融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
トレーニングと会議に一区切りがついた折のこと。父さんも今日から少しの間こちらに滞在するとの話なので、追加の買い出しのために僕はディセットと父さんといっしょに街の方に行くことになった。
ただ、なにぶん地元じゃない横浜なので土地勘が無い。行き来は父さんが借りた車で、ということになった。
ちなみに鬼鞍さんは(父さんとディセットが苦手なので)留守番、グリムさんはその付き添い……というか……監視というか……傷心中で外出どころじゃないというか……。
ともかくそんなわけで僕ら三人での買い出しである。
「げ、降り出した」
ボヤいたディセットにつられて外を見ると、今朝から既にぐずついていた天気が更に崩れ、雨が降り始めていた。
こうなると、駐車場に屋根のあるお店にいきたいところだけど、近くにあるかはイマイチ分からない。あとディセットの反応普通だな。
「あっちって普通に雨とか降るの?」
「火星の地表はな。軌道リング内や宇宙ステーションは環境が安定してるけど」
管理できるところはしてるらしい。そういえばディセットは火星駐留部隊って言ってたっけ?
じゃあ普通の天気は一通り体験済みか。もうちょっと驚く顔見たかったのに。
「じゃあハイテク雨具とかあったりしない?」
「あるにはあるけど……普通に傘さす方が圧倒的に早いし安い」
「だよね……」
夢、無いなあ。
機械の世界にちょっとだけ内心落胆していると、そんな僕らをバックミラー越しに見て父さんが笑みをこぼすのが見えた。
「どうしたの?」
「ナルミがそこまで気を許す友達なんて初めてじゃないか?」
「え、そうだっけ」
「まず家に招いた友達自体がほぼいないが……」
「その言い方だとただのぼっちみたいで嫌なんだけど!」
「はっはっは」
うぐ。
もしかしたら僕、父さんから孤独なんだと少なからず思われてるのかもしれない。
そりゃ親しい相手は少ないけど、クラスメイトと家に行ったり街に出たりはしてたし……ここまで深い付き合いを持ったかって言うと、それは無いが……。
僕は席に座るために体の前に回していた尻尾を抱えた。
「ナルミって友達少なかったんすか?」
「この子は普段、一定以上他人を近付けさせないからね。友達と言える関係性の子は少ないと思うよ」
「あー……時々すげえドライで冷めたこと言うし人間嫌いっぽいですよね」
「ちょっ……そんなこと思ってたの!?」
地味に酷くない!? 冷めてて人間嫌いって……いや、あんまり否定できる要素も無いかもしれない。
「父親としてはやはり心配でね」
「いや、あのさ父さん……」
「まあ後輩には慕われてるみたいですよ」
「外面を取り繕うのは抜群に上手いからねぇ」
「言い方」
家族ながらというか家族だからこそというか無駄に容赦がない。酷い言われようだな。
まあ事実だからしょうがないけど。
一言以上の文句が出ずにいると、そう遠くない場所にあるショッピングモールの駐車場に入った。
雨とはいえ、平日だからかそう車は多くない。とりあえず行き先は併設のスーパーマーケットなので、そこで買い出しを済ませてしまうことにする。
相変わらず僕に向けられる視線は痛いほどだが、最近はどうも気にならなくなってきた。どうやっても避けられないし、他にも似たような状態になってる人もいる。気にしてもしょうがない。
リクエストを聞くつもりはあるけど、今聞いたらほぼ確実に肉・肉・肉なのでこちらも気にしないようにする。備蓄用に冷凍の肉は買っておくけど。
大きなところで必要なのは、炭水化物だ。米だったり麺だったり。ディセットもかなり食べる方だし、人数的にもそうだけど……地味に椿さんの食事量が結構すごいので消費量が激しい。
「えっ、何アレ……」
「すご……」
なので僕は山のように米袋を抱えているのだが、他の人からはかなり奇異に映ってるようだった。
尻尾まで使って運んでるものだからそりゃ見る。ディセットはちょっと恥ずかしそうだった。
「ナルミ……これは、車に載せても大丈夫な量なのかい?」
「……まあ100kg程度大丈夫でしょ」
あと車の積載量の制限をすっかり忘れていた。
とはいえ入るなら問題ないだろうし、なんならワイヤーでくくれば僕が磁力で浮かせられるし……うん、大丈夫ということにしておこう。
代金はそれだけかさんだが、今では僕もそれなりに支払い能力が……いや、まあ、どっちかっていうと生きてる発電所みたいなもんだけど……ともかくお金くらいはあるので僕が出すということにした。軽い親孝行だ。
「じゃあ僕、車に載せてくるね。鍵借りるよ」
「ああ、行ってらっしゃい」
「ついでに何か買ってくるから、どこか適当に……フードコートででも待っててくれる?」
「手伝わなくて本当にいいか?」
「大丈夫大丈夫」
カートも二台くらい使いつつだけど。
……冷静に考えるとこれエレベーターに乗って重量制限かからないか?
