融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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44.黒いドームと怪物

 

 

 それは、まるで空間に開いた穴のように空虚で、夜闇の中にあってなお黒く際立って見えた。

 以前、黒騎士と戦った際に発生した暗い空間――僕はずっと内部にいたのでどういうものか知らないが、外からはこのように見えていたらしい。

 大きさは半径約20メートル前後。隕石を保管していた倉庫をすっぽり覆い、工場の一部も巻き込まれてしまっている。当然だが、これだけ大きいと部分的には公道の方にもせり出しており、巻き込まれている外部の人がいないか心配になってくる。

 

「ヴォエ!」

「人の背後でいきなりえずくんじゃねえ!」

「大丈夫ですか鬼鞍先生?」

 

 初めてダークマターによる生成物を目にしたせいだろうか。鬼鞍さんは感覚に慣れずに吐きそうになっているようだ。

 かく言う僕も別に平気というわけではない。なんなら今から雷ぶっ放してあのドーム状の空間を破壊してしまいたいくらいだ。これは竜族関係者じゃないと分からない感覚なので、ディセットたちが怪訝に思うのも無理はない。

 

「ぎぼぢわる゛……ナルミちゃん、あれ外から壊せないんっすか……?」

「まだ中に取り残されてる人がいるかもしれませんから、なんとも……」

 

 壊せないことはないと思う。何なら実績もある。ディセットがガルデニアで突入した時に壊せてるから、物理現象でどうとでもなる、はずだ。

 ただ、夜とはいえ警備員さんなんかは常駐しているだろうし、巻き込まれている可能性は大いにある。強引に動くわけにはいかないのが現状だ。

 

「来てくれたかね」

「あ、CEO――」

「………………状況は?」

 

 この場にやってきたCEOは、まさに今から寝ますよと言わんばかりのバスローブ姿だった。オマケに小脇にクラゲのぬいぐるみを抱えている。さては時間空いた時に水族館行ってたなこの人。

 今はツッコむ時間が惜しいのでスルーしておく。

 

「説明は私から」

 

 一方、秘書さんは昼間と同じ……に見えて、足元はハイヒールではなくサンダルだ。相当急いでたのが見て取れる。

 

「端的に申し上げますと、あの空間に4名の一般人が取り残されています。内2名は警備員、2名は作業員……いずれも連絡は取れず、行方不明です」

「目標はその者らの捜索でよいか?」

「それともう一件、山梨県市街地にて突如、巨獣が出現したとの報が」

「はあ!?」

「こんな重なることある?」

()()()可能性はあるだろうがな……クソッ」

 

 どこまで意図的に敵が世界の融合を進められるか分からないけど、できるならやらない理由も無さそうだ。

 ならば、とグリムさんが手を叩く。

 

「戦力を分けるとしよう。巨獣の方は儂とディセットで行く。ナルミとアリサ筆頭にはこの場を任せる」

「分かりました」

 

 巨獣について詳しいのは椿さんとグリムさんだが、椿さんはディセットと性格面で相性が良くない。充電はできなくなるが、それが必要になるほどの相手であってもディセットなら時間稼ぎくらいはどうにでもなるだろう。本当にどうしようもなければ後で合流すればいい。

 

「鬼鞍先生は……あたしたちと来てください……」

「え、何でっすか? 自分戦えないっすけど!?」

「戦えないからこそですよ。もしこの2件を陽動に奇襲でもされたら防ぎきれませんから……何ですその揉み手」

「へへ……何卒……何卒命だけはお助けをお願いしたくっす……」

「味方に向かってこんな媚び方する奴初めて見た」

「命乞いが通じない敵にやっても意味無いじゃないっすか!!」

 

 言ってることの意味は分かる。

 ただ、個人としてこういう方向性で来られると逆にやる気が削がれる。もうちょっとこう……ちゃんとしたお願いのやり方ってあるじゃん……。

 いや、守るのはもちろん守るけど、それはそれとしてさ……。

 

「そっちはお願い」

「任せろ」

 

 短めのやり取りの直後、光学迷彩を解除したガルデニアにディセットとグリムさんが乗り込む。僕らの方は4()()で黒いドームへと向かった。

 

「あ、あれ……カナタさんも……!?」

「捜索するなら人は多い方がいいよ~」

 

