー霊術使ってみた方がいいかもしれない。見逃した結果惨事が起きないとも限らないし。
そう思って周囲に電波を流したその瞬間、冷や汗が流れてくるのを感じた。
「……質問いい?」
「何だよ藪から棒に」
「もしイーバがドラゴンを取り込んだりしたらどうなるの?」
「粒子製造器官を使って成長、増殖して山のような軍勢になるな」
「……まさか貴公」
「……竜族の反応をひとつ見つけた」
「はぁ!?」
一瞬、車内を沈黙と緊張が包み込む。多分この一瞬の間にCEOたちの脳内で嵐のように思考が巡ったに違いない。
多分、その、エーテル放出量それ自体は結構なものだけど、僕ほどじゃないようだから惑星級というやつではないだろうけど……。
滝のような汗を流したCEOに「行けるか」と問われると、こちらも「はい」という以外に返答のしようが無かった。
「細かい作戦を立ててる暇がねえ! 状況を見て臨機応変に! 以上だ!」
「テキトーすぎ!!」
椿さんが文句を投げつけると同時に、"墜星"が飛来する。
アレ本当に飛んでくるんだ、と少しばかり驚きが生じるのと、イーバが内側から
もうタダごとじゃないねこれは。とっとと飛んで行くべきだろうか。
「ナルミ君! 可能な限り顔は隠して行きなさい!」
「隠せったって……ううん、悩んでる暇も無いか」
とりあえず頑張ろう。というか単純に方針として「頑張る」以上できないし。
ともかく一気に空に飛び出す。本当なら専門家のディセットと行動したほうが確実性はあるだろうけど、人命第一だ。
顔を隠す方だけど……イメージは有名な漫画の金色のオーラをバリバリ放出して戦う人たち。あんな風にすれば眩しくて顔も見えないし特定もできない……はず……特定できないといいな……。
ともかく、上に飛び出してきたイーバは、より強くエーテルを放出している僕の方に注意を向けている。走光性のある虫のようにこちらに誘引されてくるのは、少し異様にも見えるが……本能だけで動いているようなものなのだろう。まっすぐこっちに近付いてくるんなら、その方が楽だ。
「ごめんね」
イーバもある意味ではこの現象の被害者だ。そういう生き物を力ずくで排除するというのは、やはり抵抗が勝る。
けど、何もしないのでは結局、人類が食われて終わるだけだ。排除する立場で謝ることもただのエゴだけど――これも一種の生存競争だ。しょうがない。割り切って自分の心を守る方向でいこう。
海上にはイーバを調査するためにやってきたのだろう公的機関の人たちが見える。あの人たちに当たらないよう角度と範囲を調整して――。
「はっ!」
雷撃が空間を焼き尽くす。イーバの外皮が弾け、水分が気化して灰と化す。見たところ、およそ半数が消滅したようだが、まだかなりの数残っているようだ。
ディセットが厄介と評するわけだ。単にワーカーの操縦が上手いってだけどうにかなる相手じゃない。最大級というわけでもないたった一体からこれだけ増殖するなら、もっと大きければもっと増えるということでもある。
「先ぱ……え、先輩!?」
「! つば……ん!?」
くぐもったような声を耳にして砂浜の方に視線を向けると、そこには巨大な剣を手にし――て、ついでに頭に紙袋を被った不審者がいた。
……あ、いや椿さんだ。正体がバレないように紙袋を被っているらしい。髪外に出てるけど。
"墜星"も粒子製造器官を用いて作られたらしい宝剣だ。当然のようにイーバに狙われているが、恐ろしいことにあの視界が制限された状態で全部斬り伏せている。インパクトの瞬間に術式が展開しているのを見る限り、切り裂いた部分から空気を注入、内部から炸裂させて体組織を破壊しているようだ。先にディセットたちから弱点を示された通り、イーバは衝撃などによってその体組織をズタズタに崩せば分裂させずに対処できる。
「い、今から一箇所に集めます! そこに攻撃を!」
「――わ、分かった!」
姿の異様さに一瞬言葉が詰まりかけるが、あちらもあちらでどもっている。何やらバチバチして光り輝いているのが異様に映ったのだろう。
"墜星"の刀身が展開し、椿さんの眼前に大きな術式が構築される。今まで何度も見た文脈と図形だ。つまりは大気操作。
次の瞬間、風が吹き抜けた。竜巻――と言うにはやや風速が弱い。人ひとり吹き飛ばすのも難しいくらいの強風だ。
しかし、見方を変えるとこれも必要十分程度の威力である。イーバは――おそらくエーテルの作用で――宙に浮いており、風の影響を受けやすい。これで一旦浮遊せずに水に潜る、などの知能があるなら話は違うが、彼らはそうでもない。
こうやってまとめてさえくれれば、あとはこっちもさっきと同じ要領で……。
「もう一発!」
巻き上がる風の中心から突き上げるように、雷の柱が屹立し炸裂した。
ほとんど先程の焼き直しだ。それで大半を削りきったのだから、まあ上出来だろう。
……とはいえ、イーバも全滅したわけではない。最上位種ってわけでもないのに、あの一体の死骸からどれだけ増えてるんだか……!
