融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
画面が大きく揺れ動く。
丸みを帯びた装甲を持ったワーカーが発した黒い霧に向かい、幾度となく腕がブレードを叩きつけていく。
非現実的な能力を持つ敵を相手にしているというのにあまりに一方的なその戦況に若干引いていると、やがて赤熱したブレードが半ばからへし折れた。
丸っこいワーカーはそこで生じた隙を見計らったように機体前面に多量の黒い霧を発生させ――直後、飛来した何者かが頭部を粉砕した。
……あれ僕だ。
ともかく重要なのはここまでの映像で示された「黒い霧」と、敵に関する情報だ。この情報を提供することで、状況をイマイチ理解できてない鬼鞍さんに注意喚起しようという目的だったのだが、プロジェクターによる映写が終わってからの鬼鞍さんは釈然としない様子だった。
「あのう……一方的すぎて何が危険なんだかわかんないっすけど……」
「もしかして脅威を正確に示すのにディセ君の戦闘データって役に立たないのかなぁ?」
「お……俺が悪いわけじゃ……」
確かに何も悪くない。当時のディセットは完璧な仕事をしていたんだ。ただちょっと問題なのは、今必要なデータが無いって部分だけだ。
鬼鞍さんが戦えないことにアレコレ言う気は無いし、戦わなくとも別に守ることに否やは無い。ただ、守りきれないケースはいくらでもあるし、自衛くらいはしてくれないと困る。そのためにも危機感のひとつくらいは抱いてほしいというのが正直なところだ。けれど、これではどうとでもなるのではないかと考えてしまうだろう。
実際のとこ、それでなんとかなってる僕らの方がおかしいというのはCEOにも示してもらってる。ただ、これも実感が無い限りはどうにも……。
イーバも僕がサクッと倒してしまったせいで、危機感を感じるに至ってないかもしれない。危機感を覚えさせるのは諦めた方がよさそうだ。
「鬼鞍さん、見てて何か気付いたことはありませんか?」
「自分がっすか?」
アプローチを少し変えよう。こうなったら危機感を持たせることだけを目的にしたってしょうがない。何か僕らに無い視点からものを考えてもらうのもアリだろう。
特に敵の能力に関しては僕らもイマイチ掴みきれていない。暫定的に黒い霧なんて言ってるけど、それが実際のところ一体なんなのか……。
「なんか闇属性だなーとは思うっすけど」
「漫画とかゲームじゃねーんだぞ」
「いやでも、闇属性でしょうこれ」
「……言っていることは、分かりますが……」
「闇などという物理現象は存在せぬ。あるのは影のみ。暗闇とて結局のところ単なる暗所よ」
「ファンタジー世界の住人が言うのかよ」
「しかし、霊術はあくまで物理現象を操るための術だ。この世にあるもの、無いものの区別ははっきりとつけねばならぬ」
「……なるほど?」
ぼんやりと輪郭が浮かんできた気がする。キーワードは「この世に存在しないもの」だろうか。
闇という物理現象も、融合という現象も、空間を隔てた場所へのワープも、異世界への転移も、三つの世界全てにおいて存在し得ないものだ。
核融合という言葉に代表されるように、融合という概念そのものは存在する。しかし、複数の生物が細胞レベルで融合合体し、破綻なく一個の生物として成り立つなどということはありえない。
「あの人たちは、『この世界に存在しないもの』を操る能力を持っている?」
「ちょ~っと安直じゃないかなぁ?」
「けど、そう間違った推測でもないと思うぞ。前に万能のシールドは無いって話したろ? 熱線も物理攻撃も電撃も、果ては磁力まで防げるんだぜ、あの『闇』。だったら既存の物理法則から外れたブツと考えた方がまだ納得いく」
「そうなると、そもそもどこからそんな力がやってきたのか疑問というものだ」
「パワーソースも、まともなものじゃないでしょうね」
形あるものなら御の字、実は科学技術の結晶でしたというオチでも別に構わない。原因を断てば終わる話だ。
ただ、これが超常の存在に貰った力だとか、特に理由は無い、とかだと困る。あんな能力者が何人も現れたら世界はもっと滅茶苦茶になるだろう。
