融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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52.激憤とプレゼント

 

 ナルミはこの時に至るまでずっと、爆発寸前だった。

 それは単純にドラゴンの特性として、「敵」を感知したことで暴走寸前ということもあるが、大きな部分を占めるのはなぜ自分が命を狙われないといけないのか、という理不尽に対するフラストレーションである。

 ただでさえ多くの人間を巻き込み、多くの被害を生じさせてきたのが融合現象だ。当事者でなくとも多少ならず思うところはあって当然である。そこに父の死という最大の契機が訪れ、ついにその全てが連鎖的に爆発した。

 

 元々、彼女は世界に異変が訪れる前から、争いや諍いを避けてきた人間ではある。小さな不満や感情をひた隠しにし、家族に対しては自己暗示で抑え込み、常に優等生たれと己に任じてきた。

 よって神足ナルミという人間は、本当の意味で「激怒した」と言える経験が無い。他人に怒るということに全くと言っていいほど慣れていないのだ。

 怒り方が分からないし、どう怒ればいいのかも分からない。いざ怒るべき対象をきちんと定めると内からあふれる熱が一向に止まってくれない。

 本人は、心が揺れないよう冷徹であるために仮面を被っているつもりだが、隣にいるルイからの見え方は全く異なる。

 

(ブチギレてるっすわこれ)

 

 激怒している。

 一見理性を失っていないようで、シグネの言葉を全否定したり、警告に対して拒絶を示した瞬間に攻撃したりと平時の彼女からすればありえないことの連続だ。全くといっていいほどにブレーキが効いていないことの証明と言える。

 ダークマターを感知したドラゴンがある種の「機能」として暴走してしまうのを抑えることなく、むしろ助長するほどの激憤に支配されているのだ。

 

「フー……フー……ッ」

 

 息が荒い。そのことにナルミ本人は気付いていないだろう。

 ある意味で、彼女は生まれて初めて本気で怒ったのだ。いかに冷静でいようとしても抑えはきかず、平時の高い思考能力がそのまま理性を誤魔化すことに使われている。

 感情ありきではなく、そうしなければより多くの人が殺されるからという道理によって理由を補強する以上、その行動は衝動的なそれよりも遥かに頑なだ。

 

 シグネの体がその場で倒れる。一瞬、あまりの呆気なさにルイが同情しかけるが――それを止めるようにナルミは再び雷を放った。

 

「ちょっ!?」

 

 死体まで粗雑に扱うことはないのでは、そう言いかけたルイの口が、吹き出した闇に雷が阻まれたことで止めさせられる。

 実際に敵と戦ったことの無いルイは、欠損を闇によって接着し補った事例を知らない。一見すると「万が一」を考えた念入りすぎるナルミの行動は、事情を知る者から見れば当然の警戒である。

 

「流石に゛っ……お強い方……」

「ヒッ」

 

 闇が蠢き肉と化し、新たな右半身が衣服ごと形作られていく。おぞましいその有り様に思わずルイの口から悲鳴が漏れた。

 

(不意打ちで跡形もなく消滅させるべきだったか……)

 

 その思考がよぎると同時、ナルミは頭を振った。怒りで目が曇っている彼女だが、この怒りの原因は罪も無い人々を殺すような状況に追い込まれたことだ。暴力という一線、殺人という一線を越えようとも、殺さなくてもいい人間を殺すという最後の一線を越えてしまえば自我が耐えられない。そうなればやがて、単なる暴虐の化身となって敵とそう変わりない何かに成り果てるだろう。

 

「下がってください」

「言われずとももももももも」

(早……)

 

 ルイは申し出た瞬間にはもう、高速で頷きながら戦域から離脱していった。

 即断が過ぎるその行動に思わず、ナルミも内心で素に戻るが、いずれにせよ必要なことだと思い直しシグネを睨む。

 再び放たれた雷撃は、しかし先程よりも遥かに勢いの増した闇によって阻まれた。

 

