融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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49.選択と絶叫

 

 

 一合、二合。剣同士が打ち合う金属音が響き渡り、雨粒が高温によって弾け飛ぶ。

 敵ワーカーの異様な外見と、それに似合わぬ高い技量を察したディセットは、同時にこの戦闘が長期化すると推測した。砕けんばかりに歯を食いしばりながら通信が開かれる。

 

「襲撃を受けてる! ショッピングモールに来てくれ、ナルミがまずい!!」

『ふおぁっ!? な、何だ唐突に!? 襲撃!?』

 

 通信を繋げた先は、工場で休憩しているはずのグリムだ。突然大声で繋がった通信に驚き飛び上がるが、ディセットはそのような文句を聞いている暇は無い。

 敵ワーカーの二本の腕にそれぞれ握られたブレードが上段から同時に振るわれる。受けに回れば折られると判断したことで、ガルデニアがスラスターを吹かして横にずれるように回避した。

 

「いいから早くしろぉぉッ!!」

『む……わ、分かった』

 

 平時には絶対に見せないだろう焦燥に満ちた声に、グリムは頷く他なかった。

 片側のスラスターを停止すると共に、回り込む軌道に変化する。回転に近い状態からブレードの一撃が振るわれるが、敵ワーカーはこれを見計らっていたかのように、前腕骨に似た二本のフレームを前に出し、更に己のブレードで受け止めることでガルデニアのブレードを捉えた。

 

「!」

 

 いくらワーカー同士の打ち合いに耐えられるほど頑丈なブレードと言えど、想定されていない横からの負荷には弱い。ほんのわずかに腕を曲げたり角度を変えるだけで折られると確信して、ディセットは即座にブレードを手放す。

 

「おおおッ!!」

『く……ぐおっ!?』

 

 そして先のガルデニアの機動を真似るように、黒いワーカーが片側のスラスターを吹かしその場で回転する。回転の勢いのまま、異形のブレードと共に絡め取ったブレードが振るわれる。

 しかし、ディセットはここで退くことを選ばなかった。空いた手でブレードの代わりにワーカーのフレームを掴み、巻き込まれるように共に回転。ブレードによる攻撃を回避しながら頭部を殴りつけて外装を粉砕した。

 

『ハッ……やるじゃあないか!』

「強がりを!」

 

 センサー類が集中している頭部までも、他の部位のように細く小さく造ることはできない。コックピットも同様に、安全を確保し十全に動かすためにはそれなりの大きさと厚みが絶対に必要だ。

 一見した時の恐怖を煽るような外見も、虚仮威しに近い。フレームが剥き出しということは、つまり駆動のための部品や回路が他のワーカーと比べて十分ではない――パワーで劣ることを意味する。

 

(速攻でケリつけんなら突くべきは、構造的にパワー不足にしかならない点だが……)

 

 自分と伍するほどの腕を持つパイロットが、そのような欠陥に気付かないということがあるだろうか? あえてこの欠陥の多いワーカーで襲撃にやってきたということは、何らかの意図があって当然だった。

 ディセットは極端に感情が振れると逆に頭が冷えてくる性質(たち)だ。自然と、敵の発する違和感が頭の中で浮かび上がる。

 

(何でこいつはあの「闇」を使ってこない?)

 

 敵は、少なくともこれまで出会った二人に関しては、共通して「闇」とも呼ぶべき異現象を操っている。

 ワープすら可能としている不可思議な、そして攻防一体の能力は使わない理由がないというほどに便利なものだ。戦闘時の選択肢が狭まるというデメリットを度外視してでも絶大なメリットがある。なぜ敵はこの能力を使ってこないのか?

 思い出されるのは、ワーカーがこの場に現れた際の異様な現象だ。黒い霧がゲートのようなものを形作るのではなく、空間が歪むようにして現れた――その差異がディセットの頭に引っかかった。

 

(使わない、ではなく、使えない? 別種の能力者?)

