融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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46.指南と暴発

 

 

 事務所はちょっとした緊張感に包まれていた。

 加害側であるところの鬼鞍さんと被害側である父さんの対面である。流石に初手土下座は止めておいた――というか状況を説明しないとあっちも分からない――ので着座での対面になるが、父さんの方の圧が大きい。これは完全に仕事モードだ。

 一応これから大事な会議のはずなんだけど、CEOは「懸念を残したまま話すのも良くない」と容認している。ごもっとも。

 まあそもそもを辿れば鬼鞍さんが悪いんだけど。

 

「鬼鞍先生」

「へい……」

 

 返事からちょっとゲス根性漏れとる。

 

「私はあくまで別件の調整で参りましたので、権利関係の話をしに来たわけではありません」

「……っす」

「含むところはお互いにあるでしょうが、一旦割り切って話を横に置きましょう、子供たちもお世話になっているようですし」

「ハイ! へへへ……」

「法的なお話は日を改めて別の者が参りますので」

「ア゛ァ――――――ッ!」

 

 鬼鞍さんは打ち上げられたアザラシか何かのようにその場でのたうち回った。

 でも妥当な話なんだなこれが。どっちのタスクを優先するかって、他社が関わってくる大プロジェクトだろう。半分無職の漫画家ならいつでも対処できるのでまだいい。

 とはいえ会社としてけじめはつけないといけないのでそのうち首狩りに来るよ、という宣告はしておく……という。

 

「上げて落とす手際がまさにナルミちゃんの親っす……この一族怖い……」

「あんたが勝手に勘違いして期待でアゲてっただけじゃねーか」

 

 まあ……横に置いといてとは言ったけど、水に流すとはひとつも言ってないもんね、父さん……流せることではないというのもそうだけど。

 とはいえついさっきまで昨日の件で僕らのことを心配しきりだった姿を思うと、予測が甘めになるのも仕方ないかもしれない。

 

「別件が落ち着いたところで、ミスター神足。草案をまとめていただいたようで何より」

「動くのは早い方がよろしいかと思いまして」

「ビジネス以上に安全問題にもかかっているので、その心がけはありがたい。ディセット君、データは要るかね?」

「俺はいい。試作品ができてから話振ってくれ。どうせモーションデータの開発でしか役立てねーし」

「仕様書や図面はいいのかね?」

「別に見た目も性能もこだわりは無い」

「えっ、性能も?」

「この世界初のワーカーに性能の基準も何も無いからな。まず動かせるかってハードルは越えてもらわないと困るがそれだけだ。俺は出てきたもの動かすだけだよ」

 

 はえープロフェッショナル。

 なんなら下手するとガルデニアにもそこまでこだわり無いのかも……いや、前にしっかり愛機って言ってたし、自分と一緒にこっちの世界に来たということもあって何やかや愛着はありそうだな。

 

「では君たちは時間が空くことになるな」

「ふむ。ならばルイ殿にはいくらか、霊術の指南でもするべきか。いかがかな?」

「あの魔法みたいなのなら興味あるっすけど」

「ならば決まりだな。社長殿、何か異変があれば連絡を頼む」

「承知した」

 

 関係者とはいえ、知識のない人間が変に口を挟んでもあまりいいことが無い。邪魔にならないよう、僕らは敷地の空きスペースへ向かうことにした。

 

 で、霊術の説明だけど、これは以前僕らも聞いたこととほぼ同じだった。内容もわかりやすく、最初のレクチャーとしてはまさにうってつけ、だったのだが……。

 

「貴公……分かってないのに『分かりました』というのはやめぬか!」

「ひょげええええええ」

 