「失礼しました。ひどい油断にひどい醜態。ゲストにお見せするものではありませんでしたわ」

「――――」

 

 余計なことを言うな、とばかりにナルミはポーチを高速で投げつけた。

 造作もなく払われるが、狙いはむしろ()()()()こと。ぶちまけられた釘やカッターの替刃が数十、不規則な動きでシグネに襲いかかる。

 

「プレゼントはもっと上質なものを用意した方がよろしいのでは?」

「あなたに贈るのは暴力だけだ」

 

 それらも全ては囮に過ぎない。球状の闇を発してそれらは容易に防がれたが、目的はむしろ防がせることで視界を塞ぐことだ。

 雷を一発ぶつけて崩れない防御となれば、それなりの対応は必要になる。ここで放つべき弾丸は――。

 

「はあぁっ!!」

「!!」

 

 ――己の肉体だ。

 ガルデニアの攻撃で黒騎士の作った空間が壊れたように、闇は物理的手段で退けられる。その閾値こそ巨大ロボットという物理の極みを持ち出せなければ超えられないが、ドラゴンという超質量が凝縮したナルミの拳がぶつかれば、当然それと同等以上の威力が生まれる。

 闇の障壁は、薄氷のようにあっけなく砕け散った。

 

「素敵なプレゼントです!」

 

 突き込んだ拳から発せられる電撃を防ぐために、急速に闇がシグネの頭部付近へ収束する。そして逆に、刃のような形状へと変じ、ナルミの拳を切り裂くべく高速回転を始めた。

 ――その動きを、回転を、ナルミはただ力任せに握り潰した。

 

「なっ!?」

 

 ドラゴンの表皮ですら削り取る刃だ。当然、手はズタズタに切り裂かれる。しかし、ここで止めて掴むことができれば、同時にその先で防御を固めているシグネ自身をも捉えられる。

 

「うあああああッ!!」

 

 引き寄せ、拳を叩き込む。

 一発で衝撃が脳を揺らし、二発目で固めたはずの闇が弾け飛び、三発目で咄嗟に頭の前に回し強化したはずの両腕が砕け散る。

 シグネはその瞬間、あえて障壁を解除した。攻撃のインパクトに身を任せることで自ら吹き飛ばされたのだ。

 

「あぐうっ!!」

「ッ、ァァああっ!!」

 

 両腕が再生する。しかしその能力は既に目にしている。半身が吹き飛んでなお元通りになったことを思えば、両腕を砕いただけではすぐに元通りになることまで想定済みだ。

 たかだか吹き飛ぶ程度の速度ならば、ほんの一歩の踏み込みと電磁加速によって埋まる。ナルミは本能に任せ一足のもと踏み込んだ。

 他方、そんなことはシグネも理解している。ただでさえナルミは暴走状態で、その判断力は平時よりも遥かに低い。常に最短最速で突撃することが主戦法となっているのだ。あまりにも直線的、あまりにも素直、であるが故にカウンターを合わせることも容易い。

 

「ぐっ、ああァァッ!!」

「止ま……らない……!?」

 

 あらゆる物質を削り取り殺す闇の奔流の中を、一筋の雷光が突き進む。

 世界にとって理の外にあるはずの現象を、ただの「力」でかき分け貫き破壊する。シグネは、力の流れの根本からその様を目にして思わず、ある思考に囚われた。

 

(――美しい)

 

 己の体が傷つくことも厭わず、仮面の下の涙を隠しながら、ただひたすらに敵を屠らんと突き進む白光。その在り様は、シグネの求める「色」――即ち、感情を無数に内包して余りあるものだ。

 もっと見たい、と。絶体絶命の状況にも関わらず、彼女は高揚の中でその狂気をより強めた。

 

使()()べきでしょうか。いえ、使いましょう。こんなにも素晴らしいプレゼントをいただけているのです。全力を注がなければ――もったいない!)