 今は一分一秒を争う状況だ。とりあえず仕方ないので黙認することにして突入する。

 そこは以前と同じ、闇の帳の降りた一面真っ暗な空間だった。片手から思わず電気が漏れそうになるのをもう片手で抑える。今はあの時のように無遠慮に暴れていい状況じゃない。

 レーダー霊術は……ダメだ。周りがダークマターだらけでそっちに過剰反応してしまい、ロクに機能してくれない。

 

「椿さん、人を探すのに有効な霊術はある?」

「今から構築します」

「構築? 今から?」

 

 なんか地味におかしなこと言ってない? と僕の中にあるヴァルトルーデの記憶が疑問を告げている。

 術式は文字通り「式」だ。既存のものを組み合わせて異なる効果を発揮させたり……例えば水と火を同時に使ってお湯を出す、みたいなことはあるが、新しい術式を発見するというのは、数学で新たな公式を新発見するのにも値するほど困難だという話をグリムさんから聞いた覚えがある。

 いや、いいや。追及する時間が惜しい。

 少し難しい顔をした後、椿さんはエーテルで空中に線を描き、術式を描き出した。

 

「大気から動体反応を感知することで、空中に光の線を描いてその場所に案内させる術式です」

参考に(完コピ)させてもらうね~」

 

 僕は流石に無理だけど、姉さんはこの一瞬で術式の構成を丸暗記したようだ。これで道案内できる人員が二人……こっちも手分けした方がよさそうだな。

 

「ここからまた二手に分かれよう。あまり時間をかけたくない」

「じゃあ、あたしが鬼鞍先生と近い場所を――」

「え、自分ナルミちゃんと一緒の方が」

「――僕が鬼鞍先生と姉さんを連れて近場を探すんじゃダメかな? 椿さんも身軽な方が動きやすいだろうし」

「……暴走しませんか?」

「そういう暴れ方はしないよ」

 

 鬼鞍さんが余計な文句を言う前に遮っておく。多分、この二人もそれほど相性は良くない。鬼鞍さんはあんな調子だし、椿さんは戦闘モードに切り替わると割と苛烈な内心が外に漏れやすい。それならまだこっちで受け持った方が、器用な椿さんが動きやすくなっていいだろう。

 それに、暴走ってアレは実のところ「敵」を一直線に最大効率で撃滅しに行くのが主で、周囲の被害がすごい――みたいなものじゃない。暴力への嫌悪感が薄れるのは一番大きなところではあるが。

 

「分かりました。この辺りはよろしくお願いします!」

 

 言うが早いか、多重に術式を起動した椿さんはここから遠い倉庫の方に向けて、ほぼ飛ぶも同然の速度で走り出した。

 空中には……なるほど。足元に光の輪っかのようなものが展開し、そこから光のラインが描き出されて動体反応を示している。なんとなく思い出すのはゲームでプレイヤーキャラクターの足元に表示されるようなガイドマーカーだ。そういう方面の知識もあるようだし案外参考にしているのかもしれない。

 

「姉さん、僕らも」

「ん。使うね~」

 

 椿さんと同様、姉さんの足元にもガイドマーカーの光が灯る。やや色合いが異なるのは、使ってるエーテルの質が違うせいだろう。

 ただ、これが――なんかやけに数が多い。動体反応と言っていたしな……つまり、巻き込まれた4人以外に何かがこの中で動いているということになる。

 

「なんか……明らかに多くないっすか? 矢印」

「そですね~。大きいものが近い場所の反応でいいのかなぁ?」

「そうだと思うよ」

 

 わざわざそこんとこでズラすような子じゃないし、順当な考え方でいいはずだ。

 同時に、ネズミや鳥のような小動物を効果から外し忘れることくらいはありえるかもしれないとは思うけど、多分これはそういうのじゃないはずだ。

 最も近くの場所にいるだろうものを目指して進むと、そこにいたのは案の定、人ではない何か、としか形容できないような黒い体色の怪物だった。

 形そのものは人型に近いものの、共通点はせいぜい手足があるという程度のものだ。その手足だって、地面につくほど長く太い腕や、逆関節の脚など、一見しただけでもその異様さは分かる。中でも目を引くのは、頭部に相当するものが何もなく、首――らしき部位からもうもうと黒いモヤを吐き出していることだ。肩から生えた突起のせいもあって、そのシルエットはどことなく鬼だとか悪魔のようにも見える。