 

 奪ったブレードをも利用した二刀流の連続攻撃に対し、平時であれば応じてブレードを奪い返すくらいのことはしてのけるディセットは、しかし上空に跳んでこれから逃れた。

 相手が異質な能力を有しているのなら、間合いをごまかすことは容易いだろう。あからさますぎる攻撃は、それ事態が誘いに他ならない。その事実を裏付けるように、敵ワーカーは初撃が躱された時点で不要とばかりにガルデニアに向けて奪ったブレードを投擲した。

 

『そぉらっ!』

(――()()使()()()()()?)

 

 空を裂き飛来するブレードと言えど、一度投擲された以上運動の方向は一定だ。横から殴りつけるようにそれをキャッチすると、最大出力で肉薄する敵ワーカーの追撃に切り返す。

 元々ディセットは、先の同時多発的な融合現象が意図して引き起こされたものではないかと疑ってはいた。現れたタイミングと開いたゲートの違和感。半ば確信を持って、彼は問いを投げた。

 

「この惨状! お前が起こしたのか!?」

『ようやく話に応じる気になったか、ディセット・ラングラン!!』

「答えろォッ!!」

『そうだ、俺だ! このヴァン・ジスカールが「そう」した!』

 

 カッと頭が熱くなり、視界が狭まる。その隙を突くようにして繰り出された斬撃は寸でのところで回避したものの、直後に胸部に内蔵された二門のバルカンがガルデニアの頭部と肩を掠める。

 ――同時に、敵ワーカーの右腕部も両断された。

 

「――ッ」

『っ……揺らされた程度じゃあ堪えないか、それとももうとっくに何千人も見捨ててるお前は、心が揺らぐことも無いのか?』

「その軽口も俺を揺らすためのものだな?」

 

 更に、二度。逆袈裟からの振り下ろしによって、()()()()右腕が再度断ち切られる。

 ジスカールの能力は、彼の発言をそのまま受け取るなら「融合」。あるいはもっと別種の能力の一端とも考えられるものの、少なくとも三つに分かたれていた世界の境を無くし、融解させることができることは疑いようが無い。

 ならば、切断したワーカーの腕を「融合」し、接ぐことも可能と考えるべきだとディセットは判断した。それ以外にも考慮できることはあるものの、使ってこない現状は考えても仕方がない、とも。

 

「こっちは今までに無いくらいブチギレてんだよクソ野郎……!! 死にてえんなら今この場でブッ殺してやる!!」

『殺せるなら殺してみせろ。その間にこちらの目論見は達成させてもらうがな――』

 

 


 

 

 イーバの透明な触腕が空を切る。その矛先にあったはずの、長い耳をした褐色の童女はその場から消失していた。

 後には、残り香にも似たエーテルの残滓だけがある。イーバはその香りを辿り、ショッピングモールの中心に向け浮遊を始めた。

 

「逃げて!」

「あ、あ……」

 

 ありがとう、とそう告げようとした童女の背を叩き、この場から離れるよう促す。それを見届けると、月白の如き色味の尾から、文字通り電気の尾を引いて神足ナルミは音速を超えて駆け出した。

 

(――せめて、誰も殺させない……)

 

 ディセットのその言葉は、ナルミの現在の行動指針の一つとして強烈に突き刺さっていた。

 イーバと化してしまった者たちを救う手立てがないことは、彼女自身も薄々感じ取っている。同時に、この地獄の中で生き残っている人間も大勢いる。霊術の世界の生物と融合している人間は内にエーテル(D粒子)を秘め、機械の世界の人間と融合した者は、大半がD粒子(エーテル)を用いたインプラントを持つ。その全てがイーバにとっては捕食の対象だ。

 

「ぎあああああああ!!」

 

 そして、触腕に捕らわれれば、イーバの内部組織によって強烈に圧迫されることとなる。絞り出すようにエーテルを抜き出し、糧とする――既に襲われている一人を視認すると同時、ナルミは素手でその触腕を引き裂いた。

 水とも、粘液とも僅かに異なる感触が彼女の手を濡らす。水気の強い魚の身に似たそれは彼女の心に暗いものを落とすのに十分だったが、あえて今はそれを考えないことにした。

 

「くっ!」

 

 襲われた青年は、どうやら足が潰されているようだった。しかし、医学知識の薄いナルミに状態を判断する余裕は無い。よって優先すべきは、この場から一刻も早く逃れてもらうことだ。

 

(この際……仕方ないか!)