カーテンが開いて事務所(予定現場)に陽の光が差す。敵のことについて改めて見直すことにも繋がったのか、皆難しい顔をしているようだった。
「お茶淹れてきますね。ひと息入れましょう」
「お手を煩わせるわけには」
「いえ、僕がやりたいだけなので――」
やんわり断りかけたが、それで秘書さんの仕事を取ってしまうのもあまり良いことではない。協力をお願いしよう。
というわけで、二人でコーヒーとお茶菓子を用意することにした。コーヒーに関しては……どうもCEOの方は結構なこだわりがあるようなので、そちらはお任せする。
しかし、こうしてコーヒーを出してみると、各人の好みが分かってちょっと面白い。椿さんは砂糖もミルクもちょっとずつ入れるタイプで、ディセットとグリムさんはどっちも多め。ディセットの方は単純に苦みが得意じゃないだけだけど、グリムさんは融合現象のせいで味覚も変化している側面があるのだろう。
秘書さんはブラックをグイッと行ってるが、一方でCEOは豆から選んでいる上にミリ単位でミルクと砂糖の量にまでこだわっているそうな。意外と言えば意外だが、そもそも外国においてブラックコーヒーは多数派ではなかったりするのでこれも自然といえば自然か。
鬼鞍さんはカフェオレを要求してきた。先に言え。
「……と、ところで……キミのそれは……大丈夫なのか……?」
「大丈夫ですよ~」
姉さんのコーヒーはそろそろ角砂糖で埋まってきた。
底がジャリジャリ言うくらいでようやくスタートラインなのがうちの姉さんである。記憶力と応用力が高すぎてとにかく糖分が必要だというのが姉さんの言い分だ。多分極度に甘党なだけだと思う。あれで別に他の味覚がおかしいってわけじゃないのが不思議だ。
しばらくほっと息を吐きながらぼんやりして調子を整えると、今度はディセットからまず口を開いた。
「しかし、まさかイーバがこっちに現れるとはな」
「既定路線とも時間の問題とも思うがね。今回はたまたま海中に出現し行動不能になっていたが、次もそうとは限らない。それどころか我々のように別の生き物と、特に巨獣との融合を果たす可能性も高い」
この指摘には椿さんやグリムさんも渋面を浮かべた。
ただでさえ厄介な生物がこれまでと異なる進化を遂げてより厄介になる、というのは考えただけで嫌らしい。
他の事例を見ても基本的にランダム性が高く、参考にするのも難しいが、変化するとしたらどうなるだろう。巨獣の一部がクラゲのように変質して触手を伸ばすようになるとか……逆に、イーバが巨獣のような形態を取るようになるとか?
どっちにしてもロクでもないことに変わりはないか。
「あたしたちも……対処に当たった方がいいでしょうか……」
「そうしたいのはやまやまなんだけど……顔バレはまずいですよね?」
「せめて仮面のひとつでも被ってもらわねば困るというのが本音だね。今回のあれは緊急手段としてはいいが……」
頷いて返す。ああやって電気バリバリやるのはコントロールが面倒だし、そのせいで攻撃手段も限られてしまう。人に近づくと感電なんてどころの話じゃなく、あまり良いことが無い。やってもそれこそCEOの言う通り緊急手段が主になるだろう。
「被り物があればいいんですけど、この通りですし」
ゴミ箱に入れられていたインク切れのボールペンを手に取って自分の角を叩くと、ペンは半ばからスコンと音を立てて真っ二つになった。
皆はドン引きした。
「魔剣でも生えてるんっすか……?」
切り出して加工でもすればそうなるんじゃなかろうかと思ったのは秘密だ。
「オーダーメイドでもするしかなさそうだねぇ」
「どこにだよ……」
「足がつくのを問題視するならここでやるしかないがね。しかし材料はともかく、デザインも外注するならこれも足が……」
「デザイン?」
その時、皆の視線が鬼鞍さんに注がれた。
思わずといった様子でCEOが両手で彼女を指差す。漫画家も広義で言えばデザイナーに近しい職種だ。
「やれるかね?」
「へ? え……うぇ……も、もちろんっす、ハイ!」
威勢の良い声音とは裏腹に、額に浮いている汗を見ると僕はそこはかとない不安を感じずにはいられなかった。
ちょうど今連載は持っていないという鬼鞍さんが秘書さんと簡単に契約を交わしてから、数時間が過ぎた。
