融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
戦闘が終わった後、ナルミとグリムを回収して帰還すること自体は驚くほどスムーズに進んだ。ショックのせいでナルミが完全に虚脱状態に陥ってしまったためだ。
拒絶や目に見える抵抗こそしないが、反応すらもしないその様子は虚無的ですらある。いっそ泣いてくれた方が、まだ正常だと言えるほどだ。
拠点に戻ってからも、その様子が変わることは無かった。顔色は青を通り越して真っ白で、何を言われても塞ぎ込んだままだった。
ディセットは、怒りに任せて壁を殴りつけた。壁面がへこみ、構造材がパラパラと床に落ちる。
「クソッ!!」
思わず、激情がそのまま口から飛び出す。
あらゆることが許しがたかった。こんな事態を引き起こした敵も、予想できたことだという事実も、実質的に目的を達成されたようなものだということも。
そして何より敵を倒すことしか能のない自分自身を殴り殺したくなった。
怒りを鎮めるように、何度もその拳が壁に打ち付けられる。
ほどなく、血がべったりと壁を濡らした頃。異常に気付いた鬼鞍ルイがぎょっとした顔をしてそれを制止した。
「ちょっ……ディセットくん!」
「っ……」
「や、やめましょうよそういうの……自分の体を傷つけるだけっすよ……」
「……悪い」
カスだ何だと口にはしても、守るべき隣人であることに変わりはない。涙目で止められればディセットも多少、冷静にはなる。
不安定になる自分を自覚したディセットは、文字通り頭を冷やすために洗面所へ向かった。
「ふぅ……」
入れ替わるように、部屋から疲れた様子のグリムが姿を現す。疲れた、というよりはどちらかと言えば憔悴しているという趣の方が強い。
その溜め息から感じられるのは、成果よりも徒労だ。
「あの……ナルミちゃんどんな様子っすか、おじいちゃん」
「全く何も応じないというわけではない。受け答えはするし、動くよう促せば体も動く。だが……」
「動くだけ……みたいな?」
「……気力を無くしておる。下手をすればすぐにも命を絶ちかねぬほどに」
結果的にとはいえ、父親と多くの人間の命を奪ってしまったのだ。その心の傷は他人が推し量れるような深さではない。
ルイは少しだけ気を引き締めた。炎上気質のある彼女は発言が他人の地雷に触れやすい。加えて、グリムもまた単に励ましきれなかったというだけでは済まないほどに気落ちしている。理由はどうあれ、発言には気を使う必要があった。
「おじいちゃんの方も、なんだかその……」
「……儂が一緒に行動しておれば……いや、そうでなくとも、ここで悠長にしておらず、もう数秒早く駆けつけておれば、と思ってな」
せめて、ナルミが殺したという事実さえ無ければ、もっとまっとうな感情の動きをしていられてだろう。
被害を最小限に食い止めるという点で彼女は最善の仕事をしてみせたが、その裏に自分の言葉の存在があることはグリムも察していた。ディセットと同様、その心の底には深い後悔が渦を巻いている。
「――失礼、今いいかね」
「社長サン」
徐々に重くなる空気を感じながら、口を挟まないわけにはいかないと、フォーグラーはひとつ咳払いをして二人の注目を自身に向けた。
「カナタ君と連絡がついたよ。取り乱していたようだから、今はアリサ君がついてくれているようだ」
「そうか。あの子らには寝耳に水だろうからな……」
「ナルミ君には早いうちに立ち直ってほしいが……やはり難しそうかね?」
「自ら命を絶たないだけでも御の字、再起不能にならないことを祈るしかあるまい」
「私も喪に服す時間くらいは与えてあげたいのだが……敵から見れば、ナルミ君が絶不調の今が追撃の大チャンスだ」
ディセットからの報告を聞く限り、敵は意図してこの惨劇を引き起こしたのだ。ナルミを害することが目的だとすれば、この機を逃すことはまず無い。
更に、今はナルミだけではなく、ディセットやグリムも精神的にダメージを負っている。大ピンチだよ、とフォーグラーは肩をすくめた。
「ディセット君……も、今は話せそうにないな」
「ぬお、何だこの血の跡は」
「ディセットくんめっちゃキレて殴ってたっす」
「後で彼に掃除してもらうとして」
ディセットが別の意味で己の浅慮を後悔するのが確定した瞬間であった。
「私はこれから求点堂とミスター神足の件で調整をしてくる。ミスタ……いやミス……?