 

 よって、ナルミは真っ先に外壁を破壊した。瞬時に青年を抱え上げ、壁面の穴を通じて外へ。人の集まっている場所にその身を置いていくと、再度視認困難な速度で店内へと飛び込んでいく。

 イーバの誘導には、彼女の持つ莫大な量のエーテルを用いている。この数週間の間にグリムの訓練によってコントロールを身に着けたおかげで、ある程度精密にエーテル量の多寡を設定できている。少なくともイーバが店外に飛び出していくということは無いだろう。

 しかし、それは同時に一箇所にイーバが集中するということを意味する。イーバはその性質上、複数の個体が一箇所に集まれば合体し、巨大化する。彼女が先日戦闘になったワーム型で全長40m――その一歩手前になっただけでも、被害はショッピングモール内部だけでは済まなくなるだろう。

 

 基本は素早く繊細に、時に破壊と暴力を伴いながら、一人ずつショッピングモールの外へと誘導していく。

 その途中で一人、無視できない状態に陥っている人間がいた。

 

「――……!」

 

 他の者は全て肉体が置き換わっているが、その少年は中途半端なところで融合が止まっている異様な姿だった。片腕は完全にイーバと同様の液状。やや強引にでも上着を脱がして見れば、寄生されているかのようにスライム状の組織がまだらに浮かび上がり、置き換わっているのが分かる。

 

(まずい……!!)

 

 ナルミの接近に合わせて脈動し、悲鳴で少年が痛みを訴える。この組織もまた独立して生きているのだと気付いたのはその時だ。

 元々、脳に相当する器官の無い生物である。このような半端な状態でも生存は可能だったということなのだろうと彼女は推測した。

 同時にこれは、少年がエーテルに反応して起爆する爆弾を内に抱えていることを意味する。全身エーテル製造機のナルミが接近すればどうなるかは、火を見るより明らかだ。

 咄嗟に、エーテルのラインを手繰り寄せた。イーバはエーテルを吸収した後に、それを用いて増殖する。即ち巨獣と同様、ある種の「術式を用いない霊術」を生態として行使できる存在だ。これを防ぐ方法は単純で、エーテルを使わせないこと。吸収から増殖までのわずかなタイムラグの間に――。

 

(手繰り寄せて、全部抜き取る!)

 

 体内のエーテルを抜き取る。増殖の触媒が無ければどうにもなりようが無い。

 

(腕は自発的に動かせてるようだし呼吸もある。内臓や神経伝達はイーバが機能を代行してるのか……?)

 

 皮肉なことに、少年の命を繋いでいるのは命を脅かしているイーバ自身だった。

 一瞬、組織を除去すべきか迷うものの、素人が下手な判断を下せばどうなるとも知れないというのは、姉のおかげで嫌というほど理解している。ナルミは小さく歯噛みした。

 

「早く病院へ!」

「は、はい……!」

 

 父親と思しき男に少年を引き渡し、再び別の被害者のもとへ駆ける。徐々に乱れる軌道は、その荒れる内心をそのまま現しているようだった。

 

(何であの子は助かって、父さんは――っ、違う!)

 

 誰しもなりたくてこのようなことになったわけではない。安堵の声も、助かったことの喜びも、決して否定されるべきものではないはずだ。

 だが、父のことが頭をよぎるたびにナルミの心に暗い嫉妬心が影を落とす。父さんはもう助からないのに、と。

 その度に彼女は強烈な自己嫌悪に襲われた。自分にこんなことを考える資格は無い、と。

 

(僕が殺せないから! 殺したくないからってディセットに、友達に押し付けて! 自己中心的な腐った考え方だ……!! だから、せめて、僕が……僕がやらないと……!!)

 

 イーバは徐々にショッピングモールの中心へ向かいつつある。レーダー霊術によってそのことを把握したその時、ナルミは店外から響く巨大な金属音を耳にした。

 同時に強烈な嫌悪感が生じ、「敵」が来たことを否応なく本能が訴える。

 

(――まだ、取り残されてる人がいる!)