僕は頭や角周りのサイズを計測された後、特に何ができるでもないので軽くシャワーで汗を流し、CEOや秘書さんを交えて霊術についての話し合いに興じることになった。
今は霊術を使える人間の中で目立っているのが僕らくらいしかいないが、そう遠くないうちに霊術の世界からやってくる人は急増する。
同時に、霊術のこともそう遠からず広まっていくだろうから、その後のことについてもよく考えておかないと、という話だ。
とはいえ、僕はただの学生だしグリムさんも治安維持の専門家ではない。一応軍人ではあるが、帝国軍の中でも立ち位置としては教導役に近く、治安に関わる仕事については、もう一人いる将軍が担っていたそうだ。
加えて、人口にかかる問題もある。多くとも億に届くかどうかというあちらの世界とこちらの世界では、どうしても様々な部分で前提が変わってくる。CEOも、機械の世界では政治に口出しができたが今はそういうわけにはいかない。「そうなってみないと分からない」という部分が多すぎるのだった。
ヴァルトルーデの記憶がもうちょっとあれば何か言えたこともあるのかもしれないが、そういうわけでもないのでくちばしを挟むのははばかられた。
どっちみち、時間に関してはいい頃合いだ。夕食の希望も聞いておきたいし、と思ってディセットたちのところに向かうと、なんというか軽い修羅場と化していた。
ディセットは半ギレ、椿さんはかなり怖い無表情、姉さんは笑ってるが額に青筋が浮いている。殺伐とした空気の中、鬼鞍さんは萎縮した様子でペンタブを握っており、何かやったんだろうなぁということが容易に察せられる。
まあそれにしたって、ガッチガチに場数を踏んでる戦士二人にあんな視線向けられるのは普通に怖いだろうけど……。
「7年前の特撮によく似たデザインの仮面が出てますね~」
「はうっ」
どうも自業自得っぽいな……。
「カス漫画家がよぉ……」
「ちょっと待ってほしいっす。せめてクソ漫画家にまかりませんか!?」
「何がまけられてんだよ」
「カスと人格否定されるより漫画をクソとこき下ろされる方がマシっす……」
「自分の作品に愛がねえのかこのカスゥ!」
「ひぃん」
見たところ、姉さんがデザイン見て既存のものと被りが無いかを完全記憶能力で確認し、ディセットが検索して真偽を確認――って手順かな。
一方、ファンだったっぽい椿さんは本性を目にしてちょっと本気で失望していると。
僕はこういう時あんまり動じないタチで良かった。冷水を浴びせるようにして部屋の入口を軽く叩く。
「ヒートアップしてるところ悪いけど、そろそろ休んだらどうかな。いい時間だし」
「…………そうだな」
ディセットは眉間を軽く揉みながら頷いた。割と堪えてるようだ。
巨獣との戦闘でだってこうはならないだろうに。
「鬼鞍先生も少し休みましょう? ずっと仕事と向き合ったままじゃ、パフォーマンスも発揮できませんよ」
「うう、ありがとっす……優しい……しゅき……」
勢いで抱きついてくる鬼鞍さんを受け止めるとそのまま胸にすりついてきた。
鬼鞍さんもあれからちゃんとシャワーを浴びてきてくれたので特に頭ベタベタというわけでも臭いわけでも無いのが幸いだ。
下からうおでっけ……とか声が聞こえてくる。この人今日が初対面なのにマジ遠慮無いな……。
「処します?」
「ちょっと待とうね~」
椿さんの手から伸びるエーテルのラインが見える。
”墜星”呼び出しそうなのは本当にちょっと待ってほしい。部屋が壊れる。
「それになっちゃん、あれでむしろ残酷なところがあるっていうか……ねぇ……」
「残酷ですか?」
「俺とゲームで対戦してる時は容赦ねーけど」
「そもそも僕は仮面のデザイン
「……ん!?」
何か勘違いされているようだが、別に個人を識別できなければ僕個人は仮面そのもののデザインはどんなのでもいい。機能面での要望はあるけど、そのくらいだ。
できれば通信機能は欲しいし、外が見えるように加工くらいはしてほしいかな。
「何なら別に白い丸とかでも僕は十分ですよ。そこまで気を張らないでください」
「……最初から期待してない相手にも優しくできるタイプだからねぇ、あの子」
「えっ、何だそれ地味に怖い」
「ぐはっ」
あ、鬼鞍さんが倒れた。