「うむ」
(逃げたっすね呼び方)
「とりあえず一晩、様子を見ていただきたい。状況が変わるとも思えないが、護衛という意味でも……万が一にも、妙な兆候があってもいけない」
「承った……しかしせめて、救った命にも目を向けてくれるとよいのだが」
イーバで溢れたショッピングモールの中で、ナルミは自分にできる範囲での全力を尽くした。それによって救われた者も、決して少なくはない。
しかし同時に、彼女が手を下したのは父だけではない。その重みが、今はより強くのしかかっている。
「――と、そうだミス鬼鞍」
「はいっす」
「とりあえず、キミの方にこれを渡しておく。必要なくなるかもしれないが……」
そう言ってフォーグラーが手渡すのは、薄い金属板。ナルミから要望を受けてデザインした仮面、その原型だ。
話が持ち上がってからそれほど時間が経っていないにもかかわらず、既に大雑把な形にはなっている。
「……必要なくなるなら、その方がいい気がするっすけど」
「私もそう思う。戦いに関わること自体ない方が、ああいう気質の子にはいいだろう」
「立ち直ってほしいのにっすか?」
「立ち直るとは、『立ち上がって戦ってほしい』ではなく『日常生活が送れるよう復調してほしい』という意味だよ」
小さく苦笑すると、フォーグラーは重い足取りで外に出た。
実利を取るなら、ナルミに働いてもらうことは最優先事項ではある。隕石の落下が懸念される中では、その力は絶対に必要だ。
本心を言えば、これに対処できるようになるところまで回復してくれるのがフォーグラーの考える「立ち直る」だが、肉親を喪った者に強要することはできない。
「カリーナ」
「はい」
フォーグラーが呼びかけると、目の下にクマを作った猫耳の秘書がタブレットを手渡した。
「各国はほぼ確実にワーカーを手元に置き、それを隠蔽している。何としてでもこれを暴け」
「予算が心配ですね」
「隕石やイーバ、巨獣を使った無差別大規模テロを防ぐには安いものじゃないか? 世界平和を買うための投資と思えばいい」
「買うのですか?」
「いずれはね」
ナルミが動けるかどうかにかかわらず、事態は動き続ける。
大人の役割は、可能な限り彼女らの力が無くとも済むほどに準備を整えることだと、フォーグラーは襟を正した。
――なっちゃんに会うわけにはいかない。
その日の晩、カナタから届いたそのメッセージにディセットは困惑した。
会いたくない、であれば理屈と感情として理解できなくはない。ナルミが手を下したことには違いないからだ。しかし、会うわけにはいかない、となると話が変わる。
一夜明けた早朝。ディセットは発言の真意を問うために横浜のハンバーガーショップでカナタたちと合流していた。
「何その手」
「いや……キレて壁ぶん殴ってたら……」
「バカじゃないの……」
手の包帯を目にしたアリサの冷めた発言に、ディセットは言い返すことができなかった。
自分の血で汚れた壁を掃除させられて、嫌というほどに実感させられていたからだ。
「皆は……?」
「俺一人だ。心配しなくていい」
「そ」
カナタの方に目を向けると、充血した目や今も目尻に薄く浮かぶ涙から、それこそ一日中泣いていたのだということがうかがえる。
とはいえ、ある意味それが正常な反応だ。ディセットは痛ましく思うのと同時に少しだけ安心した。
食欲がないということで、カナタはシェイクを一つ。ディセットは朝のセットを一つ注文した。同じく食欲がないと告げたアリサが一番大きなハンバーガーのセットを三つ注文すると、三人は人気の少ない橋の席へと向かった。
「で、なんなんだ会うわけにいかないって。話しによっちゃ、カナタさんでも怒るぞ」
「あはは……ごめんねぇ、気を使わせて……」
「おじさんの件か?」
「ううん。話を聞く分には仕方ないと思ってる。わたしも、なっちゃんには会いたいけど……今会ったら、余計になっちゃんのこと傷つけちゃう」
「何でだよ。家族だぞ?」
「……家族だからこそ、かなぁ」
一呼吸置いて、カナタは意を決したようにぽつりと一つこぼした。
「――なっちゃんに人殺しだって罵ったの、わたしなの」