ま、まあ……大丈夫でしょ、多分……僕自身は浮いてるようなものだし……。
(冷静に考えたら何で俺は友達本人じゃなくその父親と一緒にフードコートでメシ食ってんだ?)
一通りのやることを終えて冷静になってしまったディセットは、たこ焼きを口に運びながらそんなことを考えた。
別に嫌だという思いがあるわけではない。しいて言えばただひたすらに釈然としないのが実情である。
「悪いねディセット君、ナルミじゃなくて」
「いえ、そんなことは……」
「ドーナツ食べるかい?」
「これ食べたらいただきます」
神足ハルオミは柔和な笑顔を浮かべ、ディセットがたこ焼きを食べ進めているのを見守っている。彼から見たディセットもやはり「子供の友人」という微妙な立場ではあるものの、動揺などせず余裕すら見せているのはそれだけ年齢を重ねているためかとディセットは推察した。
実情は更にそこに「若者がよく食べている姿を見るのが楽しい」というのもある。
「おじさんこそ、ナルミと話したいんじゃないですか?」
「ナルミは私とでは話してくれないことも多いからね……むしろ、友人の立場から見たナルミのことを聞きたかったくらいだよ」
「そうで……いやそうだなあいつは……」
ここしばらくの間、ほとんど常に行動を共にしているだけに、ディセットにもナルミの性格の面倒臭さというものが概ね理解できるようにはなっていた。
基本的に彼女は温和で社交的だが、他人から求められる人物像を演じようとする悪癖がある上に家族に対する大きな負い目がある。自己暗示で悪感情を抑制するほど徹底した感情のコントロールはもはや異様で、姉に対してもそうなら当然、父親に対しても正面から接することや本音を語ることは避けるだろう。
「俺からって言うと……何だろ。最初はお互い利害関係だったとはいえ、俺のこと放り出さずに世話焼いてくれてるいい奴で……これはカナタさんもか」
「ほうほう」
「ただ、精神面で不安定ですよね。カナタさん共々」
「だろうね……」
ディセットは二人からそれぞれ、自分の思うところを打ち明けられている。長く接しているナルミは元より、カナタも相当に面倒な気質をしているのははっきりしていた。
何もかも自分のせいだと思い込む
「真面目さが悪い方向に作用してるっていうんですかね。ナルミから、その……お母さんのこと聞いたんですけど」
「あの子はそこまで話したのかい?」
「ええ、まあ――」
少しだけ言い淀む。
それを知ったのは、ナルミが発している燐光の色を見たせいだ。言ってしまえばちょっとしたインチキということもあり、ディセットの心が少し痛んだ。
「大丈夫だよ。あの子は話したくないなら適当に誤魔化して本当に何も喋らないから」
内心を見透かしたように、神足は笑った。話してくれることはそれ自体が信頼の証なのだと。
語るきっかけとしてディセットからの追及が適していたというだけで、別のタイミングでも聞いていれば彼女はきっと応じていただろう。
「ともかく、その話聞いてから思ったんですけど、あいつ気に病みすぎ。誰が悪いって話でもねーだろうに……人殺しだなんて責めた奴も責めた奴だっての……」
「感情というものは……コントロールが難しいからね」
ナルミが決定的に歪んだきっかけは、母親が亡くなったことというよりもそれによって心無い言葉を投げかけられたことだ。
苦々しげな神足の表情からは、それがどういう立ち位置の人間かということは察せられるが、ディセットは追及することなく疑問をカフェオレで流し込んだ。