 

 莫大な「闇」が渦巻き、アスファルトに次元の孔を穿つ。大きさにして十数メートル。攻撃に回していたものは全て時空移動に使用し、最低限の防御にのみ留める。

 攻撃そのものは受ける他ない、というよりも、極めて大きく重い感情を内包したそれを受けることそれ自体が彼女にとっての愉悦となりうる。むしろ、それこそを望んでいた。

 

「そこまでだ」

 

 ――激突の刹那だった。

 半ばまで肉体が圧壊したシグネを、横から掻っ攫っていく影があった。

 黒い鎧を身に纏う大男だ。その姿を目にしたナルミの放つエーテルが更に鋭さを増し、莫大な量の電気が発せられる。

 

「黒……騎士!?」

「ヴァルトルーデ・D・ネルリンガーの融合体……貴様か……」

 

 ――日本語を喋った?

 ――そもそもあの時の黒騎士はこんな低い声だったか?

 

 一瞬、違和感を嗅ぎ取りつつも「敵」であることには変わりない。ナルミは本能に抗うことなく、全力で拳を叩き込んだ。

 

「デルピュネスの王統――貴様との戦闘は禁じられている」

「な……に……!?」

 

 直撃すれば確実に、人間程度は肉片に変えうる一撃のはずだった。

 しかし、黒騎士は絶死の間合いに立ってなお、片腕を潰した程度で健在のままだ。

 追撃――これも剣を犠牲にし、衝撃を「流す」ことで勢いに乗じて退く。ならばと雷撃を放てば、彼は強固な闇でもってこれを防ぎ、余波によって片腕を焼き焦がす。

 

「遊びすぎだ、エクルース。『それ』を出すことは許可されていない」

「水を差すおつもりですの!? やめなさいエストラダ!!」

「計画の修正が必要だ。今貴様に倒れられるわけにはいかん」

 

 展開された闇は、その場で空間の亀裂を生み出した。

 エストラダと呼ばれた黒騎士は、その中に喚き続けるシグネを乱雑に放り込んで、己もその中に身を躍らせんとした。

 

「逃がすかァァッ!!」

 

 遠方に発生させた雷を、引き寄せるようにしてエストラダへと叩きつける。逃げ去る前に、何としてでも破壊する――その意気をくじいたのは、予見していたとばかりに吹き出す障壁だった。

 

(技量が……違う……!)

 

 基礎能力は圧倒的にナルミの方が上回っているのは間違いない。しかし、戦闘経験と技量という点で、一般人であった彼女は圧倒的に劣る。

 対するエストラダはその能力を補って余りある技量を持つ。予見に近い回避能力と、受け流しとインパクトのズラしに長けた防御能力。あえて言うならその技術はディセットのものに近く、力押しによってダメージこそ負わせられはするが、あくまで最小限のものだ。ある程度覚悟して臨めば、このように一定程度に軽減はでき、行動不能になる前に退避もできる。

 

「追いついたぞこの痴れ者が!!」

「ぬうっ!?」

 

 その鎧を、一筋の光が貫いた。視界外からの一撃は、か細い輝きであれど確実にエストラダの心臓付近を貫いていた。

 周囲に光の球体を浮かべながら高速でビルの間を駆け抜けるグリムは、更に球体から連続で熱線を射出する。

 

「グリムさん!?」

「誰っ……いや、ナルミか!?」

「チィ……!」

 

 仮面に一瞬気を取られながら、直撃したにも関わらず攻撃の手を緩めないグリムに対し、エストラダは舌打ちを返した。

 心臓を焼き潰されたはずだろうに依然として行動に支障がないのは、シグネと同様の能力の賜物であろうか。まだ追撃をしなければと考えたところで、ナルミは腕が動かないことに気がついた。

 

(こんなところで……!)