ディセットはアリサと共に絶句した。と同時に、先日の神足との会話で浮上した、ナルミに心無い言葉を発した何者かについてようやく合点がいく。他でもない、実の姉なのだ。
神足カナタには忘れがたい記憶が二つある。
ひとつは、母が亡くなった日のこと。当時一歳にも満たなかった
治療は行われたが、手術の甲斐無く死亡。この件はカナタの心の奥底に焼き付き、医師を目指す原動力となった。
もうひとつは、その件をきっかけに弟に強く当たっていたこと。
当時のカナタは5歳になったばかりで、親が死んだことに対して分別をつけられるほどの情緒が育っていなかった。結果として、その怒りと憎しみは母が死んだ原因の一端を担った、最も身近な存在に向けられることになった。
控えめに言っても、ある時期までのカナタとナルミの関係は険悪この上無かった。完全記憶能力のおかげで多くの分野で実力の高さを示すカナタは歳を経るごとに増長し、自分よりも劣った能力の弟を邪険に扱った。当時の彼女はことあるごとにナルミのせいで母が死んだことを引き合いに出し、時には直接罵ることで自身の心を慰めていた。
対するナルミも、当時はいつまでも言われっ放しでいられないという強い反骨心を備えていた。
無論、そうした険悪さを父のハルオミは憂慮し、幾度となく態度を改めるよう求めたが、カナタが聞き入れることは無かった。むしろ、なぜ母を死なせた弟をかばうのかとより意固地になっていた。
カナタが考えを改める機会が訪れたのは、彼女が中学校に上がるより少し前のことだった。
姉とは異なる強みを見出すために武道を志したナルミが、「人を殴れない」という致命的欠陥を露呈したのだ。
そうなった直後に嘔吐し、ストレスで腹を下し、不眠症まで患った。当初は「ざまあみろ」などと毒づいていたカナタだったが、その考えも長くは続かない。
――ごめんなさい、お母さん。
弟の部屋の前で、うめき声と共に耳にしたのがその言葉だ。
嫌でも、カナタは確信せざるを得なかった。弟をここまで追い詰めるほどに罪悪感を植え付けたのは自分だと。
ナルミは母を殺したのが自分だと思い込んでいる。それは幼い頃からずっとそのようにカナタが罵ってきたからだ。
自分が殺したと思い込んでいるからこそ、人を傷つけること――「殺す」ことに繋がる行為を心が徹底的に忌避する。安易に人を傷つけることをしてしまえば、母の死の価値を貶め、汚すことになる。人を傷つけることが、自身のありもしない罪をその場で想起させる。
子供故の未熟さで癇癪を起こし、やり場のない感情を発散するため、八つ当たりのように放り投げた言葉は他でもない、
そもそも、当時赤ん坊だったナルミに何ができただろうか? そのことに気付くと、カナタの心に一気に後悔が押し寄せてくる。自分のせいでどれだけ弟の人生を歪めてしまったのか?
この日から、カナタの弟に対する態度は変わった。だが、カナタ一人の態度が変わろうとも、
彼女が大人しくなり始め、少しでも母の面影を追い求めてその立ち居振る舞いを参考にするようになった頃、姉弟を比較する者が急激に増えた。
あるいはそれは、憎悪が落ち着いて周りを気にするだけの余裕が生じたから気付けただけで、初めから存在したものかもしれない。いずれにせよ、ナルミはここで多くの悪意を目にした。
常に付いて回る姉の批評。それと比較し凡庸に感じられる自分をなじる声。身勝手な期待と失望。掌返し。あるいは人格否定。
いつからか、彼は自己主張すらしなくなり――中学に入学する頃には、周りから求められる自分を演じることで自分を保つようになった。
学校では「優秀な姉を尊敬している優等生」。父の前では「言うことをよく聞く手のかからない子」。カナタに対しては「夢に向かう姉をサポートする理解のある弟」。学校の知人に対してすら「趣味に理解のある気さくな生徒会役員」などを演じているフシがある。
仮面を着けていない弟は、いったいどこに行ってしまったのだろう。
なりたい自分になれるよう、願いを込めて付けられた
涙混じりに語られた過去の真相に、ディセットはその場でぐったりした。
(こじれきってやがる……!)