最も苦い思いをしているのは、妻を喪った神足だ。むしろそれでよく子供たちをあそこまで育てたものだと、彼は敬意を抱いてすらいた。
「だから、なんていうか俺、あいつは頼りになるけど、頼りにはしたくないっていうか……」
「頼りになるけどしたく……?」
「あいつメチャクチャ強いんすよ。けど、ナルミってずっと人を殺したと思い込んでそのことで苦しんできたじゃないですか。これで本当に人を殺してしまったら、それこそ二度と心から笑えなくなるくらいのトラウマになっちまうんじゃないかって」
「……そうかもねぇ」
時にナルミの力を借りなければならないこともあるだろう。しかし、それでも敵に手を下す必要があるなら、軍人である自分がやるべきだとディセットは考えていた。
万が一他人がやるとしても、それはグリムのように一定以上戦うことや命を奪うことを躊躇わずに選べる人間だけだ。その点で言うと、アリサも気が合わないとはいえ人の命を奪うようなことをしてほしくないというのが本音だ。一般人としての感性が強く残る彼女も、人殺しをすれば決して浅くない心の傷が残るだろう。
「しかし、個人的にはディセット君も戦ってはほしくないね」
「え?」
「ナルミと同じ年の君が命の危険を伴うようなことをするというのも、大人から見れば快いものではないんだよ。できるなら、大人がこういう時に踏ん張らないといけない。私が……戦ったりできるなら、その方がいいんだが」
「い、いや、それこそおじさんが戦うとかなったらナルミもカナタさんも卒倒しますって」
「父親としては、子供たちが怪我をするよりもその方がいいかな……」
「父親としては……」
ディセットにとって、父親という存在を身近に感じたことは無かった。遺伝子上の
こういった普通の家族関係に対する羨ましさが生じるのと同時に、それと縁遠い立場であるからこそ、自分が守らなければならないのだという使命感が内から湧き上がる。
「ん、ナルミも来たようだ」
そうこうしている内に、ナルミの用事も終わったようだった。遠くからでも目立つその姿が目に入る。
手には近くの店舗で購入してきたらしいクレープと本屋の包みがあり、髪の色味も銀混じりなことからどうやら普段と異なり上機嫌であることが察せられる。
思わず、ディセットも機嫌が上向いた。神足と共に立ち上がりながら、歩いてくるのを迎える。
「……俺、戦わないってことはできないかもしれません」
「ディセット君……?」
「それしか知らないっていうのもあるし、やっぱり大切な人たちは守りたいですから。戦わないと守ることができないってことは、確実にあります」
他人を害することに対して抵抗が全く無いわけではない。戦ってほしくないという大人からの心配も決して無下にはできない。
だとしても、それで守ることができるものがあるなら、戦うべきだと彼は決意を新たにした。
「ナルミのこともそうですし、カナタさんや、仲間たちもそう。おじさんだって……今はクソみたいな奴らが幅きかせてて、戦わなきゃ守れない状況なんです。だから――」
守るために戦います。そう告げようと、ディセットは神足へ視線を向ける。
――その瞬間に、彼は思い出した。
「――ゴ ポ」
融合現象は、現在の人類にコントロールできることではない。
融合現象は、
その逆に――人が全く異なる生物と混ざり合うことがある。
ディセットたちの方に向けて歩いてきたナルミの足が止まり、その手に持っていたクレープを落とす。平時は絶やすことの無いはずの笑みと、燐光の色が失われる。
「父さん?」
強張ったナルミの声と共に、神足の肉体が融解する。
そこに残るのは、異形。
――人の形を失った、