 

 先の二度の攻撃を力ずくで突破したことの影響だ。神経が蝕まれたか、あるいは単純に血が足りないか。戦闘で生じた脳内物質が痛みをかき消すが、体が言うことを聞かないことには変わりない。雷を二度、三度と落とすものの、狙いも正確に定まらなかった。

 やがて、エストラダが姿を消し、周囲に静寂が訪れる。気が抜けると同時に磁力が失われて仮面が地面に落ち、ナルミは力無くその場にへたり込んだ。

 

「ナルミ!」

「もしも~し、もう終わっ……ナルミちゃん!?」

 

 駆け寄るグリムとルイに、彼女は言葉無く視線だけ向けた。

 目元を軽く拭い、平時と同じ微笑を作ろうとして――単なる苦笑になってしまう。「仮面」が二重の意味で外れてしまっていた。

 なんとか襲撃を撃退できたこと、離れていたルイやグリムが無事だったことで安心の方が上回ってしまったようだ。

 

「……すみません、ご心配、おかけしました」

「心配をかけたなど、謝るでない! こちらこそ、もう少し気を遣わねばならなかった。すまぬな」

 

 二人に比べると軽微ではあるものの、全身をボロボロにしたグリムは苦しげに笑いながらナルミの頭を撫でた。

 

「お父上が亡くなったのだ。率先して儂らがもう少し……話してやるべきだった」

「そっすよおじいちゃん。マジで。皆して重くなってて、自分のことに没頭してばっかじゃないっすか」

「む……それは……むぅ……」

 

 はっきりと言ってしまえば、グリムを含む数名はその気になりさえすれば、ナルミにもう少し的確にアドバイスを与えることはできた。

 しかし、それをするにはあまりにも気が重い。悪い言い方をすれば自分のことを優先して、一人にするという安易な方法を選んでしまったと言える。

 

「……よもや貴公にそのような説教をされるとは」

「自分だって、ほら? オトナっすから。にょほほ」

「ええい、調子に乗るでないわ」

「鬼鞍先生も、ありがとうございました。気持ちを整理する時間をくれて……」

「え、あー……へへ、自分こんなことくらいしかできないっすから」

 

 照れくささに、思わずルイは頭を掻いた。傷に触れてついでに痛みが走る。

 とはいえこの短時間で整理しきれたとは到底思えない。それこそ、ある程度の「整理」ができただけではないかと彼女は睨んでいた。

 だが、それが正常なのだ。短時間で肉親に対する気持ちを全て割り切れる人間など、そうそういるものではない。

 

「それにしても……二人共、ひどい状態ではないか。車でも回してもらうか?」

「そっすねー……いちち。なんか意識したらちょっと痛みが……」

「肩、貸しますよ?」

「一番の重傷者が何言ってんっすか!?」

「貴公こそ肩を借りなければであろう……いや、それ以上に担架か……」

 

 ここで率先してナルミに肩を貸したのは、グリムではなくルイの方だった。

 意外そうにしながらも、グリムはフォーグラーへ通信を寄越しながら、本人も言うように大人としての自覚を得たのかとわずかに感心した。

 

「……ありがとうございます。偉そうなこと言っておいて……結局、倒せなかったんですけど」

「いいんっすよ。助けてくれたことに変わりないし……てか皆生き残ったんだから丸儲けじゃないっすか?」

「鬼鞍殿」

「あっ」

 

 今、生き死にについて語るのはあまりに無神経ではないか――言った後でその考えに行き着いたルイは顔を少し青褪めさせた。

 とはいえナルミもそのようなことを理解できないほど察しが悪いわけではない。今、自分たちが生き残ることができたことと先日の件は別問題だ。

 

「……大丈夫です」

「うへ~……すみませんっす……」

「感情的には、まだ割り切りきれませんけど」

 

 それでも、気持ちは固まった。

 

「――やりたいことは、決まりましたから」

「衝動的な考えではなかろうな?」

「そんなんじゃないですよ」

 

 敵を眼の前にすると殺意に心が支配こそされたが、根幹にある思いはたった一つだ。

 

 自分と同じような思いをすることになる人間を、一人でも減らす。

 それはただ、殺意任せに敵を全て殺すよりも遥かに困難な道だが――この方が自分の気質には合っているんじゃないかと、ナルミは苦笑して告げた。

 

 

 

 






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