 ヒュッ、と鬼鞍さんの喉から音が漏れる。その恐怖の吐息に反応したように、怪物が勢いよくこちらに向き直り、一気に跳躍した。

 

「敵だね」

「!?!?」

 

 横合いから盾代わりに放った電気の膜が、その動きをせき止める。

 少し様子見して判断しようと思ったが、体は勝手に動いている。けど、こうも露骨に攻撃しに来たのなら遠慮は要らないだろう。

 その場で突き上げるような雷撃を放てば、怪物は焼け焦げ黒い塵となって消滅した。

 ……まともな生き物ではないようで良かった。後で吐き気を催さずに済む。

 そう安心していると、背後からチョロッと小さな水音がする。まさかと思って見れば、そこには濡れた地面が……。

 

「……鬼鞍先生」

「違うっす違うっす違うっす!! 確かに何か出たけどシモではなく! ビックリして手を顔の前に出したらそこからちょっと!」

「なっちゃん、これってあれだよねぇ?」

「ああ、うん……」

「疑ってるんすか!?」

「違いますよ」

 

 いい大人がそんな簡単にシモの管理を緩めないのは分かってる。そうじゃなくて、「ビックリして」「なんか出た」という方が僕らには引っかかった。

 命の危険を感じた時に変な現象が起きるというのは、僕自身が経験したことだからだ。

 

「多分それ、僕が雷出せるのと同じですね」

「鬼鞍先生は水が出せるみたいですね~」

「み……水……」

 

 僕が電気と磁力、グリムさんが光熱を操作できるように、どうやら鬼鞍さんは水を出して操れるようだ。意外な発見である。

 が、まあ今は能力を把握してる場合でもない。緊急度も上がったし、早く取り残された人たちを助けないと。

 

「この話はまた後にしましょう。急いで取り残されてる人たちを探します」

「あんなバケモノがいる中を!?」

「全部僕が倒すので後からついてきてください」

「このまま邪魔する奴ら全員ブッ殺していってくださいっす!」

「あなた情緒どうなってるんです?」

 

 つい一瞬前まで死ぬほどビビってたくせに何なんだこの調子の乗り方は。

 ともかく、怪物自体はそこまで強くない。多分、やろうと思えば生身のディセットでも戦える。その弱さに原因があるとするなら……この現象を引き起こしている隕石を、僕が事前に半壊にまで追い込んでいたせいだろうか?

 進路上に現れた怪物を横蹴りで粉砕し、勢いのまま回転して尾で次の二体を横に「く」の字にへし折る。僕が振り返る頃には「ニ」の字になっていたのを無視して、工場通路の先にいる嫌な気配に向けてチャクラム状にした電気の刃を投擲――命中。これも消滅した。

 姉さんが逐一接近を伝えてくれるので戦いやすい。が……流石にそろそろ巻き込まれた人の誰かがいるはずだと思うんだけど。

 

「そっちの部屋かも! 動体反応、そこに2つあるよー!」

「了解!」

 

 怪物が来るよりも先に、急いで保護しよう――そう思って扉を開いた、その時。

 

「うおおおくたばれバケモ……ッッ!!?」

「待て待て待て! 人……」

「うおっ」

 

 恐怖をごまかすためにか、目を閉じた状態でガタイの良い人がパイプ椅子を振りかぶっているのを目にした。

 もう少し注意深く調べていれば血の臭いに気づいただろうし、先に部屋の中に声をかけていればもうちょっと相手の警戒を解くことができただろう。まずったな――と思いながら、パイプ椅子が僕の角にカチ当たって粉砕されるのを目にした。

 作業員、というか現場監督らしき人の表情が驚愕に染まる。よりによって助けに来た人間に攻撃を加えてしまったにも関わらず、一切揺らぎもしないのは流石に異様だろう。姉さんは苦笑いしているが、鬼鞍さんは……なんかテンションブチ上がって超つえぇ! とか言い出してる。

 

「……あの、すみません。声もかけずに押し入ってしまって」

「い、いや……それよりも、その……」

「大丈夫でしたかね……?」

「ノーダメージなのでお構いなく……」

「そういうわけなので、平気ですか~?」

 