 グリムさんは予想外に……いや、ある意味順当に鬼鞍さんに手を焼かされていた。

 意欲が全く無いわけではない。むしろカッコいいからと言って割と乗り気だ。元々の観察眼も高い方だし、理解力が低いわけじゃない。

 ただ集中力に欠ける。10ある話を5聞いた段階でだいたい分かったつもりになり、実践したがる。そして当然成功しない。

 ついさっきは人間スプリンクラーになってて止めるのに少し苦労した。水を大量に浴びたせいで服がべったり張り付いてて気持ち悪い。

 

「ディセットくん……後で画像データを……」

「お断りだ」

 

 ところであの2人はいったい何のデータをやり取りするつもりなんだ。

 

「他の危険な現象じゃなくて良かったですね。これが炎とかだったらえらいことですよ」

「既にだいぶエ……えらいことになってるっすけど……」

「他の者をこのような無体な姿にせぬよう気をつけよと言っておるのだ、たわけ!」

 

 今の僕グリムさんに言われるほど無体な姿なの? なんか急に恥ずかしくなってきたんだけど。

 着替えてきた方がいいかな……と思っていると、グリムさんが術式を展開し、瞬時に僕の服から水分を払い落として乾かしてのけた。

 やだこの術式便利。今度習おう。

 

「よいか。我ら竜族はエーテルを、内から生じるものと大気に漂うもの、その両方を用いることができるのだ。下手に使えばそれこそ今のように暴発する」

「その割にナルミちゃんとおじいちゃんは全然暴発とかしないっすよね?」

「儂は年季が違う。ナルミは常に暴走して暴発しておるようなものだ」

「え、僕そんな状態だったんです……?」

 

 言われてみると、そうだ。他の竜族に僕のような特徴は無い。

 僕の状態を鬼鞍さんに当てはめて考えると、常に全身から水を垂れ流してるようなものだ。確かに暴走と言われてもしょうがない。

 

「恐らく、竜族(ヴァルトルーデ)とドラゴン、二種類のエーテル製造器官を重ね合わせて持っているのだろう。極めて高いエーテル生産量のせいで、ナルミは常時霊術が暴発しておる。だが同時に、その暴走状態こそが標準であり、それを前提に訓練を積んだおかげで高い位置で安定してもいる」

「つまり初期フォームが暴走フォームってことなんすね?」

「なんて?」

「それにしてもグリムさん、大丈夫ですか? 結構その……教える難易度高くないですか?」

「なに、心配は要らん。もっと厄介な者はおる。自分は感覚派だと言いつつ説明のひとつも聞かぬような輩とか……純粋に性根が良くないとか……色々……」

 

 グリムさんは深々とため息をついた。どうやら何かと苦労していたらしい。それらと比べれば話を一応聞くだけマシ、とも。

 激烈に低まったハードルのせいで、当の鬼鞍さんまでもがそういうのと一緒にされたくないとばかりに姿勢を正している。

 

「ナルミは電気と磁力、グリムさんは光と熱を操れるよな。こいつも水以外に何か出ねーの?」

「何かあるかもしれぬが……分からぬのに無理に何か出そうとしても無駄だ」

「僕も感覚で使い分けてるだけだし、そのうち自然に何か分かったりするんじゃないかな。水だけってこともあるだろうけど」

 

 僕はピンチに陥った時にどっちも使えるようになったし、きっかけがあれば何か判明する可能性はある。

 何も無いなら無いで問題ないとは思うんだけどね。水ってそれだけで便利だし。

 

「ま、いずれにせよ最低限は己の身を守れねばな」

「水でどう身を守るんっすか?」

「質量攻撃でよかろう。押し流せ」

「ウォーターカッター」

「気管支に流し込んで窒息」

「どんどん物騒になっていくっすけど!?」

 

 だってそれくらいしないと敵を追い返すこともできないし。

 バンバン雷ぶつけても胴体真っ二つにしても内臓を叩き潰してもそれでも健在だというなら、どれだけ物騒な手段を使わないといけないだろうか。

 