 

 飛び回り、ひたすらに人を救助し、時には中途半端な融合例を見つけて処置を施す。

 そうしてようやく目論見が達成しかけたその時、ぐちゃりという水音が届いた。

 

 中心部に集められていたイーバが重なり合い、渦を巻き――合体する。

 それなりに大規模なエントランスホールにも関わらず、屋根にまで到達してギチギチと音を立てるその威容は、複数の頭を持つ刺胞動物、ヒドラによく似ていた。

 

「うっ……あ……」

 

 周囲の店舗やエスカレーターが轟音を立てて破壊されていく。水が凝り集合しただけの巨体は、ただそれが動くというだけでも脅威だ。言わば、それ自体が意思を持つ津波のようなものなのだから。

 数分、あるいは数十秒もすれば、ショッピングモールの建物そのものが崩壊する。外で始まった巨大ロボット同士の激戦によって店外に出ることができずに立ち往生している者も多い現状、それでは確実に大勢の死人が出ることだろう。

 

「ああっ……く、う、ああ……!」

 

 しかし、そのイーバの中には他でもない、ナルミの最愛の家族がいる。

 他の誰かにとっての愛する家族もまた、そこにいる。

 ディセットは動けない。敵の、それもワーカーと接触してしまった以上これを放置している方がよほど被害が大きくなるからだ。

 

 即ち今、ナルミはここで選択しなければならない。

 

「父……さん……うっ、うわ、父さん、あ、わ……う、あ……!!」

 

 眠れない夜に手を握っていてくれた父のことが頭に浮かぶ。

 このような姿になってもナルミたちのことをすぐに分かってくれ、どんな時でも心配して心を砕いてくれたたった一人の親だ。仲違いすることですら死ぬほど恐ろしく、絶対に喪いたくなかった肉親の一人。

 

 ――元に戻せるのならばそれが一番良いのだろうがな、今の技術でそれはできん。

 ――我らは死人が増えぬよう立ち回るのみだ。

 

 しかし、同時に浮かんでくるのは、今朝聞いたばかりのグリムの言葉だ。

 誰かがやらなければ、もっと多くの人が死ぬのだ、と。

 誰かがそれを背負う必要があるのだ、と。

 

「あ゛あ゛あ゛あああああァァァァッッ!!」

 

 絶叫が、地獄に轟いた。

 

 


 

 

『――そもそも俺達がドラゴンを殺すために来たことを忘れたわけじゃあるまい?』

「こんな大勢を巻き込むことに、何の関係がある!?」

 

 ガルデニアが突き入れるブレードの一撃が、黒いワーカーの胸部を掠める。

 対してジスカールはバルカンを起動し――その起動音に反応して横に踏み込んだガルデニアの脚部装甲を蹴り砕く。銃弾は、吐き出されない。両者の攻防は一進一退と言えた。

 

『お前とて戦っている相手が死んでほしいと願うことくらいはあるだろう!』

「死んでしまえクソ外道がッ!!」

『そう、それだ! ハハ――俺達は大々的にそれを実現させたいのさ』

「あぁ!?」

『恐怖や心の傷を刻み、生きている方が辛いと思わせ、ドラゴンに自ら死を選んでほしいんだよ!』

「そんなことのために……!?」

 

 馬鹿げた話だと思うのと同時に、無視できない類の話であることをディセットは察した。

 今のドラゴンは機械の世界にいる時の野生の生物とは異なり、人としての意思と知性を持つ。つまり、精神攻撃が通じるのだ。

 元から大きな心的外傷を抱えていたナルミは、ふとした拍子に自ら進んで死を選びかねないほどの危うさを持っている。この上更に父を己の手で殺めるようなことがあれば、自ら命を絶つということも決してありえない話ではない。

 

『死んでくれれば儲けもの――っと』

「てめェェェッ!!」

 

 濃密な殺意と共に繰り出される連続攻撃は、しかしジスカールにとってはむしろ直線的になってくれて見切りやすいものだ。

 ほぼフレームのみで構成される黒いワーカーは、特性上パワーで劣りはするが身軽さで勝る。技量面で伍するはずの相手の動きが単調になれば、それだけ回避しやすくなるのだ。

 

 ――「竜狩り(ディセット・ラングラン)」がそのような激情に溺れることがあるか、と気付いたのはほんの二秒後のことだ。

 

(こいつは!!)