うんざりしながら砂浜に降り立つのと同時に、討ち漏らした数体を熱線が貫く。こういうときもグリムさんは頼りになる、などと思いながら振り向くと、そこには後光が差したシルエットがあった。
「えっ、誰……」
怖……。
ビックリして体が硬直するけど、あっちもビックリしたような格好で一瞬硬直する。
あ、うん、グリムさんだ。多分僕と同じように、顔を見せないための手段だろう。こっちの顔も見えないから、すわ何事かと驚かせてしまっているようだ。
「か、狩り残しは任せよ。貴公は竜族の保護に走れ!」
「あ、はい。了解です!」
お互いにいちいちツッコむ暇は無い。この場は二人に任せて問題ないだろうとして、再びレーダー霊術を使って位置を確かめる。
が――まずい。イーバが肝心のその竜族に接近してる。
(最初に弾けて分裂した時に遠くまで飛んだ奴か……!)
林に隠れて様子を伺っているらしいその人物に、今ここから注意を呼びかけたところで間に合いはしないし、そもそも多分飛んだ方が普通に早い。
攻撃は――巻き込む可能性も考慮すると、さっき使ったような雷撃は避けるべきだ。なら、前に穿道虫を倒した時のような雷のリング!
投擲も、手元が狂ったりしたら問題だ。熱量が高すぎて少しかすめただけでも大火傷に繋がる。手元に留めた状態で――断つ!
「――――」
――と、それでズバッとすり抜け際に斬る、とかなら格好もつくんだけど、何せ距離が距離だ。空を飛ぶことに多少慣れはしても、斬りつけるという動作を含めてやるのはちょっと難しい。
結果、電気を纏った状態で激突してそのまま蒸発させるという、意図したこととは違う経過を辿ることになってしまった。
……まあ、倒せたんならどっちでもいいか。うん。円刃も当たってはいたし。当たっては。
これで状況は終了したのだろうかと思いもう一度探知してみるが、イーバは近くに反応無し。一つ胸を撫で下ろす。
後の問題は竜族だ。見れば、状況に全く頭が追い付いていないようで、さっきから目を白黒させている。
その竜族――女性は、ひとことで言えば、垢抜けない感じのパッとしない人だった。
いや表現酷いなと自分でも思うけど、少なくとも外出するのに学校指定っぽいジャージはいかがなものか。藍色の、元は綺麗だったのだろう髪もべたついていて手入れをしている様子が無い。
手入れに関しては僕も姉さんや椿さんに強く言われなきゃ、あんまりする気は無かったから人のこと言えないけど……それにしたって、目の下のクマとかも見るからに不健康そうだ。
竜族だけあって、やはり角は生えている。グリムさんと違って彼女は尻尾もだ。ただ明らかにジャージに合わせきれておらず、半ケツ状態である。
大事そうに持ってるのは……スケッチブックかな。見ると、分裂する前の打ち上げられたイーバの姿や、クラゲ型の姿まで、素人目に見ても上手いと唸らされるほど詳細に描かれていた。
彼女はあわあわと口を震わせて、こちらを指さしながらようやく言葉を紡ぎ出した。
「眩しくて見えないんだけど、どちら様っすか……!?」
「あ、すみません」
ついさっき光ってるグリムさんが誰だか分からず混乱したというのにコレである。
……もっと簡単に顔を隠す手段、欲しいなぁ。
一般待機勢トップエース「もう全部あいつらだけでいいんじゃないかな」