一般的な家族というものに少なからず幻想を抱いているディセットだが、同時に全員が全員上手くいくわけではないことも知っている。そのことを差し引いてもなお、カナタとナルミの関係は複雑に過ぎた。
カナタは過去の自分の言葉をずっと後悔し続けて、ナルミに対して気を使い続けているし、ナルミは姉弟関係の始まりのせいで今でもずっとカナタに遠慮し、一線を引いて自分を殺している。
(発端は……完全記憶能力か……)
カナタは過去の出来事を忘れない。
そのせいで心無い言葉を放ってしまったし、ナルミは姉が「忘れない」ことを前提に接する。常に、カナタが自分を恨んでいるという認識が改善されないのだ。
心境に変化があったことを伝えても、これでは信じるのは難しい。なぜなら忘れないからだ。
「……会うわけにいかないっつー理由は……分かった」
「うん……」
確かにこれではナルミと会うわけにはいかない。いくら今回の件が状況的にそうするしかなかったことで、カナタも仕方がないと割り切れてはいても、ナルミ自身はそうではないのだ。
彼女は、姉から母親だけでなく父親まで奪ってしまった大罪人であると己を定義してしまっている。
「迷惑をかけたって考えるだけで、自分の首を絞めようとするくらいだから……」
会えば必ず、己の命を絶つ。カナタにはその確信がある。
どうする? とアリサはディセットへ視線を送った。どうしろと。ディセットは内心頭を抱えた。
「……率直に、一つだけいいか?」
「うん……」
「この話、誰が悪いってわけでもないだろ」
「そうだねぇ……なっちゃんは何も悪くなくって」
「俺はカナタさんのことも言ってるんだ」
この際だと、ディセットは開き直った。
このアホみたいにスペックが高いくせに死ぬほど辛気臭い
「小さな子供に家族のことで感情抑えろってそんなの無理な話だろ。ただでさえ忘れることができないんだ。恨みも新鮮なまま心ン中で暴れてる。つい言っちまうのも仕方ない」
「で、でもなっちゃんは」
「そこだ。あいつもあいつなんだよ……! 真面目通り越してクソ真面目っつーか……何もかも自分のせいにしやがって……そんなだから話がややこしくなる!」
カナタもナルミも、根が穏やかで他人思いなのは親の教育の賜物だろう。しかし、教育が良いせいか他人に責任を負わせたがらない自罰的な思考も目立つ。
それらが最悪の形で噛み合っているのが現在の二人だ。
「二人共もっとフラットに考えろよ。自分のせいとか言う前に感情出して、お互い喧嘩くらいすりゃいいんだよ。ぶつかって傷ついて学んでいくのもコミュニケーションじゃないか? ……って、受け売りだけど」
「……今は難しいでしょうけどね……」
「水差すな」
とはいえ、それも事実だ。当のナルミの精神が危険な状態に陥っている以上、カナタが接し方を考えるも何もない。
「今、先輩たちは……?」
「グリムさんと鬼鞍残して様子見てもらってるよ。ただ、まだ様子見しないといけないだろうな……」
「鬼鞍先生と一緒で大丈夫かなぁ……」
「そこは賭けだ。ただ、少なくとも……今の俺らと一緒にいるよか、まだマシだと思う」
店舗の一角で、大きな溜め息が重なった。
「ど、どうぞ」
「……はい」
早朝で人通りの無い公園のベンチで、ルイは近所のコンビニで購入してきた中華まんをナルミに手渡した。
ナルミを連れて外出したのは、気分転換のためだ。それ以外にルイとしてはやれることを知らないこともあるが、手近なところから手を付けていかなければナルミにとって負担でしかないというのも大きい。
今、周囲の人間はナルミとまともに接することはできない。ディセットとグリムは負い目が大きく、カナタは両者共に負担が大きい。しいて言えばアリサは話せるが、彼女は先輩後輩の立場でしか今は話せない。フォーグラーは多忙。結果的にルイにお鉢が回ってきた形だ。
それ以外にも、単純にルイ自身がそうしたいからと思ったことというのもあった。
「どっすか?」
「……大丈夫です」
ナルミは全くの上の空、のようでいてか細い声で言葉に応じはしている。この「大丈夫」は、中華まんを持っても熱くはない、味も問題ない、という意思表示だとルイは解釈した。
鬼鞍ルイは自他ともに認めるロクデナシである。大人としてはあまりに頼りなく、ナルミからもあまり尊敬されている様子は無い。むしろ、嫌われている方だろう。
だからこそ、嫌われることを恐れずに接することができるのではないか、と彼女は前向きに考えた。既に嫌われているのだ。これ以上嫌われるのは……心が痛くはあるが、耐えられる。
そしてこれは、大人として先人として、カスだと言われるルイができる数少ないことでもあった。