 

 本来、瀬戸際で回避していたのを、機体に無理をさせてでも大きく動作を取る。

 刹那、数瞬前までワーカーがいた――ジスカールがいた空間を、熱線が貫いた。

 

『ぐ、うおおおおおおっ!?』

 

 間近に迫った光熱がパイロットスーツによって保護されているはずの彼の体を熱する。仮面の下で冷や汗と脂汗の混じったものが吹き出した。

 グリム・アンピプテラ――童女の肉体に押し込められた歴戦の将軍は、一瞬の間に生じた隙を見逃さなかった。

 

「また直撃はせぬか! 儂も耄碌したか……?」

 

 焦燥に満ちたディセットの通信を受けた直後、グリムは自身にできる限りの最高速でショッピングモールへと急いだ。

 せいぜいが十数キロ程度の距離である。事実、到着までに数分も要してはいない。まさに絶好とも言える狙撃の機会だったのだが、結果的にこの一撃で仕留めるには至らなかった。

 矜持をわずかに傷つけつつも、しかしおおよその目的を果たしていることからグリムは振り返らず再び走り出した。ディセットは「ナルミがまずい」と言ったのだ。優先順位を違えてはならない。

 

「あとは貴公がやれ!」

「任せろ」

 

 コックピットブロックに大穴の空いた黒いワーカーに組み付き、上下逆さに抱え上げたガルデニアがスラスターを全開に吹かす。

 切断、では再び融合による接合で攻撃が無に帰す可能性が高い。と言って銃弾を、となれば逆用して市民に被害が出たり回避される場合もありうる。

 ディセットが選んだのは、以前に見たものの模倣にして最も確実な方法だった。

 

『くっ、うお……!!』

「お前だけは俺が殺してやる!!」

 

 即ち、内部へ浸透する衝撃による、パイロットの圧殺。

 ナルミが見せた、自重を最大限利用した一撃。ワーカーでこれを行うには重量と、何より質量が足りない。

 ならばそれを、「地球」という特大の質量をもってして再現する。相手と己の質量を乗せた垂直落下に、スラスターによる加速をかけ合わせた――パイルドライバーである。

 金属の破砕する音が響き渡り、爆音と衝撃が渦を巻く。黒いワーカーの首と共ににその先にあるコックピットブロックに絶大な負荷が生じ、半ばから圧壊した。

 

 ――直後、轟音と共にショッピングモールの屋根が爆散する。

 

「う、おあっ!?」

 

 現象としては単純な水蒸気爆発だ。事態がどのように転ぶとしても、能力の特性上ナルミとグリムのどちらが倒しても、高温を伴う攻撃である以上水蒸気爆発は発生する。

 頼むからナルミがやったことじゃないでいてくれ、と祈りながら、ディセットはガルデニアで店外に逃れ出た一般人へ降り注ぐ瓦礫の雨を防ぐ盾になる。

 

 雨は、未だに止む気配が無い。

 

 

 

「…………っ」

 

 他方、ショッピングモールの中心にたどり着いたグリムは、その破壊の中央で呆然と立ち尽くす少女を見た。

 そこに表情は無い。本来浮かんでいるべき燐光も、色が全く失せている。その様相は祈っているようでもあり、完全に虚脱状態のようでもある。振り込んだ雨がナルミの顔を濡らしていた。

 一足、遅かった。その事実が悔いとなって心をじくじくと蝕む。

 

 ナルミも選択などしたくはなかったのだろう。しかし、周囲の様子を見る限り、すぐにでも動かなければショッピングモールの建物そのものが崩壊し、現在の比ではないほどの犠牲者が出たはずだ。

 今はそのことを喜ぶべきか、あるいは――そうグリムが懊悩していると、遠方から少なくない称賛の声が届いた。

 ナルミに命を救われた者は少なくない。それは、あるいは普段であれば多少なりとも心の慰めになったのだろうが、今の彼女には届きようがない。

 

「僕が――殺した……」

 

 感謝と賛辞の声の中、一人の人間の心が砕ける音がした。

 

 

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