 お互いにペコペコ謝りあうが、責任の譲り合いをしてる暇は無い。遮って問いかけた姉さんに応じた作業員の方たちは、とりあえず動ける程度の怪我で済んではいるようだった。

 多少殴られはしたのだろう。口元に血の跡があるが、どうやら口を切っただけらしい。いずれにしても後々病院に行ってもらうとして……残るは椿さんの方だ。

 もう一方の警備員は見つけているのだろうか? 心配にはなるが、この二人を見つけたからには外に出る方がいい、はずだ。

 

「じゃあ、一旦外に出ましょう」

「え、これ出られるんっすか? 結界みたいな感じっすけど」

「前に似たような空間に巻き込まれた時は、普通に出られましたよ~」

「どうだろう。条件が違うし……」

 

 前回、この空間に似た黒いドームを展開された時は、体内にエーテルを持つ人間以外を締め出して事態を隠蔽していた。そういう空間ということであの時は納得していたけれど……今回はエーテルを持ってない人も巻き込まれてしまっているし、あの時いなかった怪物も同時に出現している。

 ある程度の指向性を持って展開できる空間で、今回のこれは何の指定もしなかったためにこんな風になった、とか?

 考察を重ねながら、皆を守って外に向かう。道中現れる怪物は全滅させた。

 

 それほど広くない空間だったため、憂慮していた事態にもならなかった上に数分とかからず外に出ることはできたが、結局椿さんとは合流できていない。

 再突入の必要があるかな――と思っていたそのタイミングで、不意に風が吹いたのを感じた。

 

「ん?」

 

 そして、ドームが中からバキバキと音を立ててひび割れる。直後、竜巻じみた暴風が吹き荒れ、空間を形成していた黒い霧を霧散させていった。

 

「ほわぁぁぁ!!?」

「ん~……アリサちゃんかな?」

 

 わずかに頬に冷や汗を流す姉さんの推測を裏付けるように、霊術を用いて爆心地から飛び出してくる影がある。わずかに発光する巨大な剣を携えたそれは、紛れもなく椿さんだ。

 彼女は僕らの前に着地すると、大きく息を吐いて周囲を見回した。

 

「はぁ……! ……皆さん無事ですか!?」

「な、なんとか……」

「む、無茶苦茶だこんなの……」

 

 警備員さんは、椿さんが宙に飛び出した時に一緒に抱え上げられて運ばれたせいか、どうやらグロッキーになっている。

 とはいえ大きな怪我もなく、無事なのはなによりだ。椿さん自身がどうも疲弊しているのが気にかかるが……。

 

「先輩! そっちは無事でしたか!?」

「僕らは問題ないけど、作業員さんは怪我してる。何があったの?」

「10メートルくらいはある怪物が倉庫に現れて……」

「えっ……!?」

「倒したらあのドームが崩れ去ったんですけど……」

「どう戦ったとかって話は無しっすか!?」

「斬って内部から爆散させただけの話をどう話せばいいんですか?」

 

 あの風の荒れ具合を考慮するに、さては椿さん、海外のサメ対策ナイフみたいに内部に空気注入して爆発させたんだな……。

 もうツッコむつもりも無いけど、巨獣退治の専門家だけあって単に相手が大きいだけだと特に苦も無く倒してしまえるんだから恐ろしい話だよ。

 

「……他の怪物も大概倒したけど、影響は無かった。その巨大な怪物が黒いドームにおける存在の核みたいなものだったのかな?」

「ねえなっちゃん、これを……あの人たちは落とせる、んだよねぇ?」

「………………」

 

 僕らはなんかたまたま世界最高峰の人材が揃っていたが故になんとなく怪物も倒せてはしまえたが……作業員さんたちが怪我をしているあたり普通の人にとっては脅威には違いないし、巨大なモンスターに関しても椿さんが半分くらい本気で仕留めにかからないといけない程度。

 そもそも、怪物の耐久力がそう高くなかったことを考慮するに、多分本当はもっと強いはずだ。それこそ特殊部隊が数人がかりで制圧しないと話にならないくらい。ドームの大きさも比にならないほどじゃないだろうか。

 

 ――そんな空間を作り出す「隕石」を、いくつも作り出せるとするならば。

 

 背筋に冷や汗が伝う。

 期せずして大変なことに気付いてしまった僕たちは、唯一宇宙で運用できる戦力を持つディセットが早く戻ってくることを祈るほか無かった。

 

 なおディセット本人はワーカー共々無傷で戻ってきた。

 

 

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