 ともかくまずは基本的なコントロールからだ。10ある話のうち5までは聞くなら、残った5の話はタイミングをずらしてから語ればいい、とはグリムさんの談。

 理解させることを諦めない粘り強い姿勢によって、鬼鞍さんはとりあえず水芸ができる程度には制御ができるようになったのだった。

 

「そういえばよ」

 

 エーテル制御訓練が始まってしばらく、霊術が扱えないため隣で筋トレしていたディセットだが、休憩を取ろうとするタイミングで口を開いた。

 

「鬼鞍の漫画ってどんななんだ。俺読んだことないんだけど」

「くっ……みょ、名字呼び捨てっすか……」

「いや敬うほどでもねーし」

「自分一千万部作家っすよ!?」

「まず俺この世界の住人じゃないしあんたの業績は知らん。あと知名度って意味でいうと俺はあっちの世界だと『竜狩り』で知られてるし日本円換算で年収3億*1だ」

「ぴぃぃ」

「鬼鞍先生……ちょっとムカっときたらマウント取ろうとするのやめましょう……?」

 

 僕の後ろに隠れようとする鬼鞍さんを押し返す。

 いや実際すごいんだけど……じゃあそれを笠に着ていいってわけじゃないと思うんだ僕。こんな風に別方向に強い相手が来たら効果無いどころか反撃食らうし……。

 それにしても鬼鞍さんの漫画か……。

 

「んー……買ってた雑誌に載ってた分は見たけど、絵はすっごく上手いよ」

「もっと褒めていいっすよ!」

「こいつマジ……」

 

 ……あの……絵「は」と言った時点で察してほしいんだけど……無理かなこれ。

 

「話は? 忌憚ない意見で頼む」

「良し悪しがどうって問題じゃなく嫌い」

「はうっ」

 

 あっ。鬼鞍さんが断末魔のうめき声を上げて倒れた。

 

「お前がここまで言うの珍しいな……」

「忌憚のない意見でって言ったのディセットじゃないか」

 

 別に人前でわざわざ言わないってだけで僕にも好き嫌いくらいある。みょうがとか……あとパクチーとか……。

 いやこれは食べ物だけど、物語として見てもやっぱり好き嫌いはあり、鬼鞍さんの漫画は嫌いなタイプだった。

 

「な、何が気に入らないというんっすか……」

「鬼鞍先生の作品って、『親』というものに対して異様に厳しくありませんか? 親として当然すべき心配とか、そういうものまでいわゆる束縛してくる毒親として表現してて」

「……あー」

「一般的なしつけや親としての義務まで悪しざまに描くのはちょっと……」

「そりゃおじさんのこと尊敬してるナルミは合わねえわ……」

「いやそれは……ホントすみませんっす……あれって本当に心配してるんすね……」

 

 作風なのだとすると僕から何か言うべきでもないし、それを良い悪いと評価の土台に乗せるのも違う気がする。なので単純に好き嫌いというだけの話だ。

 これがいいんだとする人もいるだろうし、そういう人を否定するつもりも無い。僕の家はたまたま親との関係が良好だからこそというのもあるだろう。

 ……というかボソッと呟いたの聞こえたけど、もしかして鬼鞍さん本当に心無い親のつもりだったんです……?

 

「ナルミちゃんは他の人と比べて表情も変わんないし、そういう好みとか分かり辛いっすよね……」

「あまり感情的になるのも良くないですから」

「儂には過剰にしか見えぬのだがのう」

「僕の素行ひとつで家族に迷惑がかかることがあるので、やってやりすぎることは無いですよ」

 

 僕が「あの天才の弟」などと呼ばれているのと同じだ。僕が何かやらかせば、姉さんや父さんはあの犯罪者の父だ、とかあの不良の姉だ、と言われ評判を落とすことになる。

 ただでさえ僕の存在が重荷なのに、それではいけない。姉弟の目立たない地味な方、という範疇からはみ出ることは僕自身が許せない……のだけど、今はバカみたいに目立つ見た目と能力である。せめて感情と表情の仮面(ペルソナ)を作ってないと自己矛盾で死ぬ。