たっぷりと時間をかけて食べ終わるまでを見守る。そうして瞳が虚空を映そうとした時、割り込むように一言を投げた。
「ナルミちゃんは」
「……?」
「あれから泣いたっすか?」
「……い、え……」
そんな資格は無い。と、言葉にせずとも言わんとすることは、ルイにも理解できた。
泣けない、ではなく、泣かない。内心はむしろ今にも溢れんとする激情でいっぱいになっているが、それを表に出さないよう留めている。
「ダメっすよ、泣きたい時は泣かないと」
「でも……」
「自分みたいになっちゃうっすよ?」
「え」
ルイはいくつか、決意してナルミとの対話に臨むことにしていた。その一つが、自分自身の過去を打ち明けることだ。
彼女が大人としてできる最大のことは、失敗談を語り同じ轍を踏まないようにさせることである。
「自分も昔親が死んだんっす。ガンだったかな? 病名までは覚えてないっすけど……ただ自分親との関係悪くて」
「…………」
「いや、それもよく考えたら別に悪くはなかったんっすよね……漫画家はやめておけとか、もうちょっと進路は潰しが効く方向をって……」
「それは」
「お父さんはただ自分のこと心配してくれてただけだったなって……あはは、ナルミちゃんとお父さんが話してるの見て初めて気付いたんっすけど」
反抗期のバイアスかかってたんっすかねー、とルイは回想した。
そこに小さな悔いを感じ取ると、ナルミもわずかながら話を聞く姿勢になってくる。
「本当はお父さんが亡くなった時、悲しかったんっす。でも強がって、自分の夢応援してくれなかった人なんていなくなってせいせいした! とか言って。
「現実に……?」
「自己暗示みたいなもんで、憎くもない相手に憎いって思い続けると本当に憎く感じてくるんっす」
自己暗示、という点で言えばナルミはある種その達人である。自分自身の心を誤魔化していることを、自分で気付いていないほどだ。
エスカレートすれば、当然彼女も「そう」なる可能性はあった。むしろ、それが結実したのが現在のナルミとも言えよう。
「どんどん心が歪んでくる。で、こんなろくでなしの出来上がりっす。ナルミちゃんにはそうなってほしくないんで……」
「……僕」
「おっと、殺したって言うのナシっすよ。そもそもそれ、別にナルミちゃんのせいじゃなくないっすか?」
「え……?」
「だって敵が意図的に融合現象なんて起こしたせいでしょ、それ。ナルミちゃんに危害加えてついでに後始末押し付けられてるだけで、敵の人らが徹頭徹尾悪いっすよね?」
言われてみればそうなのだろうか、とナルミは視線を下に向けて考え込んだ。
それはいちいち悩むことだろうか。ルイは首を傾げた。
「ナルミちゃん無駄に責任感強すぎ。自分のせいにしすぎ。そんなんじゃ、悪い人がどんどん自分のやった悪いことナルミちゃんに押し付けてくるっすよ」
「はい……」
「もっと人のせいにしちゃいましょ! それで、もっと素直に感情出しましょうよ。ムカつく時は怒っていいですし……今悲しいんなら、泣いていいんっす」
ぽろりと、限界を迎えたように、涙が一筋こぼれた。
「え……あ……す、みません……」
「謝らない謝らない」
「……うっ、ぐ……」
ひとつ感情に穴が穿たれれば、そこから決壊したようにどんどん涙は流れ始める。
ようやく、17歳の子供としての顔を見せたその姿に、少しだけルイは安心した。同時に、取り乱した姿を見られたくはないだろうと少し離れて一人にしてやる。
今は、感情を整理する時間が必要なのだ。
「――あら、お話は終わりですの?」
「!」
そうして公園から離れたところで、特大の生理的嫌悪感がルイを襲った。
――これが「敵」なのだと、本能が強く訴えかける。視線を向けた先には、空間に開いた黒い洞穴を押し開いて現れる、ドレスを纏った一人の少女の姿があった。
一歩、後ずさりながらも視線は決して外さない。
「いや~……終わりは終わりっすけど」
「良かった。では――ドラゴンの方々ですね。今から命を頂戴しても?」
「バカ言わんでくださいよ」
グリムの姿は、周囲に無い。護衛として見えない場所で警護しているという話だったが、この様子であればあちらも襲撃を受けていると考えるのが妥当だろう。
つばを飲み込み、喉が鳴る。どっと流れる冷や汗が止まらない。ルイに鉄火場をくぐり抜けた経験というものは、一つも無い。戦闘などもってのほかだ。
それでも、とその場で一歩踏み込み、少女を見据える。
「子供が泣く時間くらいは貰うっすよ。お付き合いよろしく」
彼女が決意したのは、ナルミに恥ずかしいことでも打ち明けて何でも糧にしてもらうこと。
そして、彼女に思いっきり泣いてもらい、父を想う時間を与えてやることだ。