 

「……尊敬とか家族愛よりでっかくて重いコンプレックス的なもの抱えてないっすか?」

「そうですね。ファザコンやシスコンというやつです」

「あー……ルイ殿、そろそろ訓練に戻らぬか。コツを覚えているうちに反復練習した方がいい」

「え? あ、はいっす」

 

 グリムさんに連れられて、鬼鞍さんがこの場を離れる。それを横目で見ながら、ディセットは小さなため息をついた。

 

「お前な」

「ごめん。でもこれもう性分だから……」

 

 もちろん、前にディセットたちに言われたことは忘れていない。ただ、そことは別軸に家族に対するスタンスというものは染み付いてるのですぐ何か変えていくのは難しい。

 明確な目標が見つかったわけでもないし、そもそもある程度は社会生活を送る上でやって当然の配慮でもある。敬意や家族愛についてあるのは前提として。

 

「負い目とかコンプレックスがあることも土台に、やりたいこと考える方がよくない?」

「まあ別に俺もそこを否定する気は無いけどな、行き過ぎるとまたおボボボボボボ」

「ギャーッ! また暴発した!」

「てめェこのカス人間!!」

「ただのカスになってる!? せめて漫画家つけてくださいっす!」

「まあまあ」

 

 暴発でぐしょ濡れになったディセットだけど、早くもさっき習った速乾霊術が役に立つ時が来たようだ。

 ざっと水が落ち、同時に汗も流れていってサッパリだ。とはいえ洗剤は使ってないので、やっぱちょっと臭うな……。

 近くに置いてた制汗剤を磁力で飛ばすと、ディセットはほぼノールックでそれをキャッチしてのけた。鬼鞍さんが後ろで小さく拍手している。

 ドヤ顔やめろ。

 

「それにしてもディセットくんって筋トレ意味あるんっすか? パイロットなのに」

「パイロットだから意味あんだよ。速く動けばそれだけGがかかるからな。耐えたきゃ鍛えるしかない」

「それに、いざとなれば白兵戦もせねばなるまい。ナルミ、少しこちらに」

「はい?」

 

 促されるままグリムさんの近くへ向かう。無言のまま手で構えろと指示されたので、左手を前に半身になって構えると、グリムさんはそれに対応するように僕の前で構えてこちらの腕を取った。

 

「体を鍛えるというのは、たとえ貴公らのように身体能力が強化されたとしても重要だ。体の使い方を知る、という点でもな。体術を適切に用いれば、このように重量差がある相手でも」

 

 ぐっと肩を押され、足元を引っ掛けられる。

 ……が、自分のことながら、揺らぐ気配が無い。

 

「ぬっ……重っ……大木……いや、岩山……!? ……い、いや、たとえ数十、数百トンの重さだろうとも体術で」

 

 僕の体はエーテルのおかげで常に宙に浮いているような状態で、その場に応じた適切な体重に変化する。

 ボクシングなどでも体重によって階級が分かれていることからも分かる通り、基本的に戦う際は重い方が有利だ。適切な体重に変化するということは、戦闘時はそれに応じた重さになるということであり――今の体重・質量は、恐らく凝縮された惑星級ドラゴンそのままだ。

 

「体術で……た、たい……ゆるがす……」

 

 だんだんグリムさんの腕がぷるぷる震えてきて薄く涙が浮かんできた。それでも僕は揺るがない。

 いけない。グリムさんがだいぶ肉体の外見年齢に精神を引っ張られている。

 ど……どうしよこれ……。

 

「……強い人が体の使い方も知ってればもっと強いってことっすね!」

「……そうだな!!」

 

 そういうことになった。

 

 本来主張したいことからズレにズレてはいるが、事実といえば事実なので、グリムさんの名誉のためにも追求しないことにした。

 

 

*1
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